ダークエルフ達の事情 ㊤
やがて日も傾き、その日ローレンの家の食卓には、肉々しいご馳走が山のように並んでいた。
勿論、イヴの好物が唐揚げだと聞いていたからである。
フェリアローシアはダークエルフに成りたての為、軽いカルチャーショックを受けつつ、ミックと共にテーブルの端でセロリを齧っていた。
クロもあの後すぐ泣き止み、今は何事もなかったかのように子供達の輪の中に戻り、楽しげに騒いでいる。―――とはいえ、流石にフェリアローシアを避けている様子はあったけれども。
「ごちそうさま! ローレンさんのご飯美味しかったよ」
山とあった唐揚げが跡形もなく消えた頃、イヴが満足気に声を上げた。
「そうか、それは良かった。イヴも随分手伝ってくれたから助かった。片付けは私がするから、イヴは先に風呂に入ってくるといいだろう。人数が多いから、ソラリスと共に入るといい」
「だったらローレンさんも一緒に入ろうよ」
「私も? ……しかし」
ローレンは一応世間一般には“魔王軍幹部”として名の知れたダークエルフだ。
そんな立場を毛嫌いする人間も少なくない為、ローレンは言葉を濁しながらソラリスに目配せをした。
と、その視線に気付いたソラリスの目が光った。
「わっ、私は構わないわ! ローレンさんも一緒に入りましょう! その方が効率的だわっ」
「そ、そうか……」
食い気味に即答したソラリスに、ローレンの方がタジタジと頷く。
どうやらその立ち居振る舞いに加え、ガッチリと胃袋も掴み、その好感度はうなぎ登りになっているようだった。
そんな女子達の様子に、気を利かせたフェリアローシアがローレンを促す。
「片付けは私がしておきますので、ローレンはどうぞ行ってきてください」
「そうか。なら3人で先に入ろうか。シアン殿、客人より先に風呂をいただいてすまないな」
「いえ、お構いなく。二人を頼みます」
シアンが笑顔でそういった時だった。
ふと、背後で話していたミックとクロの会話にシアンは目を見開いた。
「―――へぇ? クワトロはノルマンに行くのにガルシアの話を知らないのか? 有名な話だぞ。あ、だったらソラ達が風呂から出てくるまでに、ちょっと話してやるよ」
直後、シアンの動きは素早かった。
「何を言ってるんだ君達は! そんな話をしてる暇があるならっ、健全に女の子達のお風呂を覗きに行く計画でも立ててなさい!!」
シアンは混乱している。
ミックとクロは首を傾げて淡々と答えた。
「兄貴が何言ってるんすか? イヴにソラリスに魔王軍幹部のダークエルフっすよ? どう計画立てても無駄でしょ」
「それにそんなことしたらイヴが嫌がるよ。なんでそんなことするの?」
「無理じゃなくて無駄か……。うん。成程、仰る通りだね」
シアンは二人の正しすぎる正論に深く頷いて、漸く正気に戻る。
まぁ、このメンバーにそんな悪戯行為をしようと考える者は居ない。
シアンは小さな咳払いをするとミックに言った。
「兎に角! ガルシアの話には碌な話がないからやめてくれ。他の昔話や神話なら、オレも真説を少し話してやるよ」
「へぇ。兄貴の見解から見た歴史の新説っすか。興味深いっすねぇ。ならファーブニルの邪竜伝説とかどううっすか?」
「あ。わり。天界戦争以降はチョット所要で忙しくて抜けてるんだ」
「えー……。じゃあれは? この世の最悪の終焉譚。声無しも歌にした【骸の花嫁を抱いた奈落】とか?」
「あぁ、あれな。あれは……」
―――そして、シアン達はそんな微妙に噛み合わない話に興じ始めたのだった。
◇◇◇
そしてその日の夜、子供達が寝室に向かった頃。綺麗に片付いた食卓で、シアンはローレンから茶を振る舞われていた。
「酒もあるが茶でいいのか?」
「えぇ、茶がいいです」
シアンがそう答えると、シアンの前にコトリと適温に淹れられたほうじ茶が置かれる。
そしてローレンは自分用にハーティーの茶を淹れ、シアンの前に腰掛けた。
「それで、話とは? 言っておくが神竜フィル様の話は無理だぞ。シアン殿が探しているという噂を聞いたが、主人の事を軽く口にするような召使はいないぞ」
「あぁ、それは……はい。―――と言うか、フィルの召使いって噂は本当だったんですね」
シアンが苦笑しながらそう言えば、ローレンはカップに口をつけながらコクリと頷く。
シアンもお茶を一口飲んで話を切り出した。
「まぁ、確かにオレはフィルを探してますが、今回はその件じゃないです。―――クロとフェリアローシアの様子についてです」
「ふむ。何故フェリではなく私に聞く?」
「何度か声を掛けようとはしたんですが、どうも避けられてるようでしてね。幼いとはいえ、逃げるダークエルフを捕まえようとすれば、オレも相当本気を出さないといけません。だから先ずローレンさんに相談しようと思いまして」
シアンの言い分に、ローレンは手にしたカップをテーブルに戻し、小さな溜息を吐いた。
「―――……そうか。ならばその件については私から謝ろう。フェリが先走った行動を取ってすまなかった」
そう言って頭を下げるローレンを、シアンは慌てて止めた。
「いや、謝って欲しい訳じゃなく、まず話をですね……。クロは何も言わなかったんですけど、あの子があんなに泣くなんて、ちょっといつもの様子からは考えられなかったもので、一体何があったのかと」
するとローレンはまた顔を上げて、ぽつりぽつりと話しだした。
「フェリがクロに何を言ったのかは、先程フェリ本人から聞いた。―――クロの【暴食】の現状について、クロ本人に確認を取ったそうだ」
「!?」
シアンの目が大きく見開かれる。
「それがシアン殿の家族間の中でも、極めてデリケートな問題だと言う事は当然理解していた。だが、フェリは誰かが明らかにしておかなければならない問題だとも考えた様でな。その役目を自ら買って出たそうだ」
「いやだからって……。それにそれを突きつけるのは、流石にクロにはまだ早い……ってか、そもそも言う前にオレに一言くらい相談すべきでしょう」
「うむ。フェリはシアン殿がそう尻込む事を予想した。だから無邪気を装い、クロに接触をしたそうだ」
平然とそう話すローレン。唖然としていたシアンから、徐々に沸々と怒りが湧いてくるのが分かった。
ローレンは肌のピリピリとするような怒気を受けながらも淡々と答えた。
「そして結果、クロは今も尚、見境のない食欲をその身内に隠し持っている事が判明したという。―――見境のない食欲というものが、どれほど異常な事かシアン殿には分かるだろう? ヴァンパイア達の為に人間の代わりとなる食材【マンドラゴラ】を産み出した貴殿なら」
―――マンドラゴラ。
それはかつて、とある男が若かりし日の賢者の助けを借り、作り上げたという人面草。
それを作る上で何が一番大変だったかと言えば、とにかくその味と食指が細胞レベルで受け付けなかった事だった。
というのも人間は勿論、動物も魔物達も狂乱の中でなければ同種食いはしない。
つまり、人間と同じ味がする【人面草】は有毒云々に関係なく、普通人は食べ物として認識できないのである。
―――だが、クロはそうじゃなかった。
ローレンは目を伏せながら静かに言う。
「たった8歳の子供に消化しきれる問題でないのは分かる。だがせめて、フェリは“それが普通じゃない”とクロにしっかり認識しておいて欲しかったんだそうだ。クロがこれからも人で在り続けられるように、例えシアン殿に怒られても、クロに嫌われても、どうしても」
「―――……っでも、何故フェリアローシアがクロの為にそこまでするのです? フェリアローシアはクロと初対面だった。そこまでする理由がまるで分からない」
シアンが頭を掻きながら吐き捨てるようにそう言うと、ローレンは苦笑してそれに答えた。
「それは多分、私のせいだな」
「いや、そんなわけ無いでしょう。さっきもそうでしたが、何故ローレンさんがフェリアローシアの為に謝るのです? そんな子供扱いせずとも、彼はああ見えてそこらの成人した人間より、よっぽど分別もありますよ」
そんなシアンの即答にローレンは直ぐに答えず、少し冷めたハーティーの茶を啜って小さな息を吐く。
そして、足を組み直すとフッと笑ってシアンに言った。
「―――まぁ聞けシアン殿。私はな、もう間もなくこの世を去るのだ」
ふと、シアンの表情が固まった。




