幸せの行方⑥
俺は小さく溜め息を吐くと、逆に敢えてナルシストっぽくグラスを傾けてみせる。
「ふふ。ま、俺のこの美顔には似合わない服の方が珍しいからな……」
「ミックったら。そんなこと言ったら、お母様にまた“自意識過剰!”って怒られるわよ?」
「あー、確かに」
そう言って俺達は笑いながら、何方からとも無く星空を見上げた。
夜空には小さな星がぽつりぽつりと瞬いている。
俺はまたソラに向き直り、ニシシと笑い掛けた。
「だけどさ。それを言うなら俺だって、会場でソラを見た時はそりゃ驚いたよ」
「どうして?」
「だってソラがあまりに綺麗過ぎたから。ホント、危うくグラス一個割るとこだったんだからな」
と、突然ソラの動きがぎこちなくなった。
「……そ、そう? まぁそれ程でもないけどっ、ぁ、ありがとぅっ。えっと、……あとグ、グラス! 割らないでよかったわねっ」
「……」
あたふたと目を泳がせ早口に捲し立ててるソラを見て、オレは何だか嬉しくなった。
(変わらないな、ソラは)
その精神はいつも凛と誇り高く、実力だって他を圧倒するソラ。なのにこうして俺がちょっと褒めれば、たちまちに挙動不審のポンコツになってしまう。
そんな仕草が可愛くて、以前はあの手この手でからかっては、その後よくソラに怒られたものだった。
「ほんとよかったヮ……グラスを割らないでねっ、えぇ……」
ソラは一人コクコクとそう頷くと、手にしたグラスを一気に呷りホゥっと小さな吐息を吐いた。
―――にしても、ソラの破壊力ってこんなに凄かったっけ……?
何だかつられて俺まで若干挙動不審になってしまう。
「だ、だな……。あんなところでグラスなんか割ったら、それこそソラに恥かかすとこだったし、ホ、ホントよかった。うん」
「私に恥かかすって、どういう事?」
と、俺の早口のようなその相槌にソラがふと眉を寄せた。
俺は「あぁ」と頷き腕をかざして、ソラにテールコートの袖を見せる。
「ほら、今日の衣装は侯爵様が準備してくれたって言っただろ? その付属にさ、これが付いてたんだ。ソラの髪飾りと同じ“ハイドランジア”のカフス」
「カフスボタン……?」
ハイドランジアはドレスによく合わせられる花とはいえ、若干季節外れのこのパーティーで偶然被るなんてことはまぁ滅多にない。
おそらくカイロン様はそれを分かって、ワザと揃えて準備したんだろう。
……とはいえあの狸ジジイの事だ。俺達の仲を取り持とうなんて事は絶対にありえない。
どうせ、ああして結束してソラをハブろうとする奴らの事を見越し、外見の目立つ俺をぶつけて会場の流れを変えようと目論んだって感じだろう。
……まぁ今回ばかりは俺もその目論みに全力で乗りますけどね!
キョトンとするソラに、俺はニッと笑いながらドストレートに説明した。
「つまり今この会場の皆々様からは、俺がソラの“御父様公認のパートナー”って思われてるってことだ」
「はっ?! な、なんで?!」
全く気付いてなかったんだろう。
俺の言葉にソラは目を大きく見開き硬直し、次の瞬間にはあわあわと慌てふためき始めた。
「そ、そんな訳ないでしょっ?! アクセサリーが被ったくらいで……だっ、大体そんな小さなカフスボタンなんて誰も気付く訳ないわよ!」
「いや? 目敏いお貴族様なら気付くだろ。寧ろその程度のさり気なさで揃えてる方が、勝手に想像力を掻き立てくれるっていうね」
俺が笑いながらサラリとそう答えると、ソラは沈痛な面持ちでガクリとバルコニーの手すりにもたれ掛かり、大きな溜め息を吐いた。
(……あれ? 勘違いされたのが、もしかしてそんなに嫌だった……?)
ソラリスの様子に俺はメンタルに大ダメージを受け、胃が急に痛みだす。
俺が無言の笑顔で胃痛に耐えていると、ふと呻き声のような声でソラがポツリと言った。
「―――その……悪かったわね」
「何が?」
「ミックはそういうのが嫌いでしょ? ノルマンでもパートナー制の集まりには一切顔出してなかったじゃない」
「まぁ……」
確かに俺は学園のそういったイベントには一切参加してこなかった。……が、別に嫌いという訳ではない。
これまで一度も参加したことはなくとも、パートナーと楽しげに参加する奴らを見ながら“羨ましい”と思う程度には憧れていたりはしたのだ。
「なのにお父様がミックにそんな役を頼んでたなんて……。知らなかったとはいえ本当にごめんなさい」
申し訳なさそうにそう言ってくるソラに、俺は何気ない素振りを装って打ち明けてみた。
「いや、全然いいよ。俺も実はこういうとこ来てみたかったから」
「え? でも色んな子に誘われてもミックはいつも全部断ってたじゃない」
心から不思議そうにソラが俺を見上げてくる。
俺はグラスのシャンパンを不恰好に啜りながら、ブツブツとボヤくように告白した。
「勇者様じゃあるまいし、誘われたからって誰とでも行くわけ無いだろ。行くなら……―――ソラがパートナーじゃないと俺は嫌だったんだよ」
「で、でもミックも私を誘わなかったじゃない!」
何故か泣き出しそうな顔で俺をしつこく責めてくるソラが、何だかいつもより幼く見える。
俺は宥めるようにソラの頭をそっと撫で、自分で言うのも悲しい言い訳をした。
「だってこんな足の俺がソラを誘える訳無いだろ。ソラはダンスが好きなのに、俺が居たら邪魔になる。だら誘わないし参加もしなかった」
今も昔も俺はソラの足枷でしかないんだよな。
「だから俺は今日ここに来れてよかったと思ってる。ソラが気に病むことなんてなんにもないよ」
そう言って笑うと、じっと俺を見つめていたソラの顔が不意にクシャリと歪んだ。
「あ、あのねミック。私……っ」
そしてソラが何か言おうとした刹那、それを遮る様に俺達の背後から突然ソラを呼ぶ声が響いた。
「ソラリス」
名前を呼ばれ、ソラは俺からパッと距離を取って振り返る。
「お、お父様? どうしたのですか?」
「ここに居たのだね。いや、挨拶回りが終わったから様子を見に来たんだ。パーティーは楽しんだかい?」
「そ、そうでしたか。ええ、とても楽しんでおります。大勢の方がダンスにも誘ってくださり、今はこうして少し夜風に当たっていました」
……この狸ジジイ。と俺は内心でそう罵りながら社交的な笑みを浮かべるカイロン様に笑顔を返した。
「本当に素晴らしいパーティーですね。まるで夜が輝いているようでした」
「それはよかった。―――ただミカエル君。許可無くレディーの頭部に触れるのはマナー違反だよ。今後は気を付けたまえ」
「は、はぁ……気を付けます」
……どっから見てたんだ? この狸ジジイ。
俺が肩を竦めながら頷くと、狸ジジイは満足げに笑い紳士的な所作でソラに手を差し出した。
「それじゃあ楽しんだようだし夜も更けてきた。私達もそろそろ帰るとしようか」
ソラは俺を横目でチラチラと気にしながらも、差し出された狸ジジイの手を取る。
すると狸ジジイはそんなソラの様子を察し、態とらしく俺に笑い掛けてきた。
「ミカエル君も一緒に我が家に寄っていきなさい。随分飲んでいるようだし、酔を覚ましていくといい」
……ドワーフ程ではないものの、エルフは酒に酔いにくい種族である。シャンパンやワインの数杯で酔う筈がない事は、無学な冒険者でも知ってる常識だった。
にも拘らず、俺を酔っ払いと決めつけ誘ってくるその狸ジジイの真意に気付き、俺は頷きながらも内心で深い溜め息を吐いたのだった。
※ハイドランジアはアジサイの事です。
先週半ばよりコロナ陽性と告げられました(;・∀・)ようやく落ち着きましたがしんどかった……!




