秘密ね
イヴが魔法を発動させた瞬間、世界は色と形を失い、代わりに光に包まれた。
だけど不思議と、目の前のそれが何なのかは分かったし、光となった音も理解する事ができた。
目の前に広がるうねる銀色の光は海で、周囲に揺れる銀色は大気、空に浮かぶは雲。海から高くそびえる銀色の柱は、巨大な海竜達の首。
そして、俺達の立っている金色の光は船体で、遠く見える金色はジャックグラウンドに茂っていた木々。俺自身は金色と銀色が入り混じっていた。
よく見ればその光の一つ一つが不思議な文字のような形をしていて、光は絶えず流動をしている。
―――不思議な世界。これが俺達の世界……。
光となった俺は、同じく光になったイヴに声を掛けた。
「凄いね、これが神様の書いた世界のプログラム……神様の見てる世界?」
俺が声を出せば、突然俺という光が激しく流動し、同時に目の前の銀色の大気が勢いよく弾けた。
光で出来たイヴもまた、同じ様に周囲に大きな影響を与えながら俺に言葉を返す。
「そうだよ。今回必要無いから見えるようにしてないけど、この隙間に【マナ】が万遍なく入り混じってるの。―――私にはこの文字が読めないけど、ルーン文字で調整しながらこの隙間に混じったマナを動かせば【魔法】になるんだよ」
とんでもないレベルの説明を、いとも簡単な事のように話すイヴ。
だけどその声による影響は、俺が喋った時と同じくらいしか世界を動かさなかった。
俺はポツリとイヴに聞く。
「こうして見ると、イヴって俺と変わらないね?」
「当たり前だよ。私もクロもまだ子供なんだから」
「そういう意味じゃなくて……。イヴってもっと凄いかと思ってたから」
するとイヴはキョトンと首を傾げ、直後「あぁ」と頷いた。
「まぁ私は強いからね。……だけど、いくら強いからって“世界への影響力”とはまた話は別だよ。私が海を割ろうと力を出しても、それに反発した海竜がそれを相殺すれば海は凪いだまま。でもその同時刻、クロが吐いた小さな溜息が発端で大気のうねりを産んで、それが一週間後に嵐となって一つの島を沈めてるかもしれない。―――昔、フィルも言ってたよね。『強さは必要だけど、いくら強くなったって結局どうにもならないことがある』って」
「……言ってたっけ?」
「言ってたよ。ほら、火山の祭壇で皆でお供え物食べてた時」
……あぁ。あの時は確か、泥棒をしてるみたいで気が気じゃなくて、話どころじゃなかったんだ。
俺は「ふむ」と頷いた。
何にせよ、どれほどイヴが強くなったところで、俺とイヴはいつだって対等でいられると分かったことが嬉しかったのだ。
俺がこっそりとニンマリ笑っていると、イヴが銀色の空中をじっと見つめて言った。
「―――それで薬局の……じゃなくて、レイルさんの魔法だけど……確かに混じってるね。グレイパープルの光が見える?」
イヴに突然本題に戻され、俺は慌てて顔を引き締めると、同じ様に空中を見た。
……言われて初めて気付く程の薄っすらとまばらに……だけど確かに紫色の光が“世界”に混じっていた。
俺はふと思い立って鞄から薬瓶を取り出した。
するとその薬瓶は、ハッキリとした紫色の光で出来ている。
イヴもその薬瓶を覗き込みながら言った。
「その薬瓶にも魔法が掛かってるね。このコードから読み取るに“中身が空になるまで”の指定で“強化”の魔法だよ」
「へぇ」
俺がついでに薬瓶を煽り空にしてみると、イヴの言ったように紫色の光は砂が波に流されるようにサラサラと消えた。
イヴはまた空中を見ながらブツブツと呟く。
「―――その薬瓶は【ルーン文字】で書かれてるけど、世界に混じってるのは【神の文字】だね。……レイルさん、神の文字も使えるんださすが薬局屋さん。今度会えたら神の文字を教えてもらいたいな。あと薬の調合」
……なる程。薬局を開くには神の文字を使えるくらいにならないといけないんだ。
俺、本当に外の世界でやっていけるのかな……。
俺がまた自信を喪失して深い溜息を吐いた時、俺達のいる下の方から父さんの怒声がした。
「っ何をやってるんだ!! 何なんだこれっ」
俺とイヴは慌てて身を乗り出して下を覗き込む。
すると甲板の上で驚き慌てふためく金銀の入り交じる船員の人達と、銀色一色の父さんがいた。
イヴが父さんに叫び返す。
「あ、シアンー! 何って、解析魔法で世界のコードを見てるだけだよー!」
「世界のコード……? よく分からないがすぐにやめなさいっ! みんなビックリしてるからっっ!!」
イヴは一瞬キョトンとして、すぐにサッサッと手で払う仕草をして解析の為の魔法陣を消した。
すると途端に光は消えて、世界は再び色を取り戻し元通りになった。
「二人ともっ! 取り敢えずすぐに降りてこいっ!! 今すぐ!!」
世界は元に戻ったが、父さんは尚もそう言って叫んでいたので俺達は顔を見合わせ、マストを降りることに決めた。
そして俺は先に展望台の縁を跨ぐイヴに声をかける。
「イヴは悪くないからね。俺がやってって言ったんだ。父さんにもちゃんと俺そう言うよ」
だけどイヴは首を横に振って、予想外の答えを返してきた。
「駄目。言っちゃだめ。―――いい? クロ。レイルさんの事はシアンにも誰にも言っちゃだめだよ」
「なんで?」
するとイヴは少し沈黙し、俯きがちに俺に言ってきた。
「……ガラムおじさんがね、レイルさんのこと嫌いなの。訓練の時もあの人の話をすると、凄く不機嫌になってね……。それにガラムおじさんだけじゃないよ。他の人達もそうなの。シアンはレイルさんの事が嫌いじゃないけど、みんなとも仲がいいからシアンはみんなに話しちゃうかもしれない……」
その言葉に、俺もふと考えた。
……確かに父さんなら、悪意なくポツリとこぼすなんてこともあるかもしれない。
「なる程。それでイヴはもしそうなった時、レイルさんがまた皆に『何してるんだ』って意地悪な事を言われるかもしれないって心配してるんだ」
「心配っていうか……。本当は優しいのに、上手く仲良くなれないからって皆に“悪魔”とか“邪神”とか言われるのは、きっと嫌な気分になるかなと思って……」
……邪神……ってなんだろう? 薬局屋さんに“邪神”なんて言う人いないと思うけど……まぁいいか。
俯くイヴに俺は頷いた。
「いいよ。じゃあレイルさんの事は言わない。だけど俺がイヴにやって欲しいって頼んだって事は変わりないし、そこはちゃんと父さんに言うからね」
「うん。それならいいよ」
イヴがホッとしたように頷いた時、また父さんの声が響いた。
「早くっ! 降りてこいっ!!」
「「はーいっっ!!」」
俺達は声を揃え返事をすると、慌ててマストを降り始めた。そしてマストの縄梯子を降りながら、俺は契約紋を通じて俺の獣達に号令を送った。
“―――みんなも言わないでね。”
俺の獣達が父さん達に話すなんてことは出来ないのは分かってる。
だけどルドルフには話せるだろうから保険と……後は何となく仲間意識の為だった。
◇◇◇
――――再び緑を取り戻した森の奥で、俺は俺の根本に立ち尽くしていたマスターに声を掛けた。
「そっこーでバレたようだね。だけど二人は黙っていてくれるそうだし、どんまいっ」
「……」
途端、俺はギロリとマスターに睨まれた。




