神は、ナイトメアを、エルフに託し賜うた
「顔色が悪いよ? 大丈夫? ニル」
ルフルがオイラの顔を覗き込んで、心配そうに声を掛けてくる。
「何でもない。ただの寝不足さ」
オイラは何でもないといったふうに、素っ気なく答えて、その話を終わりとした。
創造神様方から、祝福を受けたあの日から、既に一月が経とうとしていた。
光と植物の祝福を受けたティニファは、まだ日も登らぬ程の時間から早起きして、陽気な精霊達と月明かりの中で、空が白むまで踊り続けることが日課となった。そしてその年にして、成人したハイエルフに負けぬほどの美しい妙技を身に付けた。天才だな。まぁ、ハイエルフはダンスや舞に、さほど興味は持ってないんだけどね。
ティニファの踊った跡にできる不思議な形のサークルは、今や“フェアリー・サークル”と呼ばれ、愛と幸福の象徴として、森の皆に有難がられている。そのサークルの中で告白したら、両想いになれるんだとか。ホントかな?
それから、土と風の祝福を受けたシャンティは、大人のハイエルフ達に交じり、戦術の修練も受けるようになった。
今までだって、弓や剣の稽古などはしていたけど、そんな遊びみたいなものじゃない。SS級の聖獣や魔物達との模擬戦も含めた、ハイエルフの名に恥じない本格的な修練の方へだ。技量はまだまだ足りないようだが、その姿は、決してハイエルフに見劣りするようなものでも無かった。
水と熱の祝福を受けたルフルは、オイラと遊ぶことをやめ、空いた時間に精霊達と語らうようになった。
やがて出ていくときの為の勉強なんだと。
オイラも勉強しろって? ヤダね。
オイラは、初めて見て、初めて聞いて、感動したいんだ。つまりは、ルフルみたいないい子ちゃんとオイラとは、始めから馬が合わなかったってコト! 別に、遊んでくれなくなったって、ちっとも寂しくなんかないよ?
そんな感じに皆にそれぞれの目標に向かって、その祝福を持って進み始めた。
ーーーオイラ? えー、と。あー、オイラはね、……。
『オレ様を出せ!! この世界を滅ぼせぇ!!』
オイラの頭の中で、頭痛と共に暗い声が響く。
『出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ……』
「うるさいよ。そんなに言われても、出せないから」
オイラは頭を抑え、ため息を漏らした。
ーーーそう、みんなが素晴らしい加護を受け、輝かしい未来に歩みを進める中、オイラだけは、ーーー呪われていたんだ。
加護を受け、3日ほど経った頃だろうか。オイラは眠ってるとき夢を見たんだ。
雲もない真っ暗な空。どこまでも続く、ひび割れて枯れた大地。オイラは何故かそこに立っていた。遠くからなにか黒い靄が、オイラを見つけ、近付いてきた。
夢はそこで覚めた。
始めは、オイラも変な夢、と思って気にしてなかった。だけど次の日も、そのまた次の日も、同じ夢を見た。
夢の中に現れる靄は、日を追うごとにだんだんオイラに近づいてきた。
そして一週間経ったある日、靄はとうとう、オイラの前に立った。
巨大な黒い馬だった。
次の日の夢では、黒い馬は初めから目の前にいた。
オイラも流石に、この頃には、これがただの夢じゃないと思い始めていた。
黒い馬が喋った。
低く、暗く、闇の中から響くような声だった。
『自由が欲しい。どこまでも駆けたいのだ。オレ様の全力で、何処までも自由に』
オイラは、恐ろしいと感じつつも、返した。
「自由に駆けていたじゃないか。この広い世界の向こうからここまでずっと」
『オオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーーォン!!』
黒い馬が、信じられない声量で咆哮した。
もとより動かない体が、更に固まる。
『違う! 違う! 違う! 違う! お前は馬鹿か? これは夢だ! 夢の中なぞつまらない! オレ様は、自分の思い通りになる退屈な夢なんかイヤだ! オレ様の自由は、夢の中にしかない! そんなの自由じゃない! オレ様は、自由が欲しい!』
黒い馬は、恐ろしい声を震わせながら、幼子のように、オイラの前でそう嘆いた。
ーーーオイラは、同情した。
オイラも、自由を欲する者だから。
自由とは、己の望んだことすべてを叶えることだ。やりたい事をやる、ただそれだけ。
だけど、世界にはしがらみが多すぎる。
この黒い馬が、何者なのかはわからない。
だけど、何らかの形で、この夢の世界に囚われ、泣いているんだ。
オイラは思わず、馬に手を差し伸べていった。
「オイラと友達になろう、夜の馬。いつかきっと、オイラが君を開放してあげる」
『とも……だ……ち?』
夜の馬は、不思議そうに首を傾げ、オイラをまじまじと見た。
そして、少し考えるように黙り込んだあと、言った。
『開放してくれるのか! 絶対だぞ! あとオレ様とお前は、友達じゃなくて、主人と子分だぞ。ーーー夜の馬か。ふふん。悪くない。あだ名、と言うやつだな! いいぞ。オレ様の名は、ギドラスと言うが、夢の中にいる間は、夜の馬と呼ぶが良い。寛大なオレ様が許すぞ』
ーーーーーーーーーーーーー……。
「げぇ!」
オイラは思わず、変な声を出した。
だって、ちょっと待って。え? ギドラス様?? 終焉の魔物ギドラス様?
人違いならぬ、魔物違いですよね?? 同姓同名の別人、否、別魔物てすよね?
『いいか。オイラよ。オレ様を開放するんだぞ! 絶対だからな!』
「いや、オイラの名はニルだよ。って言うか、開放する方法ってもしかして……」
ギドラス様、否、ナイトメアの言葉にオイラはツッコミを入れつつ、切実な願いを込めて、ナイトメアの言葉を待った。
『あぁ、決まってるだろう。ハイエルフ共を集め、オレ様を呼び起こせ。この世界を終わらせろ』
最悪だよぉーーーー! 超絶に最悪な答えだよぉーーーー!
無理ですぅーーーーーーーーーーーーー!!
そこでオイラの夢は覚めた。
寝巻きの下着は汗でビッチョリ。心臓はバクバクと脈打ち、軽く息も上がっている。興奮したせいか、目眩と頭痛もする。
オイラは一息、大きく息をついて、思った。
ーーーあれは、夜の馬なんかじゃない。
ーーーあれは、悪夢だ。
◇
オイラは当然、直ぐに世界樹様の所に行って、レイス様を呼んで頂いた。
主神様を呼び出すなんて、父様達が知ったらどんな顔するだろう。この前の面白い顔以上の顔をするかも知れない。
言っちゃおうか? いや、今はそれどころじゃない。この現状を、何とかしてもらわなきゃいけないんだから。
「ニルか。どうした? 虫嫌いは克服したか?」
「まだです! それより、オイラの夢にナイトメア……ギドラス様が、現れるようになったんです! そして、オイラに世界を終わらせて、自分を開放しろって言ってきたんです!」
「ギドラスが?」
レイス様は、珍しく表情を崩されて、目を見開かれた。
オイラは頷く。
「ーーーそうか。多分、同じ闇の力をあげたから、それに共鳴したのだろう。ギドラスは、元気そうだったか?」
「はい、夢の中では、大きな馬の姿をして、荒野をひた駆けていました。夢の外を自由に走り回りたいそうです。駄目ですよね!? 世界、終わっちゃいますよ!」
「かまわない」
「そうですよね!ーーー……え?」
当然否定の言葉が出ると思っていたオイラは、耳を疑った。
「終わったなら、また創ればいい。ギドラスがそうしたいと言うなら、手伝ってあげるといい。頼んだぞ、ニル」
「え? えぇ?」
ーーー嘘でしょ?
オイラは、全身から力が抜け、その場にへたり込み跪いた。
世界樹様は、いつもの様に、葉を風に揺らしながら、美しい音を奏で、静かに佇んでいる。
オイラは思った。
こういう時こそ、言ってやってください、と。




