神は八百万の神々を創り賜うた
今回は、ゼロスのお話。
ゼロスが新しいジョーロで俺に命の水をかけてくれている。
俺は黙々と水を注ぐゼロスにポツリ声をかけた。
「ゼロス、何か考え事かな?」
「え? ううん。別に……、―――いや、やっぱりアインスには分かっちゃうんだね」
ゼロスは肩をすくめながら、観念したように言った。
だけどただの樹である俺には、そんな心情を察する能力なんてない。
たださっきから命の水をかけてる場所が、俺の枝で休めていた神獣フェニクスの頭だったから言ってみただけなんだよ。
―――こうしてフェニクスは本来の強さに加え、体が燃え尽きようとも数万回程度の再生能力を得て、ギドラスを除いた神獣最強となったのだった。
「実はね。僕は今、天使達でちょっとした実験をしていたんだ」
「そうだったんだね。最近、忙しそうにしているなと思ってたんだ。一体どんな実験をしているのか聞いてもいいかい?」
「うん、行き詰まってるんだけどね。ま、どんな実験かといえば先ず、僕は天使達に今まで色んな記憶をずっと記録し続けてきたのは知ってるよね。歌や音楽なんかの芸術はもとより、レイスからは魔法、精霊からは世界史といった風にさ」
そうなのだ。ゼロスはこの美しい8体の天使達を、これ迄ずっと大切にしてきた。
自我が無いので目立ちはしないが、魔王ラムガルと共に創られた時から、ずっと共に歩んできた者達なんだ。
「知ってるよ。ゼロスが創り出した物全てを、とても大切にしている事もずっと見てたからね」
「ふふ、それでね。ある時を堺に、未来に起こる事以外の全てを教え尽くしてしまったんだ」
なんと!!?
「凄いね。それはとても頑張ったね」
「そしたらこうなった」
ゼロスはそう言うと手を天に翳した。
すると直ぐに、音もなく8体の天使達がゼロスの後ろに舞い降りてきた。
そしてその内の一体の天使が、天上の歌声を響かせる至高の声で流暢な言葉を発したのである。
「お呼びでございましょうか。ゼロス神様」
「ああ、アインスにお前達の事で少し説明をしようと思っただけだ。シェル以外はまた謳っておいで」
「「「「「「「畏まりました」」」」」」」
天使達はシェルを残し、再び音もなく飛び立って行った。
「シェル、何かアインスと話してみて」
「はい」
シェルは応えると、最上の笑顔を浮かべて俺に優雅にお辞儀をし、歌うように喋り始めた。
「お久しぶりにございます世界樹アインス様。こうしてお言葉を交わさせていただくのはお初となりますね。先ずは自己紹介をしたいと思います。私はメゾソプラノ担当のシェルでございます」
「うん、よく知っているよ。いつも素敵な歌をありがとう。皆の綺麗な歌声を聞くと、いつも心が幸せに包まれるんだ」
「至上の褒め言葉にございます」
「それじゃあ一つ質問をいいかな? シェルの好きな歌は一体何だろう?」
「私はゼロス神様よりお教え賜った歌はどれも大好きなのですが、私が何より大切にしている歌は“リリマリスと風の讃美歌”で御座います」
そう言ってシェルは自分が一番好きな歌の一節を歌ってくれた。
歌が終わるとゼロスが得意気に俺に聞いてくる。
「どう?」
「驚いたよ。完全に自我を持っているみたいだ。魂が無いとは到底思えない」
それにシェルを含め天使達の容姿はレイスにそっくりである。それが表情豊かにしゃべる様はとても新鮮だった。
「そうでしょ」
俺の答えにゼロスは胸を張って頷いた。
「魂が無くても一定量の記憶情報と命令パターンを詰め込めば、自我は無くてもこうしたやり取りが十分出来るんだ」
「それは楽しいね。もしかして今後は魂ではなく、天使達みたいに記憶を沢山入れた創造物を創ろうと考えているのかい?」
「えへへ、実はそうなんだ。そうすれば魂の約束に引っかからない“永遠”の存在を幾らでも創れるからね」
「なる程。だけど“幾らでも”だなんて、そんなに沢山の子達にそんなに膨大な記憶を入れるのは大変そうだ。随時記憶の更新もしないといけないのだろう?」
「そう、そこなんだよ」
ゼロスはそう言って肩を落とした。
「天使達をここまでするのに大体2万年かかった。それはいい。ここまで蓄えた記憶や、命令パターンはコピーに使えるしね。どけど問題は未来の新情報の更新だ。天使達くらいの数ならいいけど、増やすとなったらとてもじゃないけど追いつかないよ」
うーん。一体どれ程の数を創ることを想定してるのかだろう?
俺はそんな疑問をちょっとだけ浮かべながら、ゼロスの悩みを聞いていた。
「うーん。確か魂の役目というのが、手に入れた新たな情報を過去の記憶と繋ぎ合わせ、それを元に人格を形成していく事だったね。……だけど逆にそれがないとなると、一体何が出来なくなるんだろう?」
「全部だよ。新しい情報自体を手に入れられない。望むということをしないからね。それに仮に情報を吸収できたとしても、魂による人格形成がないと100の情報全てに同等の価値を置いてしまうんだ。取捨選択による新たな記憶の構築というものが出来ず、ただの記録になってしまうんだよ」
そんなゼロスの説明に、俺はふと違和感を感じた。
「全ての情報に同等の価値を置くという事はいけないことなのだろうか? 俺はこの世界の全てを知りたいし、全てがかけがえの無い大切な事と思ってる。ゼロスは取捨選択による記憶の構築と言うけれど、俺にとっては捨てるべき事象なんて無いんだよね」
「まぁ、取捨選択は言葉の綾だけどさ……―――というか、ちょっと待ってよアインス。アインスにはこの世界の出来事が全部分かってるだって? 一体どうやって?」
ゼロスの質問に俺はそよりと葉を揺らした。
「それはね、この世界に溢れてるマナを感じるんだよ。マナは大気や水、砂の一粒、生命の躍動にまで含まれているよね。そのマナは動きや流れを感じ取れば、自ずとこの世界の全てが分かるんだよ。……とはいえ、あくまで分かるのは事象であり、流石にその仔達の心の奥底までは分からないのだけどね」
それに俺はこのマナの流れを動かす術も知らないし、やる気も無くて知る気もない。
世界の出来事を知ることは出来ても、干渉は出来ないのだ。
俺の話しにゼロスはスッと目を閉じ静止した。
きっとマナを感じようとしているんだろう。
軈ていくらかの時が経ちゼロスは目を開けた。
そして眉を寄せて言う。
「はぁ、世界には雑音が多すぎるよ。僕にはとても聞いてられない。アインスはいつもこんなのを聞いてるの?」
「そうだよ。この大地に1株のハーティの草が出来たときからずっと聞いてる。俺は大好きなんだ」
そう無音の闇の中の恐怖を知る俺にとって、このマナの鼓動は1つたりとも聞き洩らしてはいけない、かけがえの無い宝物だった。
「ふーん。凄いね。アインスは」
「樹にはこのくらいの事しか出来ないんだよ」
俺は答えたが、その時にはもうゼロスは既に別の事を考え始めていたようで「へぇ」と生返事だけが返された。
俺はゼロスの思考を邪魔しないように、風に揺れる葉を気合で止めてみる。
樹に出来ることはこのくらいしかないけれど、出来る限りゼロスに協力したいからね。
「―――成程。取捨選択をしない、か。……待てよ? これってもしかして、ちょっとプログラムを書き換えたら行けるんじゃない?」
お、何か考えついたのかな?
「そうだよ。望まなくていい。取捨選択する必要ない! 始めっから全てを手に入れ、その際に必要な情報だけを理解できるようにすれば良かったんだ。濾過だよ。逆の発想! それしか理解出来ないようにしておく!! そうすれば既存の処理能力の範囲を越えなくて済む!」
「表情が明るくなったね。何を思いついたんだい?」
「うん! 無理なんかじゃなかった。ただ単純に、僕の組んだ処理能力設定が低くて、不効率だから出来なかっただけ。だけど、1から組み直さなくてもいい方法を思いついたの!」
ゼロス曰く、俺みたいに全てのマナを感知し、処理できたら1番理想だけど、それは今の設定では能力不足で出来ないんだそうだ。
だけどその代案に考えついたのが究極の取捨選択。全ての中から、それ以外を捨てるんだそうだ。
つまり、先ず天使の記録をベースにした創造物を創り、その後その上に新規の情報を入れていくのだが、今後は1つのキーワードに関連する情報だけしか拾えなくなるということらしい。
とにかく今回は実験と言うことで、ゼロスは“酒”をキーワードにしてみたそうだ。
―――こうして創られたのが、魂を持たぬひとりの男。
天使の記憶ベースで流暢に話し、新たな記憶は酒に関連することばかり覚えてゆく。
そして本人も酒好きな上、いくら飲んでも酔わなかった。
永遠の肉体と膨大なマナを持つ酒好きのその男は、ゼロスによってバッカスと名付けられた。
ゼロスはバッカスの観察を続けながら、俺にポツリと尋ねてくる。
「うーん、総称はどうしよう……? ねぇアインス。他はダメだけど、あるジャンルで飛び抜けて凄い知識や、知恵を持つ人の事ってなんて言うのかな?」
「うーん、ネ申……かなぁ。賞賛と、ちょっとした冷やかしを込めて」
「ね、シン?」
おっと、ついスラング用語が口を突いてしまった。
「いや、ごめん。ネ申……つまりカミだよ」
―――こうして、八百万の神の始めの1柱が出来たのだった。
この時から、天使達からコピーされた記憶は金色に光る結晶に加工され、その黄金の玉は“神の種”と呼ばれ始めるようになった。
そしてまた神の区別も付けるため、この頃からゼロスとレイスは“創造神”や“主神”又は“絶対神”等と最高峰を表す呼び方をされるようになり始めたのだった。
こうして地上に降りたネ申々は、世界中の情報をその身に一身に受けながらも、敏感に今最も胸アツの場所を嗅ぎ分け、各地に不思議な逸話を残していったのである。
そう。例えばとある地方に伝わるこんな逸話。
“昔むかぁし、ここらのあるワイン農家にふらりと謎の男が現れた。
男が「ここのぶどうは、いいなぁ」と呟いてぶどうにキスをするとぶどうが黄金に輝きだし、そのブドウからは黄金のワインができあがった。
農家の夫婦は驚いてそのワインを飲むと、それはまさに天にも昇る味だったそうな”
……成程。
不思議な掴み所のない民謡とは、こうして出来上がって行くんだね。
この話に登場する八百万の神々は、あくまで“ネ申”、という種族と、カテゴリーします。
創造神と、八百万の神々は、親戚でも身内でも、何でもありません。
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