神は天使と魔王を創り、善悪を定め賜うた
―――やがて。
「出来たよ!」
始めに、そう歓声を上げたのはゼロスだった。
ゼロスが創り上げたのは、背中に4対の繊細で美しい翼を生やした八体の天使達。
美しい天使は皆白髪で、なんとレイスと同じ容姿をしている。
無表情な所など、笑えてくる程そっくりだ。
「……レイスも出来た」
そしてとうとうレイスも、小さくポソリとそう言った。
見せるのが恥ずかしいようで、モジモジと取り出されたそれは、背に一対の翼を生やした黒髪の……そうだね。なんとも味のある男だった。
俺はレイスに尋ねる。
「それは?」
「ゼロスに似せて創ったけど、……うまく出来なかった」
……うん。
黒髪なところ以外、面影すらないね。
……それにしても、味のある男だ。
釣り上がった目は赤く、皮膚はくすんだグレ―。
翼は、羽が抜け落ち、コウモリのような被膜の羽に、カラスの抜け羽が、へばり付いているようだ。
ゼロスが口を尖らせながら感想を言う。
「ちっとも似てないよ。そんなの僕じゃない」
「ごめん。レイスはゼロスみたいに、上手に出来なかった」
気持ち悲しげにそう言ったレイスに、俺は枝を優しく揺らしながら言った。
「俺は味があっていいと思うよ。勿論、ゼロスの作った天使達も、とても美しくて素晴らしい。みんなに愛される出来映えだよ」
俺が二人の創ったものを褒めると、ゼロスは得意げに笑った。
だけどレイスは、まだ少し落ち込んだ様子で、自分の創った黒い羽の男に話しかける。
「ごめん。レイスは上手じゃなくて。……お前は、ゼロスの創った者達みたいに、みんなからは愛されることが出来ないかもしれない。だけど、だからこそ、自分が一番、自分を好きになるといい」
「ヨハ、ナニガアッテモ、ジブンヲアイスル。タイセツニ、スル。レイス様トノ、約束」
「!」
俺とゼロスは驚いた。
レイスの創った男が、辿々しくも自らの意思で喋ったのだから。
「凄い! レイス、それはどうやったの?」
ゼロスの驚きの声に、レイスはニヤリと満足げに笑うと、言った。
「レイスはゼロスみたいに、上手な形は出来なかった。けど、中身イジってたら出来た。教えるのはイイけど、これはきっとゼロスには出来ない」
かくして、二人の初めて作った動物は、レイスにありったけのマナを与えられた、魔王“ラムガル”と、至高の芸術品である、8天使長“シェル”、“クリプト”、“ローザン”、“ネイル”、“ティーガテイ”、“イノンセラ”、“ワーシャ”、“フェミリアン”と名付けられた。
ゼロスはレイスから【魂】と言う自我の創り方を教えてもらったが、レイスの言った通りどうしても、魂を持った者を創ることが出来なかったようだ。
だけどゼロスは、どうしても魂を持つ創造物を作りたかったようで、“死”を持ち合わせることを条件に、既に魂の入った肉をレイスに創って貰うという取引をしたようだった。
レイスはハーティの草を何万年も見つめ続けている内に、どこか死に美徳を見出したようだ。
外見の美醜関係なく一瞬の、その刹那的な命の輝きを愛するようになった。
一方でゼロスは散りゆく命を憂い、永遠を望むようになった。
ただ【魂】ある創造物に関しては、レイスとの取引のため【死】を与えなければならない。
だからせめて何かを残したいと、自分の創造物には『死者を敬い、隣人を愛せ』と教える事にしたようだ。
二人共、本当に凄いぞ。
かつては小さなひと粒の砂だった。それが別れ、それぞれの自我を持ち歩み始めたんだから。
◇◇
今日も平和だ。
レイスとラムガルは、遥か上空でマナにどんな命令を下せば、どんな作用が起こるのかの実験中だ。
ゼロスは八体の天使達を連れ、天に木霊する美しい歌の練習をしている。
それはまさに天使の歌声。
天使達には自我は無いものの、マナで満たす事により、ゼロスの思い通りに動かすことが出来るんだそうだ。
穏やかな風が吹き、日差しは暖かく天には天使の歌声が木霊する。
―――ああ。ここは楽園だ。
俺がそう思った時だった。
――――ズズッ、ズズズズッ、―――ゴォォォォオオォォォォンン……
大地が大きく揺れた後、凄まじい爆音とともに世界の大地の三分の一が消し飛んだ。
「!!?」
俺がエネルギ―波に曝されながら、不気味な朱色に燃え揺らぐ空気を眺めながら茫然としていると、ゼロスの悲鳴に似た声が聴こえてきた。
「レイスゥー!! 何をやってるんだよっ!?」
それから間もなく、ススまみれになったレイスとラムガル、それに涙で顔をぐちゃぐちゃにしたゼロスと、焼け焦げても無表情な天使達が戻ってきた。
「聞いてよアインス! レイスがとても酷い事をしたんだ!!」
「……やりたくてやった訳じゃナイ」
「ちょっと待って。聞くから、何が起こったか教えてくれるかい? まずはレイス。一体何が起こったの?」
泣きじゃくるゼロスと、オロオロと戸惑うレイスに、俺はなるべくゆっくり話しかけた。
レイスは驚きに困惑しながらも、一連の出来事を話してくれた。
「レイスはマナでラムガルと遊んでた。その時、試しに一粒のマナを割ってみようとした。でもなかなか割れなくて、マナの固形結晶で叩き潰してみた。そしたら割れたけど、衝撃で(世界が)吹っ飛んで壊れた」
そう言ってレイスは爪の先程の大きさの、赤くキラキラと輝く小石を取り出した。
なるほど。これがマナの固形結晶か。【賢者の石】とでも名付けておこう。
「レイスとラムガルのせいで、僕の天使達が真っ黒になっちゃった! ハーティもっ、あんなに綺麗に沢山あったのが五分の四も吹き飛んで消えた!」
俺は泣きじゃくるゼロスに、慰める様に優しく語りかけた。
「そうか、とっても残念だったね。可哀想に」
ゼロスは俺にすがりついて大声で泣いた。
散っていった、ハ―ティを想って。
本当になんて繊細で、そして優しい子なんだろう。
「レイス、悪気が無かったのは分かっている。だけど結果的にこうして、ゼロスを悲しませる事になってしまったね。レイスはその事についてどう思う?」
「レイスとラムガルが悪い」
「そうか。じゃあゼロスに謝って、それから話し合おう」
正直、俺はレイスとラムガルが悪かったとは、これっぽっちも思わない。
自分な好きやコトをやって“失敗”しただけ。それを責めると、自分のしたい事が何一つ出来なくなるんだから。
とは言え、その結果相手を悲しませたり迷惑を掛けたなら、謝る事は勿論必要だ。
それからレイスはゼロスに謝り、話し合って【マナ破壊の魔法】は禁忌の魔法として使用禁止を取り決めたのだった。
こうやってゆっくりと、二人の心は“善悪”を学んで行くのだろう。