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世界樹の呟き 〜チートを創れる可愛い神々と、楽しく世界創造。まぁ、俺は褒めるだけなんだけど〜  作者: 渋柿
最終章 起点回帰【邪神と呼ばれた少女は世界から溺愛される】
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世界樹の袂3

 

 男がその赤ん坊を見つけたのは、とある一人の子供を養子に貰い受ける為、この森に向かっている途中での出来事だった。

 だから男が赤ん坊を抱いて森に着くと、先に来ていた他の立会人達は皆顔をしかめ、口々に男を問い質した。

 その赤子をどうする気かと。

 その立会人達にとっては、予定されていた子こそが重要で、予定に無かったその赤ん坊は招かれざる客だったんだね。

 だけど男は、そんな面々に全く悪びれる様子もなくこう言ったんだ。


 “この子も育てます。だってこの世界にもう一人幸せな子供がいた方が、これからその子の生きる素晴らしい世界が、更に少し素晴らしくなると思いませんか?”と。


 そんな不器用で前向きな男の意見に、立会人達は半ば呆れながらも黙り込んでいた。

 その沈黙を是と受け取った男は、続けて俺に嬉しそう笑いながら言ったよ。


 “よかったら、この子に名前と祝福を与えてやって下さい。この子()世界一幸せになれるように”


 勿論俺は喜んで承諾し、その赤ん坊にクワトロと言う名を贈ったんだ。


 それから男は立会人に見送られながら、二人の子供を連れてジャック・グラウンドの大地へと渡っていった。

 豊かな自然の中で、伸び伸びと育てたかったんだそうだ。


 雄大な自然の中で健やかに育つ二人の子供達は、それはもう可愛いと評判だった。

 特にクワトロは。思慮深く思いやりのある子だと皆感心していたよ。

 そうして、沢山の者達に見守られなが、クワトロ達はとても幸せそうに暮らしていた。


 ―――だけどそんなある日。クワトロに先天性の疾患が見つかったんだ。

 しかもその疾患とは致命的な物で、男がクワトロの状態気付いた時にはもう、既に手遅れな域にまで小さな身体は蝕まれていた。

 男はクワトロを助けたい一心で手を尽くし、たった一筋だけクワトロを救う方法を見つけた。

 だがその方法とは、クワトロにとって大きな代償が伴うものだった。


 男は悩み、そして決断を下す。


 ―――数十年間の延命をクワトロに施し、その代わりとして、クワトロの人間としての血と肉を、今後永遠に手放させるということを。


 そうしてその時は命を繋いだクワトロだったが、その後のリハビリを兼ねた闘病生活は想像を絶する程の過酷なものだった。

 大の大人ですら自我を捨て、発狂してしまう程の苦痛が、幼い身体に休むことなく襲いくるのだ。

 男の看病も虚しく、その苦痛に曝されたクワトロの精神も徐々に崩壊してゆく。……だが人間としての最後の一線を越えてしまいそうになったその時、それまで共に過ごしてきた少女が、クワトロを抱き締めこう言った。


 “ 今は苦しくても我慢してね。


 私もクロがよくなるまで、我慢して待ってる ”


 その少女はクワトロに一緒にいたいと言い“未来”を願ったのだった。


 その言葉に失くしかけていた我を取り戻したクワトロは……―――




「っっちょ、ぐがぁーーっ、待ぁぁってってぇ!!!」


 延々と語り続ける世界樹に、俺は堪らず背を向けて踞り、話を遮るように叫び声をあげた。


『どうかしたかい?』

「どうもこうも……恥っっっっっず!! ムリ、これはムリだっ、……ヤバ、死にたい……」


 頭を抱えて羞恥に身を捩っているとふとハイエルフ達の話しが脳裏を過る。


 ―――人は世界樹の前に立つ時、試練さながら己の日々の行いの善悪により、苦しむ事がある。


 あぁ、成る程。

 俺は学園で不機嫌になったりはするものの、普段は多分そんな目茶苦茶悪いことしてる部類の奴ではない。―――けど、これは控え目に言って無理。聞くに耐えない。

 ユウヒが何やらかしたのか知らねーけど、後ろめたいことが僅でもあれば正面切って向かい合いたくねぇ気持ちが今すげえ分かる。やらかしてなくてもしんどすぎるから!


『そ、そんなにヤバイの……? 生きて! クワトロ!』


 うっせぇわ!

 オロオロと枝を揺らす世界樹に思わず内心で突っ込むと、俺は息も絶え絶えに振り向き必死で訴えた。


「おっ、俺の話はも、もういいです。別の! 別の話で、どうかっ!!」

『そう。勿論いいよ。…………あ、でもどうしよう、共通の話題が他にないんだけど』

「……―――っ……」


 なんだろう。この全身から力の抜ける感じ。

 敬うとか、圧倒されるとかじゃないけど、この感性の噛み合わなさに俺は脱力し、極自然な感じに五体投地していた。


『大丈夫かい? クワトロ、どうか顔を上げて』

「無理です」


 もう辛い……疲れた……精神的に。


『そんな……ごめんね。俺って樹のくせに話の()も持ってなくて』


 そうじゃない。っつか普通樹は喋らねーんだわ。もう嫌だ、声に出して突っ込むのもめんどくせぇ。

 そして俺は実感する。

 やっぱ世界樹はハイエルフ達の言うように唯の樹じゃない。間違いなく“様”付けするに値するやべぇ奴だって。

 あぁ、もう早くここから帰りたい……。


 心が折れ、突っ伏したまま早く逃げ出したいと願ったその時。なぜか不意にクソ親父の呑気な顔が脳裏を過った。

 ノルマンの寮に入ってから、あのクソ親父の所に“帰る”なんて感覚は失くしきってたのになんで?

 そしてふと思う。


 今はクソ親父が憎くて、ウザくて、顔も合わしたくないと思う……けど、そういや昔は頼もしくて誰より誇りに思ってたっけ。


 俺は突っ伏したまま、ポツリと呟くように言った。


「俺の話はもういいんで、その……。 クソ……いえ、俺の親父の話を聞きたいです。ノルマンの英雄って言われてる“シアン”の」


 さっきは羞恥のあまりの口を挟めず流してしまっていたが、語りの中に出てきた“男”ってのは間違いなく親父のこと。

 つまり世界樹様は、俺の全てを知ってるように、親父の全ても知ってるってことだ。


『シアンの? 勿論いいとも。あの仔の何を聞きたいのかな?』


 そう言って穏やかに枝を揺らす世界樹様に、俺はふと後ろめたい気分になる。

 ……多分、この方は俺の知らない親父の秘密なんて全部知ってるんだろう。そして俺が訊ねれば、その全てを語ってくださる。―――だからこそ、きっとこの方をこういう風に利用してはいけないんだ。


 頭ではそう分かっているのに、俺はゴクリと唾を飲むと震える口を開いた。

 全てを暴くつもりはない。……だけどひとつだけ、どうしても聞いておきたかった。


「お、親父は……俺をキメラにするって決めた時、どんな様子でした?」


 キメラから、親父が俺をキメラにしたって聞いた時は、裏切られ、騙されたんだと思って凄く悔しかった。アイツなんか信じられないと思った。 ……いや、本当は信じたくなかったんだ。親父がそんな奴だったって。

 だから親父を憎みつつも実際に本人に問い質すことはしなかった。

 親父の口から、万が一にも「そうだ」と聞きたくなかったんだ。


 俺は息を止め、世界樹様の声を待った。


『うん。よく覚えてるよ。……あの日、そうするしかないと知ったシアンはとても怒っていたね』

「怒ってた? どうして」

『怒りとは悲しみの表現方法の一つだ。クワトロの理不尽な運命が、あの仔は悲しくて仕方なかったんだよ。それからクワトロを今後どうするか問われると“自分にはクワトロの運命を選択する資格なんてない”と懸命に言い張ってたね。“クワトロの人生はクワトロのものだから”って』

「だけど俺には何も……そんなの一言だって親父から聞かれなかった。相談なんてされてない」

『うん。あの日のクワトロは幼くて、それを深く考え抜いて選択する程の力がまだ備わってなかったんだ。だからシアンは最後に、憔悴しきった様子で一人で決断した。……だけどよっぽど辛かったんだろうね。その決断を下してからクワトロが人間の血肉を手離す最後の瞬間まで、シアンは泣いていたよ』


 ……そう言えばうろ覚えだけど、ずっと昔、朝食を食ってたら何故か親父が泣いてた事があった。親父が泣く所なんて初めて見たから、あの日の俺は驚いて慌てたが、その理由を知ろうとはしなかった。

 そこまで、頭が回らなかった。


「親父はなぜ泣いたんですか? 将来、こうして、俺が親父を憎むのを分かってたから?」

『いや、それは覚悟の上だったよ。でもシアンは君を()()()()()世界一幸せにすると自分に誓ってたからね。その誓いが果たせなくて、悔しかったんだろう』

「……でも俺はそんな誓いなんか知らない。そんなの親父のエゴですよ」

『そうだね。そして“キメラ”とは、いつだって人間のエゴと愛によってこの世に生み出されるんだよ』


 そう相槌を打つ世界樹様に、俺は肩の力を抜いて、小さな溜め息を吐いた。

 最早この世界樹様の前で意地を張るのもバカらしいと思ったのが半分、そして残りの半分は、……ホッとしたんだ。


 親父が、俺の親父だったことに。



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