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神はディウェルボ火山の民・ドワーフを創り賜うた㊤

 幼い子供の泣き声がした。


 ―――ヒック……うぇぇ―――……ヒッ……


 その声があまりにも憐れで、俺はその仔を呼んだ。



 ―――こっちにおいで。



 俺の声にその子は驚いた様に辺りを見回し、それからまっすぐとこちらに向かってあるき始めた。


 海の向こうの遙か彼方の大陸から、この聖域を目指して……。




 ◆




 それから数分後。俺の前には幼い少女が正座をして座っていた。

 1メートルに満たない身長にふっくらとした頬をした、人間で言えば5歳ほどの幼子に見える。


 ふわふわと癖のある銀色の短い髪に、大きなグレーの瞳。

 そして額にはその体躯とはは不釣り合いなメカメカしい大きなゴーグルを付け、少しくたびれたダボダボのオーバーオールを下着もつけずに身に纏っている。

 足には金属板入りのブーツ、手には大きな軍手を嵌め、柄の長い巨大な鎚を大切そうにもつ少女。


 俺は取り敢えず、海を越え歩いてきてくれたその少女に声を掛けた。


「遥々ようこそ」


「きゅう……出戻り、お恥ずかしいばかりです。ボクが不甲斐ないばかりにお見苦しい所をお見せしてしまいました」


 少女は俯いたまま、また泣いてしまいそうな弱々しい声で言った。

 俺はそっと葉を揺らしながら少女の名を呼んだ。


「いいんだよ。何を泣いていたの? ブリキッド」


 ―――そう。この仔こそ、ゼロスに創られた八百万のネ申が1柱、鍛治の女ネ申ブリキッドだった。


「アインス様はお変わりないですね。どうかボクのことは昔のように“キッド”と気軽にお呼び下さい」


 ブリキッド……いや、キッドがやっと顔を上げ、俺に笑いかけてくれた。 

 ただし生まれてきた時に見せた、未来を信じて目をキラキラと輝かせていた頃の面影はまるで無かったけど。

 俺はそこには触れずただ頷いた。


「キッドがそう望むなら」


 それからキッドはポツポツと、これ迄の事を語り始めた。



 ―――ネ申の本分は、与えられた物事を統べること。


 ネ申とはつまり、各分野で現在に至る迄に起こったことに関する知識を纏め、記憶する者なのだ。

 そしてネ申はその身に宿した膨大なマナで、いとも簡単にそれらの記憶の全てを再現させる事が出来た。

 

 とはいえ、ネ申の記憶を……つまり新たな物を産み出せるのは魂を持つ者達だけでもあった。

 記憶ベースでしかない“ネ申”には、新たな物や技術を産み出す事が出来ないのだ。

 よってネ申の力とは一概に“各自担当する物や事象について貯められた知識や技術の深さ”により決まるとされていた。


 そして鍛冶のネ申の力は、八百万のネ申の中で最弱。

 現在世に生み出されている鍛冶の技術が、他に比べて低すぎると言うのだ。



「―――ボクはネ申々の中で最弱なんです。そしてそれは今後も変わることはない。それが悲しくて、情けなくて……」

「どうして変わることがないんだぃ?」


 キッドが落ち込んでいる理由は分かったが、人間達の間では鍛冶も普通に行われている。

 永遠に最弱なんて、流石にそれはない筈だ。


 と、その時。俺の近くをハイエルフが通り掛かり、こちらに会釈の挨拶をしてくれた。

 そして去ってゆくハイエルフだが、その背中をキッドが憎々しげに睨んでいる。


「……ちっ」


……今舌打ちした?


「どうしたの?」


 俺が聞くとキッドの目にはまた涙が溢れ出してきた。

 そしてがくりと頭を垂れると、声を絞り出すように呟く。


「―――なんで……なんでハイエルフは“火”が使えないんだよぉぉ……」


 キッドはまたシクシクと泣き始めた。 


 あぁ、成程。そういう事か。


 鍛冶のネ申が最弱と言われている理由。だけどそれは決してキッドが弱いんじゃない。

 ただ、他が()()()過ぎるんだ。

 他でもないハイエルフ達が、他のネ申々の力を底上げし過ぎてしまってたんだ。


 ハイエルフ達は2000年の寿命の中で「コレこそが美徳」と言っては、マナを必要としない様々な技術を極限まで突き詰めていった。しかも賢い彼等はその技術を後世にキッチリと伝え、更に新たな物をどんどん生み出してゆく。

 それはもう容赦無くね。

 種族全体がチートなんだよ。


 だけどそんな彼等の技術の中に“鍛冶”は含まれない。

 鍛冶とは“火で熱した金属を叩き、物を作り出す”事をなのだから。


 火を使わないハイエルフは鍛冶をしない。と言うか出来ない。

 どんなに美しい金属器を持っていようが、それらは全て削り出しかマナによる成形なのだった。

 因みにハイエルフが使っていないとはいえ、単純に火力と言うことであれば魔物や聖獣達が使えるから“火の神フレイ”は問題ないようだ。


 俺は可哀想に思いながら、どうすることも出来ず言った。


「ゼロスが決めたんだ。それはハイエルフへの逆恨みと云うものだよ」


 俺の言葉にキッドは肩を落とす。

 そして哀しそうに一言だけ。


「わかっています」


 悲しげに俯くキッドを憐れと思う傍ら、俺は内心でその姿を見て少し感心していりした。

 だってこれ程感情的に見えるキッドだが、その感情の起伏の全てはプログラムによる条件反応なのである。

 この仔には魂がないからね。


 だがそこで俺はふと考える。



 ―――魂って何だろう? そして心とは?



 かつてゼロスが魂とは自我を形成するに欠かせないものだと言っていた。

 魂がなければそれはただの人形と変わらない。

 だけどこのキッドはどうだろう?

 未来に夢を抱いて笑い、現実に絶望して涙する。

 他者を妬み恨んでは、俺の一言で諦めと反省をする。


 キッドに魂は無い。

 だけどここまで来れば“ただの人形”とも思えない。


 記憶を重ねたAI……それはもう1つの魂と呼べるんじゃないのか?


 そこに思い至った俺は1つキッドに質問してみた。


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