神は、微笑み賜うた
『闇の力の使い方を知りたい? いいぞ! 寛大なオレ様は、子分の頼みを聞いてやろう!』
オイラのお願いを、ナイトメアは高慢に快諾してくれた。
ナイトメアと話していて、また、分かったことがある。
ナイトメアは、馬鹿だが、とても素直でいい奴だった。
否、世界を滅ぼせと言っている奴が、“いい奴”と言うのも可笑しいか。とにかく、存在自体がとんでもないだけであって、ナイトメアの持つ願いや、うざいと感じる性格に伴う言動は、良く考えれば大しておかしい訳でもないのだ。
夢に閉じ込められているから、外に出たい。そりゃそうだよね。
それに、片や神獣様に肩を並べるどころか、その遥か上をゆく力を持つギドラス様と、世話役の劣化版のエルフ。子分と言ってもらえるなど逆に、烏滸がましさを感じるべきですらある。
『良いか? オイラよ。闇の力というものはな、バーっとやって、周りの物を集めたら、グチャグチャのばらばらにして、ドン!っという風に使うんだ! 分かったか? 分かったろう! さぁ、オレ様を外に出せ!』
「すみません。わかりません。そして、出せません」
『これでわからんのか!? ……そうかなる程、お前は馬鹿だったのか。仕方ない、寛大なオレ様は、馬鹿にもう一度言ってやろう。ここから出せぇーーーー! もう夢の中はイヤだいーーー! イヤだいイヤだいイヤだいーーー』
ーーーうぜぇ。
おかしくは無い。
おかしくは無いはずなのに、どうしようもなく、うざさを感じてしまう。
オイラは、ナイトメアの駄々をこねる声を聞きながら、溜息をついた。
オイラの外界留学が決まって、既にふた月の時が経った。
ブリキッド様は、神々に品を献上した後、オイラに迎えを寄越すから、それまで待っているようにと言い、去って行った。
流石に女神とはいえ、ドワーフ達に事の成り行きを伝えてからの受け入れと言うことなんだろう。
そんな訳で、この世界の聖域から、ほぼ反対側にあるディウェルポ山脈からの使いを、オイラはこの聖域で待っているのだ。
あ、そうだ。あのドワーフ達の作った鎖は、ゼロス様がグレイプニルと名付けられた。
だけどオイラの想像した様な遊戯を、ゼロス様はされることは無かった。
オイラは、ホッとした。
だけど代わりにレイス様が、フェンリル様の首と口に鎖をかけ、乗り回している姿を目撃してしまった。
ーーーあれは決して、“お馬さんごっこ”では無いはずだ。
「レイスはかつて、シャーと呼ばれるもふもふの首に、赤いリボンを巻かれているのを見て、とてもいいと思った。フェンリル、付けてあげる。これならお前がはしゃいでしまっても壊れることは無いだろう」
レイス様にそう言われ贈られたグレイプニルを、フェンリル様は、誇らしげに、そしてとても嬉しそうに首に巻いていた。
『オイラ! 聞いているのか!?』
「あ、え? 何?」
オイラは、少し苛立ちの籠もった、頭の中に響く声にハッと我に返った。
ナイトメアの話をまともに聞いてても疲れるだけなので、適当に流すくせがついていたのだ。
失礼じゃないか? とも初めは少し思ったけど、なにせナイトメアは馬鹿だ。5秒も経てば、オイラがどんな塩対応をとったとしても、忘れて笑っている。
『闇の力の特訓をするぞ』
「ーーーえ……」
そうして、オイラのカオスな特訓が始まったのだった。
◆
『闇の力を感じろ』
「どうやって? そもそも闇って何なの?」
『はぁ……そこからか。オレ様なんて闇の力をたった2万年で、余裕で使いこなせるようになったぞ? 本当にオイラはしょうがない奴だ』
いや、オイラまだ産まれて6年ですけど。
『いいか。目を閉じろ』
「ハイ」
『そうだ。更に閉じろ』
「え? もっとギュッと目を閉じるってこと?」
『馬鹿か。閉じた上でもう一度閉じるのだ。それを30回くらい閉じろ。そこで見えてくるもの、それが“闇”だ』
「……。……はぁ?」
◆
『“闇”の力とは、即ち“無”。オイラの持つ闇の中には何も存在しない。つまりは無力だ。分かるか?』
「はい」
『無力が有力になるのは、その闇の中に、何かを存在させないといけない。創造神なら自由に何かを創り出すだろうが、オイラは弱くて馬鹿だから、そんな事できないだろう。可哀想だがな……』
「……。(お前だって出来ないだろ!)」
『だが方法はあるぞ! 創れないなら、有力なものを取り込んでしまえばいい。闇は無力だが無限だ。云わば、大海に一粒の砂粒を飲み込むようなもの。闇の中に、飲み込んでしまえばいい』
「飲み込む? 例えばどんなものを?」
『何でもいいぞ。水でも、光でも、空気でも、土でも、それこそ魂でもな!』
「……(とんでもねえよ)。飲み込んだあとはどうするんですか?」
『馬鹿だな。吐き出すに決まってるだろう。……オイラは知ってるか? 赤と白を混ぜれば、ピンクになるんだ』
「? はい。青と赤を混ぜれば紫にもなりますね」
『そうなのか!? ……お前、オイラのくせに天才だったのか……。ま、まぁいい! 飲み込んだ光と空気のエネルギーを混ぜて吐き出すと、全然別のすごい力になるんだ!』
「えー、と。すごいってどんなふうに?」
『水と光もなかなかすごかったな! 夢の中では、世界が消し飛んだぞ』
「やべぇよ! ってか、夢かよ!(思わず声に出して言っちゃったよ!)」
『オレ様は、夢のプロフェッショナルだからな! 限りなくリアルに近い効果を期待できる』
「尚更やべえ!」
◆
「ーーー、闇に、物質やエネルギーを取り込み、ーーー分解して、ーーー混ぜ合わせ、ーーー新たな物に変成する、と言うことか」
『ま、そんな感じだな。つまり、バーっとやって、周りの物を集めたら、グチャグチャのばらばらにして、ドン! っということだな! ようやく理解したか。さて、ではそろそろオレ様を……』
「出さないってば! そして分かるかぁっ!」
そんな風にオイラが、意味不明な闇の力に四苦八苦していると、フェンリル様に跨がり、仮面と白い毛皮を羽織ったレイス様が現れた。
何ゴッコをしているのかは知らないが、両目の下に逆三角形の赤いペイントを入れられている。
オイラは跪いた。
レイス様は巨大な神獣フェンリル様の上からオイラを見下ろし、そして言った。
「私の名前は、サン。人間なんか嫌いだ!」
「え? レイス様、ですよね? はい、人間が嫌いと言うか、勘違いされた為苦手だと言うことは、母様達から聞きました」
「ーーー。……そうだ。レイスの名は、レイスだ。よく分かったな。なんでもナイ。この事は誰にも言うな」
レイス様は、そう言って仮面を取られ、顔を顕にされた。
誰にも言うな、とは多分人間嫌いの事だろう。
確かに、創造神様が、大っぴらに1つの種族を特定して、“嫌い”等と言ってしまうのは、まずい事なのだろう。
オイラは大きく頷き、絶対に言わない、と返事をした。
「ナイトメアは、相変わらず一緒か?」
「はい。最近では、オイラが起きているときも、普通に話しかけてくるようになりました。寝てるときは、まるで乗っ取られでもしたように、ナイトメア主体の夢を見て、ちょっと寝不足気味な程です」
「寝る? そうか。お前達は、寝なければいけなかったな。なる程、ハイエルフと違い、頭の使い方の効率が格段に悪いな」
……。馬鹿にされてるわけではないんだとは思う。
事実、父様達ハイエルフは、その気になれば一月寝なくても平気だしね。
だけど、何だろう。 物凄く、凹む。
垂れたオイラの頭に、何か柔らかいものが触れた。
「まぁ、ナイトメアを看てくれているから、特別にちょっといじってあげる。ニルに必要な睡眠時間は10分。その間は、夢も見ずに超速で脳の回復をする。それ以外の眠りは惰眠。寝てもいいけど別に取らなくてもいい。…。だけど気を付けて。本当に寝てるその10分の間は何が起きても、目を覚ますことはないから」
オイラが頭を上げると、いつの間にフェンリル様の背から飛び降りたのか、レイス様が目の前に立っていた。
オイラの頭に、聖手を置かれていた。
「眠るといい。今回は、フェンリルにその眠りを守らせよう。いいな。フェンリル」
レイス様がそう仰った途端、突然オイラの瞼が抗い難いほど重くなり、手で押さえても止められぬ程の力で落ちてきた。
「賜わりました。」
! 神獣フェンリル様に守られるとか、畏れ多すぎます! 父様に見つかったら、激オコされます!
だけど、目を閉じたオイラは、言葉すら出すことが出来ず、その場に崩れ落ちた。
『おい! オイラ! このまま寝たら、オレ様の入る隙も無い眠りに落ちるぞ! そうだ! 寝る前にレイス様に言うのだ!オレ様を解放するように! 神は万能なのだから!』
「言わないりょ! 滅ぼさせ……なり、からねぇ………」
オイラは力の限り、否定の言葉を叫んだ。眠すぎて、ろれつが回らなかったけど、それが限界だった。
オイラには見ることができなかったけど、その時レイス様は微笑んでいたんだ。
「ギドラスと仲良くしてやってくれてありがとう。レイスは少し、眠り続けるギドラスに、可愛そうなことをしたと思ったことがあった」
何故ギドラス様が、眠り続ける宿命を負ったのか、オイラは知らない。
オイラは、ナイトメアをうざいとは思うけど、多分大好きだ。
だから、レイス様のお願いが無くても、きっとこれからもナイトメアとオイラは友達のままだと思う。
寝ても覚めても、聞こえていたナイトメアの声が、段々と聞こえなくなっていく。
ーーー大丈夫だよ。 ナイト、メア ちょっと寝るね
起きたら マタ アソボ…… ォ
「よく眠れ。ーーーこれが、アインスの言ってた、“感謝の気持ち”? ……なるほど。ニルよ、お前の願いは、全てレイスが叶えてやる」




