太陽からの伝言 下
「なんで、勝手に……」
うまく言葉が出て来ない。
呼吸すら忘れ、何かの間違いじゃないかと何度もその手紙を読み返していると、突然その手紙が私の手の中からするりと消えた。
驚いて顔をあげると、いつの間にかサンダルを履いて外に出てきたレニーがニヤニヤとしながら私の手紙を読もうとしている。
「なぁーんて書いてたのかなぁ?」
「か、返してっ!」
慌てて私はレニーに飛びかかって奪い返そうとしたが、レニーは私を睨み付け、暴れながら怒鳴り返してきた。
「何すんだよっ! アタシに触んなブス!」
「ブスじゃないっ! 返しなさいっ」
「ブスだよっ、ブッサイクな顔で泣いてこのブス!」
奪い返そうとしながら私は泣いていた。
私はグチャグチャの顔でレニーに掴みかかりながらそれでも怒鳴る。
「しょうがないじゃないっ! だって! だって私、まだなんにも言えてないのに……こんな別れ方ってないわよ。ミックにとってはただの幼馴染でもね、私にとってミックはただの友人なんかじゃなかった! ……なのに! その事も言えないで勝手に行っちゃったのよ?!」
伝えたい事が沢山あった。
昨日の続きが今日もあるって当然の様に思ってた。―――なのに。
ミックが居なくなったという事実に涙が止まらない。
子供のように癇癪を起こして泣く私に、レニーは毒気を抜かれたように暴れるのを止め溜め息を吐いた。
そして僅かに陽が射し込み始めた広場の端へ私を乱暴に引っ張って行き、そこでミックの手紙を私に渡してきた。
「興奮すんなし。ってかその様子だとちゃんと手紙読んでないだろ。ここでもっかい読んでみなっ」
私は涙を拭きながら言われた通り、もう一度手紙を読んだ。
別に書いていることは変わらない。
―――だけど明るい光の下で見ると、その紙の表面に薄っすらと傷が付いている事にふと気付いた。
書き損じ? いや違う。この便箋の前のページに書いた文字が、筆圧で書き写ってしまってるんだ。
薄っすらと。だけど陽の光の下で見ればその傷は濃い影となり、はっきりとその文体を浮かび上がらせた。
手紙の書き出しは手紙の文面と殆ど同じ内容。
だけどその最後には続きがある。
“―――ソラは俺の太陽そのものでした。
それからもう一つ。きっとソラに笑われるだろうと思ってずっと言えなかったことがあります。
実は俺、ソラに守られるんじゃなくて、俺がソラを守りたいとずっと思ってました。
おばさんが逝去されたあの日、涙をこぼさず耐えるソラを見て以来、俺は“ソラを幸せにしたい”と強く願うようになったのです。
だけどこの願いは、世話になったおばさんへの引け目からではありません。
俺はずっとソラのことが大好きでした。
だからソラを俺が世界一幸せにしたい。
こんなことを急に告げられても、きっとソラは困るでしょう。
それに今の俺にはまだそれの答えを聞くだけの力も自信もない。
だけど次合う時迄に、俺はきっとソラを幸せに出来る奴になってきます。
だから今は少しの間さよならをしましょう。
そしてまた会えた時、俺はもう一度ソラに「君が好きだ」と言います。
その時迄に答えを考えておいてください。
―――ミカエルより”
さっきとは違った意味でその内容が信じられず、私は思わず縋る様にレニーに目を向けた。
だが案の定というか……レニーはニヤニヤと笑っているだけ。
「ほぉーら。ラブレターじゃん。ヒュー♪」
「ちょ、待って……っというか貴女どうしてこれを知ってたの?! まさかこの手紙……見たの?! 信じらんない!」
「いや、そりゃ見るでしょ。怪しい仮面の男から預かった紙切れだ。変な運び屋に仕立てられるのもヤだし保身の為だよ」
「くっ……!」
サラリと肯定するレニーに言い返せず、私は唇を噛んだ。
レニーは愉快そうに笑いながらピシンと爪で手紙を弾く。
「しかし男ってやつはホント馬鹿だよねー。こんなもんだけ残して蒸発するなんてさ。こっちの気持ちなんかまるで考えてないただの独り善がりの馬鹿! はっ、誰がお前が帰ってくるまで待つかっての! ねー?」
レニーは笑いながら手紙に向かって一通りの罵詈雑言を吐いた。
それからポケットからスカーフを取り出し、それを私の目に押し当ると少し優しい声で私に言う。
「だからさ。そんな馬鹿の為に泣く必要ないよ。男なんて星の数ほどいるし、さっさと忘れちゃいな」
私の目からは、いつの間にかまたポロポロと涙が溢れ出していた。
だけど私はレニーの親切を首を振って辞退する。
「ありがとう。でもミックは悪くないの。ミックを悪く言わないで」
「?」
そう。ミックは悪くない。
私が我儘だった。
「私、ずっとミックと一緒に居たかったの。だから私、心の奥底では多分“ミックに弱いままでいて欲しい”なんて思っちゃってた。だから無意識に“私が守ってあげる”って……“私なしじゃ駄目だから”なんて言って縛り付けようとしてたのよ。―――黙って出ていくのも当たり前なの。ミックは悪くないのに、私が勝手に泣いてるだけだからっ」
私だってミックが大切だから強くなりたいと思ってた。
誰もが強くなりたいと願うことなんか当たり前なのに、私はミックにそれを認めてこなかった。
私がミックを守るからと言い張って、ミックの感情も、実力も無視して、弱いって決めつけていた。
だからミックは私に一言も言わずに行っちゃったんだ。
レニーは呆れたようにスカーフを弄びながら、泣き続ける私に興味なさげな口調で言う。
「なら待っててやんなよ」
「いいえ、もう手遅れよ。“別々の道を歩む”って書いてあるもの。“次に会う”って言葉は取り消されてたわ。きっとミックは私のことが嫌になったのよ。もう会えないっ、帰って来る気なんかないの……」
「ったく、そうじゃねーだろ」
レニーが苛立たしげに私の言葉を遮った。
「そのミック(?)って奴も自分で分かってたんだよ。今の自分には金も力も甲斐性もないって。だから書き直したんだろ。 ―――つか、寧ろアタイならそんな状況で“お前を幸せにする”なんて真顔でほざいてくる男がいたら顔面をグーで殴り飛ばしてやるね。“他人の人生懸ってんのに適当言いやがって!”てな」
レニーはそう言うと本当に拳を構え、綺麗なフットワークでストレートパンチの素撃ちをしてみせた。
そしてその構えを解くとフット笑って腰に手を充てる。
「……本当は書きたかったんだろうね。全部伝えちまいたかったけど消した。夢を語るだけじゃ幸せどころか飯も食えないからな。―――ま、書き直してくるだけまだマトモな男だと思うよ。信じてやれば?」
「……ええ。私達の仲間内じゃ一番マトモな常識人だったわ」
私はそう言って何故か可笑しくなって笑った。
レニーもニッと笑い、それからふと思い出したように提案をしてくる。
「あそうだ。ね、もしそいつとアンタが結婚したらアタシを式に呼びなよ。アタシこう見えても“裏町のディーヴァ”って呼ばれてるインディーズながらも有名な歌い手なんだ」
「は?! け、結婚なんてっ、考えたこともないし!」
「ほんっとウブいなー。結婚なんてそんな気張らなくてもさ、駄目なら離婚すりゃいいだけのもんだって。寧ろ何回もしてくれた方が盛り上げ役のアタシ等の懐が暖かくなるし……ね?」
「ね、じゃないわよ」
ほんっと、とんでもないことを言う!
気付けばあんなに溢れてきてた涙は止まってる。
それでも未だに残る涙の筋を拭っていると、レニーが一つ忠告をくれた。
「ま、だけど次ソイツに会った時は、絆されることなくちゃんとビンタの一つでもくれてやんなよ」
「どうして?」
「手紙一つで出てくなんて、どんな状況にしろこっちにしてみりゃたまったもんじゃないんだよ。“二度とすんな!”ってよぉく怒鳴りつけときな」
「わかったわ!」
私はレニーの言葉を頭の片隅に刻みつけながら、もう一度光の下で手紙を読んだ。
“―――今は少しの間さよならをしましょう”
さよなら。……だけどきっとまた会える。そう信じる。
ならいつかミックと再会する時、ミックに幻滅されないように私も自分をもっと成長させておこう。
そしてその時は、明日を待つことなくミックの存在がどれ程私にとって心強かったかをちゃんと伝えよう。
どちらかへの依存ではなく、ずっと同じ歩幅で歩いて行けるように。
太陽の下でしか読めないその言葉を見詰めながら、私はそんなことを思ったのだった。
次、ルシファーさん久々の登場デス。




