14の夏
そんなことがありながら日々は過ぎ、ミカエルの卒論も完成して、もう半月で夏休みを迎えようというある日の休憩時間の事だった。
「あーっっ、青春がしたいっっ!!」
と、突然ユウヒがそんなことを叫んだ。
だがユウヒの突発的な行動や言動に慣れきってしまっているクロは、隣の席で「へぇ」と小さく頷きながら次の授業の準備をしている。
そしてそんなクールな対応に慣れきってしまっているユウヒもまた、気にすることなくクロに絡み始めた。
「ヘイヘイ、ねぇクロっ! 夏休みの予定決まった?」
「いや別にいつも通りだよ。イヴとガラム叔父さんが東の小島に行くから、一緒に行くつもりだ」
「イヴちゃんはまた風神雷神へのリベンジマッチか……。でもさ! たまには別んとこ行かない? それってクロが付いてったって、イヴちゃんは山に篭ってばっかなんでしょ? その間クロは暇なんでしょー?」
グリグリと頭を撫でてくるユウヒにされるがままになりながらクロは淡々と答える。
「別に俺はそれで構わないよ。やりたいことも特にないし……」
「クロはそれで構わなくても、僕は休みの間にクロとやりたいことがあるの!」
喚くユウヒにとうとうクロがウンザリと質問を返した。
「回りくどいなぁ。何がしたいんだよ?」
「旅だっ!」
「旅ぃ? 何しに?」
「目的なんてなんでもいいよ。この際死体探しでもなんでもいいから!」
「いや、流石にそれは……」
青春の金字塔であるスタンド・バイ・○ーネタをクロは引き気味に拒絶した。
だが今年のユウヒは何故か諦めようとしない。
「とにかく! せっかくの休みなんだし、旅先でぶらぶら美味しいものでも食べながら羽伸ばそうよー。あ、もちろんシアンは連れてかないよ? 保護者は抜きで僕等だけでさ。なんたって青春旅行だからね」
するとそんな会話を聞きつけたイヴが話に混じってくる。
「わぁ楽しそう! 行ってきなよクロ」
「うーん。でもキメラも居るし、俺はあんま人の多いところは行きたくないんだよなぁ」
尚も渋るクロだったが、ユウヒは手を叩いてまた提案した。
「それなんだけどさ! なら【聖域】に行こうよ! さっき偶然ミック君と会って話した時にその話が出てきて思ったんだ。クロと聖域に行きたいって!」
思いもよらなかった目的地に、クロが顔を上げてユウヒを見た。
「聖域……って、入らずの森?」
「そう。あの森には基本的に人間は居ない。逆にSS級の魔獣や聖獣なんかはそこら中に居るから、キメラを連れて行ったって誰も何も言わないよ」
「へぇ……」
獣達の話でクロが若干興味を惹かれた様子を見せる傍らで、もうひとり凄まじい食いつきを見せる者がいた。
「SS級が、いっぱい?!」
勿論戦闘狂のイヴである。
「あ、でも聖域に住む彼等は大人しいから死合はしてくれないと思うよ。神々の森を必要以上に破壊しようとしない賢い者達だしね」
バトルはなし。その言葉にイヴの目からは一瞬にして興味が消え失せた。
「……そうなんだ。―――クロが好きそうなところだね。私のことは気にしないで行ってきたらいいよ」
「うーん……でも聖域だろ? そんな夏季休暇中のちょい旅なんかで行っていいところなのか?」
「クロなら大丈夫。ってゆうか僕が案内するから! 青春の記憶の一ページに……ね、一生のお願いだよクロ。一緒に行こう?」
「……わかったよ。じゃ、行く」
「やたっ!」
クロの了承にユウヒが歓声を上げたその時だった。
ちょうど二人の後ろを通り掛かったケントがポツリと呟いた。
「―――なら、僕等も夏休みは聖域に行こうかな」
二人が同時に振り向く。
「ケント。お前も来るのか?」
「いーよいーよ。みんなで行こう。僕は全然オッケー♪」
「あ、違うよ。君達は二人で行ってきて。僕はトラベラーの皆を誘って行こうかなって。ほら、僕ってアインストーリアを周回クリアしてるから。あそこで踏んでおきたいフラグがいくつかあるのを思い出したんだ」
「ふぅん? じゃ、一緒じゃなくていいの?」
「うん。僕は何気にあの森には長い間居たから案内は不要だし、それに僕はアイツがいる森の最奥までは行く気がない。……でもユウヒ達は世界樹様の根本まで行くんだろ?」
「うんそのつもり。じゃ、別行動にしよっか」
「その方がいいと思う。まぁもし途中で出会したら一緒に行ってもいいけど、あの広い森じゃまず会えないだろうね」
「確かにw」
そんな話をしている内に、次の授業である世界史の教科書を携えたシアンが教室に入ってきた。
そしてにこやかに生徒達の楽しげな会話に耳を傾ける。
「じゃ、決まりだねクロ! 夏休みは“入らずの森”への旅行、楽しみだなぁ♪」
「そうかそうか。もう夏休みの予定を立てる時期なのか……―――って、おい待てユウヒ。今お前、何処へ旅行に行くっつった?」
「あ、シアンセンセー。今ね、今年の夏はクロと青春旅行で“聖域”に行こうって話をしてたんだ。青春旅行だから引率はなしだよ? シアンセンセーは来ちゃだめだからね」
ニコニコと笑顔でシアンに釘を刺すユウヒ。
シアンはそんなユウヒの眉間を人差し指でグリグリと突きながら、引き攣った笑みを浮かべ言った。
「青春だかなんだか知らねぇし、行きたいなら海でも山でも好きなとこに行ってくれていいんだが“入らずの森”はねぇだろ。“入らず”の意味わかってるか? この天然勇者サマ?」
「あははー、だってみんな夏季休暇に里帰りするでしょ? あそこってほら、僕のお里みたいなもんだし♪ ね?」
青褪めるシアンと笑顔で屁理屈をこねるユウヒの一歩も引かぬその戦いに幕を下ろしたのは、クロの小さな呟きだった。
「もう行くって決めたんだから、いちいち首突っ込んでくんなよな。マジうぜぇ……」
「……」
クロの暴言は相変わらずである。
そして相変わらず耐性の低いシアンはその一言で一瞬にして真っ白に燃え尽きた。
「だよねー♪ 僕達もうすぐ15歳だし? 一人旅くらいして当たり前だよねぇー?」
「だな」
「あ、私も東の小島にはガラム先生と行くから、シアンは来なくていいよ。シアンも退屈だろうから、ゆっくり温泉にでも行ってきたら?」
「う、うん……それもイイね」
……自らの手を離れ、遠くへ行く知恵と力を子供達は手に入れた。それはきっと、とても喜ばしいことなのだろう。
だがシアンはかつて、自分を取り合って喧嘩をしてくれていた愛らしい天使達に思いを馳せ、胸の内で葛藤と闘わずにはいられなかった。
そして、楽しそうに計画を立てる子供達を眺めながら“この夏は魔窟にでも引き篭もろうかな……”等と一人寂しい計画を立てるのであった。
◇◇◇
それから更に二週間。
一月半という長い休みを前に各々は予定を決め、大きな荷物を背負い馬車停留所の広場に集まっていた。
「それで、イヴは今年も東の小島行くのね」
「うん。ソラリスはカルメノスに帰るんだったね」
馬車を待つ学生達の列に並びながら、イヴがソラリスと他愛無い話をしている。
「ええ、お父様が私のデビュタントを計画してくださってるそうなの。そこにミックも招待していいって言われてね」
「ソラリスはお父さんと仲良くやってるんだね。ダンスがうまいからきっとデビュタントも成功するよ」
「まぁ……ね。当たり前よっ」
ソラリスは不安を拭うように力強くそう頷いた。
他にもクロとユウヒペアとケントを筆頭とする転移者チームは聖域に行き、最近彼氏と別れたという副担任のメリーは、実家の牧場を手伝いに帰るそうだ。
寮母のクリスティーはディウェルボ火山にある“エルフの住処”を清掃した後、クリスマスシティーで監察がてらバカンスをするとのこと。
そしてシアンはマリアンヌとともに魔窟に行き、別件で溜まりに溜まった仕事を片付けることにしたそうだ。―――暇ではなくとも悲しい夏休みになりそうである。
「イヴー! クローっ!! 何かあったらすぐオレに連絡するんだぞ?! すぐ駆けつけるからな!! ってか呼ばれなくても様子見に行っていいかな!?」
「来んなよ、マジで」
「あはは、大丈夫だよ。シアンもゆっくり休んでね!」
それからもシアンは長々とイヴと共に行くガラムや、里帰りするというルドルフに二人のことをよく見てやってくれと頼み込んでいた。
そしてその脇では、イヴとクロがどこかもどかしげに別れを交わしている。
「じゃあねクロ。また二学期にね」
「ん。気をつけてね、イヴ」
「クロもね」
「ん……あのさっ」
だがなにか言いたげなクロの腕を、空気を読まないユウヒが掴んだ。
「クロはこーっち♪ キメラの背中に乗ってくなら馬車の列に並ばなくていいでしょっ。さぁ行こう!」
「あっちょ、ユウヒ引っ張るなって! ケント達も……」
「いや、彼らは馬車だから別行動。そして僕は飛空魔法でキメラと並走するって前に説明したでしょ? ほら行くよっ」
「わ、分かったって! じゃーなイヴ! またなーっっ」
そうしてユウヒに引き摺られる様にして去っていくクロに、イヴは人混みに紛れて見えなくなるまで手を振っていたのだった。
「イヴ。列が進むわ。行くわよ」
「え、あ! う、うん」
ソラリスに声を掛けられたイヴが、ハッとしたように頷く。
そんな珍しいイヴの抜けた姿に、ソラリスは首を傾げた。
「どうかしたの? あ、もしかしてクワトロが心配? ……なら大丈夫よ。あいつはイヴが絡まなきゃ基本的に大人しいからね」
「えっと、ううん。そうじゃなくて、なんだかいつも隣りにいたから変な感じだなーって」
そう言って苦笑するイヴに、ソラリスはフッと笑った。
「イヴも大人になんなきゃね。いつまでも手を繋いでもらってる子供じゃないんだから」
「ちがっ、私はもう手なんか繋いでもらってない! それに手を繋いであげてたのは私の方なの!」
「ハイハイ。ほら、前に進んで。そんなに気になるならお土産でも買ってくれば?」
「気になってない! まぁお土産は買ってくるけど……」
そんな長閑な夏のある日。
それぞれの分岐した道に馬車は走っていくのであった。




