ルシファーの帰還 3
マリアンヌちゃんは首を傾げながら、答えるかわりにの質問を深掘りしてきた。
「問題? この森の連中ならイヴちゃんが来るなら例外なく喜びそうな者達だと思うけど。―――具体的にはどういった問題を想定してるの?」
「ぐ、具体的? えーっと……」
一瞬、オレは言葉を濁す。
ケントが言っていた“因果律”についての警告を思い出したのだ。
とはいえ、今更引くに引けずオレは笑いながら極力軽いノリで話を濁す。
「えー、例えばそうだな。例えば“オレが死んだり”なんかして?」
「はぁ?」
思いっきり不機嫌に顔を顰めるマリアンヌちゃん。
だが直ぐにフッと意地の悪い笑みを口元に浮かべると、マリアンヌちゃんは悪役令嬢よろしくオレを蔑んできた。
「ルシファーの死の要因なんて、寧ろ心当たりが多すぎるわね。なんせ魔力、戦闘力ともに雑魚レベルなわけだし?」
「ハハ……あの、い、一応この森の古参なわけでそこまで雑魚じゃないかなー、なんて?」
「え? ルシファー、貴男まさか自分を大魚だとか思っていたの?」
心底驚いたように目を見開いて聞き返してくるマリアンヌちゃん。―――……抉るなぁ。
オレは下唇をギュッと噛んで現実を認めた。
「いえ。尾ヒレ背ビレばかりが肥大化しただけのザコです。間違いありません、はい」
オレの返事にマリアンヌちゃんは満足げに頷くと、亜空間から分厚い本を取り出しページを捲り始めた。
「そうね。自分の力を把握するって大事よ。―――まぁ、ただそんな雑魚とはいえ、運悪く流れ弾で瞬殺されるレベルとなれば、相手は限られてくるけどね。今思い当たるのは4……いえ、5名ね」
「5名? 誰だ?」
オレは食い気味に聞き返す。
「その内の一人が、まさにこの【魔窟】を根城にする“冥界神ハデス”。万物に等しく死を与える彼に、逆らえる生物なんていないわ。人間のイヴちゃんやルシファーも例外じゃない」
「あー、ハデスか」
オレは腕を組みウンウンと深く頷いた。
ハデスは昔からの付き合いもあって忘れがちだが、殺傷能力で言えば確かに世界一なのだ。
特にスイッチが入ったハデスは呼吸をするように無意識に他者の命を奪い、相手の生命と未来を奪い取ることに罪悪感を感じるどころか、死こそ祝福であると盲信する始末。
おそらく本気のハデスが魔王軍本隊とやり合った場合、不死身の魔王様を除く全てを一時間とかからず殲滅させてしまうだろう。
―――馬鹿に見えて一応ヤバい奴ではあるのだ。
「そして二人目が暗い森の北部にある【常闇城】を根城とする“夜の覇王ルナ・シー・エルム”よ」
「あー、エルな」
オレは長い金髪の幼い少女のような姿を思い出し、またコクコクと頷いた。
だがエルのその少女の姿に惑わされることなかれ。
夜限定とはいえ、神より他の追随を許さぬ飛び抜けた戦闘能力を与えられた、1万年を超える時を生き続ける“ヴァンパイアの始祖”なのだ。
ま、それだけでも十分SS級に分類されるレベルなのだが、エルは更に恐ろしいことに【神の爪】というバグアイテムから生み出された“大鎌”のチート武器を手に入れ、鬼に金棒どころじゃない無敵さを誇る魔物となっているのだ。
―――オレはふと思い立ってマリアンヌちゃんに豆知識を披露する。
「そういや知ってるか? エルの持つ“デスサイス”には名前が付いててな、“皇帝の玩具”っていうんだ」
「そうなの? 知らなかったわ」
オレの何気ない小話に、マリアンヌちゃんは真面目にも何やらメモを取る。
そしてそれが終わるとまた話を続けた。
「―――続いて3人目と4人目がこの暗い森はの最深部。【古い井戸】を見張る“ヴァンドラの箱の守り人達”」
「あー、ヴァンとドーラか」
ヴァンとドーラとは、神より禁忌とされる箱の守りを命じられた二匹のアシッドスライムだ。
普段はどこか影のあるゴシック調のドレスを身に纏った男の子と女の子のに化けているのだが、禁忌に近付く者は問答無用で溶かし殺す。
そもそもこの呪われた【暗い森】自体が、その禁忌の箱を隠す為に存在していると言っても過言ではなく、彼等こそがこの森の真の主でなのあった。
―――オレは再び思い立ってマリアンヌちゃんに豆知識を披露する。
「そうだ、もしヴァンとドーラに話があるなら、古い井戸には絶対近づかないように気をつけて、カモフラージュに使われてる“小屋”に招待されるといい。ぶっちゃけその小屋は二人の胃袋の中なんだが、そこでなら言葉通り腹を割って話ができるぞ」
と、マリアンヌちゃんの顔が引き攣る。
「……そんな無理矢理掛けてきても面白くないわよ」
「いや、別に笑わそうと思ったわけでは……。兎も角“敵意無し”を示す通過儀礼みたいなもんだから、やましいことがなけりゃ普通に帰ってこれるし」
「通過儀礼にしてはリスクしか感じないわね。そもそもそこまでして彼等と話すことなんてあるかしら?」
「あぁ、あるぞ。オレが初めて会いに行ったのはラウとアビスの面倒を見てもらえないかって交渉だったし―――ま、それ以降も趣味が合うからちょくちょく家具(ゴシック調)や装飾(ゴシック調)なんかのインテリアについての相談をしに……あ、ラウとアビスの様子見るついでにな!」
いつしかマリアンヌちゃんの視線が冷ややかになっていた為、オレは慌てて言い訳じみた言葉を付け加えた。……その後、結局深い溜め息を吐かれたんだが。
「まったく。うちのバカ殿は命がけで一体何の話をしにいってるのかしら……」
「いやでも、趣味に命かけるやつって結構いる……し?」
「知らないわよ。―――あぁ、あと最後が、【針斬渓谷】に住み着いた“鬼才児ギルザム”ね。かつてトゥーリノを一夜にして滅ぼしたあの特異点の問題児よ」
「あー、ギルザムな」
オレの言い訳を華麗にスルーし、面倒くさそうに話を進めるマリアンヌちゃんに、オレもそれ以上その話題に深く触れることなくウンウンと頷いた。
―――ギルザムとは、かつて幼い身でありながら実の親を含む村人を殺し尽くした、異端児とも言える強さと残虐性を持つ魔族の子で、そのギルザムが起こした悲劇は今でも伝説として語り継がれている。
……だがこのギルザムの物語には実は続きがあるのだ。
あの日、トゥーリノを滅ぼしたギルザムはその後【暗い森】へと消えていったとされているが、所詮はまだ幼子だった。
考えなしに衝動的に家を焼き、突然ホームレスとなったギルザムは、その後森の中でガッツリ迷子になったのだ。……アホだな。
いくら尖ったガキだったとはいえ、是迄穏やかな村の中でぬくぬくと暮らしてきたギルザムが、突然なんのサバイバル知識もなく一人になれば、そりゃ途方に暮れる。
……てなわけで、右往左往するギルザムの側をたまたま通り掛かったオレが、古参としての先輩風を吹かせて森を案内してやり、住居になりそうな土地をいくつか紹介してやったわけだ。
そんなこんなで一通り世話をした後に「実はさっき村焼いてきた」とか告げられた時は流石にビビったがな……。
ともあれ、その後ギルザムの親父の魂を復活させることに成功したので親子で話し合いをさせて、今でも家族ぐるみの付き合いというものが続いていたりする。……のだが、そんなことを言えばまたマリアンヌちゃんに呆れられそうだから黙っておこう。
「イヴちゃんと戦闘にならないよう監視するならこの辺かしら」
「うーん。だが監視と言ってもその辺は全員顔馴染だしな……」
「相変わらず頭のおかしい顔の広さね。一応今挙げたものに関しては、他者と馴れ合わないとされる孤高の化け物達なのよ? ハデスに関しては馴れ合えないが正しい表現だけれど」
オレは苦笑する。
「ま、確かに基本単独行動が好き奴らではあるが、話してみると案外面白いんだよな」
「そう軽く話してるけどね。彼等がなにかやらかした際、おそらく貴男の言葉にしか彼等は耳を貸そうとしないわ。―――だから本当に死ぬとか冗談じゃないから、しっかりしなさい?」
……いや、まぁ奴等がなんかやらかすとなれば、オレなんかそれこそなんの役にも立たんと思うが?
その買い被りに内心冷や汗を流しつつ、オレは頷いた。
「き、肝に銘じます」
「ま、万が一の時はデーモン達に護衛を任せるといいわ。彼等なら喜んで貴男の身の安全を守ってくれるでしょうし、いざという時は代償を支払えば今挙げた者達をも凌駕する力を発揮してくれるから」
デーモン達とはオレにとってノリのいいダチで、頼り甲斐のある良い同居人だ。
オレはニッと笑って頷く。
「了解。なんかあった時は容赦なく頼りまくることにする。……デーモン達ってホントいい奴等なんだ。よく巫山戯るが根は真面目でしっかりしてて、色んな頼み事もなんやかんやで聞いてくれるんだよな!」
するとマリアンヌちゃんはフィッと顔を背け何かボソリと呟いた。
「―――因みにデーモン達が利害無しで従順に従うのは、貴男か主神様くらいのものだけどね……」
「え? 今なんて……」
よく聞き取れずもう一度訪ね返そうとしたその時、不意に背後から威勢のいい声が掛けられた。
「ルシファー様ぁーっ! 仕事終わったンスか?! 今日のバトル視聴終わったんで、この熱が冷めぬ内にこれから皆でプロレス大会やろうっつーんですけど、ルシファー様も一緒にやりましょうよ!!」
振り向けば亡者達を引き連れたハデスがいた。
オレは一瞬、反射的に二つ返事で「オーケー」と答えそうになるが、ふと口を噤んでチラリと見るとマリアンヌちゃんを見る。
「……何か?」
澄ました顔で聞き返してくるマリアンヌちゃんに肩を竦めると、オレはハデスに言った。
「いや別に。―――悪いなハデス。今回はやめとく。今のお役目が終わったらまた誘ってくれな」
更新遅くなりました。
何故かこの季節、忙しさも相まってどうしても書けなくなるのですよね……(汗)
ボツボツ更新しますので今後もよろしくお願いします。




