NEXT STAGE ②
途端、ミカエルはそんなシアンを指差し笑い出した。
「あぁ。そういやカロメノス水上都市を出てきたあの時も、兄貴に一緒に連れてって欲しいって頼んで怒られたんでしたっけ。ま、結局はなんやかんやで願い聞いてもらって、兄貴にはデカい借りを作りっぱなしっすね」
「何が借りだ。俺はお前に何も貸てなんかない」
「いやでも、頼んだ通りにソラをあの街から出る手引をしてくれましたし、今の生活費だって俺の分まで……」
シアンはこの二人に関しては、公言こそしていないものの、是迄“オレが後見人だ”と言わんばかりの勢いで世話を焼いてきている。
だがシアンは、特にミカエルに対しては頑なにそれを認めなかった。
「ソラリスちゃんを連れ出したのはオレが勧誘したかったからだし、あの旅にお前を同行させたのはオレじゃなくそのダッキーだ。つまり、ダッキーが拾ってきたもんの世話をすんのはダッキーの飼い主としての務めだったってだけだから」
「……あ。あの仲間内での俺の立ち位置って、もしかしなくてもダッキーのペット的な感じだったんっすか……」
「うん」
真顔でそう頷くシアンに、ミカエルは何とも言えない顔で黙り込んだ。
そしてシアンは相変わらず他人行儀に言い放つ。
「これ迄の事を感謝したいならダッキーにするんだな。オレはお前の為になんかしたなんて、これっぽっちも思ってねー。だから妙な貸し借りなんて気を遣わず、今後もお前はお前のしたいようにすればいい」
「あー……えーと。ダッキーにゃそりゃ日々感謝してるっすけど……」
ミカエルはそう言って首筋を掻きながら言葉を詰まらせた。
―――ミカエルは聖域外のではまだまだ希少種である光のエルフだ
そして光のエルフといえば、ハイエルフ達の容姿的遺伝を色濃く受け継ぎ、他のエルフとは一線を画す美しい顔立ちを持つことで有名である。
その思わず二度見してしまうほどに現実離れした外見は、美醜を気にする人間達の社会の中では目立ち過ぎるのだった。
そんな光のエルフ達にとって、周囲の目を気にすることなく自分のしたいことをして普通に過ごすという事が如何に困難な事であるのかは想像に易い。
だがノルマンに籍を置く者達は、このシアンという存在の庇護が見え隠れする以上、暗黙の了解としてミカエルをいち学生以上の扱いをする事はなかった。
生徒達が校内ランキング等で騒ぐ程度なら目を瞑っても、教員陣がそれに乗ることはない。
そして外部からの勧誘や面談の申込みに対しては、ノルマン独自に定められた規律に則り、貫徹して拒絶の姿勢を見せたのだった。
ミカエルにとってそこはこの上なく過ごしやすい環境。
だがそんな環境を作り上げたシアンといえば、ダッキーを盾に頑としてミカエルからの謝意は受け取ろうとしなかったのである。
ミカエルは肩をすくめてポツリと呟く。
「はぁ……そんなんだから“良い人”って言われるんすよ。クワトロの言葉を借りるようで何っすけど、ほんと面倒臭い人っすよね」
「なんだと? 泣くぞ?」
そう言って本当に目に涙をためているシアンに、ミカエルは苦笑いを浮かべつつ提案した。
「あー……、じゃ兄貴こんな取引はどっすか? 論文手伝ってくれるなら、俺が幸運の竜を兄貴に紹介するってのは」
「なっ、見つけたのか!? フィルを!!」
「いや、まだっすけど」
「まだかよ……」
ぱっと目を輝かせては項垂れるシアンに、ミカエルは笑いながらふわっとした説明を始める。
「でも俺、多分もうちょいで幸運のドラゴンを見つけるっすよ。なんだか最近漸くフィルってのが何者なのか何となく見えてきて、たまにふと季節でもないのにラベンダーの匂いを感じることもあったりなんかもして……なんかこう、近づいてるーって気がするんっすよね」
「何者なのかって……フィルはフィル以外になんかあるってのか?」
「んー、それは兄貴にも言えないっす」
得意気に、しかし結局は何も話そうとしないミカエルにシアンは小さな溜め息と共に肩を竦めた。
ミカエルはそんなシアンの鼻先に指を突き付け、再び尋ねる。
「で、どうっすか? それなら手伝ってくれるっすよね? 兄貴も“フィルに会いたい”って言ってたじゃないっすか」
「はっ、そんなもん駄目に決まってんだろ」
即答だった。
ミカエルの目にふと落胆の色が浮かぶ。
あの旅の中で、シアンはミカエルがどれほど真剣にフィルを追っているのかを見ていた。
ノルマンに来てからも、ミカエルが学友や教授達に無理だのお伽噺だのと笑われても、少なくともシアンはだけは“頑張れよ”と言い続けていたのだ。
(―――でも、結局は本当に会えるなんて思ってなんかいなかったってことっすか……)
ミックは沈む気持ちを隠すように乾いた笑い声を上げながら頷いた。
「そっすか……。ま、そんな不確定なもんじゃ駄目に決まってるっすよね。そんな夢物語に……」
「は? いや、お前なら絶対近い内にリアルにフィルに会うだろ。そうじゃなくてだな」
と、シアンの予想外の答えにミカエルは一瞬ぽかんと口を開け固まる。
呆けるミカエルにシアンは若干苛立たしそうに説明と説教を始めた。
「だからよ。論文の1つや2つでフィルを連れて来てもらおうなんて虫が良すぎるだろ。割に合わない。ってか人生かけて追ってるもんを、お前は安売りし過ぎなんだよ!」
思いもよらぬ説教に、ミックは今度は訝しげに聞き返す。
「……えー……と? じゃ、兄貴は俺がマジで見つけられるって確信してくれてるんっすか? 伝説上の生き物っすよ?」
「伝説っつっても実際イヴやクロが既に遭ってるし存在してることは確かだからな。それを調べ続けてきたお前が“会えそう”って言うなら会えるんだろう。―――噂によればワンタッチ毎に死ぬまで【幸運値×100】のバフを掛けてもらえるチート生物。いや勿論それ抜きにしても会ってみたいとは思ってるが……とにかく、そんな幻の神竜に会わせて貰える取引きと言われりゃ、オレに返せるもんがねぇ!」
と、シアンの断言にミカエルが破顔した。
「ははっ、なら論文を手伝って貰って無事修了した後で、更にダッキーの所有権を俺に譲ってもらうってのも追加していいっすか? 俺を拾ったせいで世話するのに随分金も時間も掛かったそうっすけども」
「いや、それでもまだ割に合わねーな」
「そうでしょうとも。他の奴じゃこうはいかねっす。ま、兄貴だけの特別価格っすよ。お買い得でしょう?」
そう言って笑うミカエルに、シアンはとうとう折れたように頷いた。
「はっ、分かったよ。手伝ってやる。夏までには間違いなく修了させてやる。で、論文で書く別のテーマは決めてんのか?」
「っす! “聖戦”についてやろうかと。声無しは大衆娯楽向けに聖杯戦争についての歌も残してるんで、まぁそれなら公にしても問題ないはずっす」
「聖戦……あぁ、パーシヴァル王と騎士ガラハットの物語な。あいつ等も癖の強い奴らだったなぁ……ってか宗教絡みは面倒だぞ?」
「いや。正教会に選び出された“勇者”をテーマにしたものなんてゴロゴロあるし問題ないっすよ」
「なるほどな。んじゃ、まだ時間もあるし早速図書館にそれに関するの文献でも取りに行くか」
「っす」
そうしてシアンとミカエルは、図書館に向かって歩き始めた。
二人はそれからも歩きながら最近の出来事なんかの他愛無い話をしていたが、シアンがふとミカエルに尋ねる。
「そういやミック。お前、ノルマンを出たら次は何処に行くんだ?」
「まぁとりあえずソラが里帰りするらしいんでそれを見送ってから、“声なし”が最後の歌を作り上げ、眠りについたと言われる終着の土地に向かうつもりっす」
「……と、言うと?」
シアンが首を傾げながらミカエルに目を向けると、ミカエルは何処か懐かしげな表情を浮かべながら弾む声で答えた。
「入らずの森。―――“聖域”っすよ」
その答えに、俺は静かな森の奥でそっと枝を揺らす。
この静かな森が少し賑やかになる……そんな予感を感じずにはいられないのだった。




