表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界樹の呟き 〜チートを創れる可愛い神々と、楽しく世界創造。まぁ、俺は褒めるだけなんだけど〜  作者: 渋柿
最終章 起点回帰【邪神と呼ばれた少女は世界から溺愛される】
561/582

幸せの行方②

 

「ソラ。もう息していいよ」

「―――っはぁ。うまく切り抜けられたわね。……にしてもどうしてあんな至近距離を抜けたの? 馬鹿なの?」

「いや、だってオーク達だって、わざわざ自分の股の下を獲物が通ってくなんて予想しないだろ。実際アイツラの放つ索敵だって遠くにばっか向けられてた。―――隠れんぼってやつは、遠くに逃げればいいってもんじゃない。相手の意識の裏を如何に読むかが勝負の鍵なんだ」


 俺が少しドヤってそう言うと、ソラには呆れたような溜息を吐かれた。


「学園では随分女生徒から逃げ回ってたようだし? 言葉に重みがあるわね」

「いやー、その点兄貴はいい隠れ蓑だったな。何せ目立つから、兄貴の近くに隠れこんだらまず皆の意識がそっちに向く。あの時の俺は、まさに完璧な空気だったね」


 冗談交じりにそう言ったのだが、それにソラが笑い返してくることはなかった。

 そして少し間を置いてソラがポツリと言う。


「オーク3体くらい、私が守らなくてもミック一人でも何とか出来るようになったのね」

「何とかって、唯逃げおおせるだけだけどな。撃ち合いとか絶対に無理だよ?」

「生き残れるなら十分よ」

「そっか。……えー、と。……ありがとう?」


 褒められたのかもよく分からなかったが、俺はとりあえずそう返しておいた。

 だがそっからのソラは何だか不機嫌で、俺は話題を変えることにした。


「もうちょっと行ったら適当なトコで休憩しようか。クワトロにオレンジピール入りのガトーショコラを焼いてもらってきたんだが食べるよな?」

「―――……クワトロに?! あの悪童がよくもそんな事をしてくれたわね!??」


 ははは。全くソラは、クワトロのことになると本当に羨ましいくらいのリアクションをするなぁ。


「悪童悪童っていうけど、イヴが絡まなきゃそう酷く暴れたりもしないだろ。俺はクワトロに月二くらいでダッキーの定期健診に来てもらって会ってたが、学校の噂とか関係なく、クワトロはずっとクワトロだったよ」

「……私は顔合わすたびに理由もなく睨まれたけど?」

「そりゃソラがイヴと仲良すぎるからだろ。学用品揃える買い物にイヴが“クワトロじゃなくてソラと行きたい!”って言った時なんて、クワトロの奴一日中機嫌悪くてさ。仲良しの勇者様がご機嫌取りに大変そうだったのを覚えてる」

「はっ、……ホント子供ね」

「まったくだよ。―――だからソラもいちいち張り合わなくていいんじゃないかなー、なんて?」

「張り合ってなんかないわよ?!」


 そんなことを言いつつ、清流の辺りで菓子の包みを開いた際は「私ならオレンジじゃなくてダークチェリーにするわね。イヴなら絶対そっちの方が気に入るもの。そうだわ、カロメノスでのイヴへのお土産は……」なんて、クワトロの神経をガッツリ逆なでしそうな感想を吐きまくっていたのだった。


 そして俺といえば、結局さっき話そうとした幼い日の事を口にする機会を失ってしまい、行く先を見詰めてダッキーを駆りながら、そっと思い出に一人で耽るのだった。




 ―――俺がソラに出逢ったのは12年前。

 当時15歳だった俺はまだ少年期への変体すら迎えておらず、人間で言うところの4〜5歳位の小さな体で、現実の辛さ目の当たりにして途方に暮れていた。


 物心ついた頃から俺は父を知らない。母は嘘みたいに綺麗な顔をした光のエルフだったが、母はいつもその綺麗な顔を薄汚れた大きな布で覆い隠していた。

 そして人目を避けるように俯きながら、生れ付き脚の悪かった俺の手を引いて旅をしてた。

 旅は徒歩で、森の奥で薬草を採っては時たま立ち寄る人間の街でお金に替えて、旅に必要な道具や服を買う。

 食事に関しては常に森に自生している植物の葉や根を噛り、たまに木の実なんかが手に入っては喜んだりしていた。

 不便な生活だったが俺達は極力人里には近づかない。

 何故なら光のエルフは稀少で、人間達の中には稀少なエルフを攫ってペットのように飼う奴がいるらしいからだ。

 実際母には二人の姉と一人の弟がいたのだが、母が30歳になるまでには全員行方知れずになったそうだ。


 世界は危険で敵が多い。

 だから母は俺と“故郷の森”に帰ろうとしていたのだ。


 とはいえ、母がその森で生まれたというわけではない。

 故郷というのは俺達の何代も昔の先祖が住んでいた土地で、言い伝えによればその地には聖なる大樹が葉を伸ばし、強い戦士達によって代々守ら続けている森ということだ。

 故郷の森に争い事はなく、光のエルフ達は昼に小鳥達と歌を歌いながら花と果実を摘んで酒を漬けて過ごし、夜は精霊達の光と戯れながら月明かりの下で魔法のダンスサークルを踊り描いて遊ぶ。そして、やがて踊り疲れて明け方に穏やかな眠りにつくのだそうだ。

 俺達にとってそれは、まるで夢のような安寧の地。


 だけどそんな話しを俺は、子供ながらに“心の弱い母の妄想”だと思っていた。


 綺麗で、心が弱くて、怖がりな母。

 そんな母は人間を常に警戒し、酷く怯えていた。

 旅の途中人間の街に立ち寄っても、数時間と持たずこう言い出すのだ。


「ミカエル、この街を直ぐに出ましょ。奴隷商が居たの。見つかったら攫われて売られてしまうわ」


 用心深い母だった。


 ―――なのに、ある日を境に帰ってこなくなった。


 一週間待っても影も見せない。更に3日探したが見つからない。


 母はこんな時の対処法を俺に話してはいた。

“もし私が捕まったら一人で逃げるのよ”と。

 だけどそれは、そんなに簡単なことじゃなかった。


(何処かに捕まってる母さんが、俺が助けに来るのを待ってたらどうしよう?)


 そんな罪悪感に胸を締め付けられながら11日目の朝、俺はとうとう母がいなくなったその街を離れることにした。

 走り出した馬車の荷台にこっそり飛び乗って隠れると、行き先も分からないままとにかく遠くを目指し逃げたのだ。


(これって、俺が母を見捨てたことになるのだろうか?)


 まるで自分がとんでもない罪人になった気がした。

 だから自分の心を守るため、母は攫われたんじゃないと思おうとした。

 だけど、なら何故いなくなったのか?


(……俺は足が悪いし、邪魔になって置いていかれたのかな……)


 消えてしまいたい気分になり、俺はもう母のことを考えるのをやめた。



 それから約一月。俺は見知らぬ閑静な村の畔の森に一人住み着いていた。

 あまり人里から離れ過ぎても魔物が出るので、その辺りが限界だったのだ。


 幸いにもその森は豊かで、食い物には困らなかった。

 だが雨風を凌ぐ住処や衣服に関しては、幼い身一つではどうにもならず、時の経過とともに俺の心身は弱っていった。


 寒くて、暑く、一着しかない服は直ぐにボロボロになった。

 夜な夜な獣の声や光る眼に怯え眠ることもままならない。寝床に敷いた落ち葉に隠れていた毒虫にさされ、全身が腫れあがったことも一度や二度ではなかった。

 ある日俺は突然の冷たい雨に見舞われ、全身をぐっしょりと濡らした。

 寒くて、惨めで、神経をすり減らしきっていた俺は、雨上がりに水溜りに映る母譲りの自分の顔を眺め、近くにあった拳ほどの石を拾い上げた。


「―――……こんな顔じゃなかったら、こんな事にはならなかったんだ…………も、壊そうかな」


 ボンヤリとそんなことを考え、手にした石で自分の顔を打ち付けようとしたその時だった。

 突然何かが俺の脇腹あたりに体当りしてきた。

 その勢いに俺は石を取り落とし吹っ飛ぶ。


「ゴフッ、な、なっ?! イノシシ!?」

「イノシシじゃない!!」


 それが、俺とソラの出会いだった。



 それから俺は、その異様に力の強い4歳児に腕を引っ張られ、無理矢理森から引っ張り出された。


「ねぇ、俺誘拐されるの?」

「ゆーかい? 違うわ。ほごよ」


 得意気に鼻息歩く少女を見ながら……やばい子に捕まってしまったと思った。


 そして連れてこられたのは古くて立て付けの悪い小屋。

 どこに閉じ込める気だろうと辺りを観察していると、その小屋の奥からソラリスと名乗った子によく似た大人の女が、布巾で手を拭いながら出てきた。


「おかあさま! エルフを連れてきたわ! 名前はミカエルってゆーの」

「あらあら、珍しいお客さんね」

「じゃ、ミック。ここにおふとんがあるからね。これからあなたが寝るところよ。おててを洗うのはねぇ……」

「……うん? 待ってソラちゃん。何の話をしてるかお母様一瞬で付いていけなくなったわ」


 母親が頭を抱える。

 だけど俺の方がもっと付いていけてないからな。


「ミックはね、私がほごしたの。だから私が守るのよ。おぶりっしゅ・のぶりーず!」


 おぶっ、…………なに?


高貴なる(ノブレス)者の務め(・オブリージュ)、ね。はぁ……―――ねえ、ミカエル君。あなたのお父さんとお母さんは?」

「……いない」

「じゃあお家はどこ?」

「ない。……から、森で適当に……」

「わぁお。本当に保護が必要だわこの子。―――そんな状況で、どうしてすぐ周りの人に助けて貰わなかったの?」


 少し怒ったように言われ、俺はしどろもどろに答えた。


「助けてなんて言えないよ。だって俺……稀少で可愛すぎるから、人に見つかったら攫われて売られてしまうんだ」

「んー……一言言ってやりたいその自信過剰さ……だけど薄汚れてても分かるこの可愛いさは確かに否定できないわね」


 何故か悔しそうに母親がブツブツと呟く。

 そんな母親に、ソラリスが告げ口するようにヒソヒソと報告した。


「おかあさま、ミックはね、森の中で石をお顔にぶつけようとしてたのよ。危ないことしてたんだよ」

「えぇ? 何でそんなことしてたの」

「だって俺の顔がこんなにも綺麗じゃなかったら、あんな風に隠れなくていいと思って……」

「えー、綺麗もダメなの? おかあさまは三段になったお腹や飛膜みたいな二の腕の醜いお肉を切り落としたいって言ってるのに」

「ソラちゃんんんっ?! 今はお母様のお肉の話しはいいのっ!」

「キャハハハハハっ、ヤメてぇぇ、おかあしゃまやめてぇぇっっ!!


 母親は反りくりながら大笑いするソラリスの脇を容赦なくくすぐり倒す。

 その様子を見ていると、胸のあたりがなんだかムズムズフワフワするような感覚に襲われた。


 ……なんだろう、この感じ。


「まったくソラちゃんはぁ。えーと、ミカエルくん? 兎に角そういう事なら暫くうちにいなさい。狭くて汚いとこだけどそれは我慢して」

「でも、俺稀少で可愛いんだよ? 売ったり襲ったり……」

「し・ま・せ・ん! 自意識過剰も大概になさい?」


 被せ気味に即答されじろりと睨まれる。

 だけどそれが本気で怒ってる訳じゃないということは何となく分かった。

 街の人に向けられた奇異の眼差や、俺の母から向けられた哀れみの眼差しとも違うその眼に、俺は戸惑いつつも嫌な気にはならない。


「まったくとんでもなくナルシストな子ね。こちとら子供を売るほど落ちぶれてないし、ショタ趣味もない。そもそも私にはソラちゃんと心に決めた人がいるもんねー。―――ほらソラちゃん。連れてきた限りは今後あなたがミカエルくんを守って助けてあげのよ。いい?」

「えぇ。のぶりっしゅ!」

「ノブレス・オブリージュ、ね」


 いつの間にか、この二人に対する恐怖は消えていた。

 そして後で知ったことだが、あの不思議な胸がふわふわと軽くなって思わず笑ってしまうような母と娘の接し方を、人間達の中では“普通のやり取り”というそうだ。


 以来俺は“普通に生きる”ことを目標に、この親子の元で過ごすようになった。


 ―――そこで過ごした2年は、思い返せば俺にとって最高に楽しい時間だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ