神は人を救いあげ、魔法を与え賜うた
今更ですが、この話は、世界樹の観点から描いています。
一段落のうちに、千年くらい経ってることもあります。
人とゴブリンは、本当に弱かった。
日照りがほんの1年続けば死に、雨が1月も降り続けば死ぬ。
絶滅し切る前に2人は保護し続けたが、それでもあまりに手が掛かる。
ある日とうとう、ゼロスがポツリと音を上げボヤいた。
「あのさ、レイス。創っといてなんなんだけど『弱くしすぎたかな』と思うんだ。保護してせっかく少し増えても、大地に放って五十年も経てば、その数が半分になっちゃうんだよね」
「ゴブリンもそう。弱すぎた。創り直す?」
レイスは頷きゼロスを見るが、ゼロスは煮え切らないように返答を濁す。
「んー、でも減りながらも、頑張って生きようとしてる人の子を見てると、何だか創り直すのもな……」
するとレイスが気持ち口を尖らせ、不満を溢す。
「ゼロスは優柔不断。どの道、レイス達の手出しがなければ生き残らない。数カ月の日照りで死ぬ。数カ月の連続降雨でも死ぬ。火に焼かれても、水に沈んでも、土に埋まっても、身体がちょっと欠けただけでもすぐに死ぬ! 人とゴブリンは死にすぎ。レイス、別のにしたいっ」
レイスが久しく長い抗弁だ。だいぶ苛立っているのだろう。
それを察したゼロスは、宥めるように言った。
「だったらさ、手を掛けなくても生きれるようにしてあげよう。だけどそもそもレイスは【人】の手助けや保護はしないし、【ゴブリン】はラムガルに任せきりじゃない」
あ、最後の一言は余計だったかもしれないぞ? ゼロス。
……案の定レイスはゼロスの言葉に、キッと鋭い視線を向けた。
ゼロスの額に冷や汗が一筋流れる。
だけどレイスは直ぐに溜め息と共に肩を落とし、視線を反らせながら小さく言った。
「レイスは、ゼロスと、アインスと、ラムガルと、天使達と、もっとみんなで遊びたい。レイスとラムガルが、マナでちょっと実験すると吹っ飛んで死んでるし、天使達が歌の練習してると、勝手に聞き惚れて、食べるの忘れて死んでるし、いっぱい死ぬと、ゼロスが世話しに行って遊んでくれなくなる。レイス、もう嫌だ。創り直したい」
そう言ったレイスは、今にも泣き出しそうだった。
言ってる事は過激だが、その想いを察すると何だかいじましくてキュンとする。
ゼロスもレイスの我儘に、困ったように……だけど嬉しそうに笑いながら言った。
「そうか、そうだね。わかった。じゃぁ、一緒に遊ぼう。僕考えたんだけど、大地の形を変えたらどうかなって思ってたんだ。一緒にやろうよ」
「大地の形? なんで?」
「土に凹凸があれば、光の当たるところと、当たらないところができるだろ? そうすれば、暑すぎて死ぬことはなくなる。風も防げるから、寒くて死ぬことも減るんじゃないかな? それから、凹んだところに、いっぱい水を貯めて置けば、いちいち雨が降らなくても、勝手に窪地から水が取れるでしょ? 雨が降り続いて、大地が水浸しになっても窪地に流れるから、乾いてる大地が残る筈だよね」
レイスが気持ち目を見開いた、
「……。やっぱりゼロスは賢い。そんなこと考えつくなんて、凄い」
「ふふ。どう? 面白そうだろ? レイスが大地の形を好きな形に変えてみてよ。そしたら僕が、新しい植物で大地を飾り付けてあげるから」
「! っうん! やる! やろう! ゼロス!」
そうして、レイスは大地の地形を変え、山や谷、池や海を創った。
一方でゼロスは様々な木々や草花を創った。
森が出来て、木材や焚き火で寒さや暑さを凌げるようになると、多少人やゴブリンの生存率は高くなったようだ。
ゴブリン達は各々世界のあちこちに散り、より住みやすい場所を探し始めた。
繁殖力の強いゴブリンは、それで何とかなりそうだったが、ゴブリン程の繁殖力のない人は、そう数を増やす事は出来ず、徐々に減少の傾向を、増加にまで至らす事は出来なかった。
そこでゼロスは人に、マナの操作を教えた。
自身の中に在るマナを使って、外部のマナと共鳴させるという基本の方法だ。
とはいえ、勇者以外の人の中のマナは、ごく少量だ。
それで出来るようになった事と言えば、種火を起こしたり、風を揺らめかせたり、ごく少量の水を空中から抽出する程度。
俺は、それを見て思わず眼をそらせた。
いや、芽しかないけどね。
ゼロスに創られた始祖でない、現存している人々の中に在るマナはごく少量だ。
そして、そもそもそのマナは、レイスの肉から創られた。
同じ肉を持ち、ともに成長しているゼロスにとって、マナは分身のような物。マナの集合体がゼロスと言っても過言では無い。
レイスに至っては、最早言わずもがな。
かく言う俺も、命の水をおやつ代わりにしている為、高濃度のマナで満たされている。
そんな俺達から見たら、人が使えるようになった魔法は、哀れなほど弱々しかったのだった。
しかし、滅びの道を歩まんとしていた人々は、言葉通り神の救いとして、涙を流して歓び、ゼロスに感謝をしていた。
なんだか申し訳なく思ったのはゼロスも同じだったようで、もう少しマナをあげておけばよかったかな、とボヤいていた。
人々は飛び抜けて多くのマナを持つ勇者を中心に集まり、家を、集落を築いて行った。
そして、ようやく人々も、繁栄の道を歩み始めることができたのだった。
レイスの創った夜という帳の下、闇の中で目を閉じた。否、芽を閉じた、かな?
この真っ黒な闇のカーテンの向こうで、ゼロスとレイスとラムガル、それに天使たちは、歌の練習やマナの実験をしている。
大地に影響の出ない遥か上空で、万が一の為に光すら飲み込む闇のシールドを張って。
あ。星だ。
夜の闇の中に、小さな輝きが生まれた。
「レイスだな。きっと。ゼロスと遊ぶのが嬉しくて、マナ破壊並みの魔法をまた使ったんだ」
俺は誰にともなく呟いた。
光すら呑み込む帳の向こうから、燃えてる光が透けて見えるんだ。きっと、数億年はあの光は消えないだろう。
世は事も無し。
みんなが幸せになって、俺はただ嬉しく思うばかりだ。
俺は闇の中、風に揺れるハーティを見た。
ゼロスの創った人は、隣人を愛し協力し生きる選択をした。
レイスの創ったゴブリンは、繁殖力を盾に、ただ自由にあるがままを受け入れ生きる道を選択した。
―――ゼロスとレイスの好みが面白いくらいに出ているな。
俺はそう思い、こっそりとハーティの草原の中、ただ一本でカサリと微笑んだ。