親族会議(※血の繋がりはない)②
少し気まずい空気になったものの、また精霊王が指を立てていった。
「まぁそんな感じで分かるようになってるようだね。ブラックジョークに加えてクロノス様は賢者が嫌いだからね。小坂賢人は“小賢しい賢者”ってとこかな? 名前だけじゃなく、設定の端々にも悪意を感じるよね」
ガラムもその言葉にコクリと頷き口を開く。
「まあ、やつが面倒を見るとも思えぬから小坂賢人は、皆でマークすればいいだろう。そして私の写し身が御徒屋真央ということか。―――うむ。多少は出来るように設定されているようだから、相手にとって不足はない」
「多少出来る? あの、相手にとってって……【魔力開放】のギフトの事ですか?」
「いや、家庭科部の方だが」
「あぁ、そっちですか」
―――そんなやり取りをする彼等を見て、俺はふと思った。
まだ見ぬ転移者の御徒屋真央の名前。多分これ『お母さ(ちゃ)……。……じゃなくて魔王様』的な会話のワンシーンを切り取ったネーミングではないだろうか……? いや、違うかもしれないよ? だけどガラムの部下は、彼をよく間違えて“お母さん”と呼びそうになる。
まぁそんな余談は兎も角、精霊王がポツリと言った。
「聖浄院光香は“聖女”だよね。あの子は影が薄いから“ここに居るよ”って意味で光香なのかな……? だとすればちょっと切ないね」
そう。人間達からは持て囃される聖女だが、少し裏側の歴史を知る者達からすれば、聖女はかなり影の薄い存在なのであった。
それから精霊王は気を取り直した様に顔を上げると、にっと笑って言う。
「ま、聖浄院光香については勇者に面倒を見させよう。今代のイムには事情を報せてないから。聖女の対である勇者を充てるのが妥当だろうね」
そう。現在この場に来れてはいないが、勇者もまたあの約束の時に神々に呼び出された者の一人だった。
だが、精霊王の言葉にふとシアンの眉間にシワが寄る。
「……ん? 勇者サマに面倒なんて見れるのですか? 転生時に記憶が消滅してる筈ですよね?」
「「「「……」」」」
「……え?」
周りの者たちが、無言でシアンを見つめた。
そしてとうとう呆れ果てたように精霊王が溜息を吐いた。
「……今更? 勇者は【黄昏】として既に目覚めてるよ?」
「え……でもどうやって?」
困惑するシアンにガラムが説明をする。
「私が教皇アスモディア達と手を組み、少し細工をした。……そしてそれは、この神子計画が神々から降ろされてすぐ、世に生まれる落ちる前の勇者と事前に打ち合わせして、計画をしていたのだ」
「……え、叔父さんがちょくちょくジャック・グラウンドを離れられてたのってもしかして?」
「うむ。様子見がてら差し入れにな」
「へぇ。相変わらず仲いいですね……」
シアンはそれ以上何も言う事無く、静かに頷いた。
そんな様子に、コーヒーカップに息を吹きかけていたシェルも、若干呆れ気味にポツリと零す。
「スレでもポツポツ発言してたでしょ? “テイマー資格が取れない”だの“ハーレムになりそう”とか言ってたのあの子じゃない?」
「うむ。詮索はせぬがおそらくな。私が通信魔具を渡しておいた」
シアンはまた何も言う事無く、静かに頷いた。
シェルはそれからコーヒーを一口啜り、指を顎に当てて少し考え込む仕草を見せた。
「……そこまでの予測は出来たとして、もう一人のあの子は一体何なのかしら?」
「もう一人……“梶谷萌絵”の事?」
精霊王が尋ね返せば、シェルはコクリと頷いた。
「他の子達は、ある意味この世界の【柱】とも言えるメンバーがコピーされてる。だけどこの子は例外よ。少なくとも、私の知る個人にこんな子はいないわ」
その言葉で、コピー対象から外されていたシアンの目に、一瞬だけ少し寂しげな光が過ぎった。
シェルは気付かず話を続ける。
「つまりこの子こそが、この転生者メンバーの中で【イレギュラー】的存在。……誰かこの子に似た人格者を知ってる?」
「梶谷萌絵? カジヤ……モエ……うーん」
ガラムやルドルフ、そしてクリスティーは知らないと沈黙し、精霊王も懸命に自身の数千年分の記憶を探る。
……と、その時シアンがおそるおそる小さく手を上げた。
「あの……」
「何よシアン。思い当たる人がいた?」
シェルの素で威圧的な問返しに、シアンは若干身構えながら口籠りつつ答えた。
「あ、……の、いえ。思い当たる人物はいないんですが……寧ろその逆と言いますか……」
「ハッキリ言いなさいよ!」
シェルに睨まれ、シアンは背を伸ばして慌てて発言を始めた。
「はい! えっと……先ずは梶谷萌絵の人格説明にこのような事が書かれてました。“オープンなオタク。オタクであることに自信を持っていて、興味のあることへのこだわりが半端ない。アニメ討論部(非公認)所属。【ギフト】鍛冶・錬成”と。―――名前、性格、それにギフトを見る限り【ドワーフ】の種そのものを指しているように感じたんです」
シェルが首を傾げる。
「確かにね。だけど断定はし辛いわね。種そのものを指すとなれば括りが広すぎるし、そもそもドワーフ達にオタクは居ないわ。それなら楽園のターニャの可能性も出てくるわ」
シアンは首を振った。
「いえ、“オタク”とは本来一つの物事を極めようとする者のことを言います。まあ、アニメ・漫画とやらにのめりこめばターニャのような感じに仕上がりやすいですが、ドワーフ達は言ってしまえば鍛冶おたく。生まれながら神に鍛冶職人として生み出されたのです。―――そしてその性故に、過去に一度も楽園や冥界に踏込んだ者が居ない。……ドワーフ達は腕を磨く事に心血し、その魂を磨く事は疎かにしがちなんです。そして稀に拾い上げれたとしても、皆『野暮なこと聞くなよ。未練なんかあるはず無いだろ? ―――あぁ、忘れてた。最後にスコッチを一杯だけ貰おうか』とか言って、ダンディーに去っていくのです」
シアンの言葉にシェルは何か考える様に黙りこみ、代わりに精霊王が引き継いだ。
「つまり……シアンが呼び出せる“腕のいい”ドワーフは居ない。顔の広いシアンでさえ、繋がりのない……思い当たりのない存在だって事か」
「はい。歴代の彼等の中でのトップ技術を持つ者と言えば【巨匠・ガーランド】、【混血のガルダ】、【ギルディボ・グクス兄弟】辺りですが―――まぁ、呼び出しに応えるどころか反応すらしませんね」
そう言って肩を竦めるシアン。
その時、ガラムが深い息を吐いた。
「―――なる程。それでだいたい繋がったな」
「何か分かったんですか? 叔父さん」
シアンが顔を上げてガラムを見れば、ガラムは脚を組み直し、低い声で話し始めた。
「うむ。先ずクロノス神のその能力の真髄は知っているだろう? それはかの腐れ賢者をも上回る【演算能力】だ。それによってクロノス神は、起こりうる全ての未来を知っている。―――裏を返せば、何かが起こってしまった時に、何が必要かを知っているという事でもある」
ガラムの憶測にシアンは目を見開き、シェルは同じ答えに至っていたのか静かに頷いていた。
「何かって……、一体何が起こると?」
「それは分からぬ。そしておそらく、尋ねたところで素直に教えてなどくれぬだろう。だがキールの例もある故、最悪の事態を想定しておく事に越した事はない。そしてそれが起こってしまった時、さっきシアンが言った“トップクラスの者達”……もしくはそれ以上の神域の技術を持った【鍛冶職人】が必要になるという事だ」
……そう。【時の神】である最高の頭脳を持ったクロノスと、最高のマナ保有量を誇るマナ・カイロスは、この世界に於いて【傍観者】と定められている。【時の神】でありながら【時】を己の采配で操作する事を主神から禁じられているのだ。
ただしクロノスとマナ・カイロス達も主神達以外に従う義務は無く、鬼畜レベルのダンジョンを攻略してきた者と、気紛れに言葉を交わすのがせいぜいだった。
そして今回の件も、詳細を尋ねたければ鬼畜ダンジョンを攻略せねばならない……。
「では、梶谷萌絵については、育てる方向で行くということですね」
「うむ。現状それが妥当だろう。―――【時のダンジョン】は私といえど、片手間に挑めるようなものではない。だから一年後となれば時間が足りぬ」
シアンも頷く。
「この内容はスレでオープンに尋ねる訳にはいきませんし、尋ねたところで【傍観者】のお二人が素直に答えてくれる気はしませんからね」
かつてシアンは時のダンジョンに一度だけ挑んだことがある。
クリアしたのは初級編だったが、それでもその責苦とでも言わんばかりの設定の酷さは身に沁みて知っていた。そして掴み所のないクロノスとマナ・カイロスの性質も。
シアンに同意する様に皆が頷いたところで、またシェルとクリスティーがコーヒーを啜りながらぽつりぽつりと意見を出し始めた。
「クロノスは変化し続ける無限の未来を知ってる。最悪を想定するとしても、当然起こらないケースだって無限の可能性である。だから梶谷萌絵は本当に、万が一の保険でしょうね。ま、それでも切り札である事は確定だけど」
「……もしかしてなんですけど、その“最悪の未来”とやらを、小坂賢人くんが知ってたりしないでしょうか? ほら、“ゲームのエンディング感覚”で未来知識を持ってるとあったのでしょう?」
「有り得るわね。そうなった場合、ダンジョンを攻略するより小坂健人から聞き出す方がてっとり早そうね。―――シアン、あなたが小坂賢人を懐柔しなさいよ。オリジナルを落とした貴方ならきっと出来るわ」
「いや、待ってください。落としたってなんですか」
こうして彼等の話し合いは夜明け前まで続けられ、そして明朝には新たなスレが投下された。
それは新たな旅立ちと、来年の子供達の入学を知らせるスレ。
そしてその投下に、その日世界は歓喜と絶望にひっそりと沸き立ったという。




