歴史を巡る旅 2 ードワーフの聖地ディウェルボ火山④ー
やがて、太陽の見えない洞穴の街に、夕刻を告げる鐘の音が鳴り響き始めた頃、ガルバスとボルボスに連れられてイヴ達がパブに駆け戻ってきた。
「シアーン! 来たよ!」
「イヴぅ、クロぉ! お帰りぃ! 会いたかったよぉ〜♡」
シアンも満面の笑顔で子供達を出迎える。
先程まで騒いでいたドワーフ達は、パブのオーナー以外誰もいなくなっていた。
騒いでいたドワーフ達は、フェリアローシアから譲り受けた神の酒を、奇蹟の証の御神体と定め、“御神体を納める神殿を創る!”と息巻いて去っていったのだった。
そして、パブに残っていたのは申し訳無さそうに苦笑を浮かべるローレンとオーナー、そして苛立たしげに頭を抱えるフェリアローシアと、いつもの5割増しで陽気なシアンだ。
その妙な違和感にいち早く気付いたクロが、シアンに向かう歩みを止める。
「と、父さん……? どうしたの? なんか変だよ?」
「変じゃにゃいよ? オレを心配してくれたのか? いやー、クロは気配りのできるいい子だなぁー。ほんといい子だなぁぁ!」
感極まった様子で、子供達に抱き着こうと駆け出すシアン。
フェリアローシアは素早い動きで、そんなシアンの服を捕まえ席に引き戻した。
「ん? フェリくんもギュってして欲しかったのかな? いいぞぉー! オレ、フェリくんも大好きだからなぁー! はい、ぎゅ~……」
「やめて下さい。不愉快です」
「なにぃー? ねぇローレンちゃん、またフェリくんが酷いこと言うんどけどぉ……」
「やめなさいっ! ローレンに近付くなっ、この酔っ払いが!」
ローレンに危害が及ばないように、我が身を犠牲にシアンに抱きつかれるフェリアローシアは、majiでkiれる5秒前だ。
そんな様子に、イヴも不思議そうにローレンに尋ねる。
「シアン、どうかしたの?」
「少し酒を呑み過ぎただけだよ。途中までは良かったのだが、シアン殿は我等の【毒無効】スキルとは違い、あくまで【毒耐性】スキルだったのでな……」
「ええ。しかしまさか、シアン殿がこれほど迄酷い絡み酒だったとは」
イライラと頷くフェリアローシアの頭に、シアンは顎を乗せながら、神妙な顔で大真面目に答えた。
「絡んでません。ってか酔ってませんし?」
「なら離れろっ!」
だがシアンは離れない。
フェリアローシアは諦めて、肩を落とし提案した。
「はぁ……シアン殿がこの状態なので、皆さんは先にローレンと他所で夕食を取ってきてください」
「ミックは?」
「ミカエルくんは、先程少し合流が遅れると連絡がありました。私がここでシアン殿の様子を見ながら彼を待っていますからご心配なく」
すると、シアンがまた満面の笑みを浮かべ、フェリアローシアの頭を撫で始めた。
「んー? フェリくんオレと居たいの? いいよー! オレがフェリくんの面倒見といてあげるから、皆は安心して行っておいで〜」
「やかましいわっ、そして撫でるなっ! あぁもうっ、不本意極まりないっ!」
……―――すっかりウザくなってしまったシアン。
そんなシアンにキレるフェリアローシアのその姿に、俺はふと、彼が崇拝するマスターの面影が被って見えた気がしたのだった。
◇◇◇
それから更に一時間後。
「戻ったっすー……ってか兄貴……何やってんすか?」
ホクホクと嬉しそうに戻ってきたミックが、机に突っ伏し項垂れるシアンに声を掛けた。
「き……もちわりぃ……」
「ただのお酒の飲みすぎです。あれだけ酒に強いと豪語しといてのこの体たらく……まったく情けない」
フェリアローシアのシアンへの対応は、完全に冷え冷えとしたものに変わり果てていた。
そしてミックも、この変わり果てたこの“生きる伝説(笑)”に、呆れ半ばに尋ねる。
「えぇー、どんだけ飲んだんっすか」
「こんくらい……いや、こんくらいかな?」
「いや、分かんないすよ」
突っ伏したまま、懸命に腕を広げてその量を説明しようとするシアンに代わって、フェリアローシアが簡潔に注釈を入れた。
「まぁ、並の人間の酒豪なら120回は急性アルコール中毒で死んでる量ですかね」
「うわっ、思ったより飲んでた……」
ドン引くミック。
シアンは不調に震える声で、フェリアローシアに声を掛けた。
「す、スミマセン……。お水をください」
「ちっ、百万ゴールドですからね」
「うわぁ、フェリアローシアさんキレッキレっすねぇ……」
ミックはそう言いながら、ダッキーの手綱を引いて、シアンのテーブルに自分も着いたのだった。
「遅くなってすいませんっす。皆は?」
「ローレンが食事をしに連れに行ってくれました。そして店のオーナーや他の客達は、神の酒を見ながら呑み直すと、中央塔へ連れ立って行かれましたよ」
「客を置いて酒飲みに行くんすか……ドワーフさん方は流石っすねぇ」
「後ミカエルさんの食事は、ローレンから弁当を預かってますよ。ドワーフ達の食事は肉料理系が多いからとの事で準備してくれていました」
「マジすか! 実はそんな感じで昼はあんま食べてなかったんすよねぇ。ローレンさん、流石っす!」
ミックが差し出された温サラダとジュースの入った袋を嬉しそうに受け取る様子を眺めながら、シアンがふと、酔い醒ましの薬草が浮いた水を啜り尋ねる。
「楽しかったか?」
「えぇ! そりゃもう! スッゴイ収穫もあったっすからね! “声なし”のお宝グッズに、“ルフル”の遺した石版。そしてそれにまつわる話なんかも……いやぁ、有意義な時間っした」
ホクホクと嬉しそうに語りながら、ミックはダッキーに食事と水を与えると、お弁当を広げて食べ始めた。
シアンもそんなミックにつられて笑う。
「“声なし”か。オレも直では知らないが、面白いやつだったみたいだな。聖域の深層に到達する奴は然程多くないから、当時噂になってたぞ?」
「噂……? “聖樹の讃歌”の発表は当時センセーションを巻き起こしたとは聞くっすけど、森に入った事に噂なんて立ってましたっけ……?」
首を傾げるミックに、シアンは誤魔化す様に話を続けた。
「ま、一部の間でだけな。後、“ルフルの石版”って言ったか? それってまさか“始まりのエルフ”と言われるあの伝説のエルフじゃないよな?」
「いや、そのエルフなんすよ! 信じられます? 2500年以上前の石版が残ってたんすよ」
「へぇ? なんて書いてたんだ?」
「いやいや、分かるわけ無いっすよ。推計6万文字から成る最古クラスの古文書、しかも暗号化されてるんすから。―――だけど聞いた話によれば、“声なし”はその暗号文を、わずか1時間足らずで読み解いたらしいんすよ」
「いや、そりゃ流石に盛りすぎだろ。マジだったら相当な変態だぞ?」
「やー、わかんないっすよ? 魔王も魔人もいるこの世界っす。どんな不思議があってもおかしくはない。……それに、芸術家って奴は総じて変態が多いっすからねぇ」
そんな話をしている内に、若干酔いも醒めてきたシアンは、軽い口調で話を続けた。
「しかしお前、本当に“声なし”が好きだな。吟遊詩人スキルがある訳でもないのに歌まで歌ってるし」
「まぁ“声なし”は歴史についての歌も結構残してるし、【考古学者】として興味深いってのもあるんすけど、……調べ始めたのは幸運のドラゴン・フィルを探そうと思い立った事がキッカケでしたね。幸運が欲しくて」
シアンが驚いたように目を見開いた。
「フィルを? だけどあいつは、幸運を求める者の前には姿を見せないって……」
するとミックはダッキーに取り付けてあった荷物の中から、金の竪琴のレプリカを取り上げ、テーブルの上にコトリと置いた。
「確かに言い伝えでは、幸運を強く求める程、フィルはその姿を隠してしまうと言われてるっす。だけどここ見てくださいッス」
ミックがそう言って指さしたのは、金の竪琴に刻まれた有名過ぎる祝福の言葉。
「ここっす。“―――このメッセージに共感してくれた オレの親愛なる友よ、貴殿にもどうかラベンダードラゴンの祝福が訪れます様に”って部分」
「それが?」
「“声なし”は、フィルから幸運を初めて与えられた、世界一ラッキーな男。その幸運により“声なし”の願いは全て叶う。―――その言い伝えが本当なら、ここに刻まれた願いも叶えられると思いませんか? つまり“声なし”の遺した謎を解けば、フィルの方から祝福しに訪れてくれる」
その仮説に、ミック同様フィルを追い求めるシアンが、すっと目を細めてその竪琴に刻まれた文字を見つめる。
ミックはポロンと竪琴の弦を弾くと、少し照れたように笑った。
「そんな訳で、俺は“声なし”の足痕を追って“歴史を巡る旅”にどうしても出たかったんす。だから、こんな貴重な体験させてもらって、兄貴には本当に感謝してるっすよ」
前回投稿より、誤字報告神様が降臨されてます。ありがとうございます!
誤字報告してくださる方は本当にありがたく思います。渋柿ですら半ば諦めた幾百……いえ、幾千(←マジです)の誤字を修正する手間を掛けてくださるなど、感謝の極みでしかありません!
再度になりますが、本当に有難うございます!!
( ;∀;)




