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世界樹の呟き 〜チートを創れる可愛い神々と、楽しく世界創造。まぁ、俺は褒めるだけなんだけど〜  作者: 渋柿
最終章 起点回帰【邪神と呼ばれた少女は世界から溺愛される】
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劣化版賢者⑤

 だが驚きに強張ったシアンの顔は直ぐに申し訳無さ気に歪み、最後にはしゃざいでもするかのように俯いてしまった。

 ケントは困ったようにシアンに声を掛ける。


「シアン先生は本当にお優しいですね。見ず知らずの僕等をこうして気遣ってくださって」

「ケント。まさかお前、その事もあいつに……?」


 俯いたまま尋ねてくるシアンに、ケントは首を横に振り言った。


「いいえ。奴がこの件について語る事はありませんでした。ただ図書館で様々な知識を得ている内に、ふと自分という存在に疑問を抱いたのです。そして検証してみた。何者かの記憶を植えつけられたマウスが、どういった行動を取るのか」


 シアンは顔を上げ、じっとケントを見詰める。

 そのまるでこの世の終わりでも見るかのようなその沈痛な面持ちに、ケントは苦笑した。


「そんな目で見ないでください。いいんですよ、結果は同じだったんですから。―――マウス達は何も知らなければ何も知らないなりに生き、知ったところでどうすることも出来ず、結局は生きて死んでいく。生と死の真理から外れることなんてありませんでした。そして僕は“知ったマウス”側だっただけという事なのですから」


 ケントはシアンを宥めるかのような優しい口調でそう言うと、ふと他人事のようにシアンに提案した。


「……ただ若いマウスの中にはその事実にショックを起こし、攻撃的になる奴もいました。そういった意味では、まだクラスの皆には黙っていた方がいいかと思います。僕達がこの世界の人間という生物に酷似した“転移者(トラベラー)”と呼ばれるa species(一つの種)でしかないという事実は」


 そしてケントは何でもないように微笑んで見せるが、それにシアンが笑い返すことはなかった。

 真顔で見つめ返されるケントは、はぐらかすようにまた苦笑を浮かべる。


「なんて、そんな研究をしていたらあっという間に5年が経過して、タイムアウトで課題失敗となりました。まぁ、今となってはキューブなど欲しいとすら思わないんですけどね。―――この長い長い5年間で僕が学んだことといえば、自分が初志貫徹すらできない半端者であるということを知ったくらいでした」


 もはや謙虚を通り越し、自嘲気味にケントはそう締め括った。

 それから二人はどちらも声を上げることなく、しばしの静寂が訪れた。

 それから5分は経った頃だろうか。

 この沈黙を先に破ったのはシアンだった。


「……いや、全っ然凄ぇよ」


 その呟きにも似た一言を皮切りに、シアンは畳み掛けるようにケントに打ち明け始めた。


「ここだけの話しだけど実はさ、お前達が生まれる前に“時の神”より予言が下ろされてたんだ。“もしも転生者の創造過程を転生者達が知ってしまったなら、彼等によってこの世界は滅ぼされる”って」


 そう話すシアンの表情からは先程迄の沈痛さは消えていている。

 それどころかシアンは弾けんばかりの笑顔を浮かべ、興奮気味にケントに言った。


「それってつまり、お前等の中に世界を滅ぼさなくちゃならない程の怒りや困惑があるってことなんだろ? なのにお前はそれを抱えながら一人で立ち向かい、たった一人で乗り越えた。―――課題失敗が何だよ。お前はこの旅で一つの世界を既に救ってきたんだぜ。類なきの英雄に成ってここに戻ってきたって事だ!」


 シアンの目には、今やケントに対する畏敬の念すらこもっていた。


「―――だからさ。そんなに自分を卑下したり、もう無理して笑おうなんてくていい。お前はマジで凄い奴だから」


 だが力強いシアンの言葉とは裏腹に、ケントは戸惑いながら身を縮める。


「いえ、凄くなんか……、僕はずっと逃げたいとばかりで……なのに無力なせいで逃げ出せず、ただ流されるままにここ迄来ただけなんです」

「だから何だよ。英雄に挫折談は付き物だろ。それを乗り切った事も含めて、オレはお前を尊敬するぞ」


 全くケントの話しなど意に介さず、淀みなくそう言い切ったシアンに、ケントは呆れたように肩をすくめた。


「はは……シアン先生が僕なんかを尊敬なんかしてどうするんですか……」

「いやいや、だから謙遜すんなよ。てゆうか、お前の方がおかしいからな? お前と違ってオレはマジで何もしてない。なのに生涯力を貸すとか……」


 その直後、ケントが突然声を荒らげ出した。

 シアンの話しに被せ、語気を強くシアンに抗議する。


「おかしくなんかないですっ! あの地で僕は奴から名を呼ばれることもなく、六千年間ずっと過ごしたんですからっ。自分の名前なんか僕の中でとっくに不鮮明になっるし、ノルマンでの数日の記憶なんてゆめだったんじゃないかって……帰り道も、もう僕の居場所はないんじゃないかって……ずっと不安で……」


 だがその語気は徐々に弱まり、最後には消え入りそうな声になり、ケントは泣き出した。

 堪えていたすべてを吐き出そうとするかのように。


「……教室のドアを開けた途端にシアン先生が僕の名前を呼んで下さたあの瞬間、まるで一つの世界が生まれたような気分でした。あの時僕がどれほど嬉しかったかなんて、きっとシアン先生にも分かりませんよ……」


 シアンは笑いながら宥めるようにケントの頭に手をおいた。


「分かるわけ無いだろ。そんな当たり前のことで泣くなっつの。そんな調子じゃ二三日で目玉が干からびるぞ?」

「涙は目玉から滲み出してるわけではありませんよ」

「んな事知ってるっつの」


 そう言った後、二人は同時に笑い声を上げた。

 そしてその時、丁度午前の授業終了を告げる鐘が教員室に響き渡ったのだった。


「おう。丁度午前の授業が終わったみたいだな。腹減ったろ。一緒に昼飯食いに行くか?」


 ケントの頭から手を退けシアンはそう聞くと、ケントは袖で目元を拭いながら首を横に振る。


「いえ。話して安心したせいか、少し眠くなってしまいました。僕はもう少しここにいてもいいですか?」

「おう。寝てろ寝てろ。ソファーしかないけどな。飯は適当に買ってきてやるよ」

「ありがとうございます」


 シアンはケントにブランケットを渡し、ケントはそれに包まって横になる。

 だがケントはそのまま、なかなか目を閉じようとしない。


「どうかしたのか?」


 不思議に思いシアンがそう尋ねると、ケントもまた不思議そうに戸惑いながらシアンに聞きた返してきた。


「いえ、……僕なんかがこんな風に穏やかな日常を甘受させて貰えることが信じられなくて……。もしかして寝て起きたら本当はこれも全て幻なのではないですか? 実は皆も、シアン先生も本当はもうどこにも居なくて……」


 可哀想に……。孤独に慣れきってしまったケントにとって、名前を呼ばれ、悪意なく話ができるというだけのこの何気ない状況が“信じ難い非現実的”となってしまっていたのだ。

 シアンは笑いながらケントの頬を容赦なく引っ張った。


「ねぇよ。これは全部現実だから、大丈夫だ」

「いたたたた……」


 結構伸びている。つまりは結構痛いはずだ。

 だがそんな仕打ちにすら、ケントは嬉しそうに笑う。


「はは、よかっら。本当に良かっら。守りまひゅね。僕がシアン先生を守りまひゅ。絶対に……」

「ハイハイ、わかったから」


 シアンがそう言って手を離すと、ケントはようやく安心したように目を閉じた。

 消耗しきった精神に訪れた久方振りの安寧。

 ケントの意識はあっという間に深い眠りの海に引き込まれていく。


「おやすみ。ゆっくり休め」


 シアンはそう言って教員室を出ようと踵を返した。

 ケントの昼食は何にしようか、などと考えながら。


 ―――だがその時ケントは、沈みゆく意識の中で無意識に呟き続けていたのだった。

 寝言のような不鮮明で切れ切れのその言葉に気付いたシアンはふと足を止める。


「―――為に、……は、消えるべきじゃない……シアン先生はまもりますから…………だから、イヴさんを暗い森に、絶対に近づけさせない、で……―――」

「え? イヴ? おいケント。お前今なん……」


 シアンは思わず聞き返そうと振り返った。

 しかし見れば、ケントはもうスヤスヤと寝息を立てている。

 改めて起こす気にもなれず、シアンは無言でケントをただ見下ろした。

 そして穏やかな表情で眠るケントを眺めながら、ふとシアンは思い出す。

 ―――ケントは“転移者(トラベラー)”として生まれて際、演算のギフトを与えられた。そして同時に、この世界最高の演算機“クロノス”によって弾き出された“この世界の結末(未来予言)”を()()として与えられているということを。


(……どういう意味だ? イヴが暗い森に行くと何かあるのか? それに思い返せば“オレを守る”だなんてそんなこと、普通あそこまでしつこく言うか? オレも流石にそこまで弱くないだろ。いや、そりゃまぁ上を見りゃ弱い部類ではあるけども……―――っつかオレ、死ぬの? いやいや)


 こんこんと眠るケントを見詰めるシアンの胸に、一抹の不安が過るのであった。





 

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