表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界樹の呟き 〜チートを創れる可愛い神々と、楽しく世界創造。まぁ、俺は褒めるだけなんだけど〜  作者: 渋柿
最終章 起点回帰【邪神と呼ばれた少女は世界から溺愛される】
546/582

劣化版賢者④

 

 ―――それからケントが聖域に来て、二十年の時間が過ぎた。

 とはいえ、それは図書館で過ごした時間も含まれており、現実での時間ではまだ僅か一年である。

 なぜケントが19年も図書館に居たかというと、それはマスターが図書館を訪れることがなかったからであった。故にケントは、マスターから逃げる為に図書館に引き籠っていたのである。

 だがそれでは当然いつまで立っても時間は進まないので、時たま意を決して外に出て課題の為の作業をする。

 するとマスターは必ずと言っていいほど近く(やってきて、ケントのSAN値をガリガリと削るのであった。


『あのさあ。お前って何の為に生きてるの? 一年経つのにまだ第一課題もできてないとかさ。この程度僕なら10歳の頃には既に出来ていたよ? ギフトをもらってこの程度とか、馬鹿がすぎるにもほどがあるだろ。今直ぐ“元がゴミである僕がギフトなんかもらってすいません”と土下座してこい。聞いてるのか? 馬鹿にもわかるように言えば“人生やり直してこい”って意味だよ』


 マスターはケントの存在の全てを否定するようなパワハラはするが、ケントに一切指導を施そうとはしない。

 ケントはその時の事をこう語った。


「賢者からの指導……? 奴が僕に何かを教える事などありませんでした。奴はただの恐ろしい化け物(モンスター)ですよ。決して、間違っても師弟等ではありません。奴と僕との間にあるものは“嫌悪”と“憎恨”と“怨嗟”……それから“恐怖”や“侮蔑”でしょうか。兎に角大嫌いです」と。


 そしてパワハラに耐えつつケントが鬱々と課題に取り組んでいたある日のことだった。

 いつものように近くで嫌味を垂れ流し続けていたマスターがふと黙り込んだかと思うと、着信を告げる光を放つペンダントを懐から取り出し、パチンとクリスタルを立ち上げた。

 そして浮かび上がった画面を確認すると、何かを入力してまたペンダントを懐にしまい込む。

 そして肩を落としながらボヤいた。


『まったく、シアンのやつも懲りないなぁ』

『……シアン先生がどうかしたのか?』


 是迄マスターの嫌味を全て無反応で聞き流し続けていたケントだったが、ポツリと呟かれたシアンの名にだけ僅な反応を示した。

 マスターはニヤリと笑う。

 ―――マスターはその一瞬を見逃さなかったのだ。


『あぁ、シアンがね。君を“迎えに来たい”って何度もしつこく報せを送ってくるんだよ』

『迎え……に来てくれるの? シアン先生が?』


 虚ろだったケントの瞳に、僅かに希望の光が宿る。

 だが直後、マスターはそんな僅かな希望を木っ端微塵に打ち砕いた。


『勿論断ったよ。だって君は今、課題の最中だからね。最長でも五年後には終わるからと返信しておいたよ」

『い、いや。でもシアン先生ならこの僕の様子を見に来てくれるはずだ! そうだよ。あの人はお節介な人だから……』

『いや、無理だね。課題を開始してしまった君を、シアンが僕の許可無く見つけ出す事など出来ないから。シアンでも手の出しようのない“ダンジョンマスターとしての権限”の範疇内なんだよ。ま、心配しなくても僕は許可なんか出さないから、君は余計な事を考えなくていい』

『そんな……』


 マスター曰く、希望とは見るものではなく、見せた上で打ち砕く為のものだそうだ。

 最早どこの悪役の思考回路かと驚きを隠せない。

 そんなマスターは、希望砕かれ項垂れるケントに更に追い討ちをかけていった。


『だけど5年後かぁ……。生徒は他にも大勢いるし、五年後にはきっともう、シアンは君のことなんて忘れてるかもね』


 ケントの目にじわりと悔し涙が浮かぶ。


『そんなことないっ、シアン先生は……シアン、先生は……』


 ―――仲間を忘れるようなキャラではない。そう言おうとした。

 だがケントは既に体感的に20年もの時を孤独に過ごしていて、その長い経年がかつてあったケントの中の確信を風化させてしまっていたのだった。

 言葉もなく嗚咽を上げるケント。

 だがマスターは欠片の同情も見せる事なくこき下ろす。


『ならさっさと課題を終わらしなよ。僕だって君なんかさっさと目の前から消えて欲しいんだから。―――本当に苛つく。無力な癖に調子に乗っては大事な物を見誤る。そんな愚かなクソガキが君だ。あぁ、まったく君を見てると頭痛がして反吐が出る』


 そして手にしたキューブをカシャリと捻りながら、また冷ややかに軽蔑の言葉を投げ掛け始めるのだった。


『こんなものを欲しがらなければ、今頃シアンと共に平和な授業でも受けていただろうにね。一体自分を何様だと勘違いしたんだか……』


 そう。この時だった。

 ケントの心の片隅に“早く帰らなければ”という焦りにも似た願いが生まれたのは。

 これまでのケントは“どうせクリアできないなら罵詈雑言に耐えながら、5年をダラダラ過ごせばいい”と考えていた。

 だがこの瞬間からケントは、一刻も早く課題をクリアしてノルマンに帰ろうと考えるようになったのである。


(皆が僕を忘れてしまわない内に早く帰ろう。―――例え、何千年掛かったとしても……)



「―――それからというもの、僕はアイテムの為ではなく一刻も早くあそこを去るべく課題に取り組みました。……ただ、課題をクリアする為には【叡智の図書館】で知識を得なければならず、急げば急ぐ程あの地で過ごさなければならない僕の時間は増える一方です。そして時が経つ程に、シアン先生はとっくに僕なんか忘れてしまったんじゃないかという恐怖に押し潰されていきました」


 白い顔を更に青褪めさせ、不安と闘いながら話すケントにシアンはハッキリとした口調で言った。


「忘れるわけ無いだろ。お前の過ごした時間がマジもんだったとしても、たかだか数千年で俺がお前を忘れる筈がない」


 途方もない所業を、いとも容易げに言い切るシアン。

 だがそこに込められた本気さに、ケントは一瞬言葉を詰まらせた後、思わずクスリと破顔した。


「ええ、そうですね。杞憂でした」


 それからケントは笑顔を収めると、背筋を伸ばしとても真剣な面持ちでシアンに告げた。


「―――シアン先生。僕はもう間違えません。大切な物を二度と見誤ることはない。シアン先生の言葉に正しく耳を傾け、あの地で手に入れた知識と力の全ては生涯シアン先生の為に使う。僕はそう考えているのです」


 そんなケントの本気の言葉に、今度はシアンが破顔する番だった。


「いや、そんなガッツリ忠誠を誓われる程の事なんかオレはして無いだろ。寧ろ何もしてなさすぎて申し訳ないくらいだ。……それよりさ、オレとしてはお前の人生はお前の為に使って欲しい。お前らが望むように生き、結果幸せだったと思ってくれたなら、オレはもう何も言うことはない」


 軽い口調でそう語ったシアンに、ケントは至って真面目な面持ちで深く頷いた。


「分かりました。シアン先生がそう仰るのであれば、僕は自分の為となるようこの生涯の使い方をよく考えてみます。ただシアン先生がお困りの際は、お手伝いすることを許して頂けますか?」

「あぁ。それは勿論だ。そんときはオレの方からマジでよろしく頼むぜ」


 シアンは恥もなくそう言うと、ニッと笑って手を合わせて見せた。

 だがその時、シアンの笑顔がふと曇る。

 シアンは何か考え込むような素振りで一口お茶を啜ると、ぽつりと重い口調で声を絞り出してケントに言った。


「……なぁケント。オレの方からも一つだけ聞いていいか?」

「はい、勿論です」

「お前の今までの話の冒頭でさ、確か()()()()()()()()じゃなくて、()()()()()()()()()()って言ってたよな……?」

「ええ、言いました」

「……それで今聞いた話だとこの世界に骨を埋めるみたいな言い方で……それはつまり……」


 要領を得ないシアンの遠回しな質問だったが、ケントはその意を汲みサラリとその質問に答えてみせた。


「ええ、仰る通り骨を埋めるつもりですよ。……というか、始めから僕ら異邦人には()()()()()()()()()()()()()()()んですよね」


 その答えに、シアンは今日一番の衝撃を受けて体を硬直させた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ