別れ、そして森への誘い(いざない)②
それから俺達は想定通り、誰にも見向きされることなく人だかりを抜け、のどかな野道を手を繋いで歩いていた。
子供達は流石シアンの子と言うべきか、休憩を挟まず歩いても疲れた様子は見せず、退屈を紛らわす為に鼻歌なんか歌い出す始末だ。
そして港から半日程歩いた頃、一本だった道が二つに別れた。
片方はディウェルボ火山への道。もう一つは山脈を迂回し、山を越える為の道だ。
俺は後ろ髪を引かれるのを感じつつ、この心地の良い道連れ達との別れを切り出した。
だってシアンは『家族水入らず』で旅をしたいって言ってたんだからよ。
「ここまでくりゃもう平気なんじゃねぇか、シアン!」
「おお、サンキューなキアラ。しかし凄いな。お前と手を繋いでるだけで、本当に誰にも気付かれずにあの人だかりをすり抜けられるとは」
「まぁな。気づかれにくい体質なんだ! この体質のせいでちょっと悲しくなる時もあるが、お前程歓迎されるのも考えものだって思ったぜ!」
俺は鼻をこすりながら強がりを言うと、片手を上げてくるりと踵を返し、山脈の迂回路に足を踏み出した。
「じゃーな、シアン! それにイヴちゃんにクワトロも元気でな!」
俺は別れるとき『またな』とは言わない。
どうせ忘れられるからだ。
だけどシアンは言った。
「おぅ、またなキアラ!」
俺は苦笑をこぼしながら頷いた。
きっとまた会えた時は忘れてんだろうけどよ……。そう思いながら俺は首だけ回してニッと笑い返した。
「また見かけたら声かけるゼッ! そんときゃよろしく! じゃーな!」
見つけるのはいつだって俺だ。そして俺は誰にも見つけてもらえない。……分かってるさ。
俺は小さく息を吐き、今度こそシアン達に背を向け歩き始めた。……その時だった。突然、俺の肩がガシリと掴まれ、振り向けばすぐそこにシアンがいた。
「ん? どうした、シアン。忘れもんか?」
俺が首を傾げると、シアンは至極真剣な顔で俺に言ってきた。
「オレはお前のそんな体質(?)を凄いと思う。だけどさ、もしお前がそのせいで誰からも覚えられなくて、どうしようもないくらい本当に寂しくなったら、聖域に行ってみろ」
……聖域? あの【始まりの大陸】にあるとか言われる大森林の事か?
「なんだよ突然。“聖域”って【入らずの森】の事か?」
「そうだ。入らずの森の奥深くに、この世界の全てを記憶する大樹様がいらっしゃる」
「大樹様? もしかしておとぎ話に出てくる“世界樹”か?」
世界樹といえば、おとぎ話の一つ“黄昏の天界戦争”に登場する、雪の降る夜に金色に光り輝く奇跡の大樹だ。
そんなものを大真面目に話し出すシアン。
「あぁ。例え誰が忘れても、世界樹様は何一つ忘れない。どんなちっぽけな事だって、全ての歴史をそれは大切に覚えていらっしゃる。そして誰がどんなに否定しようと『お前はこの世界の一部なんだ』って、きっとお前に教えてくれるから」
何を言ってるんだ? シアンは。
「い、いや? だがあそこは森のエルフやら化け物共の住処だ。仮にそんな物があるにしろ、そんな人外の領域に俺が踏み込める筈無いだろ」
俺はそう言って頭を振ったが、シアンは俺の肩をポンと叩いて笑った。
「利益を求めず誠実さを持って臨めば、森はいつだってオレ達を歓迎して招き入れてくださる」
「森が? あぁ、まぁ機会があれば行ってみるぜ。お前こそちゃんと紹介した病院にいけよ?」
「あ、あぁ。……でもまぁ、一応主治医がいるから……そっちに聞いてからにするな」
それから俺はシアン達と別れまた一人、慣れ親しんだ寂しさを噛み締めながら道を歩き出した。
―――本当に寂しくなったら……か。
そんなん、いつだって本当に寂しいさ。
俺は空を見上げ、なんの気無しにポツリ呟いた。
「……俺なんかが行っていいのかい?」
その時だった。
『―――勿論だよ キアラに会えるのを 楽しみに待っているよ』
俺は思わず足を止めた。
「?」
空耳か?
不思議に思い辺りをキョロキョロと見回したが誰もいない。
いや、聞こえたわけじゃない。突然胸の奥にそんな言葉が浮かんできたんだ。
「……。……行ってみようか。聖域に」
そう口にした時、俺はなんだかとても楽しみな気分になった。いつも感じていた寂しさすら感じない。
俺はあの子達のように鼻歌を歌いながら、足取りも軽く歩き始めた。
◇◇◇
―――こうして、シアンの紹介でキアラは聖域を目指した。
そして実の親にすら存在を忘れられる苦境にも負けず、真っ直ぐに歩み続けたキアラは、後に辿り着いた聖域でシアンが言った通り歓迎され、受け入れられた。
特にこのキアラを気に入ったのが、何とこの聖域の中で最もプライドが高く気の強い【森のエルフ】達だった。
森にはその日も、熱意溢れる森のエルフの声が響き渡る。
「キアル殿っ! 今日こそこのティティンが見つけて見せますよ! さぁ、何処ですか!?」
「ここだぜ。あと、キアラだぜ!」
「ふぉ!?」
すぐ背後からキアラに声を掛けられ、長い黒髪を揺らす森のエルフティティンは跳び上がってくぐもった悲鳴を漏らした。
キアラは森の恵みがたっぷり詰まった籠を抱えながら、カラカラと笑った。
「探すも何も、俺はずっとここにいたぜ。ってかさ、なんでティティン達はそんなに俺を探すんだ?」
「今更何をおっしゃいます!? キララ殿は隠遁の達人で御座います! キリク殿を見つけ出す訓練は、私達の索敵スキルを大幅に向上させる事になるのです。ご迷惑でしょうがどうぞお付き合いお願いしますっ!」
「―――そっか。……いいや、迷惑なんかじゃないぜ。いつか俺を見つけてくれよなっ! あと俺はキアラだぜっ!」
猪突猛進な熱血森のエルフ達は、そう言って目をキラキラと輝かせながら、入れ代わり立ち代わり飽きることなく、毎日キアラを探し続けていた。
そして相変わらずなかなか名前は覚えて貰えていないが、森のエルフ達に探し回られるながら、穏やかに森での日々を送るキアラはとても嬉しそうだった。
……まぁ、それはまだ少し先の話なのだけれど。
◇
ともあれ、キアラと別れたばかりのシアン達は、途中の村に立ち寄ることなく、野宿をする準備を始めた。
イヴとクロにもう一度“人間の常識”を復習させてから、人里に入ろうとでも思ったのだろう。
ジャック・グラウンドで過ごしてきた3人には、野宿とは案外慣れ親しんだライフスタイルの一つでもあったため、特に苦に思うことなくテキパキと準備が進められた。
イヴが狩りに行っている間にシアンが断熱結界を張る。そしてクロが薪を集め火を起こし、枯れ葉を集めて簡易ベッドを作った。
そして香草と塩をふりかけた串肉を火で炙りながら、3人は火を囲んで神妙な顔で話しだす。
「いいか、二人とも。―――人間はな、空が飛べない」
「えぇ!?」
「そうだよイヴ。俺も飛べないよ。常識だよ」
「それから八歳の子供はな、垂直飛び……いや、ジャンプしても50センチ以上跳べない」
「「えぇ!!?」」
「常識だ」
「「……っ」」
絶句する二人と深い溜め息を吐くシアン。
……なるほどね。
買い物にはお金という物が要るんだよ、とか以前の問題だった。
普段一夜漬けなどしないシアンだが、この時ばかりはカロメノスに着くまでの10日間、夜が更けるまでシアンの話は続いたという。




