神は、咎人に罰を与え、強欲の邪竜を創り賜うた⑥
レイスが、ディウェルボ山より火を取り上げたと宣告して1時間。
ルボルグは壊れた人形のように泣き叫び、胃の中の物を吐いてはまた頭を抱えて叫び、喉が裂け、ゴホゴホと痛ましい咳とともに血を吐き、それでも咳が治まれば、口元から垂れる血もそのままに叫んだ。
狂気とも呼べる絶望を浮かべたルボルグの有様に、ハイエルフ達もたじたじと同情の顔色すら浮かべつつあった。
それは、先程まで死を願って止まなかった相手にそう思わせる程の悲痛な姿だった。
ルボルグの息が途切れ、また肺に息を吸い込もうと悲鳴の止まったその時、ゼロスか漸く顔を上げ、微笑みを浮かべたままルボルグに問い掛けた。
「ねぇ、ルボルグはハイエルフ達に同じ事をしたんだよ。なのに何故、自分だけそんなに悲劇を気取るの?」
ルボルグが虚ろな瞳でゼロスをその視界に入れた。
「僕やレイスにとって、ミスリルも、ミスリル坑も、黄金の火も、ただの過去の創造物の1つでしか無い。だけど君達にとっては特別な意味があるんだよね? ハイエルフにはミスリル坑、ドワーフ達にとっては黄金の火。それが何物にも代え難い宝と思ってたんだ」
「あーーー……、ーー……ぅあ………ーーっ……」
ルボルグはゼロスの言葉に答えることはなかった。
相変わらず吐いた血を口から垂らし、焦点の定まらない瞳孔の開いた目からは止めどなく涙を流し、倒れたまま起き上がることさえ出来ず、泥まみれになりながら土の上で芋虫のようにのたうち回り続けている。
だけどもう叫ぼうとはしない。
そんなルボルグに、ニルは重い鎖を引きずりながら近づき膝を突いた。
「ーーーごめんよルボルグ。オイラの声、聴こえるかな? ごめん……オイラなんかさ、いなけりゃ良かったんだ。……こんな適当な奴なのに、自分でも嫌になるほど適当な奴だって知ってたのに……“オイラもいつかはきっと何かでっかい事が出来る”なんて夢見て、あっちこっち引っ掻き回して。……昔からそうだった。役にも立たない隠れんぼしか能が無いのに、自分は自分だなんて言い訳して、逃げてーーー……、ごめんよ……ごめん……」
ニルは消え入りそうな声でそう言うと、優しくルボルグの頭を撫でる。
そして、無情とも取れる無表情でその様子を見下ろすレイスに頭を下げた。
「レイス様、お願いです。オイラを処刑して、ルボルグに火を返してやってください。オイラが居なければこんな事にならなかった。……オイラなんて生まれてこなければ良かった。どうかオイラをリセットして下さい。すべての罰はオイラが受けますからーーーお願いします」
そう言ったニルの表情は、ただ憔悴していた。まるで500年の寿命を一気に使い果たしてしまったようにすら見える。
「それが、ーーーお前の願いか?」
レイスの問に、ニルは確りと頷いた。
「ーーーそうか。所でニル。虫嫌いは克服したのか?」
「は? ……え?」
あまりに話の飛んだレイスの質問に、ニルは、場違いに素っ頓狂な声を出してしまう。
「……えっと、まだ、ですが?」
「……20年経ったのに、まだ? たった500年しか寿命が無いのに、まだ?」
「あ、はい。まだ虫は苦手です」
「……」
どうやらレイスは、ニルの虫嫌い克服をこの20年ずっと待っていたようだ。そしてその真意は、ニルのクリスマスエルフとしての勧誘をまだ諦めていなかったということ。
ニルの答えに、レイスは少しの苛立ちを見せた。
レイスが少しの感情を見せると言うことは、つまり内心では相当怒っているということ。
「ーーーふっ、いいだろう。怠惰なお前を、リセットしてくれる。そしてお前にとって、1番辛く屈辱的な罰を与えよう」
「……」
普段見せることのないレイスからの怒気を受けた一同は、ゴクリと生唾を呑み込んだ。
ニル以外の者達ですら、息をするのも辛そうなほどに緊張している。
そしてレイスがその罰を宣告した。
「お前の名を奪う。今後お前はニルと名乗る事は許されない。ーーーーーお前の名は、今後、ファーブルと名乗れ。以上だ」
?
「……え? それだけ?」
暫しの沈黙の後、やっとの事でニルが呟いた。
「そうだ。お前という存在は消え去り、もうこの世に存在しなくなる。ふん。それに、新たな名がよりにもよって、“ファーブル”だ。虫嫌いのお前にとっては、最高に屈辱的な名前だろう!」
ふぁーぶる……。
あぁ、もしかして、 “ファーブル昆虫記”のファーブルかな?
だけどレイス。それは、俺達の内のネタだから、きっとニルに言っても伝わらないだろうと思うよ。
「ーーー……え? どの辺が屈辱? スミマセン、よく分かりません」
フフンと鼻を鳴らすレイスに、思った通り、ニルは困惑の表情を見せている。
困惑する一同に、ゼロスが助け舟を出した。
「レイス、それはアインスの話だから、ぼく達の創った世界には関係ないし、皆は元ネタすら知らないから意味が無いよ」
「! …………そう、」
レイスが少しショボンとして答えた。
「あの、えっと? オイラの名はファーブルですか? それともニル?」
「どっちでも良い。……もうファーブニルとかでいいと思う」
「えぇ……」
出鼻をくじかれたレイスは、若干投げやり気味だ。
「えっと、後はリセットが願いだった? じゃあ姿も変えよう。誰も分からないように。ラムガル、適当に作り変えて。なるべく皆から嫌われそうな感じに」
「はっ!」
「うあぁっ! ギャアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
そうしてファーブニルの体は、巨大な双翼を持つ醜悪なドラゴンへと作り変えられた。
「それから、ひどい罰も望むと言っていた。お前の目から光を奪う。お前の目は今後明るい光の世界を見る事はできない。その目に映る景色は宵闇の夜、そして光の届かぬ地下だけだ。更にその目に映る、魂の宿る全ての生き物は“虫”と認識するようにしといてあげる。これでいい? これで屈辱的? 満足?」
レイスがそう言って手を掲げると、ファーブニルの瞳が漆黒から白銀へと色を変えた。
「ギャアァァアァアアーーーーーオォ!」
次の瞬間、ファーブニルが黒い尾を振り回しハイエルフやエルフ達、そしてルボルグにまで攻撃を加え始めた。
その様子を眺めながらレイスが告げる。
「かつて愛した者達も、その目には醜悪な虫としか映らない。ファーブニルは二度と他人を愛することが出来ない。そう、虫嫌いを克服するまで!」
どうやらレイスはここまで来て、まだ諦めてないようだ。しかも中々スパルタだね。
「それから……」
「ちょっとレイス! ストップ!」
「? ゼロス。どうかした?」
「もうその辺でいいと思うんだ。皆泣いて怖がってるし」
「……。あ、うん。これで罰は終わり。帰っていい」
レイスが目をやると、そこには俺の根本で震える面々が居た。
ハイエルフ達はラムガルがあまりに簡単にエルフを醜悪なドラゴンへと作り変えた技に怯え、エルフ達はかつて優しく親しかった兄が自分たちを殺そうと攻撃してきた事実に怯え、ルボルグはまるで廃人のように叫びながら、ニルにすがろうと立てない足を無意味に動かしていた。
ちょっとした地獄絵図ってやつだ。
「まだ帰っちゃだめだよ。じゃあレイス、次は黄金の火を創って」
「え? なんで?」
「え? だって言ってたじゃない。ニルをリセットして罰を与えたらドワーフに火を返すんでしょ?」
「あ、うん、そう」
レイス、今ちょっと、その重要なところを忘れかけていたね?
「あ、……え? か、……返して、い、いい、いた、ダケルのデスカ……?」
壊れたかのように見えたルボルグが、掠れた声で途切れ途切れ、言葉を発した。
「ニルとそう話したからね。流石にドワーフ皆がルボルグみたいになってしまうのは見てられない」
「あ、……あぁ、……」
涙を流しながらゼロスを仰ぎ見るルボルグ。その慈悲は、ルボルグに残された唯一の希望だった。
そしてゼロスの言葉にレイスは目を見開く。
「ゼロス、レイス達の創ったドワーフ、好きになったの? レイス達の創るもの、いつもは好きじゃないのに」
「ドワーフは僕の創ったブリキッドを、よく助けてくれてるからね。それに、好きじゃ無くても、みんな大切には思ってるよ。だって、大好きなレイスの、一生懸命創った者達なんだからね」
「! うん! レイスも、ゼロスとアインス大好き!」
「あっ、僕もアインスも大好き! 僕の何にも変えられない宝物だよ!」
「レイスも! 宝物!」
はっはっはっ、ありがとう2柱とも。
俺は2柱の可愛さとその暖かい思いに、思わず力いっぱい抱きしめたくなった。
尤も、俺に腕なんて無いんだけど。
こんな嬉しい言葉が聞けるなんて、今日はなんて良い日なんだろうか!
突然始まったそのほのぼのとした優しい日常に、俺達は幸福な思いに満たされた。
だけど、この流れに先ほど神の恐ろしい罰を目の当たりにした者達は、誰一人付いて来る事は出来なかったのである。
次話で、エルフ編完結します(*´ω`*)
多分!




