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世界樹の呟き 〜チートを創れる可愛い神々と、楽しく世界創造。まぁ、俺は褒めるだけなんだけど〜  作者: 渋柿
最終章 起点回帰【邪神と呼ばれた少女は世界から溺愛される】
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ノルマン学園 クロのとある非日常④

 クロはそれからも感情に任せ、シアンを口汚く罵る。

 その言葉の端々から察するに、クロは特にシアンの裏切りが応えているようであった。

 クロの中で、今のクロを作り上げた優しく心地良い言葉の数々が、脆くサラサラと崩れ落ちてしまったのだから。


「嘘つき野郎っ! 事あるごとに“俺やイヴの為”とか“世界一大切”とか歯の浮くようなこと言っててよ、マジで口先ばっか! 気持ちわりぃんだよっ!!」


 その時、キメラがポツリと口を挟んだ。


『それは違う』

「なに?」


 その言葉に感情を昂ぶらせたクロは、まるで闘気を立ち昇らせる獣の様な目でキメラを睨んだ。

 だが王獣は仔猫の威嚇など気に留めることもなく、淡々と指摘を続ける。


『お前は思い違いをしている。例えシアンがお前の為をと思うことはあれど、絶対にお前の為に生きる事はないのだから』

『そう。我は我の為にのみ生き、お前はお前の為にのみ生き、シアンはシアンの為にのみ生きる。誰しもが誰かの為に生きる事など出来るわけもない』


 クロはじっとキメラを睨みあげていたが、やがてフット肩の力を抜いた。


「……ごめん。ちょっと取り乱した。―――だよな。キメラの言う通りだ。そもそもなんの取り柄もない俺なんかが世界の英雄(笑)に? 一体何を期待してたんだろうな」


 そしてクロはまた笑う。悲哀と諦めのこもった、自嘲の笑みで。


「俺が馬鹿だったんよ。あの人にとって俺は、実験台か何かだったってだけの話だよな。なのに俺が勝手に勘違いして、思い上がってたってだけ……」


(―――それは違う)


 ……その時、事情を知る契約獣達は皆そう言いたい気持ちでいっぱいだった。

 クロに真実を伝えたかった。―――あの時はそうするしかなかった事。そしてあの時、シアンがどれ程苦悩したかを。

 だが獣達には、クロを見守るためと定めた己の立場故に、それらの事実を知るという()()がない。

 もしここで突然あの日の事をクロに伝えてしまったら、自分達の信用すら失ってしまうことになる。

 クロが今のこの失意の中で自分達まで切り捨て、契約紋を棄却される事にでもなれば、それこそクロにとって最悪の事態に陥る……。

 それらの可能性を考慮した獣達は、クロが堕ちていく様を見守りながらも動けずにいた。


 と、その時。侮蔑を込めた眼差しで校舎を睨むクロの隣に、スッとキメラが並び立った。

 そして同じように校舎を睨みつけながらクロに問う。


『―――お前は、お前をキメラにした親が憎いか?』


 クロはギシッと歯軋りをした。


「あぁ、憎いよ。あんな屑に付いていってた自分に腹が立つ」


 クロの誤解は完全に憎しみとなってシアンに向いている。

 クロに声を掛けられない契約獣達は、この場で唯一弁明が出来るキメラに、一縷の望みを託し見守った。

 怒りと緊張に満ちた沈黙が続く。


 だがやがてその沈黙を破り、キメラは鼻をフスンと鳴らし、厳かな声で断言した。


『―――その通りだ。キメラの親など総じて“まともではない”。最低の“屑”だ!』


(((((おい)))))


 その煽り混じりの力強いキメラの頷きに、獣達のツッコミがハモった気がした。

 しかもキメラは更にクロの憎しみを増長させようと、3つの頭で口々に言い聞かせを始める。


『うん。キメラにとっての最大の敵は親。それは我が生まれ落ちた時代より変わらぬ真理だ。如何なる事情があれど例外は認めてはならない』

『優しさなど奴らのエゴだ。我らに対する奴らの執着を嫌悪せよ!』

『気を許すな! 憎め! 心から侮蔑せよ!』


 キメラはデュポソ(お父さん)を本当に嫌ってるからなぁ……。

 力強く、且つ徹底的にシアンを貶めようとするキメラに契約獣達の目が吊り上がる。

 だがそんな獣達の焦りに気づかないクロは、キメラの熱いコールに深く頷いた。


「あぁ。何が稀代の英雄だよ。あんな奴は最悪のサイコパス野郎だ! ガキを実験台にするような変態は!!」

『そうだ。お前の父は嘘に塗れた悪魔に他ならない。奴にはお前の苦痛と同じだけ苦しみを与えよ』

『奴等が我等を斬り刻み、我を誕生させて親の務めと謳うなら、我等も奴らを斬り刻み、それが子の使命と言い放ってやれ!』

「それは……復讐しろってこと?」


 キメラの過激な発言に、クロは目を輝かせてキメラを見上げる。

 そんなクロの視線を受け、キメラはそれは得意気に吠え立てた。


『そうだ』

『そうだ!』

『我など既に、奴の頭蓋を十万回は噛み砕いてやったぞ!』

「十万回!? 凄い! でも十万回もどうやって!?」

『我の父はゴーストだからな。噛み砕いても死なぬのだ』

「あ、なる程。確かにな。だけどゴーストならダメージは入らないんじゃ?」

『そんなことはない。特に奴は医者だからな。実体のない幻の身でありながら、神経細胞まで再現されていた。おかげで地獄の苦しみを十万回与えてやれた』

「最高だね」


 キメラ同士の話は弾み、クロは悪い時のマスターと同じ様な笑みを浮かべながら、愉しそうに過激な相槌を打っている。契約獣達はそんな二人を遠巻きにハラハラと冷や汗を流しながら見守っていた。

 その様子はまるで、自分の悪さ自慢をし合う悪タレと、その悪タレを注意すべきか先生に報告しに行くか迷っている優等生達の図そのものである。


 だがその時ふと、今迄嬉々として話していたキメラの表情が不満げに歪んだ。


『だがな、我の父はその地獄の苦しみを我から受ける度に、大笑いをするのだ……』

「笑う? なんで? キモいね」

『あぁ。キモい。あんな奴等理解したくもないが、かつて我を掬い上げた神は、奴のその奇妙な行動を“愛”だと称していた』

「愛? いや、流石に歪みすぎだろ」

『そう。奴は歪んでいる。そして奴は我に尋常ならぬ執着を見せる』

『それこそ死して尚手放そうとせず、祖を創りし神々にすら抗おうとした凄まじき執念の執着だ』

「キモ……怖っ!」

『そう! その通りだ!』


 ―――その通り。……うん。確かにその通りなんだけどね……。

 二人の会話に俺はやり切れない切なさを感じた。

 だってデュポソは、キメラのことが本当に大好きだからね。


『我の父にとって、我の尊厳や苦痛などないに等しい。ただ“我”という奴に生み出された存在が生きている。それだけが奴にとって不変の興味なのだ』

『我の暴力も、我の憎しみも、我の嫌悪も、我の父には興味がない。だが我が奴の視界に入り我の存在を確認した瞬間、奴は大笑いを始めるのだ』


 キメラの苦悩にクロは眉間にシワを寄せた。


「変な奴……。じゃあキメラがデュポソに本気の一泡を吹かせようとするなら、キメラが死ぬしかないってこと?」

『確かに我が死ねば、奴は絶望し半狂乱の内に自らその魂を砕き消えるだろう』


 キメラの即答に、クロは視線を泳がせ何かを思索し始めた。―――シアンへの最も有効で効率的な復讐は……。

 だがそんなクロの思考は途中でキメラの声で停止させられる。


『だが我は死なぬ』

「……え? なんで……そうすればデュポソが狂い死ぬ事は解ってるんだろ?」


想定外とでも言うように声を上げたクロに、キメラは喉を鳴らせ答えた。


『愚問である。我は我の為に生きるだけだ』

『そうだ。まだ我は大空を舞い、腹を満たしたい。それに愛子も見つけたのだ』

『死んで我が父を苦しめる前に、この生でやり残してることが我には幾らでもある』


そう言って今もクロの腕に抱かれたキールを見下ろし、キメラはゴロゴロと喉を鳴らした。


「……“自分の為に生きる”、か……」

『そうだ。お前も望むまま、己の為となるよう生きよ』

『うん。お前は神の創りし人間と聖と魔をその身に宿した者。そして神の手を離れしキメラでもある』

『望みさえすれば、お前は何にだってなれるのだ』


 キメラはそう言うと静かに目を閉じ沈黙した。

 そしてクロも無言のまま、じっと校舎を見つめる。



 ―――憎みたければ憎むといい。手放したければ手放していい。……だけど、もしやりたくないならしなくていい。

 クロの中の良心はもとより、芽生えた邪心すらも肯定されて問われるのは、クロにとっての人生の進路希望。


 かつてまだ何も分からなかったクロには、自分の未来の選択権を与えられることはなかった。だがクロは成長し、漸く今その権利はクロの手に返ろうとしている。

 だが権利の代償は責任だ。もう自分の選んだ道を誰かのせいにすることも出来ない。


 クロは自分の望みを考える。

 そして自身の選択の果てを見渡すように、じっと遠くの景色を見詰めた。




次話、漸くクロとシアンの対峙です。

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― 新着の感想 ―
[一言] シアンさん(笑)物凄い誤解が(笑) 今回も楽しく読ませていただきました! クロ君の憎しみもわかる反面、シアンさん視点からすると仕方なかったとも言えるからこそ… 複雑な気持ちになりましたね。…
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