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番外編 〜古代図書館の、忘れられた手記②〜

 レイスを家に連れて帰ると、父と母は一瞬倒れるんじゃないかと言う程驚いて、それからレイスを、僕以上に大切に、チヤホヤと扱い始めた。

 それは、もう()()()()()()()()()だ。


 父に「レイスちゃんを、我が家に連れてきてくれるなんて、お前が私の息子で、本当に良かった」と言われたときは、流石に僕のこの家に於ける、存在意義を疑ったけど、まぁ反対されるよりはよっぽど良い。



 父と母は、金に物を言わせ、世界中からレイスの為にそれはもう、色んなドレスや服やアクセサリーを買い漁った。


 僕は、ピンクのふわふわレースのドレスが、レイスには一番似合うと思ったが、本人はどうも、黒っぽく、先鋭的なデザインの物が好きなようだった。


 始めは着せ替え人形宜しく、1日5度のお召し替えが、レイスの日課だったけど、趣味で父が撮った写真が人気の雑誌に紹介され、壮絶な美女と同じデザインの服と言う事で、そのブランドの服が飛ぶように売れたらしい。

 味をしめた業界は、無償でレイスに様々な服やドレスを提供した。


 レイスは最早、匿名ながら世界のトップモデルとなり、同じ家に居ながらも、僕にとってとても遠い存在になっていった。

 父も母も、他の人たち皆もレイスに魅了され崇拝する。


 ーーーこれで良いんだ。


 良かったんだ。だけど、僕の居場所は以前より、更に無くなったように感じた。



 ◇



「……はぁ」


 使用人の出払った、誰も居ないキッチンの片隅で、僕は小さなため息を付いた。


「どうした?」


「わぁ!!」


 突然話しかけられ、僕は口から心臓が飛び出しそうな程、驚いた。

 レイスだった。


「な、なんでもないよ。ちょっと休憩してただけ」


「……こんなところで?ーーーそう。なら、レイスも休憩する」


 レイスはそう言って、僕の隣にしゃがみ込んだ。


「……。」


「……。」


 続く沈黙に耐えられなくなって、僕はとうとう口を開いた。


「……。 嘘だよ。ちょっと嫌になったんだ。人間ってやつが。だから、誰もいない所でぼーっとしてた。レイスだって、疲れたなんて嘘なんだろ? ありがとう。こんな僕の側に居てくれて」


「? レイスは喋り疲れた」


 レイスの答えに、僕は笑った。

 ほら、やっぱり嘘だ。

 レイスは1週間に、1度か2度程しか、口を利かない。疲れるはずがない。


「人間なのに、人間が嫌になった? 何ならいい?」


 相談に乗ってくれてるのかな?

 僕はちょっとカッコよく見えるように、ぶっきらぼうに言ってみた。


「あぁ、人間なんてもう勝手にしやがれってんだ。キャーキャーぴーぴー煩いし、動物の方がよっぽど可愛げがある」


「……。レイスもそう思う。大したもふもふもないのに、煩いばかり」


 ーーーその言葉を聞いて、僕はフッと、肩の力が抜けた。

 いや、一部よく分からない所はあったが、それはいつものレイスクオリティだ。

 要は、こんなに周りに認められているレイスが、僕と同じで周りに辟易としてるって事。

 立場が違えど僕らは似た者同志なのだ。


 僕が膝を抱えたまま、嬉しくて、思わず表情が弛んでしまいそうになるのを感じた。

 僕が俯いて、そのだらしない顔を、隠そうとした時だった。思いっ切り僕は、レイスに耳を引っ張られた。


「イッッ!!」


 僕があまりの事に、悲鳴を上げようとした時、レイスが僕の耳のすぐ近くで囁いた。


「なら、お前も動物の言葉が分かるようにしてあげる。ゼロスにバレないようにしないといけないけど」


「……え?」


 僕はレイスの言った言葉の意味が理解できず、聞き返そうとした時、レイスが僕の耳に息を吹きかけた。


「なっ、……あ、ーーーあがぁああぁぁーーーー!!!!」


 頭の中まで、燃やし溶かされ尽くされてしまうような、その吐息の熱さに、僕は絶叫し、気を失ったんだ。



 ◇



「レイスちゃーん! お着替えの時間よぉ! どこかしらーー?」


 母がレイスを探してる声が聴こえる。


 僕は、頭がクラクラするのを感じつつ、重い瞼を開けた。

 そこに見えたのは、タイル張りの茶色い床に、使い込まれた木のカウンター、それに竈。そう、キッチンだ。


 レイスは探すけど、僕の事は探された形跡……いや、居なくなったことにすら、気付かれて無いようだ。


 僕は肩を落とし、立ち上がろうと身じろぎした時、聞いたことの無い声がはっきりと聞こえた。


『あいつ、早くどっか行かねーかな? せっかく厨房が空っぽのチャンスだって言うのに、こんなトコで何寝てんだよ。もぅ行くか?』


『まぁ待て。シャーの奴の手口もいつもそうだ。コッチを気にしないふりして、油断したが最後、飛び掛かってくる残虐な手口だ』


『! シャーだと? あの他の奴らより3倍素早いと言われてる化物か!?』


 シャー? シャーなら知っている。家で飼ってるメスのシャム猫の名前だ。

 細身で甘え上手で、中々すばしっこい。


『そうよ。 だが、俺だっていつまでもやられっ放しじゃねえぜ? この前とうとう、シャー専用の赤いアレをザクッと噛み切ってやったのさっ』


『凄いなっ! 命知らずかよ。恐ろしいやつだぜ……』


 そう言えば先日、シャーの首に付けてた赤いリボンが、切れて庭に落ちてたな。

 また新しいのを、すぐに付けてあげたけど。


 僕は、不思議に思って、そちらに視線を巡らせた。


『『!!?』』


 鼠が居た。


『やばい! あの人間、俺らのこと見てない?』


 ビクつく鼠の声が、やっぱり聞こえた。

 それでも信じられない僕は、冗談のつもりで鼠に話しかけてみた。


「君達のすぐ隣の棚に、クラッカーとピーナッツが入ってるよ」


『『……。』』


 鼠は動かない。

 当たり前だ。聞き間違いか、僕の頭が少し寝ぼけてるだけだろう。


『い、……いいのか? 食べて』


「はえ?」


 思わず僕の口から、素っ頓狂な声が出た。


「う、うん。どうぞ。メイドたちにバレないように、袋は破らないように気を付けて」


『……ひゃっほう!! 聞いたかよ兄弟! クラッカーとピーナッツだってよ!!』


『罠……じゃ、いや、罠でもいい!! そこにクラッカーとピーナッツがあるなら、俺は行くぜぇーー!!』



 僕は、喜び勇んで戸棚によじ登り、引っ張り開けようと走り回る鼠達を、信じられない思いで見ていた。

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