違和感
それからも、俺達は暫く喫茶店の中でお茶を飲みながら話をしていた。
イヴとサブマスは楽しそうに。ソラリスとミックは緊張気味に。そしてユウヒは懲りずに勇敢にそこにに居座り続けている。本当に勇者ってすごいと思う。
そして物怖じしないユウヒは、レイルさんに出してもらったケーキと紅茶を完食するに飽き足らず、隣の席の手付かずの皿にフォークを伸ばし出した。
「あっれー? ミックきゅん、ケーキ食べてないじゃない。貰っちゃうよ? ……って、なにこれ。たまご抜きケーキじゃない! パサパサしてあんま美味しくないんだけどマスタァ」
ユウヒはミックのケーキを横取りして、レイルさんにクレームを入れる。
……勇者って本当にすごいな。もしも“他人の家へ無断で入って、適当な壺を割ってヘソクリを貰ってきちゃったよぉ☆”なんて言われても信じてしまう程の度胸の持ち主だ。
というかレイルさん、エルフのミック用にわざわざ卵抜いてくれてたんだ。
そしてそんなユウヒをレイルさんは完全にシカトし、ミックは呆れながら俺が思っていた事を突っ込んだ。
「ってか勇者様、出てけって言われてた割に結構居座ってるっすね。出された物もしっかり完食してますし」
「ん? あぁ。マスターは基本メニューに毒入れるようなことしないし。ま、やったとしても珈琲と焙じ茶を出し間違えたり、こっそりカロリー10倍にしてくるくらいだよ」
と、ユウヒの言葉に、今まさにケーキを口に入れようとしていたソラリスの手が固まる。
そしてこわごわと視線を向けるソラリスに、レイルさんがため息交じりにフォローを入れた。
「大丈夫。今回は甘さは感じるけどゼロカロリーにしているよ。ここに来る前に、既に何かお菓子を食べてきていたようだしね。そうでなくとも、喫茶店を名乗る限りは最低限のルールは守るさ」
だけどミックは、尚も疑心の目をレイルさんに向けながら尋ねる。
「でもダンジョンに足踏み入れて死んだ冒険者は数知れないんっすよね。その点については……?」
「うん? それは事前に仕掛けてあったトラップに勝手にひっかかっただけだから、僕のせいではないよ。ダンジョンの宝を求め、ここがダンジョンと知って入ってきた限り、それによる死は自殺と同義だよね」
「……」
レイルさんは笑顔でサラリとその罪を認めた。
そして足を組み直し付け加える。
「……それに、もしダンジョンと知らず間違って足を踏み込んだ場合。その人達は“奇跡的な生還”を結構な確率で果たしてたりするんだよ。―――……“暗い森の井戸のダンジョン”以外は、だけどね。いいかい? 君達もあそこに近付いてはいけないよ」
あくまでダンジョンで人が死ぬのは仕方ないことであり、自分に殺意があるわけではないと強調するレイルさんに、ミックはとうとう頷いた。
「……確かに超難易度ダンジョンに迷い込んだ筈なのに、不思議と無傷で出てきたっていう史実はいくつもあるっすね。つまり仕事上仕方なくと」
「そうそう。そういう事だよ」
そうレイルさんが軽く同意したと同時に、とうとうミックの考古学者としての好奇心が爆発した。
「んじゃっ、仮にマスターさんが本物なら、世界各地のダンジョンにまつわる言い伝えとかは網羅してるって事になるっすよね! 正直自分で言っといて半信半疑だったんすけど、っっくわぁー、滾る!!」
「あはは。まぁぶっちゃけ突然“僕がダンジョンマスターです”なんて言われても胡散臭いよねぇ。分けるよ。だけどま、本物のダンジョンマスターだから勿論色々と識ってはいるよ」
……レイルさんはサブマスが絡まなければ、ユウヒを除き誰にでも優しくて気さくな人だと思った。
なのに仲のいい友達がいないらしい。なんでなんだろ?
俺が頬杖を突いてそんなことを考えている間にも、ミックとレイルさんの話は弾みだした。
「なら大昔、ドワーフ達の里であるディウェルボ火山に邪竜が住み着いていた頃、あの一帯がダンジョン化されていたという話を聞いたんすけどその頃の話を知ってたりしないっすかね!?」
「ふーん……そんな大昔の話を聞きたいだなんて、君は考古学者か何かかな? イヴちゃん達の保護者のシアンだってそこそこの知識人のはずだけど」
「そっす! シアンの兄貴に聞いてもその頃の話はよく知らないと言われて」
そう答えたミックを、レイルさんは観察でもするようにすっと目を細めて見る。
だけど直ぐにまた優しそうな笑顔を浮かべると、レイルさんは頷いた。
「成程。君はミカエル君と言ったね。ミカエル君はその頃について何処迄調べたのかな?」
「ええ、俺がこれまで調べてきたのは……」
それからミックは喜々として自分の知識や、それを知るに至った経緯などを披露し始めた。
そしてレイルさんは感心した様子で、ミックの話に神妙に聞き入っている。……だけどその様子を眺めながら、俺はふと違和感を感じた。
―――あれ? ミックは“レイルさんの話が聞きたい”って言ったのに、何でミックばっかり話してるんだろ?
それにそう言えばレイルさん……微妙に話を逸らせて“教えてあげる”って、ミックに言ってあげてない気がする。でもイヴには、ダンジョンの作り方を結構詳しく話してくれてたよな……?
そんなことを考えていると、何故か胸の奥がもやもやした。
だけどそんな違和感は、隣に座るユウヒに不意に腕を小突かれ吹き飛ぶ事となる。
「ねぇねぇクロ。クロってさ、兄サ……じゃなくてガラムさんにお菓子作り習ってたんだって? ならさ、シナモンバターのアーモンドガレットって作れる?」
「え? う、うん。作れるよ」
俺が驚いてコクコクと頷くと、ユウヒは目をキラキラと輝かせてパァッと笑顔になった。
「ほんと!? 僕それ好きでさぁ〜。今度のお泊り会の時、作ってきてくれないかなぁ……なんて?」
「あ、いいよ。なら他にもユウヒの好きなもの教えてよ。幾つか作って行くからさ」
「やった! 僕は好きなものが沢山あるんだ! リブベリーのホワイトチョコレートチーズケーキにぃ、ドライトマトとベーコンのキッシュでしょ? サーモンの……」
「ちょ、ちょっと待って! メモするから!」
俺は慌てて鞄の中から紙切れとペンを取り出す。
そして延々と語りあげられるユウヒの好きな物を、俺は書き綴っていったのだった。
―――それからまた、随分な時間が過ぎた。
とはいえ、このダンジョン内の時計はなかぬか進まず、針はまだ5分ほどしか動いてはなかったけど。
だけどその時、ふとレイルさんが時計に目をやり俺達に告げた。
「あぁ、もうこんな時間だ。それじゃあ名残惜しいけ れど、そろそろ僕はここら辺で先に失礼するよ」




