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世界樹の呟き 〜チートを創れる可愛い神々と、楽しく世界創造。まぁ、俺は褒めるだけなんだけど〜  作者: 渋柿
最終章 起点回帰【邪神と呼ばれた少女は世界から溺愛される】
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失敗の代償

 

 それからキールは叱咤のつもりか甘えのつもりか、自分の丸い身体を俺のお腹にグリグリと押し付けてきた。

 こそばゆい感触をお腹に感じながらキールを撫で続けていると不安が消え、胸を締め付けていたもやもやが少しずつ薄れていく。


 そして我を取り戻した俺は、心の中でキールに頷いた。


(……そうだね。誰しもが世界中の人の特別になんてなれるわけない。なる意味もない。だってそうなったら“特別”なんかじゃなくなるもんね)


 そしてふと気付く。……別に俺は父さんやイヴの様に“レイルさんの特別”じゃなくても全然構わないということに。


 俺は自分がキールにとっては特別な存在だと知ってるし、俺もキールのことは特別だと思ってる。それで俺がここ(この世界)にいる意味は十分にあると言い切れるだろう。

 それに俺が絶対に“特別な存在”でありたいと思う相手は、レイルさんじゃなくてイヴなんだ。



 ……あれ? 俺、何を悩んてたんだ? もしレイルさんが俺を危険だと判断して()()()処分しようとしたとして、きっとレイルさんにとってはその他危険物的有象無象の存在と変わらないってだけだ。

 そしてフェリアホも言ってたけど、それは俺が我慢し続ければ何の問題もない。


 ―――なんだ……。別にムキになる事じゃないじゃないか。


 胸の中のもやもやがすっかり消えた頃、丁度サブマス

 に挨拶を終えたイヴがやってきて俺に言った。


「お待たせっ。帰ろっか」


 俺は頷き、そしてレイルさんの方にまっすぐ向き直ると今日の事と、そして今までのお礼をキチンと言った。


「レイルさん。今日はイヴに色々教えてくれてありがとう。それにお仕事も忙しいのに、いつも俺の薬を作ってくれてありがとう。俺ね、レイルさんは俺の命の恩人だってずっと思ってるから」

「―――……」



 ―――と、その時レイルさんが顔を上げ、凄く驚いたような表情で俺を見詰めてきた。

 そしていつもなら直ぐにスマートな返事をくれるレイルさんが、何故かこの時だけ言葉を詰まらせていた。別にそんな変なことを言ったつもりはない。

 “どう致しまして”とか“気にしないで”。それに“じゃあいつか恩返しをして貰おうかな”なんて、レイルさんなら軽くそんなことを返してくれると思っていた。

 だけどじっと俺を見つめたままだったレイルさんから出た言葉は、予想していた返事ではなかった。



「―――さようなら」



 それは全ての会話を終わらせる、おしまいの言葉。


 俺はまたモヤモヤとした違和感を感じながらも、手を振りながらレイルさんに返した。



「うん、さよなら」



 ―――そしてそれが、この先も含めて俺がレイルさんと交わした最後の言葉だった。





 ◇◇◇




 ――――聖域の深い森の奥にて。


 音もなく草を踏みしめ、こちらにやってくる一人の仔に俺は声を掛けた。


「やぁ、おかえりマスター。まず一言謝っておこう。つまらないギャグしか言えない隣人でごめんね。そしてマスターのご近所さんとして、俺はもっと面白いギャグを言えるよう力の限り頑張るね」


 マスターは表情を変えず俺を見上げて言った。


「どうして“黙ってればいい”という事を分かって貰えないんでしょうかね? はぁ……その一言一言がうざい」


 俺はざわりと葉を揺らした。


「マスター。俺に今、もしかしてうざいと言ったのかい?」

「そう聞こえませんでした?」

「いや聞こえたとも! 聞き間違いじゃなかった……っ凄いぞ!」

「は?」


 俺はマスターの冷ややかな困惑にすら構う余裕もなく、歓喜に任せて枝を振りまくった。


「いやだって! 俺に敬語を使わないなんて、最早ゼロスとレイスの領域じゃないか! 勿論俺は気にしない。寧ろタメで話せる相手が増えるなんて、こんな喜ばしい事はない! ウェルカ厶・マスター! 神世界へ!」


 だがマスターは物凄い嫌そうな顔をしたかと思うと、次の瞬間その場にザッと跪いた。


「……いえ。先程の言葉は独り言でございます。御聖樹アインス様の御記憶に私めの浅はかな言葉などを残してしまい、心より深謝させて頂きたく奏上申し上げます」

「ちょ……距離……!」


 ちょっと樹液が溢れそうになった。

 だけどどうやらそんなクールなマスターの対応はジョークだったようで、すぐに溜息と共に立ち上がって膝の草葉を払ってくれた。―――ジョークで本当に良かった!


 それからふと首から下げたペンダントが何かを報せるように点滅していることに気付き、マスターはスレを立ち上げた。

 そして目を細め、ペンダントから浮かび上がる細かい記号配列に目を通すと、意地悪そうな笑みを浮かべて吐き捨てた。


「はっ、アイツ等バカみたいに盛り上がって。本当に考えなしの馬鹿ばっかだな」


 俺は気になって枝を伸ばす。


「なにかスレで盛り上がっているの?」

「ええ。勇者がクロ君の親友になったって、スレでバカみたいに自慢してるんです。今が良ければそれで良し? お前のほうがよっぽど胸糞野郎だよ。バカ勇者」


 マスターはそう言うと、ペンダントのクリスタルを倒してスレを閉じた。

 ―――そう。マスターは勇者に警告をしていた。

 まぁ、勇者はその警告に気付かなかったみたいだけどね。


 というのもイヴが二十歳を迎える時、あの子はこの聖域に帰ってくる。そして帰ってきたあの子は、マスターから神の(ディオス)文字を教えてもらう必要がなくなる。

 それを知っていた勇者は、マスターの返答に怒りを見せていた。

 だけどね、黄昏として覚醒した勇者のタイムリミットもまた、神から20年と定められているんだよ。


 つまりクロは12年後、確実にイヴと勇者の二人と離別を迎える事となる。俺は樹だから分からないけど、その時の絶望は一体如何程のものだろうか? 

 マスマーはきっとその時残されるクロを思い、同情して言ったんだろう。―――だけどそれ以上に今は……。


「まぁ、別にいいんですがね。あんな子なんて、絶望に狂おうが運命を定めた神に楯突こうとしようが、その時はキール諸共キッチリ処分するだけですし。既に手は打ってますから」


 マスターはまた意地悪そうに嗤って、そう吐き捨てた。

 俺はそんな刺々しいマスターにそっと尋ねる。


「いつもに増して機嫌が悪いね。クロのせい、かな?」

「……」


 マスターは黙り込んだ。図星だったようだ。

 俺は尖ったマスターの気が、少しでも治まればいいと思って提案してみた。


「吐き出せばいいよ。ここには俺以外、誰も聴いてる者はいないから。ほら。ラタトスクも穏やかに寝息を立てている」


 精霊達すら一匹残らず立ち去った静かな聖域。

 それから暫く、森の中では俺の葉音だけが響いていた。


 長い沈黙の後、やがてマスターは少しいい訳でもするようにポツリと言った。


「……別に……隠してるつもりはないですけど」

「うん。誰も気付いてないだけだね。そして気付いたところで、誰も君を理解してくれようとはしないだろうね」

「そうです。だからあいつ等は僕をただ嫌悪してればいいんだ」

「うん。だから今回もクロを突き放そうとした。なのに珍しく失敗して、苛立ってるんだよね? ……まぁ、外から見る分にはただ仲良くお茶を飲んで、お別れしただけにしか見えなかったのだけれど、何かの駆け引きや誘導をしてるのかなとは思ってたんだ」


 マスターが聖域の外の者達を突き放そうとする相手に例外はない。

 つまりあの場でマスターが歓迎し、もてなしたのは唯一聖域で生まれたイヴだけだった。それ以外の者達は、イヴの機嫌を損ねない為に招き入れたに過ぎなかったのだ。


 マスターはそれから淡々と語りだした。


「―――クロ君は一見物静かで、イヴちゃん以外の他人とは距離を置きたがる内気な子に見えます。……しかし、あのイヴちゃんの隣に立ち続けた子。クロ君は我々が思う以上に察しのいい子へと成長しました。些細な事にも気付き、気を配り、どんな状況に対しても順応できる対応力にも優れている。加えてクロ君は、これまで何千匹もの獣達と言葉ではない対話を交わしてきました。意識するまでもなくあらゆる周囲の環境を観察し、対象の表情を含む筋肉や関節や皮膚の些細な動きから、相手の大まかな背景や心情を想像する事が出来るのです。そしてその想像は、もはや意思疎通として十分に通用する程、高確率で当たる」


 俺は枝を揺らして頷いた。


「成程。マスターの観察力も大したものだね。そしてだからこそ、多くを語らずとも“自分”を少し見せれば、十分嫌われる事が出来ると思ったんだね。―――クロはきっと、自分はマスターにとってイヴのオマケ的な箸にも棒にもかからない存在で、シアンの子でなければとっくに処分されていただろう……という所まで想像しただろうから」


 マスターはそれから苛立たしそうに頭をガリガリと掻きむしり、うわ言のようにぶつぶつと呟き始めた。


「そう。なのに何故尚も感謝の言葉が出る? 意味が分からないっ ……いや、可能性はなくはなかった。なんせあの子は悪魔(シアン)の子。あいつはいつも無自覚に、無邪気に、無頓着に人を踏みにじって、甘言で拐かしては自己満足に浸るんだから。もう何も知らないなんて言い訳にもならない。僕は放っておけと何度も……何度もっ、あいつに!!」

「うん。辛かったね」


 頭を掻く爪がめくれそうになっている事にも気付かないマスターに俺は同情した。


「マスターはクロに“ありがとう”と言われて苛ついてたんだね。“命の恩人”だなんて、マスターにとっては最も聞きたくない言葉だものね」

「そうですよ。吐き気がする……」


 マスターはそう言うと、漸く頭から手を離した。


 実はマスターには、この世界を嫌わなければならない理由がちゃんとある。

 だから手を伸ばされれば振り払い、嫌悪されれば笑顔で受け入れる。

 それを思えば、マスターが俺に掛けて欲しい言葉が楽しいジョークでも、同情の言葉でもないって事くらいは分かるんだ。


 ―――だけどね、俺に君を責められるはずがないよ。

 俺には褒めることしか出来ないんだ。



「可哀想に。―――君は本当に、とても優しい仔だね。ずっとあの仔達のことを覚えてあげているんだから」



 マスターはふと俺の言葉の続きを待つように、俺を見上げて葉音に耳を傾け始めた。


 だけどマスターは望む言葉は出てこないと察すると、諦めたように頭を振り「失礼します」と、小さな声で言って俺の根元の扉の中へと消えていった。






これにてイヴ達の少年期は終わりとなります。


次話、おまけの勇者スレを挟み、6年後の14歳まで飛びます。


長々とお付き合いいただいており、本当にありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やっぱ聖域回好き。 [気になる点] あの仔達って誰?! 全然わからん。 誰だろう。てか出てきてる? レイルの考えが読めん。
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