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世界樹の呟き 〜チートを創れる可愛い神々と、楽しく世界創造。まぁ、俺は褒めるだけなんだけど〜  作者: 渋柿
最終章 起点回帰【邪神と呼ばれた少女は世界から溺愛される】
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閑話

 世界の地下深くにある、とある店。

 薄暗い店内にはシャープなラインの漆黒のバーカウンターが据え置かれ、幾千の小さなオレンジ色のライトが、まるで星屑のように煌めいている。


 静かな曲調の音楽が流れるロマンチックな店内には、たった一人の客しか入ってはいない。

 銀色のスパンコールが輝く胸元の大きく開いたドレスを身に纏った、麗しい女性客だ。




 ―――カラン……




「はぁ……」


 グラスの氷が揺れ、客は何度目かの溜息を吐いた。


 物静かにグラスを拭いていたマスターが、穏やかに声を掛ける。


「浮かない顔ですね、どうかされましたか?」


 客はまた一度、大きな溜息を吐くとポツリと言った。


「……最近、あの(ひと)と上手くいってないの」




 ―――パリーンッ……



 ふと、マスターの手からグラスが滑り落ち、高い音を立てて砕けた。


「―――あ、……おっと、失礼しました。僕とした事が」


 マスターはそう言うと、砕けたグラスを片付けにかかる。だがその手付きは手慣れて入るものの、何処かゆっくりに見えた。

 何かを考える時間を稼いでいる様に、ゆっくりと丁寧にガラス片は片付けられていく。


 やがて片付けを終えたマスターは、気を取り直し客に声をかけた。


「それで? この界隈でもおしどり夫婦と名高い貴女が『上手くいっていない』とは……? 彼に冷たく当たられでもしたのですか?」


 客は潤んだ瞳を閉じ、揺らす様に小さく首を横に振った。


「そんな事無い。あの(ひと)は変わらず私を愛してくれてる」


 マスターはホッとしたように微笑み、また新しいグラスを磨き始めた。


「そうでしょうとも。あの方は何時だって貴女を思ってらっしゃる。貴女の為なら規格外の贈り物を厭わない。―――記念樹の代わりに【静かな森】を贈られ、花束の代わりに【広大な花畑】を贈られる。僕に色々と依頼をしてくれますが、全ては貴女の為と伺い聴いておりますよ」


 マスターの言葉に客はまた溜息を吐き、潤んだ瞳を伏せて言った。


「―――そう。変わってしまったのは……私の方なの」




 ―――パリーンッ……




 また、マスターの手からグラスが滑り落ちた。


「……失礼。今日はどうも悪戯なグラスが多い様です」


 マスターはまた、ゆっくりとした手付きでグラスの破片を集めはじめる。

 そしてまたグラスの破片を片付けたマスターは、手を拭いながら客に尋ねかけた。


「しかし……貴女の心が彼から離れたと? それこそ信じられませんが」



 ―――パリーンッ……



 客が突然カウンターを叩き、マスターをキッと睨んだ。

 カウンターの上の客のグラスが転がり落ち、中の桃色の液体が床に飛び散る。


「私がっ、あの(ひと)から離れるはず無いっ」


 マスターはふっと笑うと、カウンターの外に周り出て、今度は手早く落ちたグラスを拾っていった。


「そうでしょうね。彼が貴女に全てを贈ろうとするように、貴女も彼に全てを贈ろうとしている。具体的には、貴女自身を彼に捧げようとしている。その美しさの全てが彼の為。そんな貴女が今日も一段とお美しい。そうでしょう?」


 マスターはそう言いながら、あっと言う間にグラスを片付けると新たなグラスを客に差し出した。

 小さなグラスの中に、黄金の液体が揺れている。


 客は少し恥ずかしそうにキュッと胸を寄せ上げると、差し出された新しいグラスに口を付けた。


「……そう。私はあの(ひと)が大好き。一日を過ごす毎に、もっと好きになる。どんどん好きになる。なのにあの(ひと)は変わらない。私の気持ちばかりが大きくなって、やがて彼を潰してしまわないか? こんな私を鬱陶しいなんて思わないか? そんな事ばかり考えて怖くなるの。あの(ひと)の側に行きたい……だけど怖い……」


 そう言って肩を震わせた客を、マスターはじっと見つめた後、肩を竦めて言った。


「杞憂だと思いますがね。……ただどうしても気にしてしまうと言うなら、試してみますか?」

「ぇ……」


 客の瞳が揺れた。


「そんな……あの(ひと)を試すなんて……」


 俯く客の前に、マスターはコトリとピンクの液体が入った小瓶を置いた。

 客は訝しげにその小瓶を見る。


「これは?」

「これは【サキュバスの惚れ薬(ラブポーション)】です。飲ませる相手に誰が渡したかを告げ、相手に自分を認識させた状態で服用されば、その者の心を魂ごと虜にしてしまいます。“これ一滴で、妲己と呼ばれる身分の低い娘が一国を滅ぼした”……そう伝説が残る程に、この薬の効き目は抜群ですよ」

「……これをあの(ひと)に?」

「飲ませてみればどうです? 既に虜になってるのであれば、何の効果も示さないでしょうが、まだ余地がるのならその分彼は、貴女を更に好きになる。貴女にとって何のリスクもありませんよ」


 マスターの言葉に客はじっと小瓶を見つめ、ゴクリと喉を鳴らせた。

 そして小瓶に手を伸ばすと、それを思い切り壁に投げつけた。


「っ最低! 薬なんかであの(ひと)の心を操ろうなんてっ」


 小瓶は勢いよく壁にぶつかったが“パリーン”とはいかず、跳ね返りカツンと床に落ちて転がった。


 肩を震わせ、小さな嗚咽を漏らす客。

 その客の背後から、突然低い声が掛けられた。


「相変わらずクソなマスターだ。……その薬で試したのは“俺”じゃなく“ラウの心”。そうだろ?」


 客が目を見開いて振り返れば、底には壁に背を付けもたれながら、腕を組む男がいた。

 客はガタリと立ち上がりその名を呼ぶ。


「ッアビス! いつからそこに!?」

「さぁ? いつからだろうな」


 困惑する客に、マスターがそっと耳打ちする。


「そちらのグラスはあの方からですよ。この店の最高の酒【神の酒(ソーマ)】です」

「え……」


 客は驚き、金色の液体の入ったグラスともう一人の客を交互に見る。男性客はそんな女性客にむけ、優しげにふっと笑うと、床に落ちた小瓶を拾い上げた。


「なあ、ラウ。こんな薬あろうが無かろうが、俺は変わらない。―――証明してやるよ」


 男性客は、そういうが早いか、小瓶の栓を抜くと一息に中の液体を呷った。


「アビス! だ、ダメ!」


 慌てて駆け寄る女性客。マスターは少し目を丸めはしたものの、そんな様子にフッと微笑を溢しただけだった。


 男性客は縋りつく女性客をじっと見つめた後、愛おしげに微笑み細い体を抱き締めた。


「ほら、なんにも変わらねぇ」

「アビス……っ、大丈夫? ラウの事違って見えてたりしない?」


 女性客は尚も不安げに、目を潤ませて男性客を見上げる。

 男性客はその頭を撫でながら、額にキスを落とした。


「あぁ、いつも通りだ。今日も最高に可愛いぜ、俺の女神様」

「ホントに?」

「ああ。あんな物使うまでもなく、俺はお前にぞっこんだっての」


 女性客はやっとホッとしたように微笑み返し、その厚い胸板に頬を埋めた。


「それに聞いてたぞ? 俺が好き過ぎて怖いだって? そんなんまだまだに決まってるだろう。俺がお前を思う気持ちに、やっとお前が少し追いついてきたってだけなんだから。いいか、ラウ。お前を愛するこの俺の思いは、お前にだって勝たせやしない。今までも……これからも、永遠にな」

「あぁ! アビスッ!」


 目を潤ませながら歓喜する女性客。

 マスターは顔に笑顔を貼り付けたまま、帰り支度を始めている。

 男性客は女性客の両頬を手で挟み、覗き込みながら尋ねた。


「それで? 俺を試すのはもう終わりなのか?」

「試してほしいの?」

「ああ。お前の不安が一欠片も残らないほど、辛い試練を俺に与えてくれ」


 マスターは足音を立てないように出口に向かう。


「じゃあ跪いて?」

「何なりと」

「“愛してる”って言って?」

「愛してる」


 愛しげに即答した男性客に、女性客は御褒美とばかりにキスをした。

 そして嬉しそうに尋ねる。


「なんて従順なの?」

「お前にだったら何されたっていい」

「じゃあ今日は、私がアビスを虐めてあげる」

「それは楽しみだな、俺の女王様。……マスター、今日はチョイとキツメのを頼む」


 もうあと一歩のところで話を振られ、マスターの肩が跳ねた。


「げ……」


 それは思わず出たマスターの本音。

 男性客は、ニヤリと笑ってマスターに注文を確定させた。


「代金はさっきの薬の処理費用でいいな?」

「……くっ、畏まりました。では拷問器具完備(キツめ)のプレイルームですね」

「首輪も準備してね」

「……」




 ―――それは世界の片隅、世界樹の根元にある小さな店。


 そこにはたまに出張営業もする、勤勉な店主がいる。





 ◆





 ―――その日、遥か上空から【賢者】と呼ばれる男が、暗い森を見下ろしていた。

 賢者は軽蔑の籠もった眼差しで井戸のある一点を見据え、吐き捨てるように言った。



「……これが、この世界の最悪の存在。―――なんて穢らわしいっ」



 そして踵を返すと、もう振り変える事なく去って行った。


 だけどその男の心は分からなくもない。





 ―――何故ならその男、未婚にして彼女の一人すら出来た事が無いのだから。






 俺はふと、つい先日のとあるやり取りを思い出していた。



 あの日この聖域に訪れたのは、金髪の美しい客。

 客は扉を開き、マスターに親しげに話し掛けた。


『今日わ』

『やぁ、いらっしゃい』

『今日はあなたに渡したい物があって来たの』

『僕に?』


 首を傾げるマスターの前に、客はコトリと小瓶を置い

 た。途端、マスターの目が見開かれる。


『……これは、まさか【サキュバスの惚れ薬(ラブポーション)】?』


 客は得意げに微笑んだ。


『ふふ、流石によく知ってるわね』

『ああ。その効果は絶大。一滴で何者をも虜にすると言われる、希少さも危険度も共にSS級のレアアイテムだ。……それがひと瓶だなんて、僕も初めて見たよ』


 女性客は頷いた。


『そう。そこまで知ってるなら話は早いわ。“私”から“あなた”に……受け取ってくださる?』


 マスターはじっと小瓶を見つめた。そしてそれに手を伸ばす。


『勿論』


 その一言に、客の目に歓喜の色が浮かぶ。


世界の裏側を知る者(貴女)からアイテムの管理者()にと言う事だね。確かにこれは【神々の創りしアイテム】ではないけど、その危険度はそれに匹敵する。僕が管理するに値する代物だ』

『……え?』


 続けられたその言葉に、客の目に困惑の色が浮かぶ。


『これを手にしたのが、貴女の様な分別のある智者でよかった。わかった。これは僕が責任を持って処分しておくよ』


 きっぱりと言われたその言葉に、客の目に絶望の色が浮かぶ。


『……』

『どうしたの?』


 真っ直ぐな瞳で問い返され、客はしどろもどろに頷いた。


『……いえ、その…………そうね、お願いするゎ……』

『任せておいて。じゃあせっかくだし紅茶でも淹れよう』

『ええ……。そ、そうね。今日は苦いのが飲みたい気分なの。お願い出来る?』

『分かった。掛けて待っておいて』

『いい? 顔をしかめたくなる程……涙が出そうなほど苦いものにしてね?』


 ……因みにこの女性客、心無い婚約を破棄して以来、結婚は元より彼氏の一人も出来た経験がない。





 ―――俺は呟く事もなく、それをそっと見守る。

 そう。押しの強すぎる女と、聡過ぎるがゆえ鈍感を極めた男の、不毛なる攻防戦を。








久々の閑話でした。


「パリーン」をしたかっただけなのですが、何故かこんな事になってしまいました(゜д゜)!?

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