異次元女子会2
イヴはキュッと口をへの字に曲げて深い溜息を吐くと、膝を抱えて愚痴り始めた。
「んー。ほんと、そっちは困ってるんだ。最近のクロ、言ってもその時しか聞かないし、皆と仲良くしようとしないんだよね……。どうしちゃったんだろ?」
そんなイヴに、マリーは親身に答える。
「そうなんだ……。なんかマスターから聞いたことあるよ。丁度14歳くらいになると、人間は孤独を好むようになる事があるんだってね」
「何それ? 私は皆といる方が楽しいよ」
「私も。マスターは偶に難しい事を言うから……」
と、首を傾げあうイヴとマリーを微笑ましく思いながら眺めていたクリスティーがポツリと言った。
「クロ君的には、きっとイヴちゃんを守ってるつもりなんだろうね……」
「クロが? でも私のほうが強いよ?」
「だってほら。クロくんがやらかすのって、イヴちゃん絡みばっかりじゃない」
「うーん……だけど普通、強い子が弱い子を守るものでしょ?」
「うん。でも私をいつも守ってくれるパパは“男は女を守るものだ。例えその相手がどんな恐ろしいデスベアだったとしても”って言ってた。それから“私を守れるくらい強い男を見つけたら紹介しろ”なんていつも言ってるし」
「へぇ」
―――クリスティーの父親とは、とても短慮な親バカである。
クリスティーがこの年になるまで擦れる事なく無邪気でいるのは彼のおかげとも言えるのだが、彼の娘の彼氏候補への無茶振りには、凄まじいサドっ気を感じざるを得ない。
イヴは頬杖を突いて煎餅に手を伸ばしながら、やや呆れ混じりに言った。
「じゃ、強さに関係なく男の子だから女の子を守ろうとしてるってこと? 戦闘能力値で相手を見ちゃう私からすれば、やっぱ謎だねぇー」
そしてバリンといい音を立てて煎餅にかじりついたその時だった。
イヴの背後からカツンとヒールの音が鳴り、気高い女性の声が高らかに響いた。
「―――そう、男子とは愚かで脆弱な生き物。だけど“恋する”という前提条件が付けば、例え最強ゴリラ女子であっても、その目にはか弱い乙女に映ってしまうという謎多き生き物なのよ!」
四人の女子達が一斉に振り返った先に立っていたのは、本日5人目のスペシャルゲストだった。
「あ、ジョーイさんだ。お仕事終わったの? お疲れ様!」
「あぁ、もうひとり来るかもって言ってたの、マリアンヌさんのことだったのね」
「お久しぶりです、マリアンヌさん! だけど私、ゴリラ女子じゃありませんからね!」
「アリアンヌさん! お待ちしてました」
女子達に出迎えられ、マリアンヌも違和感なくいそいそとテーブルに着く。
そして持参した高級そうなお菓子のパッケージをマリーに渡すと、早速女子達の会話にワクワクとしながら加わってきた。
「ご機嫌よう。遅くなってしまって悪かったわね。職員会議が少し長引いてしまってね。―――それで? 今来たところだから話の概要を把握していないけれど、誰と誰の恋バナで盛り上がってたのかしら?」
マリアンヌの質問に、イヴは不思議そうな顔で訂正した。
「恋バナ? ちがうよ。私とクロの話だよ。クロが誰彼構わず喧嘩しにいく件について話しをしてたの」
「……クロくんの? ……あらそう。ならさっきの答えは見当違いね。忘れてくださる?」
……流石は経験豊富な壮年の女性。
何となく思う所があったとしても、キメラのようにぶっ込んだりはしない。
イヴはわざとらしく逸らされた話を気にする様子もなく、ポンと手を打って提案した。
「うん。でもジョーイさんも来たし、折角だから恋バナしようよ!」
「構わないわよ。でも誰の? この中にお付き合いしている男性がいる方なんていないでしょう?」
そう首を傾げるマリアンヌに、イヴはクスクスと含み笑いをしながら答える。
「誰って勿論ジョーイさんのだよ。私ね、知ってるんだ。実はシアンがこっそりジョーイさん人形を肌身離さず持ち歩いてることっ!」
「……!!??!?」
イヴの暴露にマリアンヌかピシリと固まりった。
そしてマリアンヌから一拍遅れてソラリスはドン引きし、残り二人はマリアンヌを問い詰め始める。
「え……それ本当なの……? 肌身離さず人形持ってるってヤバいでしょ……」
「ちょ、どういうことですか!? シアンおじさんがマリアンヌさんとなんて初耳なんですけど!?」
「うそ……そんなまさか……」
「し、知らないっ、知らないわっ! むしろ私が聞きたいっ、何故?! あり得ないわ!」
一気に騒然としだしたその場で、皆の視線が真実を確かめようとするかのようにイヴに集まる。
イヴは頬を掻きながら少し自信なさげに小声で言った。
「あれ? 知らないの? あれは確かに黒髪ジョーイさんの人形だったんだけどなぁ……。じゃ、シアンの片思いってこと?」
イヴの話しにピンときたマリアンヌは少しホッとしたように、イヴの誤解を指摘した。
「……あぁ。多分それ、シアンの奥さんの人形ね。聞いた話によると、その人って容姿だけは私に瓜二つだったそうだから。黒髪の傾国の美女だったとか」
さり気なく自身の容姿の自慢も入っているが、イヴはそれに突っ込む余裕のないほどの衝撃を受けていた。
「え!? し、シアン! 結婚してたの!?」
……因みに世間一般には“ノルマンの英雄シアン”は未婚で通してある。
イヴ同様呆気にとられるソラリスを見て、マリアンヌは慌ててフォローを入れた。
「お、大昔の話よ! 私がまだ生まれてもない頃の話し……」
「え? ちょっと待って……ジョーイさんって今何才だっけ? ジョーイさんが生まれる前って言ったら、じゃあシアン……5歳でジョーイさんと同じ顔の人と結婚してたって事? ―――禁断の愛……故に、闇に葬られた過去……!」
「……」
フォローのつもりがどんどん傷口は広がるばかりだ。
マリアンヌはこれ以上墓穴を掘る前に、その話題をシャットアウトした。
「……兎に角。その人形と私は関係ないわ。赤の他人よ。つまり、私とシアンは何もないわ。だからそれ以上のことは何も知らないの」
「えー……」
若干つまらなさそうな声を上げるイヴに、色々と察したクリスティーが話題を逸らせようとマリアンヌに声を掛けた。
「あ、そ、そういえば、前から思っていたんですけど、女医さんってマリーちゃんになんだか似てますよねぇ。名前だってマリアンヌさんとマリーちゃんって」
「え、ええ。まぁそう言われると確かに」
マリアンヌも話題に乗っかり、チロチロとストローでジュースを飲むマリーに目を向けた。
目があったマリーはニコリと笑って頷く。
「うん、だって私はマリアンヌさんをモデルに作られたんだもん」
「―――……え……?」
無邪気に笑うマリーの答えにマリアンヌが再び固まった。
マリーはそんなマリアンヌの様子には気付かず、コップの氷をストローで掻き混ぜながら懐かしそうに話す。
「なんかね、マリアンヌさんのことを考えながらぼーっと設計してたら、うっかり私ができちゃったんだって。あ、あとね、マスターから一度だけ聞いたんだけど、私の姿ってマスターの“初恋の人”の姿に似てるんだって」
「えっ、えぇええぇぇぇええぇぇっっ?!!!?」
と、突然マリアンヌが部屋中に木霊する悲鳴じみた絶叫を上げた。




