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世界樹の呟き 〜チートを創れる可愛い神々と、楽しく世界創造。まぁ、俺は褒めるだけなんだけど〜  作者: 渋柿
最終章 起点回帰【邪神と呼ばれた少女は世界から溺愛される】
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覚醒

 

 ―――それから一週間が過ぎた。


 シアン達のクラスは、以前使っていた本校舎にある教室を離れ、敷地の中でも端にある古い体育館へと引っ越しをしていた。

 体長7メートル、翼を廣げれば20メートルを超えるキメラには、壁をぶち抜いても人間の教室は狭かったようだ。

 ついでに言えば学園長から“どうか歴史的価値の高いこの建造物を傷つけないでくれ!”という懇願があったこともある。

 そしてシアンは学園長の願いを聞き届ける代わり、クロがSS級の魔獣(ビースト)キメラをテイムしたという世界を揺るがすビッグニュースについての箝口令を学園に要求し、外部への情報流出を防いだのであった。


 彼らが引っ越した体育館とは、バスケットコートを4面は確保できるほどのガランと広い空間だった。

 そここの片隅にポツンと並べられている移動式の黒板と生徒達の勉強机だけを見れば何とも寂しい風景である。

 たがそこに全長7メートル、翼を広げれば20メートルを超えるキメラが入ってくると、その威圧に生徒達は息苦しさを感じずにはいられないとのことだった。


 ――そして、今日もサンサンと朝日の射し込む明るい体育か……いや、教室にはいつも通りの授業風景が広がっていた。


「よぉーし、皆。席についたら朝のホームルームを始める……」

「ゴロゴロゴロゴロ」


 シアンの声掛けに被せて響くのは、天が轟く雷鳴のような様な喉を鳴らす音。


「フシュルル……」


 そして背筋の凍るような風を切る音。


「メェ~……」


 更に存外に可愛い声……。

 屋内という閉鎖空間の中で、キメラの3つの頭からは絶えず耳を塞ぎたくなるような騒音が轟いていた。


 キメラは生徒達の席の後ろで前脚で小さキールをハッシと押さえ込んでドシンと寝そべり、マタタビでも嗅いでいるかのように上機嫌にキールに額を擦り付けては喉を鳴らしている。


 まるで周りなど気にせずじゃれ倒しているキメラを無視し、シアンはなんとかホームルームを勧めていたが、とうとうこめかみを押さえ一番後ろの席に座るクロに声を掛けた。


「あのー、クロくん。申し訳ないのだけれどね。もう少し静かにするようキメラに指示してもらえないかな……?」

「うっせぇな。文句あんなら出てくって言ってんだろ」


 上機嫌なキメラとは対象的に、クロは背後に暗雲でも立ち込めているかのような不機嫌MAXだ。

 というかここ最近、クロのシアンに対する態度はこんな感じである。

 だが他の生徒達の手前、シアンは折れそうになる心を必死に奮い立たせ、教師としてクロに注意を続けた。


「直ぐにそんな極端なことを言うもんじゃない。他の皆の迷惑なんだ。少しだけでいいから……」

「……ちっ、もういい。行こうキメラ」


 そう言ってクロがガタリと席を立ったその時だった。


「なっ?!」


 クロは突然背後から膝カックンを受け、思わず小さな声を上げながら立ったばかりの席に崩れ落ちた。

 着席したクロは驚きと恥ずかしさのあまり、振り返って背後を睨みながら怒声を上げる。


「おいっ!」

「まぁまぁ、クワトロ君も落ち着いて。まだ授業も始まっていないホームルームじゃないですか。出ていくなんて哀しいことは言わないでください」


 クロの威嚇に怯むことなくそう言ったのは、ニコニコと笑顔を浮かべる副担任のメリーであった。

 クロに膝カックンをかましたのも、勿論彼女である。

 メリーはクロの肩にそっと手を置き、言葉通りクロの肩を持つとシアンへの説得を始めた。


「シアン先生。あのクワトロ君が、こうして今日も出席してくれているのですよ? 先ずは注意をするより褒めるべきかと」

「いや、……まぁメリー先生はクロを授業に出す為にと、毎日早朝から男子寮までわざわざ行ってくれてますからね。帰したくない気持ちもわかります。でも……」


 あの校外学習以来、メリーは今まで放置気味だったクロを何とか授業に出席させようと毎朝男子寮へクロを迎えに行くようになった。

 そんなメリーを初日こそ無視していたクロだが、その日の夕方、寮母のクリスティーから“クロが無断外出をしないかの監視も含め、午前二時からクロのことを待っていた”と聞かされたのだ。

 流石のクロもドン引きである。

 ……それでもクロはハラハラしつつ、翌日もメリーを無視した。

 猛者である。

 だが、流石にメリーを可哀想に思ったイヴとユウヒからのクロへ説得が入り、とうとう渋々にもクロは授業に出席をしだしたのであった。


 そんな執念のお迎えをこなす絶対に寝不足なメリーは、シアンにキッパリと言い放った。


「私の事はいいんです。教師ですからそのくらい当然ですし」


 果たしてそうだろうか……? という疑問はさて置き、シアンはタジタジと閉口する。

 メリーはそれから、シアンへの対応とは打って変わって優しい声でクロに話しかけ始めた。


「クワトロ君。今日で3日連続授業に出てくれましたね。一週間の内に間気まぐれに数時間出席するだけだった君が、素晴らしい成長です。先生は本当に感心しましたよ。クワトロくんがこんなに頑張ってくれているから先生も頑張がらなくちゃと思いまして……」

「べ、別に……。アンタが毎朝声掛けに来てウザイから出てきてるだけだしっ」

「アンタじゃなくて()()。―――ね?」

「……っ」

「せ・ん・せ・い!」

「……せ、センセェ」

「よしっ♪」


 完全にメリーにペースを持っていかれたクロは、肩に置かれた手を振り払うと、追い詰められた小動物のようにメリーを睨み威嚇し始める。


「な、なんなんだよ? 授業出るなんて当たり前だろっ。俺は別に頑張ってない。もう迎えなんかいらない。だからそんな妙な事にばっかセンセェも頑張んなくていいんだよっ」

「いえ? 先生が頑張ったというのはクワトロ君を迎えに行くことではありませんよ? そんなの当たり前ですし。そうではなく、先日より騒音の苦情が多かったので、音の魔法に付いて先生も勉強し直したのですよ。そして私なりに防音壁を開発してきました。これでシアン先生にも文句は言われませんっ!」


 メリーはそう言って乳白色の魔石がついたワンドを振ると、淡く黄色に光る魔法の壁を発生させた。

 途端、今まで教室に響いていた頭痛のしそうな轟音が遠のき消えていく。

 そしてすっかり静かになった教室で、メリーは若干の喧嘩腰にシアンへ問い掛けた。


「―――ですよね? シアン先生」

「ぇ……、………えぇ……」


 メリーによって展開された防音壁を啞然と眺めながらシアンはコクコクと頷いた。

 ……因みにこの防音壁、音の波長を相殺する仕組みになっているらしい。

 そしてもしこの魔法がかの大厄災“アビスの襲来”時に編み出されていたなら、半分までとは行かずともあの時の被害をかなり抑えることができたに違いない。

 そしてあの厄災を指を咥えめ見ていることしかできなかった記憶を持つシアンも、その有用な効力に直ぐに気付いた。

 そんな人類の希望のような魔法を、たった一人の生徒の為に、数日の内に完成させてしまったこのメリーと言う教師の天才ぶりに、シアンは教壇でカタカタと震えていたのだった。


「さぁクワトロ君。これでもう、周りは気にしなくていいですからね。あ、キメラの様子が気になるなら、音のボリュームも調整できるから先生に言って下さいね」


 そしてシアンに魔法のノウハウを仕込まれたクロも、メリーの作り上げた新魔法の完成度の高さを理解し、シアン同様ビビり引いている。


「い、いや、いい。け、契約紋でみんなの様子分かる……から」

「そう、じゃあゆっくりでいいから、皆と授業に参加していきましょうね」


 こうして、図らずも大人の本気を見せつけられたクロは、最早言い返すこともできずに膝を揃えてチョコンと大人しく椅子に座っていたのだった。



 ―――そしてそんな調子で午前の授業も終わった昼休み。

 シアンはメリーを昼食に誘った。


「あの、メリー先生。少しお話しがあるんで、お昼ご一緒にどうです?」


 この学園に於いて伝説的存在のシアンに昼食を誘われれば、腹痛を催した学園長ですら二つ返事でその誘いに乗っただろう。だが……。


「え? お話しって? まさか生徒達のことで何か」

「いえ、それとはまた違う話になるんですが……」

「あ、でしたら学園の情報共有システムに個人宛でメールで上げておいてもらえますか? 私はこれから、生徒達が出してくれたレポートの再検証をしてくるので」

「え? でもあれ、生徒達が単位の為に5分程で書き上げてたレポートですよね? 採点評価ももう終わりましたし……」

「―――それでも、あの子達が提出してくれたものを全力で考察するのが私達教師の役目です。それにもし疑問点を挙げられた際は、どんなことにでも答えられるようにしておきたいので。では、メールは午後の授業の開始5分前までには出しておいてくださいね。確認しておきますので」 


 そう言って熱意溢れる足取りでメリーは去っていく。

 シアンと教員室でお茶を呑みながら駄弁ってくれる緩〜い副担任は、もう何処にもいなかった。


 ――――人は未知との遭遇でその人生が大きく変化することがあるという。

 だがSS級の獣(未知)との遭遇に、まさかクロではなくメリーが覚醒するなど、あの時は一体誰が想像しただろうか?


 不確定の未来とは何時だって、たった1つの願いにより思いもよらない方向へと進んでいくのであった。



 ◇◇◇



 それから、副担任からランチの誘いを断られたシアンはとぼとぼと一人校舎裏を歩いていた。

 と、その時。シアンの直ぐ目の前の小石が、突然ジャッ!と音を立てて勢い良く弾け飛んだ。


「ん? ……なんだ?」


 シアンが眉間にしわを寄せ首を傾げていると、ふと耳元から何処か切羽詰まったような声が響いてくる。


「兄貴っ?! 丁度いいとこにっ……(かくま)ってくださいっっす!」

「……お前、ミックか? そこにいるのか?」

「し―――っっ!」


 シアンが辺りを見回すと、相変わらず姿は見えないが焦りを含んだミカエルの声が、またシアンの直ぐ耳元から聞こえてきた。





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