退屈な道中の定番
ドワーフの里を出て2日目。
シアン一行は未だディウェルボ火山の麓に広がる森を進んでいた。
というのも彼らの征くその森は広大で、抜けるには直線距離でも200km程ある。
その上、ディウェルボ火山の裏手に出る抜け道は一般の人々には知られていない為、道など整備されてはいない。
シアン達はそんな昼でも薄暗い鬱蒼とした深い森の中を、何故か己の限界を試すが如く、全速力で駆け抜けていた。
イヴとシアンが行く手を塞ぐ木の枝を跳ね除けながら、地を走るのすらもどかしいとばかりに枝から枝に飛び移りながらただ一方向を目指し突き進む。
そしてそんな二人の後を、走ることに長けたランナーバードのダッキーが、身を低くして疾走していた。
ダッキーの背には二人の子供が乗っていたが、二人はただ振り落とされまいと懸命にしがみつくだけで精一杯になっていて、最後に二人を乗せたダッキーが通ったあとの獣道を、クロが息を切らせながらも追いかけているのであった。
やがて、その先頭を走っでいたのがイヴが突然ピタリと足を止めたかと思うと、足元に落ちていた変哲のない小石を拾い上げて振り返り、嬉しそうに笑った。
「石があったよ! 今回も私の勝ちぃー!」
そんなイヴに一番に追いついたのがクロの契約獣であるフェンリル。
フェンリルは嬉しそうにイヴの周りを駆け回り、続いて追いついたシアンをイヴとともに出迎えた。
やってきたシアンは額に浮かぶ汗を袖で拭いながら、ホームドラマに出てくる新米お父さんの様な爽やかな笑顔を浮かべ、清々しげに息を切らせながら言った。
「やっぱりイヴは速いなぁー。凄い凄い」
続いてランナーバードのダッキーに二人乗りしたミックとソラリス、その更に後にやってきたクロがかなり荒い息を吐きながらフラフラと到着した。
「ぐおぉ……あ、兄貴……また俺の尻の皮が破れたッス……もうこれ以上進めねっす……」
「な、何なのよ! なんで“石蹴り”が、樹海の中でのパルクールになるわけ!? イヴが蹴る石の飛 距離がおかしいのよっ。もう無理っ!! ちょっと休ませてっ」
口々に休憩を求めるミックとソラリス。……―――ああ、言い忘れていたが、彼らが何故森の中を駆け抜けていたかと言うと、“ただ歩いてるだけはつまらない”と言って始めた“石蹴り”の為だった。
と言っても、進行が遅れるのは論外なので、一つの石を蹴ってその石に最初に追いついた者が勝ち。そして次に石を蹴る権利を得られるというルールになっていた。
始めは石の飛距離も、数メートルから数十メートルといったかわいいものだった。だがいつの間にその飛距離は伸び、今やひと蹴り毎に5km程飛び、ビーチフラッグスの如き走力、瞬発力に加え、持久力に広大な森で小石を探す索敵力を必要とする“超ハードモード障害物競走”へと進化を遂げていたのだった。
だが、こんな事には既に慣れきってしまったクロは、騒ぎ立てるソラリス達を一瞥し、沢山走れてご機嫌なダッキーを撫でながら労った。
「ったく、……途中からダッキーに乗せてもらってる癖に、何が“無理”だよ。―――それに比べてダッキーは二人も乗せて頑張ったね」
「グワッ! ゲゲェ〜」
クロに撫でられ、嬉しそうに羽を振るダッキー。
そんな獣にだけは天使のような笑顔を見せるクロを、ソラリスが顔を真っ赤にさせながら睨みつけ、そんなソラリスをミックが苦笑をこぼしながら押し止めていた。
そして、無自覚ながらも世界中の多種多様な種族の“つなぎ役”であるシアンは、その程度の険悪さなど気にも止めず、相変わらず清々しい笑顔を浮かべながら皆に声をかけていった。
「よーし、じゃあこの辺りで一度休憩しようか。近くに川があったから、イヴは水を汲んできてくれるか?」
「いいよ!」
「クロは竹炭で水の濾過器を作っといてくれ」
「はーい」
「ミックはポーション飲んで休憩しとけ」
「申し訳ないっす」
「じゃ、オレは聖西国における貴族の発祥と歴史についての話をしながらお茶の準備をするから、ソラリスちゃんは隣でそれを聞きながら火起こししてくれるか?」
「うぅ……、っていうかシアン。あなた世界一の魔法使いなんでしょ? 水や火くらい魔法でポンポンって出せるんじゃないの!?」
疲労困憊によりもう働きたくないソラリスは不満を申し立てたが、そんなソラリスをシアンはさめざめとした視線で見据えた。
「な、なによ……?」
「ソラリスちゃんだってローレンさん達の生活を見たろ。あの方達はな、オレなんかよりよっぽど莫大な魔力を持っていながら、力はもとより便利な道具にすら頼ることなく、慎ましく暮らしてらっしゃった。―――素晴らしい。あれこそが、人として在るべき最も理想の生き方なのだよ!」
久々に見た元ハイエルフの暮らしぶりに、シアンの中で妙な苦行スイッチが入ってしまっているらしい。
そしてそんな背景など欠片も知らないソラリスとミックは、ひそひそと陰口を叩いていた。
「何が理想よ。そんなのただのMだわ」
「確かにMだな」
まぁシアンはどちらかと言えばMに属する種族だからね。
「うるせっ! ミックは休んでるだけなんだから黙っとけっ! ハイ、ソラリスちゃんも始めるぞ! 第1章、聖都セレスティアーズの興りと初代聖女の奇跡っ……!」
「ちょ……待って、横暴だわっ、私も休憩したいぃ!」
ソラリスはそう涙目で抗議をしつつも、結局言われた通り火起こしをはじめたのだった。
―――シアンという存在に魅入られた哀れな仔羊は、大抵は嬉々として盲目的にその指示に従う。
だが、時としてその横暴振りに気付いたとしても、最早逃げる事は叶わないのであった……。
◇◇◇
それから半時間、シアン達は甘いココアやレモネードを飲みながら寛いでいた。
「疲れた体と脳には甘いものが染みるわね……」
「そして剥がれたケツの皮には酸っぱい物がいいんすよねぇ……」
各々の飲み物を大切そうに両手で包みながら、しみじみとそうこぼす二人にシアンは笑いながら頷いた。
「おう、お疲れ。ま、このペースなら明後日の昼には魔物達の国“トゥーリノ”に着いちまいそうだな」
「あ、明後日? ちょっと兄貴、正規のルートで行けばカロメノス水上都市からトゥーリノ迄は、大体馬車便で一月半はかかるんすよ? 流石に……」
「でもそれはディウェルボ山脈を迂回したルートだろ。オレ達は山突っ切って魔の森を駆け抜けてるから」
「“魔の森を駆け抜ける”ってのがそもそもおかしいのよ! このペースはとにかく無理! 石蹴りはもうおしまいだからねっ!」
早口でそう抗議したソラリスを見たイヴが、ふと寂しそうに自分の脇においていた石を森の中に投げ捨て、また笑顔で言った。
「うん。いいよ! じゃあ次は、何しようか?」
「じゃ、なぞなぞは? 折角ソラリスがさっき父さんから歴史の話を聞いてたみたいだし、貴族の家紋当て謎謎勝負とか」
「っな……」
クロの提案に、ソラリスの表情に焦りが浮かぶ。
「系譜当てでもいいけど……もしかしてこれも嫌なの?」
「べ、別に嫌じゃないわよっ」
売り言葉に買い言葉。
思わず言い返してしまう気が強て単純な少女を見て、シアンはふっと笑い、助け舟を出した。
「オッケー。じゃ、休憩が終わったらナゾナゾしながら進もうか。だけどチーム戦だぞ? イヴとクロ。それからソラリスちゃんとミックのチームな。そんで公平のために問題はオレが出すから」
と、今度はクロとイヴが慌て始めた。
「えー!? 待ってよ父さん、ミックって考古学者なんだろ!?」
「そうだよ、それはズルいよっシアン」
「ふふっ、これは勝てるわ。ミック! クロ達に勝つわよっ」
「はは……、なんか大人気ない気もするけど、折角だから俺も本気でやるか」
「待って、ハンデ! ハンデ!!」
こうして体力、知力、精神力とあらゆる面の力を底上げされながら、彼等の長閑な旅は続いたのである。
―――そして4日後。
シアン達一行は無事に、人との共生を掲げる魔物達の国“トゥーリノ”を眼前に拝んでいた。
ディウェルボ火山の麓の森を抜け、盆地平原を馬で2日進んだ先にトゥーリノは在している。
それは高さ20メートルにも及ぶ石垣の壁に囲まれた、世界一小さな国。
その要塞のような様相は、共存を謳えども未だ多くの人間達にも毛嫌いされ、魔物達からは蔑まれる、世界一敵の多い国の必然的な形でもあった。
国をすっぽりと囲い込むほどの大きな壁の外側には、深く広い堀が掘られていて、そこを渡るには東西南北に掛けられた何れかの橋を渡る必要があった。
シアン達も入国の為、サウスブリックと呼ばれる南側の橋の関所に向かう。
橋の手前にある関所では、背中に翼を生やした受付嬢、若いハーピィのラムゥが目を輝かせながらシアン達の対応にあたったのだった。
「―――ル……ではなくシアン様ぁ! お久し振りです!! それからイヴ様とその他御一行様、お待ちしてました! ようこそトゥーリノへ!!」
ラムゥの熱烈な歓迎に、ミックが微妙な表情でポツリと呟く。
「俺達“その他”でまとめられたっす……。兄貴の知り合いっすか?」
「あぁ、昔ちょっとな。―――久しぶりだなラムゥ。ここで働いてたのか」
「はいっ、あれから読み書きを勉強して今ではこの通りです!」
「そっか、元気そうで何よりだ。じゃ、早速だが入関の手続きを頼むよ」
懐かしげに挨拶を交わしていたラムゥだが、シアンの一言にふと表情が曇り言葉を濁す。
「……えっと、それが……」
「どうした?」
「いえ、実は頭領のサイファ様が、シアン様達がお見えになったら、西ノ橋から入って頂くよう言われておりまして」
「サイファが? だが西ノ橋迄は早馬でも半日はかかるぞ……」
「あ、それは大丈夫です! こういう事もあろうかと、よく馴らした飛竜種を待機させているので、そちらをお使い下さい! そうすれば一時間もかからず西ノ橋に到着しますから!」
「お、おぅ……」
飛竜種といえば、魔王軍や人間軍でも竜騎士達しか乗れないという稀少な騎獣だ。
その準備の良さに若干押され気味なシアンのその後ろでは、クロを筆頭に、子供達が拳を高く掲げて喜んでいたという。
―――そして飛竜種まで準備をされたその理由だが、まさかローレンの予言を的中させるための伏線である事に、シアンはまだ気づいてはいない……。




