許されざる者 ~キール視点~
《キール視点》
最近、ふとした拍子によく考える。
キールはこのままでいいんだろうか、と。
周りの皆は相変わらずキールに優しくしてくれるし、仲が悪い訳じゃない。
しかも最近は、キールを『ツガイにしたい』などと言う変な奴も仲間に加わった。
とはいえ、ツガイ(?)とかキールにはよく分からないから、キールはただこれからも、これ迄通り皆と楽しく過ごせればいいやと思っている。
……なのに、最近とても胸がモヤモヤするのだ。
『ねえ、遊ぼう!』
『うんっ』
キールが誘えば、いつだって小さなクロは満面の笑みを浮かべて答えてくれてた。
だけど、最近なにかが違う。
「遊びたいの? うん、いいよ。何がしたい?」
「クロは何がいいと思う?」
「キールが遊びたいんだからキールの好きなことをしようよ」
「クロは……」
「俺はなんでもいいよ。キールは?」
「うん。キールはね、クロと遊びたいの」
「ん。じゃ、なんでも言ってみて」
「……」
……何かが違う。何かが噛み合わない。
キールはクロと遊びたい。たけどクロはもう、キールと遊びたくなくなったの?
「違って、クロは……」
「だから俺じゃなくてキールの……あ、そうだ。じゃ、キールの好きな草原の坂道コロコロごっこしようか」
「クロもコロコロする?」
「俺はいい。キールを坂ノ上まで運ぶ役をするから」
一緒に……、じゃないよ。
これ迄通り、皆と一緒に楽しく過ごしたいと思うのに、一緒にいるけど一緒じゃない。
クロは大きくなって、賢くなって、かっこ良くなって、どんどん一緒じゃなくなっちゃう。
皆もだ。皆行っちゃう。一緒じゃなくなっていく。
「……しない…。コロコロしない。やっぱり遊ばない」
「一緒にして欲しかったの?」
「違う」
一緒にして欲しかったんじゃない。一緒にしたかったんだよ。“したい”って、“遊びたい”ってクロも思って欲しかったの。
「……もういい」
うまく気持ちを伝える方法が分からない。
クロや皆ならきっともっとうまく出来るのに、キールだけは出来ないまま。
何も出来ない。守って貰ってばかり。助けて貰ってばかり。優しくして貰ってばかり。
何よりも、誰よりも大好きなのに、キールだけなにも返せない。
キールが何も言わず俯いていると、クロは困ったようにキールの頭を撫で始めた。それから暫くすると、クロは今朝知り合ったばかりのエルフ達に呼ばれ、申し訳なさそうな顔をしながら黙り込むキールを置いて行ってしまった。
構わない。放っておいて欲しかったから。
本当は一緒にいたいけど、キールはクロを困らせたくないから。
……自分がもう、よくわからない。一緒にいたいだけなのに、なんで……。
「どうした我が愛し子よ」
一人で居たかったのに、またあの変な新入りがやって来た。
この新入りは出会った時からキールより大きくて、賢くて、強い。なのに、こうして何も出来ないキールをいつも気に掛けて構いにくる。
ううん、隙あらばキールの側に居ようと虎視眈々と狙ってすらいる。……何故?
「ん? 我の顔になにかついているのか?」
「付いてない、と思う。キールには目がないから見えないの。キールに見えるのはクロが見てるセカイだけだから」
「そうであったな」
新入りはそう言うと、固い毛に覆われた頬をキールに擦り付けてきた。
「我が愛しき子よ。我はそなたの側に居る。そなたの視界に入れずとも、どうかその心の片隅に入れてくれぬか」
「……何を言ってるか分からない。心にどうやって入るの?」
「我の事を考えてくれればいい。。花の香りを嗅いだ時、肌に風を感じた時、獣の遠吠えを聞いた時、そんな時は我を思い出し、そしてこうして共にあれる時は、ただ安寧と幸せを感じてくれ。それが、そなたの心に我が居ると言うこと」
……花の香りを嗅いだ時……キールはいつもクロを思い出す。風が通り抜けた時も、獣たちの声を聞いた時も、クロと過ごした日々を思い出す。ううん、何もない時も、今だってずっとクロの事を考えてる。
キールの中にはクロが居る。
クロが、キールの全てだから……。
と、その時。ふと新入りが頬を擦り付けるのをやめ、少し寂しそうな声で言った。
「だが、そなたの心に我は居らぬ。分かっているとも。我等の主こそが、そなたにとってかけがえのない者だということくらい」
「クロがあなたを大切に思ってる事は知ってる。だから、キールもあなたを大切な仲間と思ってる」
トーンの下がった新入りの声は悲壮で、キールは悪いことをしたわけでもないのに慌ててそう言い訳をした。
だけど新入りは機嫌を治すどころかフンスと鼻を鳴らすとキールを前足ではっしと捕まえてその場に寝そべった。
そしてザリザリとしたヤスリのような舌でキールを毛繕いしながら少しふて腐れたように言い放つ。
「それでは満足できぬのだ」
……と、言われても。
クロの事を考えるのは簡単だけど、この新入りの事を考えるのはキールにはとても難しいことだ。何せ無意識でしてしまってることだから。
「あなたは……、あなたの中にキールは居るの?」
「居るとも」
「何をしていてもそなたの存在を思い出す。遠くに居ても我が愛し子が幸せに過ごしているかと思いを馳せ、側にいる時は少しでも長くそなたに触れていたいと思う」
そう話す新入りの声はいつの間にか穏になり、ついでに喉の奥からゴロゴロと心地よさ気な大きな音が響いてきた。
すっかりリラックスしきって、心から幸せそうである。
私は新入りの鳴らす大きな喉の音を聴きながら、またクロの事を考え始めた。
クロはいつも側にいるけれど、もうキールと一緒じゃなくなってしまった。
クロは相変わらずキールに優しいけど、この隔たりがある限り、キールの中にあるこのモヤモヤが晴れることはないだろう。
この先いくら想っても、どれだけ側に居ても、きっともうクロはあの頃のようにキールと同じにはなってくれないんだ。
そう、哀しみに打ちひしがれる程にこの音が……いや、隣で幸せそうに喉を爆音でならし続ける新入りが羨ましく、そして妬ましくなった。
「あなたは本当に幸せそうだね。悩みなんてないんでしょう」
「ああ。例え悩み等あっても詮ないこと。そう想える程に幸せだ。愛しきそなたがここに居るからな」
愛しい……? 大好きと似てるけど少し違うその気持ち。
それがあればこの胸のモヤモヤが晴れて、なんの不安も不満もなく、こんな風に幸せそうに呆けることが出きるのだろうか……?
キールはポツリと呟いた。
「キールにも、愛せる……?」
独り言と思われたのか、その言葉に新入りが答えることはなかった。
まぁ実際それはキールの独り言だったし、キールの気持ちがこの新入りに分かる筈もない。
と、その時ふと、新入りのゴロゴロという喉を鳴らす音に混じって、クロがこっちに近づいてくる足音が聞こえてきた。
「キール! これから世界樹様の近くに行くんだけど一緒に行こう」
「行かない」
「なんで? 行こうよ。ラーガ達も皆行くんだよ?」
「行かないってば!」
「わ、分かったよ。分かったから」
それからクロは皆を連れてエルフの里を出ていってしまった。
とは言え、この変な新入りだけは当然のようにキールの側を離れることはなかった。
キールは少しの期待を込めて、そこでくつろぐ新入りに意地悪な質問をする。
『あなたは行かなくてよかったの?』
『必要ない。我は今既に、この世で最優先に対面せねばならぬ者の側にいるからな』
間髪入れず返されたその答えに、キールは密やかにホッと胸を撫でおろす。
新入りは特に気にする様子もなく、また上機嫌にキールの毛繕いを始めた。
それから暫くしたいようにさせていたのだけど、不意に突然、なんだかキールがとてもずるいことをしてるような気分に襲われた。
キールは大好きなクロにはいつも何かお返ししたいと思っていた。だけどこの新入りには何を貰ってもそんなこと微塵も思わない。
欲しい言葉を強請っておきながら、それが当然だと無視を決め込む自分がいる。
とは言え、ごめんねと言うつもりもない。実際、言う程でもないだろう。
だからお詫びとして、キールは心の中で少しだけキメラの事を考えることにした。
クロが帰って来るまでの間だけだけど、このキメラを“キールの心の片隅においてみよう”と、そう思ったのだった。




