歴史を巡る旅 ーカロメノス水上都市⑤ー
「うんっ、ありがとう」
イヴは金髪碧眼の少女に駆け寄り、笑顔で礼を言った。
だがふとクロは妙なことに気付く。少女の周りを通りゆく人々が大きく避けるのだ。
そして遠くで立ち止まってはヒソヒソと耳打ちを始める。
クロはそんな話に注意深く耳をすませながら、じっとイヴと少女を見つめていた。
イヴは相変わらず警戒心ゼロで声を掛ける。
「それは私のだよ。今、クロに買って貰った。綺麗でしょう」
「ええ……。あなた、旅人? 私を知らないの?」
「ううん、知ってるよ。指輪を拾ってくれた優しい人でしょ」
そう言って胸を張ったイヴに少女は呆れ、クロは苦笑して二人に歩み寄った。
「ありがとう、イヴの指輪を拾ってくれて。俺クワトロ。俺達、今日父さんとこの街に来たばかりなんだ」
イヴとクロの無垢な笑顔と自己紹介に、少女は肩を竦めて答えた。
「へぇ、今日来たばかりなの。私のことは本当に知らないのね。―――私はソラリス。私はこの街についてはよく知ってるわ。分からない事があれば訊いてもいいわよ」
ソラリスの紹介に、イヴは指輪を受け取りながら尋ねた。
「私はイヴだよ。ねぇ、ソラリス。さっきあそこで歌ってた歌は何なの? すごくきれいな歌だったね」
イヴの質問に、ソラリスは何かを思い出したように「あぁ」と頷くと、どこか得意げにスラスラと話し始めた。
「“聖樹の讃歌”ね。もう2千年も前に“声なし”と呼ばれた有名な吟遊詩人が歌った最後の歌よ。世界中から称賛を受ける程完成度の高い歌だけど、“声なし”はその歌について生涯“未完成作品”と言っていたそうよ」
「2千年も前……?」
「えぇ、この街はその“声なし”と深い縁のある街なの。だからここに集まる歌うたい達は、今でも“声なし”の歌をよく歌ってるのよ」
ソラリスの完璧な解説に、そっと彼女らを取り巻いていた人垣から小さなどよめきが上がる。
『え、聖樹の讃歌って未完成作品なの? 声なしの生涯をかけた傑作なんじゃ?』
『いや、ソラリス様の説明で合ってる。傑作と呼ぶのは今の歌うたい達だけで確か声なしの記録には……』
『誰だ、ソラリス様を剣術馬鹿なんて言ってたのは……』
そんな囁きをソラリスが睨めば、人垣は蜘蛛の子を散らすように去っていった。
険しいソラリスの横顔に、クロが苦笑を浮かべながら言う。
「ソラリスってこの街じゃ有名なんだね。ヒソヒソ話してる声だけで何となく分かったよ」
ソラリスはそんなクロに口を尖らせると、観念したように言った。
「そう。私はちょっと有名な貴族の家の子なの。だけど畏まらなくていいわ。隠すつもりはないから言うけど、私は私生児だから。5年前まではここの裏路地に近い下町で暮らしてたんだけど、剣の腕を認められてね。更に血が混じってるからって事で引き取られたんだけど、周りから教養だマナーだ喧しく言われてて正直面倒なの……」
暗い顔でそう言ったソラリスに、イヴはぽんと手を打った。
「なら、私達と同じだね!」
そう言って嬉しそうに笑ったイヴに、ソラリスは首を傾げる。
「同じ? あなたもどこかいいとこの子なの?」
「ううん。私はただのイヴだけど、2ヶ月前まで森の中で暮らしてたんだよ! 野生児なの」
途端、クロが吹き出しながら頷いた。
「あはは、確かにね。うん、そういう事なら俺達も森を出てから父さんに色々言われて面倒だね。確かにソラリスと似てるかもっ」
「でも私は面倒でも頑張るよ! もう大きなお姉さんだからねっ」
街の中でずっと好奇の目にさらされ続けていたソラリスは、二人の見当違いな反応に一瞬目を丸め、それからくすりと笑った。
「イヴにクワトロって言ったわね。あなた達面白いわね」
その言葉にイヴの肩がビクリと跳ねる。そして今までと打って変わって、しどろもどろにソラリスに尋ねる。
「……私って、変?」
「変ではないわ。―――ただ、可愛いとは思うけど」
ソラリスはそう言って、優しい笑顔をイヴに向けた。
イヴが不思議そうにそんなソラリスを見上げた時だった。
「っ!!? イヴ、戻ろう!!」
突然クロが耳を押さえながら、焦ったように早口でイヴに言った。
「どうしたのクロ?」
「ラーガから報せが入った。父さんが船に戻ってくるっ」
「!!!」
瞬間、イヴの目がカッと見開き、クロの腕を掴むと駆け出した。
ソラリスは驚いて二人の後を追う。
「え!? ちょっと二人とも何処行くの!? 待って! まっ……」
血筋と剣術の腕で引き抜かれ、体力には自信のあったソラリスだったが、そんな彼女もあっという間に二人の後ろ姿を見失ってしまう。
ソラリスは二人の走っていった方向へ尚も駆けながら、ポツリと呟いた。
「―――……くっ、凄いわね。野生児って」
◇◇◇
《シアン視点》
オレはてくてくと路地裏を歩き、二人の子供達が待つ小舟へと向かっていた。
「兄貴ぃ! お願いしますよ! 荷物持ちだって飯の支度だって何だってやるっすから! 俺も連れてってくださいッス!!」
「義足の奴に荷物持ちなんかさせられるか。それに俺の趣味は料理だ。よってお前に仕事はない!」
「そんなぁ〜、なら歌いますよ! ほら、俺って各地の民謡なんかを集めてる歌うたいで……」
「さっき聞いたけど下手くそだったじゃん!」
―――オレは何故か、一人の幼いエルフに言い寄られていた。
事の始まりは、たまたまならず者達に絡まれていたこのエルフを見つけ、助けた事。
光のエルフは見た目が良く希少で、戦闘能力にあまり長けていない為、こういった事件に巻き込まれやすいのだ。
だからオレは「またか」程度の気持ちで救助しただけだった。
それが……。
「こ、こう見えて俺強かったりするかもっすよ!?」
「見え透いた嘘をつくな。オレ一応神官職の資格もあってスキル確認できるんだからな」
「げ……エッチ……」
げ、じゃねーよ。
因みにこいつのスキルは先程すでにチェック済みで、次の通りになっていた。
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種別 光のエルフ
名前 ミカエル
Lv 13
職業 考古学者
HP: 43/43
MP: 133/133
筋力:32
防御:28
敏捷:12
知力:311
器用:62
魅力:191
幸運:15
スキル:【なし】
加護:【闇の祝福】
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ハッキリ言って雑魚だ。
エルフは古より、神からの祝福をその身に宿し生まれてくるといわれている。
その祝福とは【風】【熱】【水】【土】【光】【植物】そして【闇】だ。中でも闇の力は呪われた力と言われ、神により封印を掛けられた属性である。
呪われたその力は、極めたところで【迷彩】程度の力しか発揮せず、その祝福を受けたエルフは生まれながらの落ちこぼれとして烙印を押されていた。
つまりコイツは光のエルフの容姿を持ち、義足という身体的ハンデを持ち、更に授かった能力は【闇】という雑魚中の雑魚。本当にトータルで見て可哀想なほど運のない奴だと思う。
同情の余地は幾らでもあるが、同情だけでこれからの旅に便乗させるわけには当然いかなかった。
「悪いけどな、オレはこれから家族水入らずの旅をするんだ。ぶっちゃけて言うとオレは有名でな。財をなげうってでもオレの旅に同乗したいって奴は、お前以外にも何十人と居るんだ。だからここで例外は作らねーよ」
「ならっ!!」
オレはキッパリと冷たく断ったのだが、エルフは引き下がるどころか更に詰め寄ってきた。
「ならっ、このカロメノスを出るまででいいす! 俺の知り合いを連れて一緒に街を出てくださいっ! お願いしますっ!!!」




