異次元女子会3
マリアンヌの絶叫に、マリーがハッと顔を上げて真っ赤に顔を染めるマリアンヌを見た瞬間、マリーの顔がサッと青くなった。
「あ、……や、これ……やっぱり内緒だったかもぉ……!」
マリーはこの世で何よりマスターから怒られることを恐れている。
そしてこれはまさにムカチャッカレベルの失言だった。
一方で顔を真っ赤にしてわなわなと震えるマリアンヌの方には、イヴが無邪気にとどめを刺していた。
「へぇ、そうだったんだ。じゃあジョーイさんはマリーちゃんの“ママ”ってことだね」
「ふぁ!? ぁぅ、私がっま、ママま……ぇ、待って、嘘、うそ……そんな筈ないっ! あ、いえ、嫌とかそういうんじゃ全然ないのよ? っでも、………ふぁえぇぇっっ!!?」
顔を押さえ、混乱のあまり今にも泣き出しそうになりながらテーブルに崩れ落ちるマリアンヌ。
クリスティーは苦笑を溢しながら、部屋をキョロキョロと見回した。
「あははぁ。ここってダンジョン内だけど、もしかして今の話しマー君に聞かれちゃった……かな?」
「いいえ! 一応他のダンジョン空間とは断絶してるからまだ聞かれてないとは思う。だけど皆が外で言ったらバレて絶対に怒られちゃうよっ……お願いみんな! 内緒にしてっ」
マリーの方も目に涙をためながら、力なくアワアワと皆に協力を求め縋りついている。
「もちろんだよ! 絶対言わないからね、マリーちゃん!」
「まぁ私はそもそもマスターに会う機会もないから問題ないでしょうけどね」
イヴとソラリスが頷く中、マリアンヌだけは首を横に振った。
「いえ待って! お願い、ほ、本人に事実かどうか確認させてっ!」
「だめぇぇお願いぃいぃ……まりぃ怒られちゃうぅ……」
どちらも譲れぬせめぎ合い。
だが直ぐに、見た目の幼いマリーに軍配が上がる。決めては勿論、周囲からの視線であった。
「ねぇ、もういいじゃない。黙っててあげれば? というかマリアンヌさんってあのダンジョン・マスターのことが好きだったの? 私あの人、生理的に無理なんだけど」
そんな若さゆえの忖度ないソラリスの言葉に、マリアンヌの額に特大の青筋が浮かんだ。
「へぇぇ? そういうこと言う? 言っておくけれど私は人の内面や能力を重視するタイプなの。あなたのような面食いとは違ってね」
「は? 私が面食いってどういう意味よ?」
挑発に乗っかってきたソラリスに、マリアンヌはワッルイ笑みを浮かべながらソラリスににじり寄った。
「ふっ、鈍いシアンは気付いてないようだけど、私の目はごまかせなくてよ? ―――ほら、貴女と仲のよろしいエルフの子。エルフ特有の青年期の変態を迎えて以来、あのベリル先生に次ぐ美男子だと女生徒達の噂の的になってるそうじゃない」
「……もしかしてミックの事を言ってる?」
エルフ達は植物の種子より生まれるハイエルフの名残か、人間とは少し違う成長を果たした。
言ってしまえば昆虫の変態や脱皮のようなもの。
エルフは生涯の内で“幼年期”・“少年期”・“青年期”・“成熟期”と4度その身体を一夜の内に作り変えて成長していく。
そして大体20歳前後で迎えるというエルフの青年期への脱皮を、ミックは昨年ようやく迎えたのであった。
そして青年期となったミックは、光のエルフ特有のハイエルフにも勝るとも劣らない美しさを宿した美青年へと成長を遂げ、今や学園のプリンスアイドル・ベリル教授とその人気を二分するほどになっていた。
だがどれほど周りが騒ぎ立てようと、当のミックは興味無いとばかりに唯一使える目眩ましの魔法で姿を暗まし、気付けばソラリスの近くに居るのだった。
ソラリスはじっとマリアンヌを睨み付けたが、直ぐにその野暮な指摘を一刀両断にした。
「……ないわね。ミックはただの幼馴染。ほら、今となっては家柄も違うし? 今や私は伯爵家の娘で、ミックは根無し草のいち学生でしかない。貴族と平民はそういう風にはならないの」
そうクールに言い放ったソラリスに、イヴが挙手して反論をする。
「あ、でもでもっ、この前借りた小説に“家柄を捨てても君と結婚したい!”っていうのがあったよ!」
「小説でしょ?」
「……」
僅か十文字にも満たない見事な論破であった。
黙り込むイヴにソラリスはため息混じりに言う。
「ま、現実には色々あんのよ。シアンも昔言ってたでしょ? コミュニティーに属するためにはそれに準じたルールを守らなくちゃならないって。そういう事よ」
「そう。そうなのよねぇ。つまりミカエル君がソラリスをゲットするには功績を立てて、せめて男爵の肩書を手に入れなくちゃならないってわけなの」
そうソラリスに同意してきたのは、何故か今まで対立していたはずのマリアンヌ。
ソラリスは警戒の色を濃くしてマリアンヌを睨んだ。
マリアンヌはそんなソラリスに、心からの遺憾の意を表す様に目を伏せながら深いため息を吐く。
「ただ彼のノルマンでの成績を見る限り、知能的には貴族の末席として取り上げられる程でもないのよねぇ。それにあの脚じゃ騎士にもなれないでしょうし、きっと相当の幸運でもなければ可哀想だけど爵位なんてまず無理ね。―――……あら? でも彼ってば確か、学業そっちのけで“幸運の竜”について調べてたかしら? あらあらぁー? えぇ、これってどういうことかしらぁ??」
「だっ・かっ・らっ!! マリアンヌさん?!」
「オホホホ! 年寄の戯言よ。お聞き流しになってくださる?」
やはりからかわれていた事に、ソラリスは声を荒らげ言い返した。
「もう! 貴族に恋愛なんて都市伝説なのよ! マリアンヌさんだって本当は知ってるんでしょ?! だってマリアンヌさんって素性をあまり話してくれないけど、絶対に何処かの貴族だもの!」
「ふふ、確かにその通りよ。でも私には身分の壁なんてなかったわね。だってあの人は末席とはいえ皇族だったんだもの。―――まぁ、それがなくともあの人なら向こうから諸手を振って高位貴族に迎え入れられたでしょうね。だって本当に誰より賢かったから……」
何故か得意げに勝手に惚気けるマリアンヌ。
だが恍惚と語るマリアンヌをソラリスは鼻で笑い飛ばした。
「ふっ、でもマリアンヌさんって未だ独身じゃない。振られたんでしょ?」
「なっ、振られてないわよっ! いいこと? 私だって一度は“意地悪してたのは実は君が好きだったから”みたいなことを言われてるのっ!」
「……小学生か? ならそれからどうなったのよ?」
「そ、その後なーなーになってしまってそれっきりだったけど……、って、なによ! 何か文句ある!?」
「べーつぅーにぃー?」
「そ、ソラリスちゃん! もうそれくらいで……。マリアンヌさんも落ち着いて……っ、ね!」
今にも互いを掴みかかりそうな二人を見兼ね、とうとうクリスティーが仲裁に入る。
それでも収まる気配がなさそうな二人を横目に、イヴとマリーはほっこりほっこりとフルーツマシュマロを食べていたのだった。
騒いではいるが喧嘩ではない。ただそんなはしゃぎ方をしているだけだということを、イヴもマリーも理解していたからだ。
「―――男の子かぁ。ねぇ、イヴちゃんは気になる人とかいる?」
「いないよ」
「そうなんだ」
「うん。だってシアンとクロ、それにロゼ以上好きな人なんて、思いつかないもん。多分これからもずっと、それは変わらないんじゃないかな」
「そっか。うーん、私もマスターが一番かな。ずっとずっと、ね」
「ねー」
―――そうして、興味を持ちつつもまだまだ恋には程遠い女子達のトークは、夜が更けて尚尽きることはなかったのだった。
女子会編は以上になります。
ちょっとしたお泊まり会のようなものでした。




