番外編 〜人間達に不要と言われたオレ。暫くして戻ったら、勇者を遥かに凌ぐチートになってた件12〜完結
『もう行ってしまうのか。達者でのぅ』
「あぁ、爺さんも元気でな。……っつかその身体じゃもうくたばる事もないのか」
それからソルトストの談話を終え、オレ達はオベリスクの部屋の片隅にある魔法陣の前に立っていた。
この魔法陣に入れば、グリプス大迷宮の入り口(半径500メートル圏の安全なポイント)に自動転送してくれるんだそうだ。
レイス様がソルトスの為に“地上に戻りたければ使うといい”と言って創ってくださったそうだが、片道通行とのことでソルトス爺さんは生涯使わなかったらしい。
まぁ、代わりに永遠に近しい存在になってるんだから大したもんだ。
『まぁの。じゃがガルシアとてレイス様に頼めば永遠を手に入れられるのであろう』
「んー……? 永遠なぁ」
爺さんの言葉に、オレは腕を組んで少し考えた。
その間、リーナが不安げな顔でオレを見てくる。
「ま、オレはいいや」
『何故じゃ?』
「いや、迷宮を抜けて来てさ。オレの居る今のこの世界は神様達の色んな考えや、想いの結果なんだなって事を知ったんだ。その中でオレは限りある命に生まれた。ならその運命を受け入れて、大事に生きようかなって思ってさ」
『真面目よのぅ。私には運命など到底受け入れる事も、満足する事も出来んわ。此の世には知りたい事が多すぎる』
「ま、ソルトス爺さんはそこまで自分に忠実だから、レイス様に気に入られてるんだろうな。あの方はなんだかんだ言って自愛至高主義だから」
オレはそう言って笑った。
人はいつか死ぬ。
ソルトス爺さんも言ったが、人として生きたいと願うなら、コレは必ず訪れるこの世の真理なのだ。
そしてみんな、その限りある命の中で望みや希望を持って生きてる。
とはいえ、オレに関してはいつかルドルフと話した“自分のやりたいコト”ってのがまだ見つかってない訳ではあるんだが。
そんな事を考えていると、オレはふとあることを思い立ち自分の懐に手を入れた。
「そうだ。爺さん1つ頼みがある」
『何じゃ?』
「これを預かってくれよ」
俺はそう言って引っ張り出した荷物袋をその場でひっくり返した。
『これは!? なんと神獣様の部位か? 他にも聖獣や伝説の魔物のものまで!!』
「そう。ルドルフと言うオレの友達の黒麒の物なんだ。訳あって預かってるんだが、あいつ意地っ張りだからさ。多分オレの寿命のある内に返せない気がするんだよな」
オレはアイツより先に逝くけども、もしふとした切っ掛けにでも思い出してほしいな、と思うのだ。
「いつか機会があれば“オレからだ”って言って渡しといてくれよ。汚したり壊したりしないなら爺さんの研究に使ってもいいからさ」
『いいのか!? ……いやしかし』
「頼んだぜ。これはその報酬だ」
渋る爺さんにオレは賢者の石を差し出した。
『これは!!? コレを……私にくれると!?』
「まあな。人の世界には過ぎた物だ。オレにはこの迷宮で手に入れた程よいのがあるからそれで良い」
『……』
「貴重なものだが気にすんな。なんせ爺さんにしか頼めないことなんだからな」
ソルトスはそれでもオレを見詰めてくる。
……まったく。しみったれた別れは嫌いなんだがな……と、思った時だった。
『……石版はくれんのか?』
「やらんわ。この強欲ジジイ」
◆
結局、ジジイは最後の最後まで秘技“泣き落とし”を使ってオレの石版を狙ってきた。
そして最後にはとうとう迷宮内で手に入れたオリハルコンで複製を作ってやり、漸く大人しくなったのである。
ただオリハルコンの加工には賢者の石を使わないといけなくて、その際ジジイは“おい貴様ぁ! 私の石を使うのか!? 壊すなよ!? 絶対だぞ!!”なんて大騒ぎをしてくれたのだ。
「じゃ」
「うむ」
そしてオレ達は転移魔法陣を潜る。
しみったれるどころか、感慨も何もない別れだった。
◆◆◆
迷宮の外は夜だった。
「わふ! 寒いです!!」
このグリプス砂漠は昼間は最高気温45℃を上回るが、夜になると打って変わり氷点下10℃を下回る。
「これでも羽織っとけ」
オレは荷物袋から毛皮のブランケットを出し、二人に渡した。
「あ、貴方はもしやっ……ガルシア様!?」
「ん?」
突然かけられた声に、オレ達は反射的にそちらを振り返った。
そこに居たのは甲冑に身を固め、茶色いマントを肩にかけた見知らぬ男。
「そうだが誰だ?」
「はっ! 私は王国騎士3番隊副官ローガンと申します! 風の便りにて勇者様より知らせと司令を受け、この度馬の世話をさせて頂いておりました!」
風の便り。……それは勇者が風を操り、手紙を所定の場所まで運ぶ魔法だそうだ。
しかし王国騎士って、また凄いのを使いによこしたな?
オレは申し訳無さから、出来る限り丁寧に感謝の気持を伝えた。
「それは、わざわざありがとうございました。そうとは知らず随分お待たせしてしまってすみません」
「いいえ! 神の子の愛馬を世話できるなど光栄の極みにございました!」
ん?
「神の子? 何それ?」
「はい! 勇者様からの報せにありました。“神から使わされた神の子が、今グリプスの闇を攻略せんとしている”と」
そうだけどニュアンスが全然違う!!
ヴェルダンディ様! どういうことぉ!?
「勇者はどこいった!?」
「はっ! “神の子ガルシア様を目標に己を磨き、世の調停のため魔物の討伐の旅を続ける”と仰り旅立たれました」
「……っ」
そしてオレの想いなどつゆ知らず、その後勇者は世界の各所に“神の子”の噂を残してゆく。
……オレは他人。赤の他人。と、オレは白を切り通すことにした。
だってオレ、唯の人だもん!
◆
―――グリプス砂漠。帰路の馬車の中にて。
「あ! ガルシアさん見てください! 雪ですよ!」
ふとリーナが窓の外を見上げながら、嬉しそうな声を上げてきた。
オレも組み上げていた魔法陣から顔を上げ、窓に顔を寄せ外を見る。
「ホントだ。寒いからな」
「私、雪って昔から大好きだったんです。いつか好きな人と一緒に見たいと思ってたんですよ。夢が叶いましたね」
そう言ってオレに笑いかけるリーナに、オレはつい口を尖らせつまらないことを口走ってしまった。
「べっつに、たかが氷の粒だろう。そんな大袈裟に言わんでも、家族とかと見てたんだろ」
その嬉しそうな顔が可愛くて、不意討ちに照れてしまった事を悟られたくなかったのだ。
そんなオレにリーナは頬を膨らませ、再び外の雪に視線を戻した。
「全く、ガルシアさんはロマンがないんです。私なんて生まれた時から、雪が大好きでしたよ。誰に教えられたこともないのに、何となく“いつか好きな人と雪を見るんだ”ってずっと思ってました。―――……なんで私、こんなに雪が好きなんでしょうね?」
「知らんわ」
最後は真剣な目つきで素っ頓狂な事を聞いてくる相変わらずのリーナに、オレは肩を竦めて言い返す。
それからオレは魔法陣をいじるでもなくリーナと同じように窓に額をつけ、無言でじっと外を眺めていた。
―――それからも雪は深々と降り、砂漠を雪原へと変えてゆく。
「なぁ、リーナ」
「なんですか? ガルシアさん」
「成人したら、オレと付き合うか?」
「いいですよ。ガルシアさんになら何時でも何処でも付き合います」
「……や、そういう意味じゃなくてさ。お前と居るとなんか楽しいし」
「……え?」
じっと外を見ていたリーナがふと顔を上げこっちを見た。
オレも外を見るのをやめ、台座に横になるとブランケットに包まって目を閉じる。
「や。やっぱ、いーわ。何でもない」
「え、え? もしかして今……ちょっと、よくないですよ! もう一回、ちゃんと! ちょっ……寝ないでっっ!! ガルシアさんっっ」
「うふふ。青春ですね」
御者台の方から、そんなジュリのからかう様な笑い声が聞こえた気がした。
◆
「よぉ。ガルシア。また寝てんのか?」
ルドルフの声がして、オレは薄っすらと目を開けた。
「来てくれたのか」
オレはそう言って横になったベッドから身を起こそうとしたが、体が重くてなかなか起き上がれない。
「おじいちゃん、無理しないで! すみませんルドルフ様。祖父はもうこの通りで」
孫のナリアが乱れたオレの布団を直しながらルドルフに謝った。
「構わねえよ」
「わーい! ひいおじいちゃんのお友達のるどるふさまだ!」
「ねぇ遊ぼうよ! また、空飛ぶソリを引いて欲しい!」
「おぉ、また今度な」
曾孫のルーイとディオが、ルドルフによじ登ろうとして尻尾ではたかれている。
オレはククッと笑いながら、しゃがれ声でルドルフに訊ねた。
「で、ルドルフ今日はどうした? ジュリは元気か?」
ジュリはオレと出会って以来、どっちが主人かわからん程の勢いでオレをこき使い倒し、たった3年で超絶パーフェクトな美人への羽化を見事に果たしていた。
更には当時、話題になりつつあった“獣使い”のジャンルを確立させ、ビースト・クイーンの名を欲しいままにしたのだった。
あの日のことは今でもオレの脳裏に焼き付いている。
『―――ルドルフ様。どうぞこの私を踏んで下さい。あなたの馬となることを夢見て私はここまで来ました』
『何言ってる? 馬鹿じゃねぇのか?』
『っそんな……』
『バカ野郎が、何が馬だ。―――随分マブくなったじゃねえか。馬じゃなく、俺の女になれっつってんだ、ジュリ』
『あぁ♡』
……うん。あんな珍妙なプロポーズは見たことが無かったな。
「元気だぜ。随分小さくなったが相変わらずマブい女だ。―――それより今日は、魔王ラムガル様が来られたんだ」
「えぇ? ラムガル様が?」
オレが首を巡らせると、いつの間にかドアの側に、確かにラムガル様が立ってらっしゃった。
オレと目が合うとラムガル様はオレの枕元に来て、とても穏やかな声で仰った。
「ガルシアよ。貸してあった魔剣ツヴァイを返してもらう時が来た」
「あぁ」
……あぁ、そうか。
成る程、そういう事か。
「それとからレイス様からの事伝だ。“良くやった。お前の命の輝き、しかと見届けた”とな」
魔王ラムガル様の言葉に、オレの目の奥が熱くなった。
ルドルフがいつもと変わらない口調でオレに訊いてくる。
「なぁガルシア。お前のやりたい事は見つかったかよ?」
「さぁな。―――だけど……やりたかった事は全部やった、かな」
「そうか」
そう言えばあの時、オレが必死で探していた“やりたい事”とは結局何だったのだろう?
……まぁ、何でもいいか。
それがなんであれ、オレはオレの人生の中できっともう果たしてる筈だ。
だってオレは今、こんなに満ち足りてるんだから。
重くなる瞼を必死で開けながら、オレはルドルフに1つ問いかけた。
「なぁルドルフ。魂の記憶って、お前は信じるか?」
「なんだそりゃ? 魂は砕けておしまいだろ?」
「まあ……そうだよ。そうだな、なんでもねえ。寿命の短い者の見る夢かおとぎ話だ。気にしないでくれ」
オレは目を閉じ大きな息を一つ吐いた。
そして、そっと心の中で呟く。
今、お前の所に行くよリーナ。
またお前の好きだった雪を、一緒に見ような。
―――ガルシア、享年92歳。
79歳でこの世を去った最愛の妻の隣に埋葬される。
―――魔法の申し子、魔人ガルシアの伝説―――
かつて、まだ魔法が普及できていなかった時代。
突如として現れた魔法の申し子がガルシアだった。
ガルシアは当時立ち入る事を禁じられた魔窟・グリプス大迷宮に挑み、たった一週間の内に最下層を制覇したという。
制覇の証に持ち帰った伝説の竜魚バハムートの鱗は国立ノルマン学園に寄贈され、後に学園の学園長を務めることとなった。
その際、ガルシアにより魔法使いの制服は黒と定められ、それは伝統として現在に至るまで引き継がれている。
ガルシアの功績は多岐にわたるが、最も有名なのがルーン文字の普及だろう。これにより、かつては勇者にしか倒せなかったC級以上の魔物達を討伐することが可能となり、人々は未開の地へと進出することが出来るようになったのだ。
またその時の開拓者達は冒険者と呼ばれ、まさに世は冒険者時代として幕を開けたのである。
その他にもガルシアは薬剤にも詳しく、様々な薬の調合を世に広めた。
かの有名なポーションを作り出したのも、ガルシアとされている。
ガルシアは剣技にも優れ、人とは思えぬ技を繰り出し、一説によれば翼も無いのに空を駆けたとも伝えられている。
更にガルシアを慕う6人の魔女達も有名で、各々が各地に伝説を残している。
傾国の美魔女・リーナ。
ビーストクイーン・ジュリ。
グレイトロード・マリーネット。
剣聖・ローザ。
フードマスター・リュシカ。
美の錬成師・メイジ。
世にも麗しき彼女らは、生涯その美しさを衰えさせる事がなく、実はガルシアが異界より呼び出した精霊だったのでは無いかとの説もある。
そしてもう一つ有名なのが、ガルシアには神界に生きるとされる聖獣、その中でも特に希少な黒き麒麟が寄り添ったと伝えられており、その聖なる獣の姿を王都の空で見かけたという証言は、今でも多く残っている。
そんなガルシアの最期の時には、その力を惜しみ精霊達や、人類の敵とされる魔王すらも立ち会ったとされるが、その真相は定かでは無い。
世界に多くの物を遺し、刻み付けていったガルシアは、臨終の際まで人々にこう言い続けたそうだ。
グリプス大迷宮の底には神の託した宝が眠る。
必ず見つけ出せ、と。
これが、人々から魔人と呼ばれた偉大な男の物語。
ーーー完結ーーー




