ルシファ-の帰還 4
長らく期間開いてすみません。いつも勢いだけで書くのですが、今回思うように話が纏まらず、何十回と書き直したりしてました。
遅くなりましたが再開させていただきます。
そうオレが言って辞退した瞬間、何故か突然辺りの空気が凍りついた。
周りに視線を巡らせるとハデスを含む亡者共が悲痛な表情を浮かべ硬直し、信じられないとでも言いたげにオレを凝視している。
「な、なんだよ?」
今の一連の流れでおかしな事は言ってない筈だ。なのにそんな妙なリアクションを返され、オレも思わず表情を強張らせながら恐る恐るに尋ね返した。
すると、それまで死体のように硬直していた亡者共が、悲嘆に暮れた様子で堰を切ったようにオレにすがり付いてむせび泣き始めた。
「オォォゥゥフ……折角帰ってきたのに……俺達と遊んでくれないんですか、ルシファー様ァァっ」
「あぁ……あぁ! 我等はこの日を待ち焦がれていたというのに……酷いぃ……うぉぉぉん……」
地底に亡者共の悲痛な嗚咽が響き渡る。
……つか酷かねーよ。どんだけ遊びたいんだよ。暇もて余しすぎだろお前ら。
半目になりながらオレが亡者共の嘆願を静かにスルーしていると、ハデスが引く程マジ泣きしながらオレに震える手を伸ばし訴えてきた。
「そ…んな、ま、マジすかぁルシファー様ぁ。俺ぁこの日を楽しみにしながら……リリスの姉御が差し入れてくれたリバーシーして過ごしてたンっす」
「へぇ。いいじゃねぇかリバーシー。楽しそうで」
「……10年っス……ずっとリバーシー……十年間ずっとひとりでやってたんッスよおぉぉおぉぉっ」
「は……?」
思わずオレは耳を疑い、震える声でハデスの言葉を反芻する。
「な……ひ、一人? ……そんな馬鹿な……だってあれは……二人でするものっ…………それを、十年……?」
哀しすぎる!
孤独な亡者の訴えに、ついオレの決心が揺るぎそうになる。……が、オレはグッと奥歯を噛み締めなんでもない風を装うとハデスに言った。
「ゴホン。わ、悪いな。オレだって遊びてぇが、如何せん重要な御勤めの最中だしさ。ま、なんと言うかほら、子供達が健全に成長していく様を見守るって義務を全うする為にも、オレは今の内にしっかり休息して夏休み明けに備えきゃなんねーんだ」
そう。それこそが大人の義務というものだろう。
大人は休み返上で働いて、子供が楽しめるよう尽くす。そして休暇があればしっかり休み、自身の体調をキッチリ整えておくのだ。休み明けにはまた、あの子等の相手をつつがなくこなす為に。
そんなオレの状況を漸く汲み取ってくれたのか、ハデスや亡者共は漸くオレへの誘惑を諦め、不平をぼやきながらも踵を返した。
「はぁぁ~っマジスカー、折角帰って来るっつーから楽しみにしてたのに。あーぁ、つまんねぇー」
「ま、しゃーねーっすわな。お偉い神様の頼みは俺達の頼みより崇高っすからネー」
「ほぉん。俺等よりたかだか十数年の付き合いのガキ共の方が大事ってか。ま、所詮俺等なんぞ烏合の衆っすもんねぇーっ」
「……」
堕ちた魂共だけあって、見事に神をも畏れぬ暴言を吐きまくる我欲の塊ばかりである。
だが分かってくれ。本当は俺だって思いっきり遊びたい。だけどな、今は優先してやんなきゃなんねぇ事があるんだ。
オレは肩を竦め、亡者共の背を見送りながらそっと溜め息を吐いた。
仕方ないんだと自分に言い聞かせるが、この気分といったらまるで心に隙間風が吹いている様に寒々しい。
―――……あぁあぁぁっ、お勤め中でさえなけりゃぁなぁあぁぁぁ! 寧ろオレがお前らを誘いまくって、ぶっ倒れるまで騒ぎまくるのに!!!
外面はクールに決めつつも、内心では亡者共以上に絶叫しながら駄々を捏ねていると、隣でその様子を静観していたマリアンヌちゃんが起伏のない口調でポツリ呟くように言った。
「―――驚いた。まさか貴男が彼等の誘いを断るなんてね」
「はは、時と場合くらいわきまえてるよ。っつかオレがハデス等の誘いに乗るって言ったところで、どうせマリアンヌちゃんはオレを止めるんだろ?」
「まぁね。“医者”の立場としては自分の患者が【死神】と遊ぶだなんて馬鹿な事言い出せば、常識的に黙って見過ごせる筈ないじゃない。ルシファーの癖に随分賢い判断が出来るようになったのね」
「ははは……」
相変わらずの高慢で高圧的な皮肉たっぷりのマリアンヌちゃんのからの褒め言葉。オレはそれを苦笑をうかべつつ受け流す。
だってマリアンヌちゃんはこう見えてあの賢者レイルの同期にして友人だ。いちいち噛みついても返り討ちに遭うのは分かりきっている。
するとマリアンヌちゃんはしみじみとオレの顔を見詰め、それから深いため息を吐いた。
「はぁ……だけど同時につまらない人になったものね。だってルシファーの個性と言えば、どんな相手からの誘いでも飛び付いていくその無謀な馬鹿さにあった訳じゃない?」
「は、はは……」
暴言が過ぎる。ってか三秒前に“医者として当然止める”って言ってんのにどうしろってんだよ。
―――そんな理不尽すら笑顔を絶やさず耐えていると、マリアンヌちゃんはペンを弄び三段雪だるまの飾りを頬に押し付け、オレを上目使いに見詰めてきた。
「そりゃ“医者の私”としては当然止めるわ。止めるけど……“私”個人としてはそんなルシファ-が好きだったのよ?」
「は、は、………………は?」
一瞬、オレの思考がフリーズした。
それから一拍遅れてオレは取り敢えず相槌を打つ。
「あぁ、そうなんだ」
だが更にその一拍後、オレは凄まじい勢いで面を上げてマリアンヌちゃんを食い入るように見つめた。
「んん? ええ!!?」
ちょっと待て。今オレなんか、凄い唐突に告白されなかったか? あの氷の女王と名高いマリアンヌちゃんから?
あり得ないとは思いつつ、つい不安と緊張から驚愕の声を洩らすと、オレとマリアンヌちゃんの視線がバチンと合う。
そしてその瞬間、察しの良いマリアンヌちゃんの表情から感情の一切が消えた。
そして侮蔑のこもった低い声でオレに言い放つ。
「は? やめてくださる? あり得ないから」
「うん。だよなー」
オレも間髪いれずに同意した。
……あぁ、吃驚した。いやマジで吃驚した。未だにバクバクと速くなったままの心拍数をなんとか押さえようと浅い呼吸をしているオレに、マリアンヌちゃんは心から不服そうに念押ししてきた。
「まったく……あくまでも“遠目に見ていて面白かった”という意味での“好き”よ? そこを取り違えられると気持ち悪いし不愉快だからきっちり理解しておいてちょうだい」
「わ、分かってるって。間違えてねぇから……」
うん、分かってるよ。オレのモテ期はとうの昔に終了してるし。
ただ勘違いだと断言されて安堵する反面、嫁と同じ顔の女性に完膚なきまでに拒絶されるとめちゃめちゃ凹むんだ。頼むからもう、色々抉らないでくれ……。
オレはこれ以上ダメージを受ける前になんとかマリアンヌちゃんを押し止めると、話を逸らした。
「と、というか、それより! 大人しくしてるオレは医者としては文句ねぇが、人として”つまらねぇ奴”ってなんだよ? じゃあどうしろって話だし」
先程のマリアンヌちゃんの理不尽な指摘を挙げてみると、マリアンヌちゃんはハッとしたように肩を竦める。
「まぁ……そうね、矛盾してるわね。忘れて。個人的な理想と現実の差への葛藤だから気にしないで。おかしな事言って悪かったわね」
「いや、いいけどさ」
マリアンヌちゃんは昔から、感情的になると無意識に攻撃的な話し方になることがあった。
とは言え、今じゃ昔のように意固地になることもなく、指摘さえすればこうして外側から自分を観察し直し、素直に話を聞いてくれるようになった。
ならこっちがしつこく言い返すことはない。
オレは肩を落とすマリアンヌちゃんを責めることもなく、逆にフォローをいれた。
「そう言われて思い当たる節もあるしな。さっき亡者共からも“つまんねぇ奴だ”って言われちまったばっかだし。それにぶっちゃければ今回の夏休みであの子等と別行動になったのは、あいつらはオレといてもつまんねぇと思ってるから、なんだろうなぁ……」
若干自虐混じりのフォローついでに、最近悶々としていた本音まで溢れてしまう。
そして一度溢れてしまった本音は、止まることなく愚痴となって口を突いて出てきた。
「……オレはあの子等になんかしてやりたい。なのに構えば構うほどウザがられる。ハデス達とも本当は馬鹿騒ぎしたいのに、今のオレの体力じゃまず間違いなくすぐにぶっ倒れて皆にまた迷惑や心配をかけるんだ。だからってウザがられないように、迷惑掛けないようにとなんもしなきゃどんどん“つまんねぇ奴”になってっちまう。……どうしたら良いんだろうな?」
「そんなの知らないわよ」
マリアンヌちゃんの答えは素っ気ないものだった。
ま、予想通りだな。オレは苦笑しながら肩を竦めて頷く。
「はは、だよな」
「……と、言いたいところだけど」
「ん?」
それで、話しは終わりだとばかり思っていたが想定外にマリアンヌちゃんの言葉は続き、オレは顔を上げた。
「そんなの悩むまでもない至極単純な事よ」




