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世界樹の呟き 〜チートを創れる可愛い神々と、楽しく世界創造。まぁ、俺は褒めるだけなんだけど〜  作者: 渋柿
最終章 起点回帰【邪神と呼ばれた少女は世界から溺愛される】
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ノルマン学園 クロのとある非日常③

 低く唸るようにキメラがそういった瞬間、突然の白い影がキメラに襲い掛かった。


「ピエェェンン!!」


 そうけたたましい声を上げ、真っ直ぐにキメラの獅子頭の目を目掛けて飛びかかったのは、キメラの止まらぬぶっこみに焦りを覚えたフェニクス(フィー)だった。

 もちろん致命傷を狙ってのものではない、あくまで警告のための攻撃。―――だが、フェニクス(フィー)達ほど知能の高くないキメラにその意図は伝わらない。


「ゴシャアァァッ!!」


 キメラは反射的に跳ね起き、身を低く構え威嚇の声を上げた。王獣の咆哮に大気が震え、フェニクス(フィー)の動きが一瞬鈍る。

 鷹ほどに成長したフェニクス(フィー)といえど、巨体を持つ王獣の前では小鳥程の大きさでしかないのだ。それに今のフェニクス(フィー)には、創世神からの強力な封印が掛けられている。

 フェニクス(フィー)の面前に尾の蛇が大きく口を開けて迫る刹那、不利を悟ったフェニクス(フィー)は攻撃を諦め悔しげに上空に飛び去った。

 だがキメラは尚も牙を剥き、天空に逃げ去る小鳥を前脚で追撃する。

 フェニクス(フィー)は爪に尾羽根を掠められながらもなんとか躱し切るが、プライドの高いフェニクス(フィー)にとっては屈辱の撤退だったに違いない。


 そしてそんな激しくも一瞬の交錯の後、漸く我に返ったクロが慌てて声上げた。


「フィー! 何やってるんだ!? 駄目だよっ、皆も唸らないで! キメラに攻撃は駄目だよ!」


 その時、キール以外の獣達がフェニクス(フィー)同様に牙を剥いてキメラに敵意を顕にしていたのだ。

 クロの一声で契約獣達はスッと攻撃色を収めたが、フェニクス(フィー)の攻撃で狩猟本能を刺激されたキメラだけは、周囲の様子など一向に気にすることなく空に向かって咆哮をあげる。

 クロは獣達を押し止めながら、フェニクス(フィー)を追って自身も空に飛び上がろうとしているキメラを見上げた。


 キメラがこのままフェニクス(フィー)を追えば、その余波でノルマンの一部は崩壊するだろう。そしてキメラはそんな事にはきっと欠片も気に留めない。人間の事情なんて構わない。それが“キメラ”なのだ。


 クロは小さく息を吐き錫を構えると、錫を鳴らしながら凹凸のない声でキメラに語りかけ始めた。


「―――攻撃してごめんキメラ。皆にはもう攻撃はさせない。だからどうか気を落ち着けて」


 するとすかさずキメラがクロに抗議する。


『奴が仕掛けてきのだ!』

『あの雛を飲み込ませよ。さすれば我の気も晴れる』

「駄目だ。フィーを喰らわせることは出来ない。俺より先に俺の獣達が死ぬことは絶対にないから。……どうしてもと言うなら、まず俺から喰ってよ」


 この時、プライドの高いフェニクス(フィー)は『必ずやこの雪辱を……』と怒り狂っていたのだが、このクロの“俺の獣に手を出すな”発言にすっかり気を良くし、割かれた尾羽根の怒りを収めたのだった。

 だが思い通りにいかないキメラは苛立たしげにクロに唸り声を上げる。


『ちっ、……我はお前を喰うことが出来ない。何故なら愛し子が悲しむからだ』

「じゃあ別の方法での解消を頼むよ。俺の獣達を差し出すことはできないけど、その他の事なら俺はなんだってキメラの言う通りやるから」


 クロの偽りない言葉と洗練された錫の音に、殺気立ったキメラの心が落ち着き始めた。クロは錫を止める ことなく更に要求する。


「それにキメラ。さっきの話を聞きたいんだ。お願いだよ。俺と話しをしよう」

『―――……ふん、いいだろう。だが“我の言う通りにする”というその言葉、忘れるなよ』


 キメラの言葉にクロはホッとしてコクリと頷いた。

 キメラは今迄の威圧を消し、嘘のように落ち着きを取り戻してクロの前に腰を落として座る。

 クロはそんなキメラを見上げ、とつとつと質問を始めた。……ただ、よく見ればクロの手足は小刻みに震えてるのだった。


「―――ねえ、キメラ。さっきの話だけどさ。“俺がキメラ”ってどういうこと? 俺が人間、じゃ……ないって……どういうこと?」

『言ったろう。今は人間だ』

『人間と群れ、人間と同じ暮らしを送っている』

『うん。お前は他の人間となんら遜色ない人間だ』


 そう即答したキメラだったが、クロは興奮気味に声を荒げ言い直した。


「そうじゃないっ。俺の()()がって話しでだよ!」


 そんなクロを、契約獣達はハラハラと心配げに見つめている。

 だがキメラは、そんな周囲など気にすることなく淡々とクロの質問に答えていくのだった。


『お前はキメラだ。―――キメラとは()()()()()()によって切り刻まれ、繋ぎ合わせ、生み出された歪なる存在』

『そしてキメラとは神の手を離れた、なんの縛りも受けない気高き存在』

『うん。お前の中には人間と聖獣と、それから数多の魔物達の気配がうごめいている。間違いない』


 キメラはクロに鼻先を近づけ、スンスンと確かめるように臭いを嗅ぐ。クロは思わず自分の震える腕をギュッと押さえつけた。

 そしてクロはふと思い返す。

 是迄、クロは幾度となく自分の事を“普通じゃない”と感じることがあった。

 それこそイヴのような並外れた人外の力ですら“個性の一つでしかない”と思ってしまう程、周りとの明らかな壁を感じてきたのだ。

 ―――それは気が狂いそうに乾く喉。そして生きたまま干からびていく肉体。それらを潤せるならばと、眼の前の全てに食欲を覚えた。出される食事は勿論、それらが盛られた食器やカラトリー。食卓や椅子、果てはそれらを出してくれた人にすらにも……。

 だからクロは常に細心の注意を払って“理性”と“知性”で行動した。もし僅かにでも本能のままに行動したとしたら、クロは自分が人間でいられなくなることを理解していたからだ。

 隠さなければ。自分は多分おかしい。何処か普通の人間じゃない。それでも……


「はっ、なんだ……俺……ホントに人間じゃ……なかった、んだ」


 はっきりと突きつけられた答えに、クロは言い知れぬ絶望を感じた。

 そして同時にクロはその答えに、この上なくしっくりときてしまったのも事実だった。

 クロは震えながらも薄っすらと笑みを浮かべ、穏やかな声でキメラに質問を続ける。


「ねぇキメラ。俺には人間が混じってるって言ったよね? それってつまり誰かが人間を切り刻んで、何かと繋ぎ合わせてキメラにしたってこと? ヤバいじゃん。そんなことするなんて変態じゃん。一体誰がそんなことを……?」


 獣達の表情に緊張が走る。だがクロに制止を受けた獣達は、その言葉を止めることは出来なかった。


『決定を下したのは“シアン”だ』

「―――……マジで? ハハ、シアンって俺の父さんだよ? 同名の別人……なわけないよね。―――想像つかないけど、でも……へぇ、そうなんだ……」


 クロは力なく微笑みながらも相槌を打つ。

 クロはこの僅かな対峙の間に、キメラが嘘を吐けるほど賢い獣でない事を見抜いていた。

 それに獣達に常に敬意を払うクロが、話を聞きたいと言い出して置きながら王獣の語りを否定する様な無礼を犯す筈がない。


『そう。シアンがお前をキメラにすると決め、女の医者がお前を斬り刻んだ。そして我が父デュポソがその指揮を執った。一部の界隈では有名な話だ』

「デュポソ……って、あれ? グリプスの地下に居たあのお爺さん? でもキメラは何千年も生きてるんでしょ? デュポソ爺さんはせいぜい70歳くらいだったよ」

『うん。我の父はゴーストであるからな』

「あぁー、ゴーストかぁー……そっか。はは、なるほど、そっかぁ……」


 クロはキメラの話を否定はしない。だが笑顔で頷くクロの表情はとても……そう。とても歪んいた。

 固定観念が崩れていくというのは、きっととても酷い気分なのだろう。特に是迄それ幸福を感じていたというなら尚更だ。


「じゃ、女の医者っていうのはマリアンヌさんのこと? だってマリアンヌさんって、デュポソ爺さんの弟子だって言ってたし、それに俺昔、マリアンヌさんになんかの手術された事があるんだよな。あ、もしかしてアレがそうだった……? いや、あれだよ絶対」


 クロの質問は徐々に独り言の自問自答となっていく。

 クロは拳で自身の額をゴンゴンと叩き始めた。

 クロにとって楽しかった記憶と苦しかった記憶。その相反する記憶があり得ない部分で繫がっていく。

 同時に、信じてきた者達の本性が“善”から“悪”に塗り替えられていく。


「だってあれから俺、変になったんだ。でもなんで? ……わかんないなぁ。ほんと分かんない。人間を斬り刻むとかマジで猟奇的過ぎるだろ。しかも他の生き物と繋ぎ合わせるとか普通じゃない。キメラの存在を否定はしないけどさ、キメラ生み出す奴とかホントその心境が分かんない。つか分かりたくもねぇ。気持ち悪ぃってゆー……」


 叩く額が赤くなってきているが、クロは気にした様子もなく笑っている。


「―――全然普通だったんだ。寧ろいい人達だって思ってたんだ。……はは、なんかも、わけ分かんねぇ」


 そう呟いた時、とうとうクロの額の皮膚は破れ、薄っすらと血が滲みだした。

 そんなクロを見ていられなくなったのか、フェンリル(ラーガ)がそっとクロに寄り添い、自傷行為を止めさせようとクロの腕を舐める。

 するとクロは条件反射的に固く握りしめていた拳を開き、フェンリル(ラーガ)を撫で始めた。

 そして思い出を語るようにフェンリル(ラーガ)に笑顔で話し掛ける。


「俺さぁ、今更だけど結構父さんのこと尊敬してたんだよな。周りの奴も“シアンは凄い奴だ”って皆言うし。だからそんな凄い人にさ『何があってもクロ()の味方だ』って言われた時は凄い嬉しくて、こっそりだけど、ずっと自慢にすら思ってたんだ……」


 それは幼かったクロの素直な気持ち。

 是迄クロがシアンに連れなかったり、強がって(なじ)ってみせていたのは、全てシアンに対する信頼からの甘えだったのだ。


 クロはフェンリル(ラーガ)の頭から手を離し、もはや笑顔とは呼べない引き攣った表情を浮かべた。


「でもさ。キメラの言う通りならもう全部が“はぁ?”って感じだよな。……なぁ“味方”って何? ならなんでこんな事した? 俺、普通っぽい人間でいる為にマジで結構悩んでたんだよ。それに俺が変だったら父さんに迷惑がかかるって思ったりもしてさ? ……何も知らなかったから、俺結構……いや、かなり……っ」


 絞り出す様だったクロの声は掠れてゆき、とうとう喉を詰まらせて黙り込む。

 クロの中で渦巻くのは、信じていた父の裏切りと嘘への不信と失意。そして何も知らず、苦痛を受け入れ耐え抜いてきた自分の愚かさへの後悔。

 クロがもしまだ無力な幼な子だったなら、これらの悲しみを前にただ泣くことしか出来なかっただろう。

 ―――だが今のクロはもう然程幼くはない。


 クロは突然足を踏み鳴らすと、涙一つ見せることなく学園の校舎に向かって吠えた。


「っっつか、あ゛―――っ!!! ナンっっだヨ! 全部アイツのせいだったのかよっ! 嘘ばっかじゃねえか、フザケンじゃねぇクソがァアッ!!」


 クロの深い深い悲しみは、強い強い怒りとなってシアンに向けられたのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] あれは君が4歳のときのことだからなぁ。 そしてシアンはそうやって恨まれることを覚悟の上で処置した。 久しぶりに当該シーンを読み直して、泣きそうでしゅ
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