神は、咎人に罰を与え、強欲の邪竜を創り賜うた⑤
今回から、世界樹視点に戻ります。
「ニル、言われたはずだよ? イタズラが過ぎればそれは罪になる、と」
俺はハイエルフ達にグルグルと鎖を掛けられ、跪くニルとルボルグに言った。
“罪”とはあくまでハイエルフの価値観に則った方言だ。
俺にとっては正義も罪も大した違いはない。実際、見方を変えれば1つの出来事は正義にも悪にもどうとでも解釈できるのだから。
だけどまぁ、怒り心頭のハイエルフ達と、そうなる事がわかってて事を起こしたニルの様子を見れば、どうしても一言物言いたくなってしまう。
俺だって皆が悲しむのは歓迎することでは無い。怒りとは、やり場の無い悲しみの1種の表現方法なのだから。
ゼロスとレイス、それにラムガルもこの場に集まり、俺達はハイエルフ達の言い分を聞いていた。
ニルの両親を含むハイエルフ5名と、ニルの弟妹である3名のエルフ達が神妙な顔つきで立ち並ぶ。
ニルとルボルグに掛けられた金属の鎖は、あちこち赤茶けた錆の浮いた、罪人を繋ぐ呪われた鎖だ。
かつてこの鎖が使われたのは、ハイエルフ達の前で無謀にも聖域に火を放とうとしたゴーレムを捉える為だった。
ゴーレムは、ハイエルフ達の調合した強酸によりその身を滅ぼされたが、残った腐食した鎖は罪人の鎖と呼ばれ、今も尚罪の証として残されているのだ。
因みにそのゴーレムは、エンヴィーという名の可愛らしい女性だった。惚れた男性に振られたことによる、腹いせの犯行だったという。
幸せを求め、悲しみの中で消えていった可哀相な仔だったが、なかなか癖強めだったため、その内ルシファー辺りが拾ってくるかもしれないね。
そんなことを考えていると、沈黙に耐えかねたエルフのシャンティが怒鳴り声をあげた。
「ニル兄様……否、大罪人ニル! なぜあの聖なる場所に勝手に入り、その上盗みまで働こうとした!? 何故? 愚かな奴だとは思っていたが、ここまでとは流石に思っていなかったぞ!」
「……」
「黙るな! あれが我々ハイエルフにとって、どれほど重要で大切な場所かを知っていた筈だ!」
「……シャンティ、お前はハイエルフじゃないだろう」
「っやかましい! 私と私の子供達はハイエルフ達と共にこの森を守ると誓った。ハイエルフと同じ、森のエルフだ!」
シャンティはこの聖域で弛まない努力を持って力を付け、ハイエルフの足並みに匹敵する程となった。
ちょっと遊び人気質な優男の妖精との間に、3人の息子を設け、全く父親に似なかったとても真面目なその子等にも英才教育を施している。
その努力を認められ、彼女らの一族(父親は含まない)も“聖域の守り人”としてハイエルフ達に受け入れられた。
シャンティの怒りにニルはまた俯き、もう応えることはなかった。
再び訪れる沈黙。
暫くの沈黙の後少し面倒臭そうに、そして不機嫌にゼロスが口を開いた。
ゼロスは創造物が幸せそうに笑っているのを見るのは好きだけど、諍いや揉め事は嫌いだからね。
「今回の事を確認するよ。ニルの言い分からだ。ミスリル坑はハイエルフ達の宝と知っていたけど、レイスから賜った物だからと言って、独占するのは良くない。ニルをドワーフに預けている上、友情の証という名目で受け取っているドワーフ達の工芸品の数々に対する礼をすべきだと考えた。そう言う事?」
ゼロスの言葉に、ニルは頷いた。
「ハイエルフ達の言い分は、自分達の発掘したミスリルを正規の方法で流すのであればともかく、聖なる場所を土足で踏みにじり、荒らされたことはとても許せることではない。それに工芸品の譲渡はあくまでもドワーフたちの善意であり、返礼は森に来たドワーフ達に都度渡していた、と。そういう事だね?」
「仰る通りにございます。我々は礼には礼を、決してドワーフ達を軽んじた事などありません」
ハイエルフ達は跪き応えた。
と、その時。それまでずっと黙り込んでいたルボルグが顔を上げて叫んだ。
「ーーーっ違う! 違うんです!」
「!?」
途端、ふてぶてしく頬を膨らませていたニルの表情に焦りが浮かぶ。
「オレがニルに頼んだんです! 駄目だって分かってたのに、どうしても叶えたい願いがあった。その為にオレがニルにミスリル抗に入らせてくれと頼んだ。ニルは、ただ優しい奴だっただけ。オレが全部悪いんです! オレがっ……」
「……バカヤロウ。言うなっつったのに」
ニルが苦虫を噛み潰したような顔で呟く。
「ーーー……はぁ。もぅ、どっちでもいいよ。どっちにしろなんで駄目なことするのかなぁ? エルフになった途端、ホントにレベル下がっちゃったな……」
そう、俯いたまま呟かれたゼロスの苦々しい声は、俺以外の誰にも聞かれることはなかった。
それからゼロスは気を取り直したのかすぐに顔を上げ、今度は大きな声でみんなに言った。
「はい! じゃあ、ニルとルボルグは罪を認めたね。ハイエルフ達は二人にどうして欲しいの?」
ゼロスの問に、硬い表情でニルの父親であるダッフエンズラムが進み出た。
「ハイエルフの総意は、この2名の世界からの除名。理由としましては善悪を理解した上での悪質な犯行であったこと、及び我らの求める賠償に値するものがこの世界に存在しない為です」
ーーー除名。
つまり処刑。
総意と言うがそれは嘘だろう。
確かにダッフエンズラムの隣に並び立つ三名のハイエルフはそう望んでいそうだが、ダッフエンズラムは今にも泣きそうな顔だし、その背後に立つニルの母親のシェリフェディーダもずっと俯いたまま、何かに耐えるように固く拳を握りしめている。
「ーーー僕は死が嫌いだ。分かっててそれを僕達に望むの?」
ゼロスが鋭い視線をダッフエンズラムに投げかける。
ダッフエンズラムは青い顔をしながら、それでも頷いた。
「はぁー……。ニルやルボルグの人生くらいじゃ多分魂の再生は無理なのに……。わかった。ハイエルフの言い分を認めるよ。だけど僕は本当にそういう事が嫌いなんだ。実刑は自分達でするか、レイスに頼んでね」
ゼロスはそう言うと悲しそうな表情を浮かべ、肩を落としながら俺の枝に腰を下ろした。
ゼロスはああ言ったが、おそらくレイスもニルの処刑を嫌がるだろう。
なんせ、ニルは過去に“クリスマスエルフになりたい”宣言をしたエルフなんだから。
話を振られたレイスはゆっくりとハイエルフ達の前に降り立ち、そして言った。
「レイスもそのエルフは消したくない。だからレイスは考えた。そして見つけた。償いに足る罰を」
!
「あの……レイス様。その者達が我等の宝を蹂躙したことの償いに足る罰など……いえ、ーーーそれは一体?」
ダッフエンズラムが困惑の声を上げると、レイスは何でもないことのように言った。
「今、前にドワーフ達にあげた“黄金の炎”を消した」
……。
「え?」
皆が沈黙する中、今度はルボルグが困惑の声を上げた。
「やられたらやり返す。盗られたら盗り返す。だけどハイエルフ達は聖域から出れない。だからレイスが盗っといた。というか消しといた」
「「「……。」」」
沈黙する一同。
なる程。因果応報と言うことか。
だけどハイエルフ達からしてみれば誇りを踏み躙られた事実が消えるわけではないし、鍛冶をするために創られた種族であるドワーフ達から火を奪うと言う事は、神より種の存在意義を否定される事と同じであって……。
うん。これは悲しみしか生まない裁きだね。
レイスが沈黙する一同をドヤ顔(無表情)で眺めている中、唯一の救いを施せるゼロスはというと、我関せずと俺の葉っぱでトランプタワーの様な物を一生懸命作っていたのだった。
レイスから、ドワーフへ。
素で、死より辛い罰をプレゼント!




