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世界樹の呟き 〜チートを創れる可愛い神々と、楽しく世界創造。まぁ、俺は褒めるだけなんだけど〜  作者: 渋柿
最終章 起点回帰【邪神と呼ばれた少女は世界から溺愛される】
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幸せの行方③

 楽しかった……とはいえ、人里で暮らすようになった俺には危惧していた危険が降りかかることもあった。


 事実、その2年の間に俺が人攫いに連れて行かれそうになった回数は片手の指じゃ収まらない。だけどその都度、ソラリスはあの日の言葉を違えることなく小さい体で懸命に俺を助け、守ってくれた。


 そんな安全ではないが安心できる日々が続いたある日の事。

 俺はソラの母親に一人呼び出された。


「どうしたの? 午前中に検診に行くっていってたけどどうだった?」


 その日母親は、午前中に診療所に行くと言って家を空けていたのだ。

 母親は俺の質問に、いつもと変わらない笑顔を浮かべ答えた。


「それなんだけどね。なんかヤバかったわー。なんと私の余命、あと半年なんだって」

「……え?」


 あまりに突然のことに俺は絶句する。


「最近調子悪いなーとは思ってたんだけどさ。今日行ってなんて診断されたと思う? “栄養失調”だって! この体格で笑っちゃうよね!」

「な、なんで……」


 母親はとても元気に見えた。だから、その言葉のすべてが信じられなかった。


「先生の説明によると細胞? が膨らんで、足やお腹に水が貯まる珍しい病気だそうよ。治す方法もなくて、半年後には色々圧迫されて死んじゃうらしいの」


 大きなお腹を揺らしながら話す母親に、俺は掛ける言葉が見つからず、ただ目を見開いて話を聞いていた。


「そこでよ。カロメノスって土地に一つ思うツテがあって、そこのある人にソラを頼もうと思うの。―――だけど多分、その家にミカエル君は迎え入れてもらえない。だからね……」

「―――大丈夫」


 自分が死ぬって言われたのに他人の事ばかり心配してくる母親。

 この人の負担になりたくなくて、俺は震える声で必死に頷いた。


「俺のことは大丈夫。少年期の変体も迎えたし、あの頃と違ってもう俺は何とでもやっていけるから」

「そっか。ん、安心したよ」

「でも! ……でも、ソラがどこへ行くのかは俺も見届けたい。あなたとも最期まで一緒に過ごしたい……です。―――だから俺も、カロメノスに同行させてくださいっ」


 俺の頼みに母親は頷いてくれた。




 それから母親はすぐに住んでいた小屋を売り払い、俺達はカロメノス水上都市にやってきた。

 ソラにとっては初めての大都市だ。


「ここがカロメノス……舟がいっぱいあるのね。屋台もいっぱいあるわ。お祭りなの?」

「観光都市だからいつもこんな感じね。二人も何か気になるものがあったら買ってあげるわよ」

「いらないわ」

「俺も特には」

「無欲か!」


 母親はそう言うと、近くにある屋台にスタスタ歩いていき、何故か金色の派手なハープとラベンダーのポプリを買ってきた。


「はいあげる」


 意外とでかい金のハープを突然渡された俺は困惑して聞き返す。


「こ、これ何?」

「幸運を呼ぶラッキーアイテムよ。この街ではね、幸運のラベンダードラゴンを神竜と呼んで奉ってるの。ハープはその神竜に触れたラッキーな男の所持品を真似て作ったものらしいわ。そしてラベンダーのポプリは神竜に自分が仲間であることを知らせるアイテムと言われてるの。だからそれを持ってると神竜様がやってきて、二人を幸せにしてくれるかもよ?」

「そんな莫迦な……」


 俺は苦笑しながらも、せっかく貰ったそのハープを大事に胸に抱き締めた。

 だがソラはポプリを母親に突き返す。


「あら、いらなかった?」

「違う。お母様にあげるの。……私の幸せも全部あげる。―――だから早くよくなって、また一緒に家に帰ろう?」


 母親は驚いた様にポプリを押し付けてくるソラをじっと見詰めた。

 それから思い出したようにポプリを受け取ると、ポロポロと涙を零しながら笑う。


「もー……、あーもーっ! 私すっごい幸せ。凄い効果だわこれ。ありがとねソラちゃん。このポプリ、お母様の一生の宝物にする……からっ」


 その様子に何だか俺まで泣けてきた。

 この時間が終わらなければいいのにと、心からそう思ったんだ。



 ―――だけどそれから数カ月後。

 母親がツテだと言っていた家との交渉はうまく行かず、母親は僅かな財産だけを残して亡くなった。


 葬儀の日、小さなラベンダーのポプリと共に棺に収められた母親を見て俺は号泣していた。

 参列者は俺とソラだけなので、もはや何に憚る必要もない。

 だけどソラは凛と背筋を伸ばし、涙一つ零さなかった。

 俺は泣きながら、冷たくなった母親を無感情な眼差しで見詰めるソラを責めた。


「何で……っ、ソラはそんなすまじでらえうの?! なんでっ……ひぐっ、もう、会えないんらよっ!!?」


 ソラは冷めた目で泣きじゃくる俺を見返し、フンと鼻を鳴らした。


「弱みは見せない。私はお母様と約束したもの。―――あなたを……“ミックを守る”って」


 一瞬、頭を強く殴られたような気分だった。


 ―――そうだ。……悲しくない訳がない。

 それなのにソラは強くなければいけないと必死に我慢してるんだ。

 俺が弱いせいで……。


「大丈夫よ。ミックは好きなだけ泣いときなさい。どんなに無防備を晒しても、私がここでミックを守ってるから。……大丈夫」


 恥ずかしい話だが、その時の俺は17歳でソラはたったの6歳。

 身長だって少年期を迎えた俺の方が、ソラより頭一つ分は大きかった。

 なのにソラは既に眩しい程強くて、俺はあまりにも弱い。

 俺は顔を上げ鼻をすすると、必死に涙を止めようと試みた。

 だが、どんなに歯を食いしばっても涙は後から後から溢れてくる。


「ごめん……ごめんソラ……ソラも泣きたいのに……ソラの方が悲しいのにっ、なのにっ……俺……涙、止まらないんだ、ごめんっ、俺ばっかでゴメンッ」

「いいわ。私は構わない」


 そう言ったソラの声は、とても6歳児とは思えないほど落ち着き払っていた。

 母親の死を目前にしても尚、守ると定めた者の為に凛と立つ少女。

 その姿を目に焼き付けながら俺は願った。


 ―――神様、神竜様……どっちでもいいから、どうかこの子を幸せにして下さい。

 いや、それじゃ駄目だ。ソラに幸せをあげても、きっとソラはそれを全部他人にあげてしまう。

 ならどうか、どうかこの俺を幸せにして下さい。

 どんな不条理も吹き飛ばすような豪運を俺に下さい。

 そしたら俺がソラを幸せにする。


 誰よりも、世界一幸せにする。―――それが俺の幸せなんだ。

 だからどうか……。





 それからだったな。俺が神竜フィルについて本気で調べ始めたのは。

 そして調べていくうちに、なんと亡くなった母親が最後にくれたこのハープに神竜に会う為のヒントが刻まれていることに気付いたのだ。

 他の奴らなら読み飛ばすようなそのメッセージを、俺だけは確信を持って信じた。


「―――あの人に導かれてる。そう思ったんだ。そっから探しまくって、追いかけ続けて……そして漸くここまで来た」


 当時を振り返っていた俺は、無意識にそう呟いた。

 すると、背後からソラが聞き返してくる。


「なにか言った? 風の音でよく聞こえなかったわ!」

「何でもない。独り言! ちょっと自分のルーツってやつを思い返してたんだ」

「何よルーツって。ミックのくせに」

「んー? 俺のくせにって、それは聞き捨てならないぞ??」


 俺は笑いながら言い返し、ソラリスも可笑しそうに笑っていた。

 まるであの頃に戻ったみたいだ。

 森の畔の古い小屋に皆で住んでたあの頃に……。


 ―――楽しいな。この時間が終わらなければいいのに。




 それから10日ダッキーを走らせ続け、俺達はとうとう懐かしさの漂うカロメノス水上都市へと到着したのだった。


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