集結せし者達
久しぶりなのでちょい長めの投稿です
途端、生徒達は一斉に扉を振り返り、教室はしんと静まり返った。
注目を浴びたクロは親鳥が雛を守ろうとするかのように、胸に抱いたブランケットの包みをギュッと抱きしめて面々を睨み返す。
沈黙する気不味い空気の中、マイペースなロゼが遅刻したクロを特に責め立てるわけでもなく教室に入るよう促すと、コンコンと黒板をノックして言った。
「やぁクワトロ。丁度よかった。それじゃあ席についたら早速だけどこれを答えてくれる?」
……ロゼは優しい。だけどそれは自分の教えに従順な者達にであって、そうじゃない場合ロゼは昔っからこういった無茶振り対応をよくした。
たった今来たばかりの者が、口頭のみで尋ねられた問に答えられるはずなどない。
初見の者であれば、その質問を“ただの晒し上げの陰険なイジメ”と取る者もいただろう。
だが物心付いた頃からロゼと共に育ち、その我儘に付き合い続けてきたクロにとっては、今更ロゼの知能が多少上がろうがその対応には最早慣れたものだった。
クロはまず席に着くまでの十数歩の間に、黒板を埋め尽くす黄金の文字を速読し、この授業の概要を把握すると、その流れとロゼの性格から今問われている問題の内容を予測する。
そうして問題内容の目星さえ付けば、シアンに仕込まれてきたクロには今の授業内容程度なら十分に答えられるのであった。
「えっと……仮想空間β"を使った場合の水弾の追跡式、は x(km)h2ⁿ0=(h2ⁿ0)β"{Q(p/g)ⁿP(hm/hp)ⁿC(фαⁿb/c)ⁿ}∶p()β-3.1π(k/3ff)……?」
「ありがとう。そういうことだね。いいよ、座って」
……質問の冒頭の1文字すら知らないクロだが、こうして早押しクイズマスターもビックリの勢いでクロは見事に答えを言い当ててくる。
まぁぶっちゃけ魔法を使えない俺には問題がどうの以前に、彼等が何を言っているのかさっぱりなんだけどね。
ロゼは何事もなかったかのように授業に戻り、クロも若干ホッとしたように小さく息を吐くと席に座った。
と、隣の席からイヴが嬉しそうな笑顔を浮かべながらヒソヒソとクロに話しかけてきた。
「(今日は来たんだね)」
「(うん、まぁね……)」
何処か語尾に含みをもたせながら、そっと腕の毛布を撫でるクロ。
そんなクロの仕草に、イヴはまんまとそちらに興味を逸らせた。
「(ねえねぇ、その胸に抱いてるのは何?)」
「(あぁ、今朝産まれたんだ。ほら、昔精霊王から貰った金色の卵だよ。最後の卵)」
ふと、イヴの表情が固まりその目が泳ぐ。そして数拍後、何かに思い当たったようにコクコクと頷いた。
「…………。(……―――あ……あー、うんうん。もしかしてジャック・グラウンドから持ってきたあの卵のこと? 腐ってなかったんだ)」
イヴのその一言に、今度はクロの表情が僅かに歪む。
「(……腐ってると思ってたの?)」
「(だ、だって十年近く前に貰った卵だよ。そんなに経ってたら流石に……)」
「(うんまぁ。―――でもドラゴンの中には三十年程抱卵してる種もあるから。……そっか。イヴはこの子を腐ってると思ってたんだ)」
クロがそう言って俯いた瞬間、イヴは“しまったぁ……!”という表情で慌ててどうフォローをすべきか思考を巡らせ始めた。
クロが家族の性格をよく把握しているように、イヴもまたクロの琴線についてはある程度把握している。
そしてクロの琴線とはズバリ、クロと親しい獣達を蔑ろにする態度をとることであった。
「(くさっ、じゃなくて! っ元気に産まれてほんとよかった。ね、一体どんな子だったの? なかなか生まれないから心配してたんだけど、私だって産まれてくるの楽しみにしてたんだから!)」
「(……本当に?)」
「(本当だよっ。だってクロがずっと大事にしてた卵だもん。ちゃんと産まれればいいのにって、ずっと思ってたよ。……もしかして、やっと生まれたから今日教室まで見せに来てくれたの?)」
そう言って首を傾げたイヴに、クロは少し不安気に頷く。
「(うん……イヴも喜ぶかと思って)」
「(喜ぶに決まってるよ! ねぇねぇ、どんな子だったの?)」
途端満面の笑みを見せるイヴに、クロもホッとしたように笑顔を返した。
「(うん。ハルピュイアの亜種だった。基本ハルピュイアといえばその翼が茶色や亜麻色なんだけど、卵から生まれたのはキラキラ金色に光る毛並みの子だったから、もしかしたらセイレーンやアルコノストの亜種かもしれない)」
「(そうなんだ、早く見たいなぁ)」
「(でも今出したらロゼが悲しむよ。もうちょっとで授業終わるから終わったらね)」
「(うん!)」
そんな和やかなひそひそ話を小耳に挟みながらシアンは、後方の席で戰慄を覚えていた。
―――最後の卵が孵った。
それはつまり昨日のクロの言葉通り、明日には王獣キメラがクロと契約を果たす為にこのノルマンにやってくるということであり、ついでに言えばこれまで「先約があるから」と自重していた世界中の獣達が、クロとの契約を交わさんと始める進撃の合図でもあるのだ。
シアンは明日以降の日々を思い、キリキリと痛む胃にそっと手を充てるのであった。
とその時、再び勢いよく教室の扉がガラリと開いた。
だがクロ以外にノルマンで、この特殊組の授業を割って乱入しようなどという勇者はいない。
というか覚醒した勇者にも無理なのである。
―――なら一体誰が?
そんな疑問を浮かべつつ、シアンを筆頭に教室にいた全員が大きく開かれた扉に再び目を向けた。
……そこには薄汚れたマントを羽織り、フードを目深に被った男が立ち尽くしていた。
フードから溢れる男の白髪交じりの髪は長く、腰辺りまで伸び放題になっている。血の気のない真っ白な肌に、フードからチラリと見える目からは、まるで生気というものを感じられない。
そしてその仔の登場に、生徒達がざわつき始める。
「(誰?)」
「(何? あいつ誰……?)」
だがシアンは直ぐにその仔の正体に気付いたようだった。
「あいつ……―――コサカ・ケントかっ、無事だったのか!」
小坂賢人。そう、彼こそがこの教室の空席の主なのであった。
それでは折角だから、彼等が初めて誕生し、ノルマンにやってきたその時のことを話しておこう。
―――あの日、彼らが異世界転移したと不安気に辺りを見回す中、一人拳を振り上げる者が居たのだ。
◆◆◆
「キタァー! やっば、これアインストーリアじゃん! やっぱあれ神ゲーだと思ってた! ここに転移とか最高か!!」
それは勿論、当時13歳の漆黒の髪をした小坂賢人である。
ケントを含む今回の転移者達はこの世界を【アインストーリア】と呼ばれるVRゲームと記憶させられており、中でもケントはそのVRゲームにかなりハマっていたという記憶持ちなのであった。
隣で得意気に騒ぐケントに、栗栖忍が眼前に立つオッドアイの長身の怪しい男をチラチラと見ながら声を掛ける。
「小坂、なにか知ってるのか? ここ何処だ? あいつ何なんだよ?」
「はは、だって“ノルマンに伝説の教師シアン”っつったらあの名作RPG・アインストーリアしかないだろ。いわゆる異世界転移ってやつだよ」
マオも当時は泣きそうな顔でケントに質問をしていた。
「そ、そうなの……? それで私達はどうなるの? どうすれば帰れるの?」
「帰る必要ある? 周回クリアしてきた僕、勝ち組確定だし。まぁ皆は好きにプレイすればいいんじゃあないかなぁ? さて僕のスキルは……と。“ウィンドウ・オープン”―――え、ギフト【演算】?! 賢者のSSRギフトキタアァァァ!!!」
「ギフトって……?」
……“ウィンドウ・オープン”の呪文はまんまゲームの設定として流用されたらしい。
そして突っ走るケントに、空気と化しつつあったシアンが慌てて声を上げる。
「君達、まずは“ウィンドウ・オープン”と唱えてみよう! 自分達の状態やスキルを確認できるよ。それから君達ノ持ツペンダントのクリスタルを立ち上げればメニューが開かれ、様々な情報が確認できるンだ。分からない言葉や調べたいものがあった時も、これを使って確認してみヨウ!」
シアンはまるで模範的なNPCの様な口調で彼らの疑問に答えていった。
「それじゃあ君達は、これからこのノルマンで各々のスキルや魔法、それからこの世界の事を学んでもらうことになる。これから過ごす学園内と寮を案内しよう」
シアンはそれはそれは頑張ってコミュニケーションを取ろうとした。だがそんなシアンをケントは拍手を送りながら嘲笑った。
「乙ww流石NPC様w! マニュアル通りの回答あざっーす! だけどね、僕は知ってるだなぁ。ここで学ぶより手っ取り早い所謂裏技チートってやつをさ。まぁ諸君らはまったりシアン先生様の授業でもまったり受けて楽しんでくれたまえよww」
流石にこのケントの対応には、他の転移者達も顔を顰め始めた。
「……なにアイツ、感じ悪い」
「生理的に無理だな。もうあいつから情報とか引き出さんでいいや。無視しようぜ」
険悪になる空気。
だがシアンだけは必死に場を収めようと、笑顔を浮かべつつ皆を宥めようと試みた。
「ま、まぁ皆! そんなこと言わずに仲良くしようぜ! な? ケント、ここで授業受けていかないと困ることだっていっぱいあるだろ? えーっと、学園に入学すればほら、魔法の使い方だって教えるし!」
「はぁ? 困らないし。それに魔法なら他でも学べる。だって僕はこの世界の事をこの世界の誰より知っているんだからね」
「へぇ、凄いなあ。例えば?」
「例えばだって? そうだなぁ……」
シアンの合いの手に更に調子付くケントは嫌らしい笑みを浮かべつつ、シアンに小声でヒソヒソと囁いた。
「―――例えば“ノルマンの生きる伝説シアン先生が、本当に伝説の創始者様だって事”……とかかな?」
「っ!!??」
流石にその情報にはシアンも目を見開いて驚きに肩を震わせる。
そして未だ現状をゲーム内だと信じるケントは、そんなNPCのくせにリアルな反応だとでも取ったのか、可笑しそうに笑いながら指摘した。
「あはは、そこまで驚かないでよ。アインストーリア好きの間でシアン先生といえば“大して強くもないのに、太古からしぶとく生き残る伝説のG様”って有名だったんだ」
「おい。誰だよそんな酷い略し方したの」
最早取り繕う気すら失せたのか、シアンはゲンナリと目を座らせて突っ込んだ。
ケントは気にした様子もなく腕を組んで断言する。
「それに周回したって言っただろ? 僕はこの世界の幾つもの結末を識ってる。そしてこの僕に学ぶべきことはここにはないことも識ってるんだよ」
「ここにはない……って、じゃあどこに行く気だ?」
「勿論“聖域”さ。世界樹の根本に住まう“大賢者”だけが、この僕に知恵と力を授けられる唯一の存在だ」
ケントの言葉にシアンの目が再び見開かれた。
ただしそれは驚きではなく、恐怖によるものである。
「だ、大賢者……だと!? っアイツのところだけはやめておけ!」
大賢者と呼ばれる者をよく知るシアンは必死でケントを止めた。
だがケントはそんな忠告……いや、警告など聞くはずもなく笑い飛ばすだけ。
「あはは、NPCならそう言うだろうね。定められた筋書きから逸れようとするプレイヤーを止めようとする事も仕事だろうから。……だけど僕は行くよ。だからここでシアン先生の役目はたった一つ。僕に“餞別”として50000G(※約五百万円)くれることだ」
……流石世界一の嫌われ者をモデルに生み出された仔。
こうしてケントはその場の嫌悪と反感を息をするがごとくかっさらったのだった。
そして、シアンだけは最後まで彼の出立を止めようとしていたが、その甲斐も虚しくケントは翌日、聖域へと旅立って行ったのであった。
◆◆◆
―――そんなケントが5年と3ヶ月の時を経て今漸く長い長い旅から帰ってきた。
それも目から光を失い、変わり果てた姿でだ。
そしてその姿は、旅の先で彼に何が起こったのかを想像させるに難くないのであった。
平和に見えて、当たり前のように非日常的な事件が勃発し続ける教室。それがシアパチ先生の受け持つ特殊組。




