神は創造物からの捧げ物を受け取り賜うた Part2
森の奥にふと、何か香ばしい香りがしてきた。
「なんの匂いかな?」
俺は思わず尋ねる。
ハイエルフたちは火を使わないし、ゼロスやレイスも何かを食べるという事はしない。
聖獣はマナを食べるし、魔物だって調理なんてことはしない。
「人間共の好むケーキなるものに御座います」
俺の声に応えたのはなんとラムガルだった。
そしてその手には、きつね色の焼かれたタルト白いクリームを流し込んだケーキが乗っている。
ケーキの上にはボコボコと不格好な真っ赤な木の実と新鮮な香草が飾られていて、なんだかとてもオシャレだ。
「それはどうしたの?」
「はっ。勇者が人里恋しいのか作れと言うもので作ったのですが、何分魂のみの姿ゆえ食する事も出来ずどうしたものかと思っていた所にございます。―――おのれ勇者目……」
俺はくすりと笑った。
ラムガル。それはきっと甘えたいだけだと思うよ。
勿論、俺はそんな野暮なことは言わない。
困り顔のラムガルを他所に、勇者の魂は楽しげにラムガルの側をふわふわと飛んでいる。
「そういう事なら俺が……と言いたい所だけど、なんせ俺は樹だからね。あ、そうだ。レイスとゼロスを呼ぼう。あの二人なら喜んで食べるんじゃないかな?」
「なっ?! それこそとんでも無い事に御座います! 畏れ多過ぎます!」
ラムガルは慌てているけど、俺は既に帳の外にいる2柱に声を掛けてしまった。
「ゼロスとレイスはすぐ降りてくるみたいだよ」
「そ、そんなっ、そんなっ、そ、そんなっっっ!!」
珍しく慌てふためくラムガルに俺は言った。
「ラムガルはレイスに喜んでもらうと嬉しいでしょう? レイスはきっとそれを喜ぶと思うよ。勇者のイチオシのお薦めのようだし、さぁ自信を持って!」
俺がそんな事を話していると空が破れ、ゼロスとレイスがピョコリと飛び出してきた。
「呼んだ?」
「うん。ラムガルが美味しいケーキを作ったんだ。皆でお茶をしたらどうかと思って。……忙しかった?」
「「全然!」」
2柱が声を揃えて返事をした。
まあ俺と同じ様に終わりない時を生き続けるこの2柱には、聞くまでもないんだけどね。例え百年掛かる魔法陣を組んでいる途中だったとしても、この二柱にとってまた1から作り直すのは造作もないことなのだ。
「コレはなぁに? 可愛いね」
ゼロスが好奇心に目を輝かせてそのケーキを見る。
「レイス知ってる! これはケーキ。人間共の食べもの」
「それは今アインスが言ったから分かってるよ」
「はっ! これは神が創りし小麦の実の殻を除いたものを粉にし牛の乳の油と鶏の卵、ヴァニラの種を捏ね鉄の型に敷き込んで焼き上げたタルトと呼ばれるものに、牛の乳を固めたるチーズなるものとカブから絞った砂糖、それにカカオ豆を……」
だいぶ焦っているのか作り方を1から全部説明しようとするラムガルを見兼ね、勇者の魂がゼロスに何か耳打ちした。
ゼロスは頷くと、製造手順を説明し続けるラムガルを遮って言った。
「そうだね。みんなで食べてみよう」
ゼロスとレイスがふわりと俺の根本に降り立つ。
そこにはミスリルのテーブルと椅子、それに
白磁のテーブルセットが既に用意されていた。
少し離れた木陰では精霊王がニコリと静かに微笑んでいる。
どうやら俺達の話を聴いてきて、気を利かせてハイエルフ達から借りてきてくれたようだ。
精霊王は最近めっきり静かになった。
昔は随時無礼講とでも言わんばかりに空気を読まず爆弾を落としていたけど、今ではこうしてそっと木陰から見守るばかりだ。
精霊王は最近、かつての少年の姿から青年の姿に変えている。
ゼロスを意識してか輝きはしないものの真っ白な純白の服を身にまとい、頭に棘のある茨の冠を載せ、多くの時間を目を閉じてまるで水鏡の如き静寂を保って過ごしていた。
一体何故あの奔放な精霊王がこうなってしまったのか……?
それは実はあの頭に乗っている冠のせいなんだ。
ある時精霊王が、レイスを不器用だと歯に衣を着せずに言ったんだよね。
まぁ聞こえない所でいつも言ってたと言えば言ってたんだけど。
だけどそれがある時、レイスの耳に入ってしまった。そして静かな怒りを湛えたレイスは精霊王にあの冠をプレゼントしたんだ。
冠には近くの音を拾い、それをレイスの元へ発信する機能がついていた。そしてレイスの意思で、少しだけ棘が伸びる仕様にもなっているそうだ。
面倒臭がりのレイスはその受信を大抵オフにしているが、精霊王にしてみればいつオンにされるか分からずたまったものではない。
それ以来、精霊王本体はこうして“見ざる、聞かざる、語らず”の体を通し、こうして静かに過ごすようになったのであった。
“―――全てはあるがままに。全ては神の聖心のままに”
これが今の精霊王の口癖だった。
まぁただ代わりと言っては何だが、小さな精霊や妖精たちが、物凄く噂好きで、おしゃべりになってしまった。
“王様の耳はロバの耳”的な効果なのかもしれないね。
「どうぞ、レイス様」
「ん」
ラムガルがレイスとゼロスにミスリルの椅子を引いて案内する。どうやら観念したようだ。
そして今にも崩れ落ちそうなほどに緊張した面持ちで二柱の前にお皿を並べる。
「お、お口に合えば良いのですが“リブベリーのホワイトチョコレートチーズケーキ、バニラアイス添え”にございます」
「へぇ。こんなの初めてだ。今ね、人の味覚が分かるように口の中を作り変えたんだよ。これを食べるために」
と、ゼロス。
それを聞いたレイスが不思議そうな表情でゼロスを見る。
「味覚? なにそれ」
「え? レイス、創造物達に設定してないの?」
「……してない。グリプスの迷宮を作った時、一応人間共の食べ物の成分サンプルはとった。だけど…………してない」
逆にゼロスから質問されてしまったレイスは、目を逸らせてぶつぶつと呟きながらも小さく頷いた。
なる程。ゴブリンを始め魔物達が調理をしないのはもとより、味のヤバそうな腐肉などを好む謎が漸く解けた。
「しょうがないなぁ。じゃあ、レイス、口開けて。レイスの身体も味覚が分かるように調整してあげる」
ゼロスはそう言って立ち上がり、レイスの顎を持ち上げると口の中に指を突っ込んだ。
そこに丁度ハイエルフが通り掛かる。
「!!!?」
貸し出したテーブルセットに問題なかったか様子を見にでも来たのだろう。
だがそのハイエルフは声にならない驚愕の叫びを上げると、顔を赤らめながら直ぐ様逃げる様に立ち去って行った。
ゼロスもレイスも同じ顔をしているとはいえ、一応“男女”の括りだ。
それが相手の口の中を指を突っ込み、至近距離で見つめ合っているなんて所を目にすれば、背徳的な恥じらいを覚えても仕方ないのかもしれない。
基本的に交わりで種を増やす事の無い種族であるハイエルフにとっては尚更馴染みがない筈。
吃驚させてしまってごめんね。
だけどこれ、どちらかと言うと医療処置的なものだからね。
「これで良いよ」
「ありがとうゼロス。なんか……変な感じ」
やがてゼロスはそう言って再び席につき、レイスは眉をしかめながら腕で口を拭った。
「ではアイスが溶けてしまう前にどうぞ」
ラムガルに促され、レイスとゼロスは皿の上にキレイに盛り付けられたケーキをミスリルのフォークで一口食べた。
「「!」」
「―――……ぐふっ」
緊張しすぎたラムガルが目が妙な呻き声を上げる。
「あ、これいいね!」
「むっ、レイスの口が喜んでいる」
二柱は嬉しそうにそう言って更にフォークを伸ばす。
俺は笑いながら二柱に言った。
「“美味しい”って言うんだよ」
「ああ、これがそう云うことか」
「……」
ゼロスは照れたように笑い、レイスはケーキを頬張っているため、無言で頷く。
そしてレイスがケーキを飲み込んだ時、二柱はまた声を揃えて言った。
「「美味しい」」
ラムガルは直立不動のまま、天を見上げ泣いていた。
「ラムガル、もう一切れ欲しい。後、今後また他の物も作ったら呼ぶといい。食してやる」
レイスの言葉にラムガルは平伏した。
「ハハァーッッ!!このラムガル、今回はばかりは畏れ多くも不本意ながらこのような品を出してしまいましたが、次こそは! 余の全霊をかけた品を神々に献じさせていただきます!! 己の土地を開墾し、そこで種より作物を育て、世に存在する最高の一品を作らせていただきます故に!!」
「あぁ、楽しみにしている。そして早くもう一切れよそうがいい」
―――以来、魔王は魔物達を集結させて世界中の領地を我が物にしようと動き始めた。
「余は魔王の名にかけて、この世の全てを手に入れる(レイス様に、世界中の様々な素材を献上するのだ!)」
そして明確な侵略を目的とする魔王と勇者の戦いが激化したのは言うまでもない。
そしてその激戦の後、魔王の去った土地はこれまでと違いとても肥沃な大地となっているのだった。
ただ、まさか魔王が大地の恵みの為に畑を耕し育ててたなどと夢にも思わない人間達は、取り敢えず“魔王を撃ち破った事により神の祝福がその地に与えられた”と考える事にしたらしい。
ラムガル曰く。
「連作は良くないですな。次は東の地から征服を開始いたしましょうぞ。次はエスニック風料理をば!!」
レイスが絡むとラムガルはちょっと極端になってしまうんだよね。
俺はふと思い立ってレイスに聞いた。
「そう言えばレイスは以前、ソルトスにおにぎり持っていってたよね。あれはレイスが作ったの?」
「そう。作り方はアインスに聞いていたから。米と水と熱で白米。梅の実と塩で梅干し。その塩分濃度は100%! ―――初めてにしては良くできたし、とても勉強になった。特に浸透圧だけでよくも塩分濃度100%を実現させられたものだと思う。お婆ちゃんの知恵袋は偉大だった」
「……まぁ、梅干しの塩分濃度は10%だけどね」
「……」
得意気に話してくれていたレイスの目が泳ぐ。
そして納得したように深く頷いた。
「成程。実は少しおかしいとは思ってた。何故なら食べた途端ソルトスが突然枯れたから。ポックリと」
「そうかい。ご老体にはちょっとキツかったのかもね。急激な塩分の取り過ぎは良くないし」
「だな。……レイス、それでなんだか申し訳なくなって、ソルトスが枯れる前に言ってたお願いを聞いてあげた。勝手にイジるとゼロスに怒られるから、ホントはあんまりやりたくなかったけど」
「大丈夫だよ。ゼロスは永遠が好きだし、レイスの事はもっと好きだから怒ったりしないよ。それより味覚も出来たし次からは味見をするようにしようか」
「ん」
とその時、ラムガルの呼ぶ声が聞こえた。
「レイス様!! ラムガルめが只今帰還致しました! 今回は時間が足らず半分程しか世界征服できませんでした為、北部に素材が偏っておりますがどうぞご賞味下さい!!」
「今行く」
それから俺は、俺の根本で鍋パーティーをする神々を見下ろしていた。
楽しげに鍋を囲む二柱を見ながら俺はふと思い出す。
“ご飯は皆で食べると美味しいね”
―――遠い遠い昔の事。誰かが俺にそう言た記憶。
俺はサワリと葉を揺らせ呟いた。
「俺もその通りだと思うよ……」




