神は勇者の魂を創り賜うた 〜gift〜
―――マナ破壊の大爆発から、500年程の時が流れた。
爆発から生き残ったハーティの草も衝撃の影響で、その後更にその数を半数以下に減らした。
完全消滅を恐れたゼロスはハーティに命の水を与え、なんとかその減少をとどめる事が出来たのだった。
また、レイスの控えめな気候調節も効いて、最近やっとまた、元通りの緑の絨毯が蘇ってきている。
しかし正直、二人の間にはまだ拭いきれない溝のようなものがあった。
ゼロスはレイスにあまり目を合わせようとせず、レイスは元々大人しく、無口な性格から声を掛けられずにいるのだ。
だけどこの日、レイスはとても頑張った。
レイスは勇気を出して、ゼロスの背中に震える声をかけたのだ。
「……ゼロス。レイスはゼロスに、プレゼントがある。そして仲直りしたい。ゼロスの宝物壊してゴメンナサイ。レイスはとっても反省してル」
「……なに?」
自分も目を合わそうとして来なかった気不味さからか、ゼロスは、しどろもどろに返事をした。
「コレ、レイス、ゼロスのタメに一生懸命創った。あげる」
そう言ってレイスは、透明な……だけど白く輝く小さな丸い宝石を差し出した。
「なに? これ」
ゼロスは振り返り、レイスの小さな掌に乗せられた綺麗な玉を、まじまじと覗き込んだ。
「これは魂の結晶。好きな肉塊に移し替えて入れられる。創った肉が死んで土になっても、その魂は滅びない。また取り出して、別の肉に入れられる。ゼロスの好きな永遠。消えないもの」
「っ!?」
ゼロスは息を呑んだ。
一瞬ゼロスの目は興奮に輝いたが、直ぐ我慢するように、ゼロスは目を綴じて言った。
「いい。いらない。だって約束しただろう。魂には【死】をって。……僕の方こそ、いつまでも意地を張ってごめんね。そんなのなくったって仲直りしよう」
そしてゼロスは、思わず見惚れるような輝く笑顔をレイスに向けた。
レイスはホッとした顔で小さく息を吐き、そして魂の結晶をゼロスの手に無理矢理押し付け言った。
「良かった。だけど、これはやっぱり、ゼロスにあげたい。レイスには、永遠の魂を持つラムガルがいる。ゼロスも創れば、それでゼロスもレイスも一緒」
いつも無口なレイスの精一杯の申し出に、ゼロスは照れたようにため息を吐いて言った。
「しょうがないなぁ。じゃあこれは貰っておくよ。……その内取っておきの肉を、この魂に創るからね」
「うん。ゼロスは上手だから楽しみ」
無表情だが声を弾ませてそう言ったレイスに、ゼロスはふと思い付いたように提案する。
「あ、そうだ。後ラムガルに、肉の成型の仕方を教えてあげるよ。そうすれば自分で自分の肉体を、変える事が出来るようになるでしょ。レイスはどうも下手クソだからね。永遠にあのままは、ちょっと可哀想だ」
ゼロスの提案へレイスが頷く前に、その近くにいたラムガルが、慌てて声を上げて主張した。
「否! 余はこの姿が好きでございます。このままが良いのでございます」
ゼロスとレイスはそんなラムガルをじっと見つめる。
ラムガルはもう必死だ。
そこで、その様子を見ていた俺が、やんわりと間に入った。
「そうだね、ラムガル。大好きなレイスに貰ったその姿は、とても君らしくていいよ。だけど洋服を変えるように、姿を変えられるようになっておくと、楽しみが更に増えるかもしれないよ。『300年ほど角を生やしてみようかな』とかね?」
俺の提案にラムガルは少し考え込むと、ゼロスに膝を突いて頭を下げた。
「不遜な発言をしました。もし今更で願えるならば、是非ともゼロス様に肉の成型の極意を、教えて頂きたい」
ゼロスは笑って頷いた。
「いいよ。今のは、僕の言い方が良くなかった。ラムガルは『自分を好きになりなさい』って、レイスに言われてるもんね。仕方ないよ」
「有難き幸せ。感無量にございます」
それからゼロスとレイスは以前より仲良くなり、それぞれの創造物とも積極に交流するようになった。
具体的に言えば、ゼロスはラムガルに肉の成形を教え、レイスは天使達に実験で得られたマナ操作のノウハウを教えた。
―――そして。
「みてみて! 出来たよ! 魂の結晶用の肉!」
「レイスもできた」
二人は、新たな創造をした。
ゼロスは黒い髪をした、美しい人間の少年と、ゴ―ルドプラチナの髪を持つ、可愛らしい少女を創った。
そしてレイスは……。……?
なんだろう? 人の形をしてるけど、尖った耳に尖った鼻、歯は不器用さが伺えるガタガタした並びで、肌は緑。目は白目の無い漆黒……。
「2人共とっても上手だね。ゼロスは相変わらず細かい所まで、繊細で美しいよ。レイスの方は……目がつぶらで、とても可愛いね」
俺は2人の創ったものを褒めた。
「僕ね、男の子の方にこの魂を入れるんだ。だけど男の子1人じゃ寂しいと思って、可愛い女の子も創ったんだよ。きっと2人はお互いを好きになって、お互いを大切にするよ」
得意気に説明をするゼロス。
そして続いてレイスも得意げに俺に自慢してくれる。
「レイスも、今回上手に出来た。とっても可愛いと思う」
「そうかな? 僕は……あまり、可愛いとは思わないけどな」
すぐさまゼロスがレイスに言う。
だけどその時、レイスの創造したものが声を上げた。
「ゴブッ」
「あ、ゴブって鳴いた。可愛いから、コレはゴブリンにする」
……なるほど。“ダーリン”とか、そんなノリか。うん。いいと思うよ。
―――こうして、ゴブリンが出来た。
レイスは得意気に、尚も俺にその解説をしてくれる。
「ゴブリンは、とっても弱く創った。1年で死ぬ。五分水に沈めただけで死ぬし、弱点がいっぱいある。だけど、いっぱい種を残せる。30日で大人になって、種を作れるようになる。1回の種づくりで5個の種が作れる」
喜々として語るレイスのその設定に、ゼロスは顔をしかめた。
「えぇ……僕はゴブリンで大地が一杯になっちゃったら、ちょっと嫌だな。あんまり美しくないんだもん」
するとレイスは解説をやめ、ゼロスを見つめながら何の未練の欠片もなく言う。
「そうなの? だけどもう設定しちゃった。どうする? 潰す?」
「え? いやレイスが一生懸命創ったんだから、そこまでしなくていいよ。レイスは気に入ってるんでしょ?」
そして、ゼロスは少し考えて提案した。
「そうだ! ゴブリンが増え過ぎたら、僕の創ったこの“人間”に減らさせていい?」
死を良しとするレイスは、嫌がる素振りもせず『いいよ』と頷いた。
「僕の創った【人間】もね、とっても弱いんだ。ゴブリンよりちょっと強いくらいかな? 寿命は100年位で、種が作れるようになるまでは15年。一度に作れるのは1人。……数じゃゴブリンに負けてしまうだろうね。だけどきっと勇敢に戦うよ。そうだ! 魂の結晶を入れる“人”には、マナを多めに入れてあげる事にしよう。ゴブリンが増えすぎた時、頑張ってもらわないといけないからね」
結構残酷なことを言うゼロスに、レイスは感心したように頷いた。
「ゼロス賢い。いい考え。ゴブリンが増え過ぎたら、確かに全部の面倒見るの大変。調整は必要」
「面倒見るのが大変なら、ラムガルに管理させればどうかな?」
「!」
ゼロスの案に、レイスは目を見開いた。
「ゼロス、本当に賢い。ラムガル、ゴブリン達の面倒見てやって」
「賜りました」
レイスの指示に、ラムガルは短く応えた。
こうして、不滅の魂を与えられる特殊なマナを持つ人の子は“勇敢に戦う者”として【勇者】と呼ばれる事になったのだった。