歴史を巡る旅 ー平原の一本松⑧ー
《引き続きソラリス視点》
―――殺人級の球威を放つホールが飛び交う。
『ちょこまか逃げてんじゃねぇぞ、シアン!』
「そうだよ父さん! 受け止めてっ」
「バカ言うな! こんなん受けれるわけねぇだろっ!」
「俺とドルでフォローするからっ!!」
クワトロはそう叫ぶが、イヴと黒麒麟の前後から集中攻撃を受けるシアンの動きは変わらない。
「受けてっ!」
「む、ムリ……」
まるで早打ちの的にでもされているかのような弾幕の中、只管シアンは超人的身体能力でボールを避け続ける。
と、その時。死神が無邪気に笑いながら呟いた。
「―――シアン、上手く避けるねぇ。でもそれじゃあ他の子達が退屈だよね?」
「っ退屈じゃないわ!!」
「見てるだけで十分だからっ!! だらどうかお気遣いなくお願いします!!」
暗黒玉を片手に持つイヴに、私とマルクスは力一杯即答した。
退屈なわけがないない。寧ろ見てるだけでいっぱいいっぱいだ。
だけどイヴはニコリと微笑むとマルクスを見て言った。
「ううん、一緒にみんなで遊ぼう。シアンがね、遊ぶ時は仲間はずれは駄目だって言ってたの。いっくよぉー!」
イヴにロックオンされたマルクスが恐怖に慄き、縋るようにシアンを見上げた。
「ひぃ……シ、シアンさんっっ、イヴちゃんが……!」
「ハハ、ホントにいい子だろ」
「そうじゃないっ!!」
涙目のマルクス。
だけどそんなマルクスにクワトロが追い打ちをかけた。
「もー、ホントに父さんってビビり腰なんだから。もういいよ。マルクス、キャッチして」
「ムリ! 何言ってんだよ、クワトロ君!!」
そうマルクスがクワトロを怒鳴りつけた瞬間だった。
イヴがマルクスに向け、暗黒玉を投げつけた。
「う、うわっ……イヤだあぁぁ!!」
福音の歌により視力強化されているマルクスは、可哀想にその玉の軌道が鮮明に見えてしまう。
自身を破砕せんと飛んでくるボールを前に、マルクスは叫びながら頭を抱えてその場に蹲ってしまった。
クワトロが叫ぶ。
「マルクスっ! ボールから目を離しちゃ駄目だって!!」
だけどマルクスは怯えてしまって動こうとしない。
―――このままじゃマルクスがボールに撃ち抜かれるっ。
そう思った瞬間、これまでこのマルクスに邪険にされてきた事などどうでも良くなって、私の体は勝手に動いていた。
魔法の歌によってバフ上げされた今の私なら、上手く行けばボールを弾いて軌道を変えるくらいは出来るかもしれない。
その一瞬は、まるで時間がコマ送りされているようにゆっくりと感じた。
ボールの軌道から目を逸らすことなく私はボールを追う。
私と反対側からは、同じ様にクワトロも飛び出してきているのが見えた。
シアンは何かの魔法陣を描き上げ、マルクスの方に投げようとしている。
だけど……私達が伸ばした手は、どれも僅かにボールには届かない。
外野からお父様達の悲鳴が上がる。
「マルクスッ!!」
だけどその瞬間、私達の隙間を縫うようにして一閃の翠の稲妻が走った。
そしてバチンッと大きな音を立てて、マルクスに向かっていたボールは空高く弾かれたのだった。
……な、何が起こったの?
ピタリと足を止めボールを見送っていると、ふとシアンの親戚が笛を吹いて告げた。
「ピッ!! ルナ、アウトだ。コートの外へ」
……ルナ?
私が首を傾げコート内に視線を戻すと、いつの間に移動したのか後方にいた緑色の蛇が、クワトロの腕に巻き付き首をもたげていた。
「シャー、シュロロ……」
「いいよ、どんまいルナ。手がないんだからキャッチできなくて仕方ないよ。いいフォローだった」
クワトロが小さな蛇のルナを労うようにそう話しかけると、ルナは嬉しそうに軽やかに地を滑り、外野へと出ていった。
「ルナ様ぁ! ナイスフォロー!! 最高でした、ブラボォー!!」
シアンが去っていくルナを諸手を振りながら絶賛している。
……さっきの稲妻……もしかしてあの蛇だったの? 私は困惑しながら持ち場に戻ろうとした時、ふとクワトロがさっきルナに話しかけていた口調とは明らかに違う苛ついた……いや、オラついた口調でマルクスに注意をしているのが聞こえた。
「……おいマルクス、ボールから目を逸らすなって言ったろ。お前のせいでルナがアウトになったじゃん。何やってんだよ」
「ご、ごめん!」
「ちっ。父さんも思ったより戦力になんないし……」
シアンは相変わらずルナを見送っていて、そんなクワトロの様子には気付いていない。
―――クワトロはイヴと獣には優しいが、他はそうでもないのか……。
私はそっとそれだけを胸に押し留め、今しがたの会話は聞かなかった事にした。
そしてゲームは再び再開され、ボールは依然イヴチームのままだった。
ボールを手にしたイヴが、笑顔で私に処刑宣告をしてくる。
「次は、ソラリスだよー!」
「くっ……」
私は額に汗を浮かべながら歯を食いしばった。
さっきのマルクスの様子を見る限り、宣言通り私のもとにボールは来る。そう。シアンですら受けられないあの殺人ボールが。……私に避けられるか?
そんな事を考えていると、ふと私の背後にクワトロが近付いてきて、ヒソヒソと話しかけてきた。
「ソラリス、受け止めてよ」
「……」
―――こいつ……本気か!?
「獣達じゃ手があんなだからボールのキャッチは出来ないし、父さんやマルクスはビビっちゃって役に立たない。俺と獣達でソラリスをフォローするから、ソラリスはボールをキャッチだけしてくれればいい」
「だ、だけど……私はシアンに育てられたあなた達からしてみれば、きっと虫けら同然よ? あんな物キャッチすれば弾き飛ばされて死んじゃうわ」
私がそう返せば、クワトロは私を励ますようにぽんと肩に手を置き、もう片手でスッと錫杖を構えると力強く言った。
「―――大丈夫。イヴは誰も傷つけない。……いや、俺が傷付けさせない。だから受け止めてあげて」
私の肩に置かれたクワトロの手。その腕に巻かれた猫目石が、一瞬きらりと輝いたように見えた。
私はクワトロの言葉に何故かふと、何とも言えない信頼感を感じた。
何故なら、クワトロはイヴの力の強大さを理解している。
その強大さは、信じられない事に人類最強と呼ばれるシアンの力すら役に立たないと言い切る程のものだ。
だけどクワトロは、それを正しく理解した上で恐れていない。
それどころか守るべき対象として見ている。
そんなクワトロが、イヴが友達を殺してしまわない様に気を付けると言っているのだから。
私は肩を竦めてクワトロにヒソヒソと話しかけた。
「クワトロ。あんたって酷い奴ね」
「ん? なんで?」
クワトロは物知らぬ純真そうな顔で尋ね返してきた。
「だってアンタ、実は私やマルクスなんかどうなってもいいって思ってるでしょ?」
「……」
否定してこない辺り図星ね。
「クワトロはあの強過ぎる力の手加減をイヴが間違って、私達が怪我しようが最悪死のうが、黒麒麟同様“しょうがない”程度にしか考えていないんでしょ。……でもそれによって、イヴが悲しんで自分を責める様な事があるならそれは見逃せない、と言った所かしら」
私がそう言うとクワトロはピクリと顔を曇らせ、若干威圧的に尋ねてきた。
「……だったら何?」
―――ホント……英雄シアンもさることながら、その子供達もまともじゃないわ。
私はフンと鼻を鳴らした。
「別に。……ただ今は、アンタのそのイヴへの気持ちに賭けるしかないみたいね。―――いい? 私が死んだら多分イヴは泣くからね!?」
「分かってるよ。だからそうならない様にフォローするってば」
クワトロは何度も言わせるなとばかりに、面倒そうに頷いた。
私もこれ以上の言葉は不要と、イヴに視線を向け直す。
イヴはこちらの準備ができるのを律儀に待ってくれていたようで、私と目が合うとコトンと首を傾げて尋ねてきた。
「もういい?」
私はコクリと頷き構えると、カタカタと震える腕を必死で押し留めながら答える。
「いいわよっ! 来なさい、イヴ!!」
イヴがニィッと笑った。




