神は決して開けてはならぬ箱に、絶望と希望を仕舞い賜うた
「あ、もう肉が少なくなってきたよ。この前レイスにあんなにたくさん貰ったのに」
多くの神々を創り続けていたゼロスが、暫くぶりに顔を上げた。
ゼロスは今世界中に存在するものの神を、片っ端から創っていた。
スプーンの神、本の神、植物の神、水の神、魚の神、大気の神等など。
それらもひと通り創り終えたかと思うと、今度は愛の神や、火の神、スポーツの神、学問の神等、物凄くあやふやな規定の神々まで創り始めた。
ゼロスにとって、やっと自分の思い通りのものを好きなだけ創れるようになったんだ。楽しくて仕方が無いのだろう。
因みに人間や精霊、ハイエルフには神が居ない。
既に人間には勇者が、精霊には精霊王が居るかららしい。
そしてハイエルフに関しては、レイスとの“共同作”という括りだからだそうだ。
レイスが携わった物に、ゼロスが神を創ることはなかった。
その辺りはこの仲の良い2柱の間の気遣い、若しくは線引きと言ったところなのだろう。
「またレイスに肉を貰わなくちゃ」
「次は何を創るんだい?」
「次は鍛冶の神だよ! にしてもレイスは何処に行ったんだろ? アインス知ってる?」
「勿論。レイスは俺の根本に掘られた穴の中に居るよ」
「……穴の中?」
ゼロスは困惑に首を傾げた。
大抵レイスはこういう時、聖獣達とモフモフしてることが多いからね。
ゼロスは不思議そうにしながらも俺の言った穴の方に向かった。
◆◆◆
「……うわ、何これ?」
ゼロスが穴の入り口を見て、呆気に取られながらそう呟いた。
穴の前に聳えるのは、俺の根元に唐突に建てられた高さ10メートル程の大きな門だった。
門の装飾に使われているのは、巨大な魔族の上半身の白骨だ。
頭部の髑髏は苦痛に叫ぶように大きく顎が開かれ、目元には薄汚れた黒い包帯が幾重にも巻かれれている。そしてその包帯の下からは、タールの様な黒い液体が涙のように流れ落ち続けていて、門の下にある土を腐らせていた。
長く延びる骨の両手は何かを求めるように拡げられ、鋭い肋骨の扉の向こうには地の底迄続いているかのような暗い穴がポッカリと口を開けている。
「レイスー! ここに居るの?」
ゼロスはその異様な様相を全く気にすることなく、黒い液体を上手に避けながら門をくぐり、穴の中に入っていった。
―――ざわり。
ゼロスの足元で何かが蠢いく。
「蛇に毛虫にサソリに蜘蛛? 何でこんなに沢山いるんだ?」
ゼロスは幾万の蠢く毒虫や毒蛇を踏まないように、少し体を浮かせながら闇の中に降りていった。
バサバサバサッ!
ゼロスの放つ光から逃げようとするかのように、赤い目の吸血コウモリ達が乱飛行する。
そして長く深く地下と続く路を降りたその終着点に、レイスは居た。
最地下は少し開けた空間となっていて、幾千本もの大小のロウソクに照らしあげられ、重厚で厳かな雰囲気を漂わせている。
そして剥き出しの岩壁の窪みには、幾百という様々な創造物たちの頭蓋骨が飾られ、黒く長いビロードの垂れ幕があちこちに吊り下げられていた。
その中二心をくすぐる部屋の中央には、少し段差の付いた祭壇のような場所があり、チョークで乱雑に巨大魔法陣が落書きされた台座の上に、大きな棺の様な黒い箱が置かれている。
そしてその黒い箱にしなだれかかれ、眠るようにレイスがそこにいた。
「レイス! いたいた。こんな所で何してるの?」
ゼロスの呼び掛けにレイスは直ぐムクリと起き上がり、心なしワクワクと声を弾ませ答えた。
「ゼロス。レイスは凄いものを創っていた。これを見て」
レイスがそう言って箱を開け中を指す。
箱の中には蜘蛛の様に手足が八本ある、魔族のようなものが横たわっていた。
頭は、ここに来る際にあった“門”のデザインにそっくりだ。
肉を取り除かれた髑髏のような顔。頭部にはねじれた4本の角が生え、涙こそ流していないものの目元には黒い包帯が巻かれている。
体は不思議な造りになっていて、肉なのか装甲なのか、メタリックな黒いボディをしていて、八本の手足ほ昆虫の様な節状になっていた。
不安を煽り、かつてない禍々しさを醸し出す魔物。
「―――これは絶望の化身・ディスピリアという。ここじゃない、遠い所から世界を滅ぼす為に来た」
「いや滅ぼさないでよ。せっかく創ったんだから。ここじゃないってところから来たって……ここで創ってたんでしょ? 何言ってるのか分からないよレイス」
口元だけニヤリと歪ませるレイスに、ゼロスは淡々と突っ込み素で返す。
「まぁ聞いて。ディスピリアは闇の中では眠っているけど、ひとたび外界の光によって目覚めれば、再び世界に闇が訪れるまで全てのマナを食い尽くすのだ。つまり、世界が無となり滅びるまで……。完膚なきまでの破滅のカタストロフィ。だがそれこそがこのディスピリアの存在する意味。まさに絶望!!」
「だからそんなの目覚めさせないでってば。というか、なんでそんなの創ったの?」
「それは……―――、えっと」
突然口ごもるレイス。
俺はレイスに助け舟を出してあげることにした。
「ゼロス。レイスはね、サタンとサンタを間違えてちょっと恥ずかしくなってしまったらしいんだ。そしてこの穴の中に逃げ込んできた」
「そうだったんだ。でも気にすることないよ。僕もたまに間違えるしさ。だけどそれでなんでディスピリアが出来るの? やっぱり意味が分からないよ」
ゼロスはレイスを慰めると再び俺に向き直った。
「うん。だけどレイスは穴の中でも思い出して恥ずかしくなっちゃったんだ。仕方ないから歌を歌って気分を誤魔化してたんだよね。そうしている内に段々と楽しくなって気分もノってきた。それで歌いながら創作をしたら、このディスピリアが出来たんだよね」
そう説明して、俺はレイスの歌っていた歌を口ずさんだ。
―――嗚呼 獄炎が身を焦がす(サクリファイス!)
お前の望みを教えておくれよ
切なく刹那に叫ぶ声は まるで切れかけた糸マリオネット
離さないで 放さないで 下弦の月が消えてしまっても
愛などいらない
もう 愛などいらない
ココロのココのとこロが叫んでる
血を吐きながら 世界は今 紅に染まる
クリムゾン・ナイト
闇の住人が目を覚ます 血の洗礼を受けながら
背徳のロザリオ そんなもの望んでなかった
ただ 暖かさに包まれていたいと 闇に眠る少女は まるで白き髪の眠り姫
城の中の幾百の 蝋燭が浮かび上がらせる髑髏
それは 約束された最後の騎士
願いは叶わない 想いは届かない
遠く 近く 夢と幻想の淵 深淵を歩く
見つめてくるお前は誰?
嗚呼 サクリファイス!(サクリファイス!)
「アインス」
それは絶望
ここが例え……
「アインス!」
「あ、ゴメンねレイス。どうしたかい?」
レイスの呼び声で俺は歌を止めた。
「聞いていたの?」
「うん。168番目の歌詞までね。全て聞いていたよ」
「……」
何故かレイスが沈黙し、目を泳がせた。
嘘だと思われたのかな……?
俺は言葉を変えて言い直してみた。
「さっきゼロスにも話していたんだけどね、俺はマナを感じ取ってこの世界を知り、その全てを大切な記憶としてこの胸に……いや、この幹に留めているんだ」
「……それ、忘れられる?」
「いいや。何万年、何億年経とうとずっと忘れない。全て俺の宝物だからね!」
「……」
「……」
その場に何故か重い沈黙が流れた。
軈てレイスがスンとテンションを下げたかと思うと、力強くゼロスに言った。
「―――ゼロス。ディスピリアはこの世に出してはいけない。封印しよう」
「うん。始めから僕、そう言ったよね」
「ん。ゼロスの言う通り、万が一にも日の目を見せてはいけない。誰にも知られないよう隠さないといけない。箱の見張りもつけよう。レイスの言いつけを絶対守る子を!」
突然物分りの良くなったレイスに、ゼロスは溜め息混じりに提案した。
「レイス、このディスピリアは本当に危険だよ。目を離してる隙に目を覚ましたら、本当に世界が滅びかねない。万が一の時の為に僕の天使を一体貸してあげるから、箱の中にディスピリアと一緒に封印しとくと良いよ」
―――こうして、箱の中に天使・フェミリアンが一緒に封印される事になった。
「アインス、絶対に言いつけを守るって、どんな子がいいと思う?」
「そうだね……レイスなら、どんな人の言いつけなら聞きたいと思う?」
逆に聞き返した俺に、レイスは少し考えて言った。
「分かった“お父さん”だ。アインスの言いつけならレイスは聞く」
「ゴブフぅッ!!」
「どうしたの?アインス?」
「な、なんでもないよ」
あ、危なかった。不意打ちは駄目だよレイス。
「じゃあ子供の守護者にする。レイスとゼロスみたいな双子にしよう。レイスは女神だからこの守護者のママになることにする」
―――こうして双子の魔物・ヴァンとドーラが出来た。
ヴァンとドーラは2体のアシッドスライム。
強酸で敵をやっつける事ができるらしい。
創り上げられて直ぐはモニュモニュと動くゼリー状のヴァンとドーラがったが、間もなく勢いよく伸び上がり、ゴシック調のドレスを身に纏う可愛らしい男の子と女の子に化けた。
そしてヴァンとドーラは無邪気に、健気に、嬉しそうに目を輝かせながらレイスに言う。
「くすくす。ママ。私ね、ママの宝物をきっと守るわ! ねぇ兄様」
「くすくす。ママ。僕ね、ママの宝物をきっと守るよ! ねぇ姉様」
「あら? 兄様の方が大きいでしょ? 兄様が兄様よ。くすくす」
「え? 姉様の方がお強いでしょ? 姉様が姉様だよ。くすくす」
互いを讃える為に言い争う仲のいい双子にレイスは声を掛ける。
「同時に生まれた。どちらも兄と姉で構わない。喧嘩をするな」
2人は手を繋いで跪いた。
「「はいママ。ママの言う通りにするよ(わ)」」
―――こうして、絶望と希望の詰まった箱はヴァンとドーラ監視の下で“暗い森”と呼ばれる地の奥に深くに隠されることになった。
暗い森の奥で、人の子の姿をしたヴァンとドーラはカモフラージュの為に家を立てたが、その本質はやはりスライム。
ジメジメとした水辺を好む2人は、箱と共に自分達の本体である核を、家の側の深い古井戸の中に隠した。
そしてその後はひっそりと、井戸に近づくものを排除し続け、言付け通り箱を忠実に守り続けたのである。
やがて、いつしかその箱は“神が絶望を仕舞った開けてはならぬ箱”と囁かれるようになり“ヴァンドラの箱”と呼ばれ始めるのであった。
あとこれは余談になるんだけど、この頃から何故か“世界樹の歌には邪神を退ける力がある”という噂が広まり始めた。
一体どういう事なんだろう?
俺にそんな力がある筈無いのにね。
―――井戸の魔物の童歌―――
暗い森の奥深く
古井戸がある小さな小屋に 年を取らぬ二人の子供が住んでいる
気を付けろ そいつは邪悪な魔女の子供達
グツグツ溶かされ食われるぞ




