番外編 〜隣のお兄さんは魔王でした。僕は勇者なんですが、この想いを伝えても良いですか?⑥〜 完結
「―――7日か。人間の檻に縛られながら、よくここまで戦ったものだ」
魔王が僕を見下ろしている。
もうどれほどの時を戦ったのか、時間の感覚はまるでない。
戦いの最中、魔王はあの頃と変わらず、徹底して魔法は使わなかった。
だがその肉体は龍よりも強靭で、そこから放たれる剣撃は言葉に尽くせないほど凄まじい。
一薙で堅牢な魔王城が岩くずと化し、その速度たるや光の如し。
大地すら踏み抜く脚力で大気を蹴り、空をも自由に駆けるのだ。
僕の放つ渾身の魔法でさえ、その強大な壁の前にはひび1つ入れることすら叶わなかった。
―――目が霞む。
無重力の筈の聖剣ヴェルダンディーが重い。……否、違う。これは自分の腕の重さだ。
今まで僕はこんな重いものを引きずって戦っていたのか……?
僕は膝を突き、定まらない視点でそれでも魔王を睨みつける。
絶対に負けない。
だって負けたら―――……
「もうよい勇者アーサー。お前は強かった。今迄生まれ落ちたどの勇者より強く、そして賢かった」
魔王は魔剣を肩に掛け、隙だらけの体勢で僕に話しかけてくる。
―――やめてよ。
そんな言葉は聞きたくない。
僕はまだ負けてないんだから。
「だがこれまでだ。神に愛されし魂よ。お前の使命を今こそ果たすのだ」
「や……だ……。……い、やだ」
僕は何度も崩れ落ちながら、それでも必死に聖剣ヴェルダンディーを杖代わりに立ち上がろうとした。
だけどその時、未だかつて聞いたことのない、魔王の怒声が響き渡った。
『―――っ見苦しいわ!!!!』
「!」
その威圧に思わず僕の体は震え上がり、凍り付いた。
「甘えるなよアーサー。余はゼロス神様程優しくはない」
蔑むように魔王が僕を見下ろしてくる。
僕は泣きそうになりながら、ふと手元に落ちていた何かを無意識に掴んだ。
「……っ」
僕が掴んだ物。
それは戦いの最中、何処かに行ってしまった筈の【消滅の魔法】が記された巻物だった。
それがまるで“ここに居るよ”とでも言うように、僕の手元に転がってきていたのだ。
―――……どんな因果だよ。
僕の目から涙が溢れる。
己の弱さが憎い。僕がもっと強ければ……
「う……うぅ………うあああああああああああああーっっ!!!」
僕は叫びながら魔王に向けて消滅の魔法を放った。
『―――それでいい』
避けることなくその魔法を一身に受け止めた魔王は、グリプスのモンスター達の様に淡い光へとその身を崩していく。
「うっく……なんで、こんな……本当に、これしか方法は無かったの?」
神の聖下へ還ろうとする魔王に、僕は子供のように泣きじゃくりながら尋ねた。
それに答える魔王の声は何処までも穏やかだった。
『―――そうだ。余は魔王。そしてお前は勇者。ただそれだけ。これは古来より何一つ変わらぬただの顛末』
確かにどの物語にも勇者は魔王を打ち破ってきたとある。
―――だけど。
「―――だけど、僕は貴方とこの世界で、共に笑い合いたかったんだ」
魔王はもうその身を全て光の粒子に変え、揺らめく輪郭を残すのみとなっていた。
光は来る筈のない未来を愛おしそうに語る。
『―――そうか。……そうだな。やがて全てを思い出す。その時世界は一つに繋がり、また巡る……また……―――逢おう……そして、その……時は、共にわら……お……―――』
刹那、僕は散りゆく光に手を伸ばす。
「いやだ……行かないで!! ガルム兄さん!!!!」
だけど僕の叫びは虚しく響き、光の粒子は弾けて消えた。
―――そして、ここに魔王の討伐は、為されたのだった。
◇◇◇アーサー王の伝説◇◇◇
アーサーは勇者と認められながら、幼い頃はただの人以下の力しか持たなかったという。
しかし国立魔法学園ノルマンで学び、やがて勇者として歴代かつてない力を著現させてゆく。大器晩成型だったのだろう。
目覚めしアーサーの力は凄まじく、かの大魔法使いガルシアが最盛期に使役できたルーン文字760文字を遙かに上回る1235文字を己の力で修得し、自在に操ったとされている。
更に魔王討伐後、アーサーはガルシアの隠した石版の2枚を発見する。
発見された石版はガルシアの遺思を尊重するというアーサーの計らいで、隠されていた“雪の輝く街”と、天使の歌う大鐘楼にそのまま保管されることとなった。
またアーサーは、歴代勇者達の中でも過去に類を見ないほどの能力の高さに加え、弛まぬ努力家であったと言われている。
その並外れた能力と努力により、アーサーは人が不可能とした事を幾つも実現させていった。
その一つが魔王への完全勝利だ。
そのカリスマ力で世界の国々を纏め上げ、人類初の総力決戦を行ったのだ。
その時、長き旅の中で一度仲違いをし、離別した3人の勇士達が、決戦の前夜に再び勇者のもとに駆けつけ、小さな酒場の円卓で2度と違えぬ絆と盟約を結んだと云う逸話がある。そしてこの逸話は“アーサー王と円卓の勇士達”として語り継がれ、今でも歌劇によく使われる物語である。
その時は勇者の功績もさることながら、団結した人々の強さについても残されており、彼等は百万を超える魔物達を一掃したと言われている。
そして戦士達の協力により力を残したまま魔王戦へと突入した勇者アーサーは、魔王を逃がす事なく見事封印せしめたのである。
後にアーサーは古の王国の第一継承権を持つルナシェルム姫と婚姻を結び、長きに渡り賢王として国を治めたそうだ。
様々な政策を打ち出したアーサーだが、特筆すべき案件として“魔物保護区の設立”が挙げられる。
古来より相見える事のできぬ者として扱われていた魔物に権利を認め、交流を始めたのだ。
実際の所、魔物の中で友好的な者は極わずかしかいなかったことは事実であるが、それが革新的な1歩であったことに間違いはない。
晩年、アーサーは王位を譲った後、よく一人で旅に出かけた。
行き先は過去の勇者達の最終決戦の遺跡だった。
旅の理由を聞いたところ、アーサーはこう語った。
“兄への巡礼の旅”
アーサーに兄がいたとの史実は無い。
彼が一体誰を弔いたかったのかは、最早誰にも分からない……。
◇◇◇◇
―――樹の枝は茂り、透き通った緑の星の隙間から木漏れ日が揺れる。
―――腹が空いたね
その姿で腹は減らんはずだが?
―――シナモンバターの、アーモンドガレットが食べたい
ああ作ってやろう
―――リブベリーのホワイトチョコレートチーズケーキもいいな
2つもか? まぁ約束だ。仕方がない
―――新しい魔法作ったんだ。検証してよ
よし見せてみろ
―――新しい技を教えてよ
すぐ忘れるだろう
―――あれ見せてよ。大好きなんだ
アルカディアの記録か? いいとも
―――心地良いね。 ちょっと眠ってもいい?
ああ勿論だ。
頑張ったな。 ―――ゆっくり休め。勇者よ
完結
読んでくださってありがとうございました!
番外編は楽しいです。
次回、また本辺戻ります。
ブクマ、ありがとうございました。




