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世界樹の呟き 〜チートを創れる可愛い神々と、楽しく世界創造。まぁ、俺は褒めるだけなんだけど〜  作者: 渋柿
最終章 起点回帰【邪神と呼ばれた少女は世界から溺愛される】
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劣化版賢者③

 暫くして、ようやく我を取り戻したケントが声を震わせながらマスターに尋ねる。


『な、なんだ……この課題?』

『何ってこのコアキューブを扱う為の第一の最低条件だよ。このコアキューブは基本的に計算によって摂理を作る仕組みだから』

『いやでも、この条件4番とか意味がわからないし。動物か昆虫を使え? 計算関係ないだろ。謎掛けかなんかか?』


 マスターはやれやれと肩をすくめたが、ダルそうにしながらも説明はしてあげていた。


『4はただのバタフライエフェクト効果の応用だ。因果を作為的に生み出すことによって因果律における結果を操作する。基本カオス力学の予測演算が出来れば問題ないだろ』

『い、因果……? 哲学かなんかの話し……?』

『哲学や思想は関係ない。賢者に必要な能力は、君の言うように基本は【演算】能力だよ。あらゆる可能性を演算により弾き出し、結果を予測して予言を出す。そして人々を導くという名目で因果律の調整をするんだよ。因みに予測によって導き出す結果()とは、統計的かつ人道的に最も望ましいものを指すから時代毎の背景を知っとくのは言われるまでもなく当然だけどね』


 そう話すマスターの表情は変わらなかったが、逆にそれがその話が無茶ぶりでもなんでもないことを物語っていたのだった。


『い、言ってる事がわからない。だって……“アインストーリア”での課題はパズルゲームのクリアだったんだ。パターンさえ覚えればよかったのに……』


 予想が外れたケントの顔がクシャリと歪む。

 だがマスターはまるで情けの欠片もなく、実質生後2ヶ月のケントを鼻で笑い飛ばした。


『はっ、似たようなもんだろ。世界の真理という不変のパターンを全て覚えれば大して難しくもない。……なにせ、それは幼児レベルなんだし?』


 ケントは蒼白になり、羊皮紙をマスターに突き返そうとした。


『無理だ! こんなの……やめる!』

『残念だけど受注は既に聞いてしまった。そこに5年はおりられないと書いてあるだろう? ダンジョンだって先駆者達はノーヒントで迷宮に挑むもんなんだよ』

『でもどうせ無理だっ。ただの中学生に、ネットもないこの状況でカオスだの演算だの言われても分かるわけ無いだろ!』

『あぁ、それも想定済みだ』


 マスターはそう言うと、俺の根元の扉をカチャリと開け、手でケントに入るよう指示を出した。

 ケントがおそるおそるに足を進めると、扉の中にはいつもの喫茶店ではなく、目の眩むような蔵書を納めた広大な図書館が広がっていた。

 マスターはあまりの光景に立ち尽くすケントの背に、少し得意げに声をかける。


『この扉は今後君が開けようとすれば“叡智の図書館”に繋がるようにした。ここにある本は全て僕が既に読み、手ずからその真偽を検証した確かな本ばかりだよ。ネットとやらよか信憑性は高いと思うよ。好きに使っていい』


 まるで地平線の向こうまで並んでいるのではないかと疑いたくなるような本棚の列を、ケントは絶望に満ちた眼差しで眺めていた。


 だがすぐに振り返ると、マスターに向かって怒鳴り声を上げる。


『こ、こんな量読みきれるわけ無いだろ!!』

『大丈夫大丈夫。見ての通りこの図書館はダンジョンでね。時間の流れを歪めてあるんだ。現実での一秒が館内での2年。つまり、5年を館内で過ごせば3億1千5百3十6万年もの時間、本を読み放題という事になる。ま、十分だろ』

『り、リアル3億年ボタンかよ……』


 ケントはそう呟くとヘタリとその場に座り込んだ。

 そして耳聡くその呟きをマスターは拾い上げ、若干嫌味っぽく感想を述べる。


『あぁ、その話ね。確か亜空間内で3億年過ごし、最終的に神に等しい叡智を手に入れたんだっけ? まぁ僕から言わせれば、馬鹿は何億年経とうが馬鹿のままだと思うんだけど。……あ、()()()アインス様のことを言ってるわけではありませんので悪しからず』


 と、突然話を振られ、俺は驚きながらも慌てて枝をざわりと揺らし頷いた。


『はっ、……うん!』


 いやはやそう注釈を入れられるまで、俺は全く“今ディスられた”ということに気づかなかった。

 確かに俺は発芽してから79990年……発芽前も入れれば一億年以上意識を保っているのに、申し訳なくもマスターのくれる講釈を未だ理解できないでいるのだ。

 ―――そんな馬鹿な俺にも気づきを与えてくれるなんて、マスターは本当に賢くて優しい仔だなぁ。

 ……なんてほっこりと和んでいると、読心術を会得したマスターに鋭く睨まれた。


『……。―――兎も角、その点君は【演算】のギフトとやらを持ってるんだろ? 君の希望通り()()()()()()()()()()()()()()()だろうね。さ、お膳立てはしてやったんだから、後は精々君自身の望んだこの課題に取り組んでくれたまえよ』


 絶望に打ち拉がれ膝を突くケントを眺めながら、マスターは満足げに笑っていた。



 シアンは話を聞きながら、その鬼畜の極みとでも呼ぶべきマスターの傍若振りに、唖然としながらポツリと呟く。


「……い、一体何があいつをそこまで駆り立てるんだ……?」

「奴の心境など察するのも悍ましい事です。―――それからは、地獄の日々が始まりました。寝ても醒めない夢とは正にこのこと。あそこでは僕が眠りに落ちて脳波が一定以下になると、自動的にあの図書館に転送される仕掛けがされていたのです。数時間の眠りから醒めて外に出れば、寝落ちてからまだ1秒も経ってない。当初はそんな現実を見せつけられる度、意味もなく笑ってましたね……」

「どこまで心を折れば気が済むんだ? 鬼か?」

「ええ。それも大変な悪鬼ですよ。あの日から今日までの期間とは、先生達にとっては僅か5年と数ヶ月だったのでしょうが、僕はあの地で実に六千年もの日々を体験していたのですよ」


ケントは遠い目で淡々とそう言った。


「……そ、そっか……思ってたよか断然酷くてオレ今すげえ心拍数上がってるよ。……ってかそれでよく発狂しなかったな」

「あぁ、はい。まぁ正確には“発狂させてもらえなかった”……ですけどね」


 ケントはそう言って苦笑すると、その時のことについてまた話しを始めた。


 図書館を案内された時は茫然自失のケントだったが、軈て渋々にも図書館に足を運び始めた。

 自分で望んだとはいえ、後半強制的に捕獲された幼いケント。そんな彼が百戦錬磨のマスターから逃げる術など持ち合わせている筈もない。

 諦めが勝ち、取り敢えず課題に取り組もうとはしたものの、何から手を付けていいかもわからなかった。

 だがそこには教えてくれる者どころか相談……いや、まともに話しのできる話し相手すらいない。

 ケントは途方に暮れつつも、現実逃避をするかのように膨大な蔵書を読み始めた。

 とはいってもその蔵書量は果てしなく、日を追うごとにケントの表情は固くなり、その顔からはまるで死者のように血の気が無くなっていったのである。

 ケントはこのままではいけないと自らを奮い立て、課題のピタゴラスイッチを作ろうとチャレンジしてみるが、まぐれで成功できる規模ではない。

 しかも失敗するたびに飽きもせずマスターからの罵詈雑言を浴びせかけられるのだった。

 ―――孤独の中での知識の集蓄。声を書けられるとすれば存在を否定されるような罵倒。名前すら呼ばれない。

 それから程なくして、ケントは食事もできず、本を開く気力すら枯れて、呼吸するだけの屍のように動かなくなってしまった。


 だがそんなケントを健康管理を担うマスターが放っておきはしはない。

 ケントに精神異常の兆候を認めると、マスターは一本の注射を片手に何処からともなくやってきた。

 マスターは力なく蹲るケントを片手で軽々と後手に組み伏せ、注射針を晒された首の動脈に突きつけ言った。


『あぁ、問題ないよ。鬱などという精神的な病は、一様にストレスを含む何かしらの要因により、脳から出るホルモンがバランス異常をきたしてる()()だから。―――さ、このホルモン剤を打っておこうか。すぐに気分が落ち着くよ。大丈夫。僕は他称賢者。薬学にも精通しているからね』


 途端、大人しくうなだれていたケントが狂ったように暴れ出す。


『い、いやだあぁあぁぁぁぁっ!!! もう嫌だああぁ!!! 僕はもうなにも考えたくないんだよぉぉ!! ほっといてくれよぉぉおぉーー!!』


 恥も外聞もなく泣き叫ぶケントだが、抑え込まれた腕は鉄枷でもはめられたかのように固定され、どんなに暴れようとしてもまるで抵抗にもならない。

 もはやここから逃れられるなら人間を捨ててもいいとすらケントは本気で願うのに、マスターは穏やかな声でそんな最底辺の願いをも打ち砕くのだった。


『あははは、僕の前でそう簡単に狂えると思うなよ?』


 その時のマスターは、穏やかな声とは裏腹に超ドSS級の悪役の顔をしていたそうな……。



 シアンにその時のことを話しながらケントはカタカタと小刻みに肩を震わせていたが、話し終えると一つ大きな深呼吸をして震えを振り払った。

 そして“もう大丈夫”とでも言うようなおおらかな笑みを浮かべ、こう締めくくった。


「向こうでは、死にたくなるぐらい正気を保って健康に過ごしてましたよ」


 “健康とは素晴らしい”。そんな定説を覆す驚きの激白だった。


 シアンはココとユメが口を揃えて“体調に問題なし”と言っていた事を思い出しながらポツリと呟く。


「いやほんと迎えに行ってやらないで悪かった。なんとしても行くべきだった……」


 ケントは『過ぎたことです』と、穏やかな笑顔で受け流し話しを続けた。



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