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神は、微笑み賜うた Part2

ちょっと長くなりました。

「……あぁ……」


 止めることも叶わず、ダッフエンズラムが、小さな呻きを口から漏らした。


「っ!」


 シェリフェディーダが俺の葉を飲み込んだ途端、彼女は小さく体を震えさせた。

 胸に小さな呪いの印が浮かび上がり、それが再び胸の中に吸い込まれたかと思うと、まるで心臓から送り出される血液が黒く染まったように、細い黒い線が彼女の体を侵食しだした。


 眉間にシワを寄せながら、その侵食をシェリフェディーダは、静かに耐えた。


 黒い線は彼女の白い体をあっという間に侵食し、体中に絡みついた黒は、まるで染みが広がるようにじわりと滲み、肌の残りの白い部分を侵し切った。

 美しい、長い黄金の髪は漆黒に、透き通るように白かった肌は、鈍く光る銀の様なグレーに、澄んだ水を思わせる蒼い瞳は錆た様な褐色に染まった。顔つきや体つきは変わらないが、もはや誰も彼女を、“ハイエルフ”とは呼ばないだろう。


 その姿を見て、ゼロスはため息をついた。


「シェリフェディーダがそこまで望んでそうしたなら、まぁ良いんだけどさ。あーぁ、……せっかくキレイに出来てたのになぁ……」


 ゼロスが、変わり果てたシェリフェディーダを見て、残念そうにつぶやいた。

 変わって、レイスは何やら目をキラキラさせている。


「いいと思う。前よりいいと思う! そうだラムガル、シェリフェディーダが聖域の外に出たとき、面倒を見てあげるといい。右も左も分からないと、きっと困る。シェリフェディーダ、何かあったら、ラムガルに言うといい。ラムガルは、聖域の外にとても詳しいから」


「お心遣い、感謝いたします。そして、せっかく頂きました身体をこのようにしてしまい、誠に申し訳ございません」


「いいよ。なんか、レイスが気に入ってるみたいだし。それより、日没までには聖域を出ていくんだよ。日が沈んでしまうと、強制排出の作用が働くから、そうなると例えその体でも、ただじゃ済まない」


「御忠告、感謝申し上げます」


 シェリフェディーダは、跪きゼロスに頭を下げた。



 そして、再び訪れる沈黙の中、おずおずと進み出たのはティニファだった。

 美しく成長した、光と花の祝福を持つエルフは、小さな巾着袋をファーブニルに差し出し、背中越しに言った。


「……兄様……いえ、ファーブニル。……これから長い間、闇の中に一人きりでいるのでしょ? せめて、少しでもその心が休まるように、植物達の祝福の詰まった、このラベンダーのポプリを持っていて」


『ありがとう、ティニファ。ーーー大切にする』


 それを皮切りに、他のエルフも声をかけ始めた。


「ファーブニル、僕は今、吟遊詩人として、世界を回って色んな歌を語り歩いているんだ。お前の事も、きっと語ろう。最早どこにもいない、僕の大切な兄弟の事もだ」


 ルフルは今、世界的にも有名な、フリーの吟遊詩人として名を馳せている。

 ハイエルフから受け継いだその美しい容姿と、彼の指が紡ぎ出す繊細なハープの音色、そしてなんと言っても、情熱的で優しく、全てを魅了する歌声が、聞く者を皆虜にした。

 その上で、決して留まることなく流れ続けるその生き様に、プレミアムが付いたのだろう。

 今や、伝説の吟遊詩人として、彼は世界から認知されていた。


『ありがとう、ルフル。だけど神様に許されてる範囲にしろよ? オイラの二の舞になるんじゃないぞ』


 ファーブニルはそう言って、ルフルに背を向けたまま、邪悪な口をニヤリと不気味に歪ませた。


 そして最後は、シャンティだった。


「ファーブニル、私は貴方を許さない」


『ーーーいいよ。それだけの事を、オイラはしたんだから』


「……だけど、同時に、貴方に同情もする。一人で背負わなければ、そこ迄の罰を受けることもなかったろうに」


『……罪人に、同情なんかしてはいけない。そうだろ? 森のエルフ(森の守り人)


「その通りだ。だから、私は私のやり方で、貴方を救おうと思う」


『? 救う?』


「卵を失えば、ファーブニルは自由になれる。神はそう仰った。ーーー私はいずれ力を付け、その卵を奪い、貴方を自由にする!」


『待ってよ! 話聞いてた!? ドワーフの故郷の山と、火が消し飛んじゃうよ!』


「ドワーフなど知った事か。初めてあった時から生理的に気に食わない奴らだった。今回の件を聞いたときも、“やはり”と、思ったものだ。消し飛んだとて、自業自得だ。だから、5000年と言わず、私は一刻も早く、ファーブニルを開放してやる!」


『やめて下さい。お前、実はエルフの中で一番馬鹿だろ!』


 エルフ達とファーブニルが、なにやら、やいやい騒ぎ始めた。

 シェリフェディーダは、その様子を嬉しげに少し見つめていた後、立ち上がると、ディータとベティーの胸に抱かれたクリスに歩み寄り、声を掛けた。


「初めまして。あなた達の、お婆ちゃんよ。これから宜しくね」


 その姿を見て、クリスは怯え、ディータは歓喜した。


「はいっ! お祖母様、これからよろしくお願いいたします! ヤバイ……オレ様のお祖母様、神掛かってカッコいいぜ……」


 やはり、レイスと思考が似ている。


「やぁーーー! パパは? パパァーーーあぁん! パパぁーーーっっ」


「あ、ほら、泣かないでクリス! あなたのお祖母様よ! ちゃんとご挨拶! こんにちはって言って!」


 泣きじゃくるクリスを、慌ててあやすベティーを見て、シェリフェディーダは、困ったように笑った。


「あらあら、ごめんなさい。こんな姿、怖いわよね」


「そんなことありません!」


「あなたは幼いから、まだわからないかもしれない。あなたのパパは、みんなの為に、とても遠いところにお務めに行くことになったの。ーーー、怖いとパパを呼ぶの? ……そう、優しい、パパだったのね」


 ディータの合いの手を綺麗に無視し、シェリフェディーダは、目に涙をためたまま、そっとクリスの頭をなでた。

 その温もりに落ち着いたのか、クリスは泣くのをやめ、不思議そうに聞き返す。


「おちゅとめ? お仕事のこと? パパ、サンタ様の所に行ったったの?」


「え?」


 幼いクリスの、拙く支離滅裂な言葉に、シェリフェディーダは一瞬、困惑の表情をする。


「パパ、クリチュに言ったのよ。もし虫さんが嫌いじゃなかったら、パパ、サンタ様のところでお仕事してたって」


「そうだったの」


「「「……」」」


 皆が、物の分からぬ幼子切ない戯言と眺める中、レイスを筆頭に、ゼロスと俺はその言葉を一語一句聞き漏らすまいと全神経を集中していた。


「クリチュね、虫さん好きだから、おっきくなったら、クリチュマチュエルフになるってパパと約束したの。パパも虫さん好きになったのかなぁ? クリチュもおっきくなって、クリチュマチュエルフになったら、パパに会える?」


「え…」


「当然だ! 寧ろ、今すぐ会え……もがっ!」


「駄目だよ」


 返答に困るシェリフェディーダに、全力で飛び出そうとするレイスと、それを全力で取り押さえるゼロス。

 俺は笑った。


「駄目だよ、レイス。ここまでやっと話がまとまったんだ。我慢しなきゃ駄目だよ」


「……ゼロスは、……邪神?」


「違うよ! ていうか、世間の通説じゃ、邪神はレイスでしょ!」


「レイスが……邪神。……ゼロス、酷い。レイスに謝って。そして話をすべて白紙に戻してくれたら、レイスはゼロスをきっと許すと思う」


「あ、ごめ……。……いやいやいや」


 レイスの上目遣いのお願いに、ゼロスは一瞬考え、それを否定した。

 今までない程に迫るレイスに、額を押さえ考え込むゼロス。俺は助け舟を出すことにした。


「そう言えば、クリスマスの夜は、特別なんだよね。絶対に駄目なお願いでも、その夜だけは特別なんだ」


「! そう! クリスマスは特別! 奇蹟が起こる聖なる夜!」


「はぁーーー。……もう、アインスまで。分かったよ。父親に会いたいなら、サンタさんにでもお願いすれば?」


 ゼロスは大きなため息とともに、投げやりに言った。


「サンタ様にお願いすればいいの!? わかった! クリチュ、良い子にして、サンタ様にお願いしゅるよ! パパ大好き! ありがとう、サンタ様。サンタ様も大好き!」




 ーーードサッ



 クリスの純粋な曇ない言葉に、レイスが崩れ落ち、膝をついた。

 そして、震える腕を必死に持ち上げながら、ファーブニルにサムズアップを決め、言った。


「よくやった。やっぱりお前は最高だった。見事5000年、卵を守りきった暁には、最高に幸運のラッキードラゴンに格上げを約束する。世界の理すら覆すラッキーは、お前のもの。この世界はレイスの分身みたいなもの。なんとでもなる」


『えぇ!』


「ちょっ、レイス! また勝手に何言ってるの!?」


 こうして、ファーブニルは、5000年後、幸運のエンシェントドラゴンとなる事が決まった。




 ◇◇◇




「では、行きましょうか」


 日が傾き始めた頃、親しき者たちとの別れを済ませたシェリフェディーダが、言った。


「シェリフェディーダ、レイスのクリスが大きくなる迄、任せた。立派に教育するように」


「賜りました」


 ヨロヨロと杖を突きながら歩くドワーフと、罪人の三人の家族、そして呪われたダークエルフは、並んで聖域の外を目指し、歩き始めた。

 ダッフエンズラム以外、ハイエルフ達からの見送りはなかった。


 空には醜悪なドラゴンが黄金の卵を大切そうに抱え、飛んでいる。夕暮れでは、まだ良く目が見えないせいか、その飛び方はひどく不安定だったが、向かう先は、真っ直ぐディウェルボ山であった。






 こうして、たった1つ、愛を欲したハイエルフ達の起こした物語に、一つの結末が訪れたのだった。


 だけどこれを結末と呼ぶかは、語り手次第だろう。

 だってこの後、レイスから最高の祝福を受けた、実質この世界で最強の存在、クリスマスエルフが誕生するし、闇の力の復活を願う、姑息で卑怯でめちゃくちゃ弱い闇のエルフも誕生する。

 ルシファー辺りが、闇のエルフ達のことを、“愛すべき馬鹿”と呼んでいたとか。


 ナイトメアは、ファーブニルや、闇のエルフたちの夢を渡り歩き、世界の終焉を囁きかけ続けているらしい。


 森の番人のエルフ達は、隙あらばファーブニルを倒そうと、冒険者達と共に、ちょくちょくディウェルボ山に向かうし、目に呪いのかけられたファーブニルは、『この、虫けら共がぁー』っと、泣きながら、虫を追い払おうと奮闘した。

 やがて、虫嫌いの克服は出来なかったものの、必死に卵を守りきったファーブニルは、昇格し、ラベンダーの香りのするラベンダードラゴンと呼ばれる、神獣に並ぶ程の存在となる。


 そして、いつの頃からか、子どもたちが寝る前に話されるお話の1つに、“自由を夢見た隠れんぼ好きのエルフが、苦難と冒険の果てに、やがて幸運のドラゴンとなり、大空を自由に飛び回る”というおとぎ話が加えられた。

 ストーリの単純さや、語る韻の踏み方がとても美しい為、その話は“エルフのニル”というタイトルで、読み聞かせの定番の物語となっていった。

 あまりに突飛なストーリー展開から、フィクション作品として扱われているんだけどね。


 また、外に出て、代を経てなお、ファーブニルを見守り続けたダークエルフだけど、ファーブニルが昇格した後も、魔王の忠実な配下として仕えた。

 ダークエルフは、時に闇のエルフを纏める存在ともなり、その知能と魔力の高さから、魔王軍の中でも常に爵位を与えられる高位の存在となっていく。

 


 まぁ、まだそれらは、もうちょっと先の話にはなるんだけどね。



 この、大切な世界がある限り、物語は、終わっては始まり、ずっと続いていくんだ。



 俺は2柱に声を掛けた。


「よかったね。ゼロス、レイス」


「うん。くりす……、クリス! 早く大きくなあれ! ……。もう大きくなったかな? レイスちょっと見てくる」


「まだだよ! まだ1日も経ってないよ! ……まぁ、僕的には、がっかりな事の方が多い件だったけど……」


「ーーー次は、DIYの出来る、ウサギとリス、それからネズミや小鳥を探し出してスカウトしないと。ふふ」


 おや、珍しくレイスが声を上げて笑っている。


「まぁ、レイスが楽しそうだから、良いかな」


 ゼロスはそう言って、満面の笑みを浮かべた。




 空には、今日も変わらず、美しい月が浮かんでいた。



これにてエルフ編、やっと完結となりました。

読んでくださってありがとうございました(*´ω`*)

今回、レイスの罰が酷い……と、思いきや、実はこの罰、全てニルの願いです。むしろレイスは願いを叶えてあげただけなのに!?

まあ、さすが邪神様、と言うところです。


次回、仮タイトル“聖者達の行進”的な物を書きたいと思ってます(*^^*)

よろしくお願いします。



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― 新着の感想 ―
[良い点] すごーく涙出た
[一言] ポンコツ(感情的、短絡的)で馬鹿をしまくるレイスと、 冷静で一歩引いてるから行動は無難だけど、割と内面がいやな奴になりやすいゼロスと言う まあ、割とどっちも子供だよねってだけなんですけどね
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