番外編 〜古代図書館の、忘れられた手記①〜
学園都市ノルマンの中心地にある、王立ノルマン学園の広大な敷地の一画に、目立たない地味な造りの大きな建物がある。
だがその建物は、頑強かつ堅牢。
何故なら、ガルシア本人の手記を始め、危険な魔法や薬剤の調合、その他世に出回らせてはいけない禁書と言われるものや、貴重な古書が保管されているからだ。
私、ノエルがこの書庫の司書となって、もう10年が経った。
と言っても、一点物の貴重な蔵書が数万点あり、内容把握し目録を確認するだけで、本の虫と呼ばれても仕方ない様な生活を送り続けている。
まぁ禁書指定の物ばかりの為、借りに来る人など皆無と言っても良いし、本は好きだから、この職に就けたことは後悔どころか、幸運と思っている。
今日も私は、独りでこの薄暗い書庫の中を歩く。
本を読みながら、本の文字の羅列の向こうに並ぶ蔵書を同時にチェックする。
視線の焦点を、どこにも合わせないことがコツだ。
視点を合わせてしまえば、フォーカス効果でそれ以外の物は、脳に認識されなくなる。だけど、焦点を合わせなければ、目で理解するのでは無く、目に映ったもの全てを脳が直接理解してくれる。つまりそう、本を読みながら目録の確認をする、なんてことも、余裕で出来るわけだ。
まぁ、このスキルに慣れるには、3年かかった。
だけどこれが出来て初めて、司書補から、司書として認めて貰えるのだから、修めない訳には行かない。
それが出来れば、あとは簡単。
食事中や、就寝前に暗記しておいた目録をチェックしつつ、片っ端から蔵書を読み、内容を把握するだけの簡単なお仕事です。
基本、資料持ち出し禁止だから、ここ数年、自宅で寝た記憶がない……。
ふと、私は本棚の1番下段の端の方、整然と並んだ本の間に不自然な窪みがある事に気付いた。
ーーーなんだろう?
私は本から顔を上げ、その窪みを見た。
本棚の窪みには、他の本達よりふた周りほど小さな、グレーの革表紙の本が並べられていた。
小さいから、隣の本の影になって見えなかった。
「ーーー自作の本、か。“獣使いの大罪”。 誰の手記?」
私は読んでいた本を小脇に抱え、その本を手に取り裏に表に返してみた。
著者の表記は無い。
私の読んだ目録の中に、こんな題の本は無かった。
本に指をかけ、最初から最後までパラパラと流す。
詳細は分からないけど、どうも自伝の様だ。大して長くもない。
「まぁ、休憩がてら、ちょっと読んでみようか。丁度喉が渇いたところだし」
私は独り言を言って、踵を返した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ーーー獣使いの大罪ーーー
僕はこの事を記そうか、大いに悩んだ。
何故なら、これは、僕のあまりに愚かな失態の告白なのだから。
僕の永遠の愛しい乙女、レイスに捧ぐ。
ーーーある時僕は、森の中で聖獣を従える乙女に出逢った。
僕は少年の頃から、決して見栄え良くはなく、あだ名は豚、チビ、鼻垂れ極太眉毛と、見た目そのままなのに酷いものだった。
僕の家は親が商売に成功できていた為、それなりに裕福で食べたいものを欲しいだけ食べられたことが、その原因だとは感じている。
中でも、隣に住むウィルと言う名のひょろ長い男の子は特に酷く、僕の事を“豚”と言いながら、面白がって殴ったり蹴ったりなんて事もして来た。
本物の豚は殴らないくせに、酷くない?
原因は自業自得と言われればそれまでだけど、所謂イジメに遭い、僕に友達はいなかった。
だからみんなに内緒で、僕はコッソリ聖域に行っていた。誰にも会わなくて済む。それだけの理由だ。
ある日僕は、いつもの様に聖域を散歩していた。
朝の空気がしっとりと冷たく、辺りにはうっすらと霧が掛かっている。
森に差し込む朝日を受けたその霧が、森を一層幻想的に輝かせていた。
僕はいつもの散歩コースである、泉に向かう。
大きな泉なのに澄み渡っていて、周りに少し開けた場所があり、季節に合わせて色とりどりの花を咲かせていた。
木々の隙間を抜け、泉の広場を覗いたとき、僕はギクリと体を強張らせた。
何故ならそこには、伝説の聖獣、ユニコーンがいたからだ。
しかも、そのユニコーンは静かに頭を垂れ、一人の裸の少女に気持ち良さそうに、頭を撫でられていた。
ユニコーンと言えば、その知性は人より遥かに高く、魔法を自在に操り、とても気位の高い生き物と本で読んだ。
姿こそ美しいが、少しでも機嫌を損ねれば、たちまちに殺されてしまう、魔物同様に恐ろしい相手とも言われている。
ーーーあの子が危ない。
そう思った瞬間、僕の体は自然に動いた。
木陰から飛び出して、叫んだんだ。
「危ない! 離れて!」
その瞬間、閉じていたユニコーンの目が見開き、凄まじい速さで立ち上がると、全身から揺らぐオーラを立ち昇らせ僕を睨んだ。
「危ないとは、どっ、どのクチが言っている!? べっ、別に私は、“このシュチエーションって、レイス様をちょっとペロペロしても良いんじゃない?” とか思ってなかったよ!? そう、絶対に!!」
僕の鼓膜を魔法で揺すり、ユニコーンが吠えてきた。
何を言ってるのか、ちょっと理解できなかったけど。
「‥‥チッ。人間のガキか。ハイエルフさん達、何やってんだよ。もうちょっとだったのに‥‥」
よく分からないけど、ユニコーンはそう言って、僕に殺気に近い怒気と怨念を向けてくる。
ーーーヤバイ。これは、
殺される。
僕がそう思った時、裸の少女がスッと手を上げユニコーンを制止した。
「ヤればゼロスが怒る。気にしないで。人間の勘違い」
「そっ、そうですよねっ! 勘違いですよね!! 私がレイス様にとって危険だなんて、ありえませんよね! 今後も、いつでももふもふしに来てくださいね!」
少女が小さくコクリと頷くと、ユニコーンは逃げるように、走り去って行った。
「大丈夫!? ユニコーンはとても美しいけど、気性が荒くてとても危険なんだ! 無闇に近づいちゃ駄目だよ!」
僕が少女に駆け寄り、注意した。すると少女は、愛らしく首を傾げ、短く答えた。
「レイスに危険はない」
「君はレイスって言うの?」
レイスは小さくコクリと頷いた。
レイスに危険は無い、とはどういうことだろう?
ユニコーンは乙女に心を許し、襲わないという事と言うことなのだろうか?
ーーー!
レイスの言葉の意味を考えてる最中、僕の思考は突然ぶっ飛んだ。
だって、ーーーレイスは、“裸”だったんだ!
真っ白いサラサラの髪に、尖った細い顎。筋の通った小鼻に、長いまつ毛、それに潤んだ大きな瞳。
改めて見ると、レイスはこの世のものとは思えない程、美しい少女だった。
それが、恥ずかしげもなくその肢体を、一糸纏う事なく晒している。
「ーーーっあの、コレを!」
僕は恥ずかしくなって、思わず着ていたコートを脱いで、レイスに突き出した。
「? 何?」
「服を知らないの?」
「知ってる」
「なら何故、何も着ていないの?」
「ーーー。 !? 」
レイスは無言で、少し目を見開き、僕のコートを受け取った。
「どーー‥‥、ううん。もし良かったら、僕と来ない?僕の家、お金持ちだから、レイスにたくさんの服と、住む場所をあげられるよ」
どこから来たの? 僕はその言葉を飲み込んだ。
何故なら、服を着てなかったり、ユニコーンを従えていたりと、これはどう考えても異常だ。レイスはきっと、それらの事について話したくないだろうと思ったからだ。
僕は、何も聞かず、レイスにこの森を出て、僕の家で暮らさないかと提案してみた。
この時ばかりは、僕の家がお金持ちで本当に良かったと、心から思った。
「たくさんの服、‥‥」
レイスはそう呟くと、コクリと頷いた。
今日、金曜ですよね!?
風邪をひいてしまい、熱で朦朧としている今日この頃……。
皆様もお気をつけください!
ブクマ、勝手にランキング投票、ありがとうございました。




