劣化版賢者②
儚げに笑うケントにシアンは憐れみの眼差し向けて頷くと、そっとオレンジジュースを差し出し言った。
「ま、飲め。兎に角お疲れ様。つってもこの5年間、お前が何をしていたのかは知らないんだけどな。アイツにも連絡は入れてたんだが“こちらで預かることになった”といったっきり既読無視されてて……」
シアンはしょんぼりと肩を落とし、自分も湯呑を手にソファーの向かいに掛けた。
「いえ、想像に易いのでお気になさらずに。僕の方とて何も成せず、何者にも成れず鬱々と時の歩みを共にしてきただけですから」
ジュースには手を付けず穏やかにそう答えるケントに、ふとシアンは“歪みさえしなければ、レイルもこうなっていたんだろうか……”等と失礼なことを考える。
だが直ぐにそんな思考を振り払うと、シアンは一口お茶を啜り、白い顔をしたケントのカウンセリングを始めた。
「へ、へぇ……。オレには随分変わったように見えるがな? よかったらこの5年間、何があったのか話してくれないか? あ、勿論無理にとは言わないけど」
それはユメが精神的な疲労を抱えているという診断を下していた為の、聞き取りカウンセリングのつもりだっただった。
気楽に話せるところだけ話してもらえればいい、とシアンは考えていたのだが、ケントは思いの外神妙な顔つきで頷いた。
「勿論です。シアン先生がそう仰るのであれば、それはとても大切な事象に違いありません。つまらない話かとは思いますが、なるべく仔細までをお話しいたしましょう」
それからケントは粛々と5年と3ヶ月前、シアンと別れてからの日々を語り始めた。
「―――あの日、僕はこの世界に生み出され、本当に心から嬉しかったんです」
◆◆
―――ケントは記憶の中で“アインストーリア”と呼ばれるゲームにハマっていた。
そんな憧れた世界が目の前に現れたのなら、きっとその喜びはひとしおだったろう。
当時シアンを馬鹿にする態度を取ったのも、アインストーリアの主要キャラを知り尽くすケントだからこそ“シアンならそんな態度も許してくれるという”確信を持ってそう接してしまったのだという。
実際、ノルマンを出て一人旅を始めたケントの道中での態度は、実に紳士的で模範的なものだった。
立ち寄る村ではよく自ら村人達に話しかけ、困っているという話を聞けば親身に手伝い、時にはシアンからもらった金銭を分け与えたりもしていた。
『善行を積まないと聖域には入れてもらえないからね。あぁ、面倒だなあ』
そんな憎まれ口を叩いたりはしていたが、実際人々と触れ合うケントは本当に楽しそうであり、心からこの世界を愛しているんだろうと、俺は思ったものだった。
そして本来1ヶ月の道中を、たっぷり2ヶ月かけてケントが聖域に辿り着くと、聖域の番人ハイエルフ達は試練を与えるわけでもなくケントを森の最奥にそびえる俺の根元“賢者の住処”へと案内したのであった。
それは勿論、ハイエルフ達が既にこの“神子計画”を把握してあったからであって、本来はもう少し綿密な身辺調査を施される事にはなっているようだ。
俺的には全然誰でもウェルカムようこそなんだけど、なかなか森の番人はそれは許してくれないのだった。
少し話が脱線したけども、そうして俺の根元にやってきたケントは、嬉々として根本の虚に嵌め込まれた扉をノックしたのである。
―――ドンドンドンっ
『賢者レイルはいるか? 【賢者の課題】を受けに来たぞ!』
……怖いもの知らずも甚だしい。
扉はすぐに開き、中から物凄く不機嫌そうなマスターが現れた。
『……誰?』
『出たな賢者。僕の名は小坂賢人。この世界のシステムから“演算”にギフトを与えられた者だ』
マスターは頭を抱え、面倒臭そうにため息を吐いた。
『はぁ……あぁ、うん。転移者ね。それが僕に何か用?』
『お前本当に賢者か? 課題を受けに来たとはじめに言っただろ』
相変わらず小馬鹿にするようなケントに、マスターは端から聞く気のない態度でウンウンと適当に相槌を打つ。
……どっちもどっちだなぁ。
『あー、課題ね。はいはい……課題? 君、この僕と知って課題を出して欲しいって? マゾなの? 悪いけどうちの店は変態お断りなんだ。お引取り願おう』
そしてそのまま扉を閉めようとするマスター。
このまま閉められれば、間違いなく鍵をかけられてしまうだろう。
ケントは慌てて扉の隙間に足を挟み込み、閉めさせまいと扉を引っ張った。
『ちがっ、ちょっと待てよ! ここで賢者の出す課題を受けてクリアできれば、賢者の持つアイテムをくれるって設定だったろ! 扉を閉めるな!』
『お前の脳内設定なんか知るか。帰れ』
そう言って“CLOSED”の看板をケントの顔にグリグリと押し付けるマスター。
それでもケントは諦めず、ドアを引っ張りながら喚き散らしていた。
『だーかーらーっ、課題っ! アイテムよこせ!! お前の仕事だろ! 役目をまっとうしろよ!』
そのケントの思い込みと自信……もとい熱意を目の当たりにし、マスターはこれ以上のせめぎあいは不毛だと考え直したようだ。
マスターは面倒臭そうに再び表に出てくると、腕を組みケントを問い質した。
『まったく……迷惑極まりない話だけど、確かに僕はダンジョン・マスターとしてアイテムの類の管理を神々より任されてはいる。一体何が欲しいというんだ? ダンジョンに納入しているものなら勝手に取りに行ってくれ。していないアイテムなら一応話しだけは聞いてやるよ』
『やたっ!』
途端、ガッツポーズを決めるケントに、マスターは深い為息を吐きながら譲渡可能なアイテムを挙げていった。
『と言っても大したものはないよ。生前に使ってた賢者の杖か賢者のローブ、他は……』
『そんなもんいらないね! ここは“コアキューブ”一択だろ!!』
と、マスターの話しに被せて指名されたそのアイテムの名に、ふとマスターの眉間にしわが寄った。
だが交渉が上手く行き、興奮気味のケントは気が付かない。
『……』
『どんなダンジョンでも自在に生み出すコアメーカー。賢者だけが持つこの世界最強のチートアイテムだ。僕はそれを貰いに来た』
『……へぇ。キューブをねぇ。ま、確かにこのアイテムだって“僕の所持品”というわけではない。現状“僕しか使えない”ってだけでね』
マスターはそう言ってキューブをカシャンと捻ると、人の神経を逆撫でする意地の悪い笑みを浮かべケントに問うた。
『だけど君、本当に分かってる? 他のアイテムもそうだけど、僕はダンジョンクリアをさせることによって、その者がアイテムを使うに相応しいか見極めてるんだ。つまりこれが欲しいなら、せめてこれを操作できる程度の力量は示して貰わないといけないんだけど』
『あぁばっちこい! 僕は賢者ルートだけでも5周はしたけど、漏れなくコアキューブは入手した。賢者の出す3つの課題をクリアしてな』
マスターは呆れたと言わんばかりの苦笑をこぼすと、手を振って空中から羽ペンと羊皮紙を取り出してみせる。
『オーケー。纏めるとこうだね。先ずその1、君はこのコアキューブが欲しい。その2、その為には僕が出す3つの課題をクリアしなければならない。……そしてその3、君の脳内じゃその試練をいとも容易くクリア出来ていた……と』
『あぁ!』
元気のいいケントの返事を聞きながら、マスターは羽ペンで羊皮紙に何やらサラサラと綴り出した。
そしてわずか数秒で書き上げたそれを、ペッとケントに投げて寄越す。
『いいだろう。その条件で課題を作ってあげよう。それが第一の課題、幼児レベルの初級編だ」
『投げるなよぉ。ったく、ゲーム内でも意地悪キャラだったが本当に腹の立つやつだな。……まぁいい。コアキューブを手に入れるまでの辛抱だしな』
そうボヤきながらもケントはホクホクと落ちた羊皮紙を拾い上げたが、そこに書かれた内容を見た瞬間ふと動きを止めた。
『……ん?』
―――♪♪賢者の課題★Part壱♪♪
☆大自然の中でピタゴラスイッチを作ってみよう☆
以下の条件を守ってね。
1、直径5cmのビー玉を一度だけ弾いて、最終的に直径5.5cmの穴にホールインさせればゴールだよ☆(何度もトライしてゴールさせよう★)
2、ビー玉の総移動距離は2500メートル以上、3000以内とするね☆(上下運動も距離に含まれるよ★)
3、大自然の素材でワクワクする仕掛けを350個作って作動させよう☆(1つでも作動しなかった場合はやり直しだよ★)
4、言葉の通じない動物や昆虫達に手伝ってもらう仕掛けも3個以上入れてみてね☆(森の動物達はみんな友達さ★)
5、森の景観を守るため、自然素材だけでコースは作ってね。化学素材や土を形成するのもNGだ。木を削ったり折ったりするのも駄目だよ☒
6、一度失敗したコースで使った仕掛けの素材はその次のコースでは使わないでね☆(自然の中での新しい発見を探してみよう!)
※※※注意事項※※※
○課題の審査期間は5年。
○課題をすべてクリアするか、審査期間の時間切れになるまでは課題に取り組むこと。
○課題をクリアするに必要な知識は“叡智の図書館”に収められていて自由閲覧を可とする。
○また、課題審査期間は賢者によって衣食住、及びその健康を保証するものとす。 ―――
……ファンシーな字体に惑わされるべからず。
マスターを知る者からすれば、その注意事項を見ただけで“これはヤバい”と戦慄しただろう。
だがまだこの世界に来て間もないケントは、その恐ろしさに気付かず、先ずはその無理ゲーな課題を唖然としながら何度も読み返していた。




