神は、咎人に罰を与え、強欲の邪竜を創り賜うた④
「で? 研究の進捗はどうよ?」
ルボルグが一気に火酒を呷り、平然とした顔で聞いてくる。
オイラはそこまで酒に強く無いので、ちびりと飲んでは、大きな息をつきながら、それに答えた。
「闇魔法の研究の方は、ボチボチだな。魔法都市ノルマンから、結果報告の提出を求められてるが、まぁそれは楽勝だ。なんたってアイツ等は、闇の本質を理解しないで、錬金結果ばっかり聞いてくるだけなんだから。金を作る為の物質や条件を提示しただけで、満足しちまうバカばっかだ」
「お前しか、闇の力を持ってないんだから、しょうがないよ。理解しようにも、出来ないんだろうよ」
「いや、オイラだけじゃなくなったみたいだ」
「あ? どういう事だ?」
「どうやら、オイラのチビ等も、ちょっとだけど闇の力を持ってるみたいなんだ」
「はぁ!?」
そう、ちょっと根暗で、変わった性格の兄デューダと、ティニファの更に上を行く可愛さを持つ、妹のクリスにも、闇の力の兆しが現れ始めていたのだ。
そして、それを確定させたのが、ナイトメアの一言。
『オイラの子供も闇の力を持ってるな! 夢を渡れそうだ。今度遊びに行っていいか?』
「なっ!? 駄目! 教育上良くないから!」
『なんだと? オレ様の……』
「あっ、ち、違うよ? いい意味でって事だよ! うん」
『良い意味? うん、……よくわからんが、いい意味で、という事なら仕方ないな! 残念だが、夢渡りは止めておこう』
「あ、あはは……」
まだ何も知らないチビ達に、この力を与えるのは危険過ぎる。
だからオイラは、ナイトメアの気が変わって、チビ達のとこに遊びに行く前に、闇の力の制御ノウハウを確立させようと、必死に研究しているのだ。
まぁ、こんなオイラでもオヤジになっちまったからね! 子供を守るのは、親の務めってヤツだ。
因みに、制御の実験は夢の中で行う。
ナイトメアの作り出す、限り無くリアルに近い夢で、魔法の試し打ちをするのだ。
ナイトメア程、力の強くないオイラでさえ、夢の世界を何十回か半壊させたことがある。
闇の力、マジでヤバイよ! 神の、いや、レイス様は本当に何を考えているんだろう?
そうして、世界を簡単に壊せる力を手に入れたオイラの脳裏に響くのは、更にやばい声。
『ーーーこの世界を滅ぼせ。滅ぼせ。滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ滅ぼせ』
オイラを説得するための語呂を、たった一年で使い尽くし、新たな文言を考え出せないナイトメアの、止むことの無い呟き……。
馬鹿すぎる結果の、ヤバイ呟きだ。
チビ達に、こんなことを延々とつぶやく奴に会わせられるか!
理由は分かってても、四六時中こんな事が脳裏に響いていたら、軽く鬱になりそうだよ。全く。
まぁ、適当に聞き流してるんだけどね。
「まぁ、そんなわけで、オイラも研究に気が抜けなくなったってわけ!」
不安だらけだけど、オイラは明るくそう言って話を区切った。そして、サラリと話題を変える。
「そっちこそ、仕事の方はどうだ? 今や、ガーランドおじさんに次ぐ鍛冶の名人なんて呼ばれてるじゃねえか。凄いよなぁ! お前ずっと親父さん目標にしてたし、もう一息なんじゃないのか?」
「……。」
「……。ど、どうした? 黙り込んで」
話の振りに、てっきりルボルグの親父さん自慢が始まるもんだと思っていたオイラは、深刻な表情で俯き、黙り込むるルボルグに戸惑った。
「ーーー……なんだ」
「え?」
「駄目なんだ! 追いつけない! 絶対に、オレはオヤジには追いつけない!!」
ルボルグは俯き、何かが切れたように、そう叫んだ。
俯いてるせいで表情はもう見えないけど、その下のテーブルに、一滴の何かが落ちた。
コイツが泣いてる? ははっ! 有り得ないね。あれはきっと鼻水か涎だ。恥ずかしいだろうから、見なかったことにしてやる。後でちゃんと拭いといてくれよ?
「お、追いつけないって何でだよ? ここまで上り詰めてきてるのに」
ルボルグは、太く逞しい腕で鼻水(?)を拭うと、きっと俺を見つめて言ってきた。
「お前に頼みがある! 無茶な事は解ってるんだが、どうかこの通り!」
「……っ? ??」
オイラは、ルボルグの言いたいことが全くわからず、上げた顔を再び机に叩きつけるルボルグに、ただ引いた。
「すまねえ。つい興奮しちまった」
「落ち着いたか。とりあえずそのたんこぶ、これで冷やしとけ」
いつものクールガイに戻ったルボルグに、オイラは錬成した氷塊をワイルドに渡した。
ルボルグは、ワイルドに鷲掴み、それを額に当てポツポツと語り始めた。
「レア素材が少なすぎんのさ。オレ達ドワーフは様々な物を鍛冶で打ち出す。鉄や、希少とはいえ金なんかも、掘れば鉱石が出てくる。ーーーだけど、神の鉱石はそうは行かねぇ」
神の鉱石。創造神様だけが製錬出来る、幻の鉱石。
オイラの里の側にあった、“聖なる洞穴”から採れるミスリルもその一つだ。たしか他には、アダマンタイトと、ヒヒイロカネ、オリハルコンや玉鋼なんかもそうだ。それに、母様達が、寝る前に話してくれた、美しくも怖ろしい、決して触れてはいけない“聖石”。
それらは、オイラの闇の力の錬成を持ってしても、作り出すことはできなかった。一体どんな製法で、神様達は作り出したんだろう?
「神の鉱石は、その希少さから、ドワーフの中でも特に優れたものにしか扱うことを許されない。我らが神、ブリキッド様に愛された者しか、黄金の宝に触れる事を許されないんだ」
「ーーー、え? 待ってよ。じゃぁ、技法とかどうやって引き継ぐの? いきなり黄金の宝に触れるとかヤバくない?消し炭になるよね?」
「当座の者が引退したその時、神がその技法を、新たな継承者に授けるんだ。そして、選ばれたオレ達の英雄は、神に心身を尽くし、新たな技術を生み出すことに、人生を掛けるんだ」
「はぇーー。ずっとここに住んでるけど、初めて聞いたよ。お前らの種族重いな!」
「誇りを持ってると言え。だけどこれには実は抜け道がある」
「ん?」
「ドワーフ達は基本籠もって鍛冶をしてるが、もし自分で発掘した鉱石は、自分の好きにしていいんだ。例えそれが、“神の鉱石”だったとしても、例外無く、な」
そこで口を結び、ルボルグはオイラにキッと視線を向けてきた。
オイラはゴクリとつばを飲む。だって、コイツの言わんとしてることが、やっと見えて来たから。
駄目だよ? それは絶対無理だからね!
オイラは内心祈りながら、ルボルグが再び口を開くのをただ見ていた。
「頼む。オレはどうしても、親父が現役の間に追いつきたいんだ! 機会さえあれば、オレは絶対追いつけるはずなんだ。……頼む! ニル、お前の里のミスリル坑に入らせてくれ!」
「……っ!」
駄目だよ。
あそこは、ハイエルフ達の最も神聖な場所。いくら父様が、聖なる坑夫だからといって、ハイエルフですら無いオイラなんか、近づく事すら出来ない場所だ。
頭では分かってた。
分かってたんだ。
だけどオイラは、親友の願いを断われず、選択してしまったんだ。
最悪の選択をね。
次回、エルフ編もいよいよ、終盤に入っていきます。
よろしくお願いします(*´ω`*)




