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世界樹の呟き 〜チートを創れる可愛い神々と、楽しく世界創造。まぁ、俺は褒めるだけなんだけど〜  作者: 渋柿
最終章 起点回帰【邪神と呼ばれた少女は世界から溺愛される】
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劣化版賢者⑥

 その夜。シアン達がケントの帰還を祝して盛大な焼肉パーティーを開いていた頃。

 満天の星を湛えた夜空の下で、佇む俺の根元にある扉がガチャリと開いた。

 マスターである。

 俺は扉から出てきたマスターに声を掛けた。


「やぁマスター。ケントは無事に帰り着いたようだよ」

「ええ、知っています。ノルマンに仕掛けたダンジョンの入り口から覗いてましたから」


 マスターは世界の各地にダンジョンの入り口を設置している。例外としては魔窟とジャックグラウドだったが、イヴ達がジャックグラウンドを離れてからはまた元通りダンジョンは復活した。

 そしてそれらの入り口から映る映像の全てを、マスターは全て把握しているのだ。

 俺は頷き、世間話を始めた。


「そうだね。あぁ、それからケントは今後、シアンの為にマスターが与えた“賢者としての能力”を振るうことを決めたようだよ」

「へぇ……」


 それは知らなかったのか、マスターはノルマンの所在する方角に目を向けながら頷いた。


「でもまぁ、想定通りです。あれがルシファーと言うなら、どんな状況になってもあの転生者を懐に収めようと迎え入れる。なら僕が、あれが誰かに縋らなければならない程追い詰めておけばこうなります」

「成程。……でも体感年数六千年も追い詰める必要があったのかい?」


 試練と呼ぶにはあまりに残酷なその取り組ませ方に、俺は僅かな疑問を抱いた。

 まぁ、マスターに限って必要以上に私情でイジメること等ない筈なのだが。


「ええ。妥当な経年だと思いますよ。なんせ彼は僕を元に形成されたらしいですからね。自分の精神の成長度合いや擦り減り方くらい、手に取るようにわかります」


 その答えに、俺は少し驚いて返した。


「クールだね。マスターなら、彼のことを“自分に似ても似つかない奴だ”と言い放つと思っていたよ」

「いえ、腹が立つくらい似てましたよ」


 舌打ちでもするかのように、マスターはそう吐き捨てた。

 マスターが気を悪くするだろうと思い、俺はケントがマスターに似ていることについての話題を控えていたのだが、本人が認めているなら気を使う必要もない。

 俺は頷いてマスターに同意した。


「そうだね。自分の能力を過信し調子に乗ってしまい易い所や、注目されたくて相手を挑発する所なんかも本当に似てるなぁ、と俺も思ってたよ。それから理解能力が高くて賢いところや、本当は優しくてよく気遣いができるところとや、寂しがり屋なところや、シアン……いや、ルシファーが好きなところなんかも……」

「……あの、その辺でもう……」


 調子に乗って話していると、ものすごく迷惑そうな顔のマスターにやんわりと止められた。


「……」


 流れる気まずい沈黙。

 俺は暫し葉をそよそよと揺らしていたが、やがてポツリと話題を変えた。


「ケントは結局、コアキューブを手に入れられなかったね。だけどもし課題にクリアできていたら、マスターはそれを彼をあげていたのかい?」


 するとマスターはヒョイッとキューブを持ち上げて月にかざすと、それを月光に透かしながら口の端を三日月のように歪めて笑った。


「勿論ですよ。それが僕の役目ですからね。そして彼が自らの出生などに気を取らなければ、おそらくクリアされてた。まぁ、結果的にこれを手渡すことにならず幸いでしたね。まったく、クロノス様は本当に悪趣味なことをしてくれる……」

「へぇ。因みに“それを手渡すことにならず幸い”とは、つまり“ケントにとって幸い”ということで合ってるかな?」


 俺がそう尋ねると、マスターは嘲けるような不気味な笑いをスンと収め、そしてギギギギ……と首を回し俺を睨みあげてきた。


「……いちいちそんな確認取らなくていいでしょう。なんなんですか? あってますけど何か??」

「あ、うん。ごめんね」


 だって誰にとってを明確にしないと、意味が変わってくると思ったから……とは言わず、俺は少し照れたように怒るマスターを無言で見詰めていた。

 マスターはまた、なにか思い出に耽るように月光を受けて美しく輝くキューブをしばらく眺めていたが、やがてその美しい輝きを覆い隠すように握り込むと、静かな声で言った。



「これは彼には荷が重すぎる」



 その言葉はあまりにも重く、そして悲しげだった。


 月明かりに照らし返され、一層に物寂しげに見えるマスターを、俺はどうにか慰めたくて励ましたかった。


「ねぇマスター。あのケントという存在は、クロノスから君への贈り物と取ることはできないだろうか?」

「は?」


 途端、訝しげな目を俺に向けてくるマスター。


「だってケントはマスターを元に形成されたんだろう? そしてそんなケントが君のなし得なかった事を成し、叶えられなかった願いを叶えた。そしてこれからケントは、きっと後悔のない人生を歩んでいくだろう。多くの人を救い、多くの人に慕われながら世界と、そして自分を愛し続けて生涯を全うする。そんな彼の姿とは、君がなりたかった君の理想の姿そのものなんじゃないのかい? つまりクロノスはマスターの持つ可能性を、彼という器に投映した。……そんなふうに考えられないだろうか?」


 だがそんな俺の話をマスターは鼻で笑った。


「はっ、アインス様らしくありませんね。僕は僕以外には成れず、彼もまた彼でしかない。その誕生が仕組まれたものであったとしても、生まれてしまえば代わりなどいないし、誰も代わることなど出来はしない唯一無二の存在となる。違いますか?」

「その通りだね」


 頷くしかなかった。


「ご理解頂けてよかったです。彼は贈り物なんかじゃない。クロノス様から僕へのただの()()()()ですよ」


 そう言ってギンッとノルマンのある方角を睨むマスターの背をみながら、俺は小さなため息を吐いた。


「……その可能性も、なくはないね。でもそれにしてはマスターは随分あの子に手を掛けていたね。道を間違えることなく家に帰れるように、付きっきりで見張り、追い立て続けていた。他の仕事を後回しにしてまでね」


 マスターは誰であろうがすぐに追い返そうとする。

 なのにこの5年間、ケントが森の中で過ごす間中、ダンジョンに籠もることもなくケントの側にいたのだ。


「それはマスターも、少しくらいは“もう一つの可能性”を見てみたかったからなんじゃないのかい?」

「別に……気紛れですよ。深い意味はありませんし、彼が無事に帰れたからと言って僕にはなんの関係もない。何も変わりはしません」

「そうかい」


 マスターはそのまま、何も俺に返すことなく目を閉じてしまった。


 まぁ、分かってはいた。

 俺が何を言おうが、マスターは自分の考えや価値を変えることはないだろう。

 俺だけじゃない。今となってはこの世界でマスターが耳を傾けようとする相手など何処にも居ないのだ。


 それから、月が位置を変えるほど、長い沈黙だけが森の中に流れた。

 マスターは目を閉じたまま身じろぎ一つしない。

 まるでその姿は長い長い黙祷を捧げているようだった。



 その間俺はノルマンで楽しげに焼肉をするケントを見ていた。

 ケントはノルマンに入学したての頃の暴言の数々についてをクラスメイトになじられては、悪かったと謝りながら、皆の皿に甲斐甲斐しく肉片を運んでいた。

 その手ぎわの良さときたら、最早焼肉奉行どころか焼肉大教皇様と呼んでも差し障りない。

 そして、焼肉パーティーにクロが不参加であることに涙するシアンを励ましては、手際良くタッパーに肉やご飯を詰めて焼肉弁当を作り、クロへ差し入れるべく大急ぎで走りだす。


「お前が行くのかよw」

「うん、僕の為にこの会食を開いてくれてるなら、ゲストをもてなすのは主役の役目だからね。渡したらすぐ戻ってくるよ」

「肉が焦げる前に帰ってこいよ!」

「えー、ちょ、ちょっとは自分で焼こうよ?!」

「はぁ? ゲストはもてなすもんなんだろ? つーわけでカルビ投入!!」

「うわあぁあぁーーん! ちょっと待ってえぇ!! クソっ、こうなったら【空間転送(テレポート)】ぉ!」

「うぉ、ケントが消えた! すげえ」

「うわぉ。【空間転送(テレポート)】とか使えるの? マジか。……ってか、こっちでも兄サンか天使達くらいじゃないとつかえないのに……」


 ―――とても、楽しそうだ。


 長い旅の果て、ケントは帰り着いた。

 そして愛する者達の為に持てる力を余すことなく使うその姿は、とても幸せそうだった。


 もしかしたらマスターも……。


 その時、ふと目を開いたマスターが小さな声でポツリと呟いた。



「―――変わらない。……ですが、ああして道を間違えることなく帰れた者を見ていると、僕とは違いなんて賢い者かと羨ましくは思いますね」

「ん? でもマスターは世界で一番賢いだろう?」

「賢さとはよりよい答えを導き出すためのもの。間違ってしまった僕なんて、劣化版賢者もおこがましい存在。少なくとも僕はもう、自らを賢いなどど称することは無いでしょうね」

「だから“他称賢者”って訳かい」

「……ええ。僕はただの愚かな犯罪者に他ならない」


 本当に、こうやってすぐに自分を卑下するところもそっくりだと俺は思った。

 だけど俺には、シアンのように元気付けてあげられるような天性の才はなかった。

 俺はどう声をかければいいのかと迷った挙げ句、こう言ってしまったんだ。


「ねぇ、マスター。今からでも君が帰る場所を新しく探してみてはどうだろう? 彼らは君を快く受け入れてくれるはずだよ」


 一瞬、マスターの肩が震えた。

 そして続くその後の数拍の沈黙に、俺は酷く後悔する。



 ―――あぁしまった。今のは、マスターに言ってはいけない言葉だった。



 俺が後悔のあまり落ち着きなく枝をざわつかせていると、マスターはいつも通り不機嫌に俺を睨みあげ、いつも通り不機嫌な声で吐き捨てた。


「そんなものはどこにもありませんよ。そして、泣き付かれたって僕が彼等の元に行くことなどあり得ない。―――笑えないんですよ。アインス様の冗談は」


 いつも通り、マスターはさっそうと踵を返し扉を開ける。


「では僕はもう行きますね。彼と遊んでいたせいで、やらなければいけないことが山積みなもので」


 いつも通りだ。

 ただ、いつもは聞いてくれる俺のつまらない別れの言葉を伝えさせてはくれず、マスターは扉の向こうへと消えてしまった。


 俺は後悔に葉を舞い散らせる。

 ……あぁ、怒らせてしまった。今のは嫌われた。マスターはいつも俺を気遣ってくれていたというのに。だってマスターは、ダンジョンという自分だけの世界を持っているから本来ここに来なくていいんだ。そこからはこちらの世界を十分に観察できるようもになっているんだから。だからマスターがこちら側に顔を出すときは必ず何かしらの意図がある。偶然出くわすなんて事がありえない人物、それがマスターなんだ。つまり、今回だってマスターはわざわざ俺に顔を見せに来てくれていた。何も言いはしないけど、静かになってしまったこの森へ、忙しい中俺の話し相手になりにきてくれてたんだ。

 なのに……。


 俺はポツリと呟いた。


「……しばらく、姿を見せてくれないかもしれないな」


 降り積もった木の葉は誰に拾われることもなく、月夜の森は静寂に包まれていた。








“劣化版賢者”はここまでになります。


長々とお読みくださりありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
[一言] マスタぁー!!! 愛しいですわぁ〜!! まぁ、もう、自分でもマスターをどこから見てるのかわからないんですけどね! なんかグッときますよね!! 素直になれない人が結構好きなんだなって、最近ちょ…
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