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世界樹の呟き 〜チートを創れる可愛い神々と、楽しく世界創造。まぁ、俺は褒めるだけなんだけど〜  作者: 渋柿
最終章 起点回帰【邪神と呼ばれた少女は世界から溺愛される】
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幸せの行方④

 俺達は小舟(クーフ)に乗り、水路を渡ってソラの屋敷へと向かう。

 ソラはシアン(兄貴)達とここを出て以来、父親のカイロン様と一月に数回ずつの手紙のやり取りを続けてきた。

 それもあって、かつては険悪だったその関係も今ではすっかり穏やかなものになってきているそうだ。


「やぁ! 長旅ご苦労だったねソラリス」

「ただいま帰りましたお父様。わざわざ出迎えてくださってありがとうございます」


 ファイブズ家当主カイロン様が大勢の使用人達と共にソラリスを出迎えた。

 かつて憎しみに染まっていたその瞳は驚く程慈愛に溢れている。

 そしてその変化は俺に対しても影響しているようだった。


「当然だよ。それにミカエル君もソラリスを無事に送り届けてくれてありがとう。疲れただろう」


 そう言って俺に友好を示す握手を求めてくるカイロン様に、俺は警戒を悟られないよその手を取って挨拶を返した。


「いえ。それより今回はソラリス嬢のデビュタントという重要な席に、俺なんかまで招待して下さりありがとうございます」

「君はソラリスの大事な友人だからね。手紙にもいつも君の事が書かれていたよ」

「そ、そうなんですか?!」


 驚いてソラを見れば、ソラは頬を膨らませて向こうを向いていた。


「さぁ、それじゃあソラリスは中に入りなさい。ミカエル君には宿を取っておいたからそちらで休んてくれたまえ。カロメノス観光協会で今年グランプリを獲得した一級の宿でね。一週間後のこの子のデビュタントまでは、そこでゆっくりと寛いでほしいと思う」

「過分なもてなしに感謝申し上げます」

「この程度気にする必要はない。もし入用があれば宿に使いの者を出させるといい。どんな対応にも答えるよう伝えてある」

「ご厚意感謝します。それでは俺はこれで」


 俺は深く頭を下げてその場を後にした。

 カイロン様も早くソラと水入らずで話ししたいだろうからな。


 それから俺も懐かしい街並みを眺めながら宿屋に向かったのだが、流石にこの街の領主様の紹介というべきだろうか。

 指定された宿のその豪勢な作りに、俺は宿の前で思わずたたらを踏んてしまったのだった。


(……絶対ドレスコードとかあるだろ、ここ)


 そう思いつつ長旅のままの格好でコソコソと受付に向かうと、宿屋の人は俺の泥臭い姿には何も言わず、丁寧な対応で部屋に案内してくれた。


 用意されていた部屋は1階。しかも俺の脚が悪い事を伝え聞いていたらしく、部屋のバルコニーにはダッキー用の藁を敷いてくれていて、宿内もダッキーに乗って自由に移動していいと融通を利かしてくれた。

 ……まったく何だこの神対応。こんなん俺も最高評価つけるに決まってる。


 これだけで既にこの宿を信頼しきったチョロい俺は、早速用意されていた部屋着に着替えて、久々の柔らかいベッドに身を沈めると完全に脱力モードで寛いでいた。

 だがその時、ふと部屋のドアがノックされる音が聞こえてくる。

 

「はい?」

「仕立て屋の者でございます」


 何のセールスだろうと思いながら扉を開けると、そこには大きなトランクケースを片手に、首からメジャーを下げた妙齢の女が立っていた。記憶にないが誰だろう?


「ミカエル様のお部屋でお間違いございませんね。私は侯爵様よりご依頼を受けてまいりましたラメリア工房の者にございます」

「あぁ、えっと、何でしょう……?」

「侯爵様からは、ご息女様のデビュタントへの御出席の際に着られる御服について御用命を頂いております。つきましては本日中に少々測量のお時間を頂きたいのですがよろしいでしょうか?」

「ま、マジか……」


 流石にそこまで手を回してもらうのは気が引けた……のだが、聞けばデザインは全て既に指定されていて、支払いもお済みとのこと。

 後は寸法を測るだけだからと言われ、結局断りきることは出来ず、俺は仕立て屋に一着服を仕立ててもらうことになったのだった。

 測量を終え御服屋の女は「普段着にどうぞ」と手にしていたトランクケースを置いて帰っていった。

 開けてみると中にはセンスのいい高級そうな外着が4着と、それに合わせた4枚の仮面(マスカレード)が入っている。

 このカロメノスで仮面(マスカレード)といえば人気のお洒落アイテムの一つで、観光客向けの土産屋などでもリーズナブルなお値段でよく売っていたりする。だが老舗専門店のものとなればその桁は0が2つほど変わってきたりもした。

 そしてここに準備されたものは、明らかにそのクラスのものである。


「……金持ちって凄いな。なぁ、ダッキー」

「グワァ」


 その一枚で俺なら軽く一月は食い繋げるだろう仮面を、俺はダッキーと共に恐る恐るに見下ろしていた。


 そうして暫しダッキーに抱きつきながら気分を落ち着けるてた俺だが、やがてトランクの中に入っていた小洒落た服と仮面を引っ張り出して着替え始める。

 そしてダッキーに跨ると、手綱を握って声を掛けた。


「ま、せっかくだし出掛けるか」

「グワッ!」


 こうして俺は街に繰り出したのだが、特に何処に行こうという訳ではない。

 昔ソラと身を寄せていた空き家や、記憶にある小道をなんとなしに見て回るだけだ。

 あちこちを見て回った後、最後に俺がよく下手な歌を歌いに来てた、人気のない小さな広場にやって来た。


 俺はそこに座り込むと、何となく久し振りにハープ弾き、一人弾き語りを始めた。

 自分で言うのも何だが指は縺れるし、音程は外しまくるしで相当酷い……。


 と、その時だった。



 “―――ね、また一人で歌ってるの? 相変わらず下手くそね”



 ふと、そんな懐かしい声が聴こえた気がして俺は顔を上げた。

 だけどそこには誰も居らず、ダッキーが退屈そうに毛づくろいをしているだけ。

 俺は肩を竦め、また一人ハープを鳴らし始めた。


 別に待ってた訳じゃないし、約束をしていた訳でもない。

 だけど何となく……それから舞踏会までの一週間、俺は毎日ここに来ては下手くそなハープを鳴らし続けていたのだった。




 ◆◆◆




 それから一週間。結局俺は一度もソラに会うことはなく舞踏会当日を迎えた。


 本来貴族達のデビュタントは、新年の舞踏会シーズンに行われる事が多い。

 なのにソラのデビュタントがこのサマーシーズンに行われるのには、まぁ色々貴族の間での裏事情ってやつがあるようだった。

 つか、ぶっちゃけると一部の貴族達から“穢らわしい混血の私生児と、大事な自分の娘が同じ日にデビュタントを迎えるんて許せない”という苦情が上がったせいである。


 それを聞いたソラリスは「剣術部で冬の遠征があるから丁度いい。私は夏の方がいいわ」と気丈な言葉でオロオロとする父親を安心させていた。

 ……だけど多分、ソラ的にはフォローでも何でもなくそっちが本心だったんだろうなぁ。


 そんなことを考えながら夕焼けの赤い光が射し込む宿の部屋で、俺はソラの父親が準備をしてくれた舞踏会用の衣装に着替えていた。

 シワ一つなくカッチカチに糊付けされたシャツを着込み、黒のテールコートを羽織る。シルクのポケットチーフの形を崩さないように胸に押し込みタイを整えると、仕上げにハイドランジアの花をモチーフにモリオンがあしらわれたカフスボタンで袖を留めた。

 着替えを終えた俺は金の鍔のロッドを片手に鏡の前で胸を張ってみる。


 ―――うん。流石金の力。完璧だ。

 そして同じく準備されていた額から鼻先までを覆う白い仮面(マスカレード)を顔に付ければ準備は完了だった。

 デビュタントという格式の高い舞踏会でも、このカーニバルシーズンでは仮面(マスカレード)を付けていっても失礼に当たらないとされているのは幸いである。

 俺がダッキーの手綱を取りロッドを突きながら歩いて部屋を出ようとすると、ダッキーは不思議そうに俺を見詰めてきた。


「グェ?」

「ごめんなダッキー。服を汚せないから今日はお前に乗れないんだ。でも会場までは一緒に行こうな。帰りは乗せてくれるか?」

「グワッ」


 ダッキーは快く頷いてくれて、俺はゆっくりと舌足取りで会場の大ホールへと向かったのであった。



 ◆◆◆



 ホールに着くと、そこには既に煌びやかなドレスや俺と似たような格好で身を包んだ貴族達が集まっていた。

 一般枠入場の俺はデビュタントを迎えるソラとは違うゲートから一人で入らなければならない。

 俺はこういった貴族の集まりに参加すること自体初めてなのだが、思いの外緊張することはなかった。


 ……というのも、彼等の遣り取りがかつてイヴ達と遊んだ“おままごと”のセリフそのままだったからだ。


「ムッシュ。外套をお預かり致しましょうか」

「あぁ頼む」 

「それでは素晴らしい夜をお楽しみ下さい、ムッシュ」

「ありがとう。今宵、君にラベンダードラゴンの幸運が訪れんことを」


 そんな淀みないやり取りの後、俺は相場の2割増しのチップをボーイに渡す。

 ボーイは完璧に俺を貴族と思い込んだようで、恭しく頭を下げていた。


 会場に入ると俺はシャンパンを片手に壁際に陣取り、ソラの姿を探した。

 広いホールに集まった人々は、貴族特有の真意をオブラートに包んだ話し方で各々の自慢話に花を咲かせている。

 そんな中でふとある会話が耳に入り、俺は反射的にそちらを向いた。


「それで、今年はマザーの継子がデビュタントに出られるとか?」


 見ればソラリスの継母がご婦人方に取り囲まれている。

 世間体を気にする彼女もまた、ソラに冷たく当たっていた者達の中の筆頭だった……のだが。


「そうなの! とても喜ばしく思うわ。小さかったあの娘がこうしてとうとう晴れの舞台に立つんですもの。あの子の継母としてこれほど嬉しいことはなくてよ。オホホホ!」

「流石マザーですわ!」


 ……一瞬耳を疑い、どんな嫌味なのかと真剣に考えてしまった。

 しかし話を聞いていれば、何となくそのカラクリが見えてきた。

 どうやらあの継母は現在、慈善団体を立ち上げ、孤児院への寄付や貧民層への学問斡旋、医療施設の運営援助等の取り纏め役に就いているそうだ。

 そこで継母は“マザー・テルマ”と呼ばれ、ノブレス・オブリージュの体現者として女神のように讃えられているのだとか。

 そんな肩書きを手にした継母が、孤児あがりのソラリスを邪険にできるわけがない。

 継母は過去のことなど完全に勝手に水に流し、その肩書を確固たるものにする為、夫の過ちを寛容に許し、更にはその娘を一人の尊厳ある人間と扱っているとアピールし、自身の慈母力を周囲に見せつけていたのであった。

 群がる婦人達も継母を「マザー、マザー」と褒めはやしては、その高潔な婦人に同意する自分に酔いしれている。


 ―――だけどま、慈善事業をするには金が必要なわけで、その金を出してるのはもちろんカイロン様である。

 つまりカイロン様は貴族としての家名の格を上げながら、妻にそれを管理させることにより妻の自尊心を擽り、更にはその自尊心から家庭内はもちろん、社交界でもソラを擁護する動きを取らざるを得なくした、と云うところだろう。

 相変わらずの狸ジジイぶりだと、俺はサメザメとした気分でその様子を眺めていた。


 その後も結局俺はソラは見つけられぬまま、舞踏会は幕を開けたのだった。


 来場者が談笑を交わす中、緩やかに流れていた演奏が弾むようなワルツに変わる。

 続いて僅かに照明の明かりが落とされると辺りが静まり返った。

 するとまるで波のように会場にいた人々が引いて中央にポッカリと円形の空間が出来上がる。

 そしてその開いた舞台に、優美な音楽に乗ってソラリスが兄・ジェイクのエスコートを受けて登場した。


 粛々と進み出るソラは、大胆にも背中が大きく開いた純白のイヴニングドレスを身に纏い、纏め上げた黄金の髪にはハイドランジアの花と真っ白な真珠で出来た髪飾りが飾り付けられている。

 その姿は、もはやどこからどう見ても高貴な貴族の女性そのもの……。

 その普段とのあまりのギャップに、俺は思わず手にしたグラスを落としそうになってしまったのだった。




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